何時か終わりが来る事を知っているのに








 遠くから、俺を呼ぶ声が聞こえてくる。振り返ってみると、そこには幼馴染が笑いながら立っていた。彼女はそれ以上動く気はないようで、仕方なく俺の方から彼女の傍へと近寄った。
「どうしたんだ?」
 俺が彼女に聞くと、彼女は何やら興奮している様子で、勢いよく俺に聞いてきた。
「ねぇ、あの話聞いた!?」
「あの話……?」
 いきなりのことに何がなんだか分からずに、俺は彼女へ聞き返した。すると、彼女は興奮が冷め切れない様子で捲くし立てる。
「もしかして、知らないの!?この町にあの王子が来るのよ!」
「王子……?それってうちの国の第一王子のことか?」
「そうよ!その王子がこんな寂れた田舎町に来るのよ!信じられないと思わない!?」
 さすがにそれには俺も驚いた。こいつがこんなに興奮しているのにも納得できる。
 俺たちが住んでるこの町は、国の中でも小さい方だった。年々、住民たちも減っていき、今では町というよりも村という感じになっている。そんな町に、我が国の王子が来るなんてことは信じられないことだ。正直、こんなところに来る王子の頭がおかしいのではないかと思ってしまう。
「なんで王子がこんなとこに来るんだよ」
「それは知らないわよ。でもあの王子を生で見られるいい機会じゃない!」
 これだから女ってのはよく分からない。実際に俺も見たわけではないが、王子は物凄い格好良く、頭もいいと聞いている。歳は確か俺とはそんなに変わらなかったはずだ。よく見れば、他の女たちも少し浮き足立っているようにも見えた。
「それで?その王子はいつ来るんだよ」
「今日よ」
「ふーん、今日か…………って、今日!?」
「そうよ」
「何でそんないきなりなんだよ!」
「別にいきなりじゃないわよ。数日前からみんな知ってたわ。あんた、本当に知らなかったのね……」
 俺は噂話には疎い方なので、こういうことはいつも一番最後に知ることになる。だからといって、これは遅すぎだろう。まさか、今日だなんて。
「ということで、私はいろいろ準備があるから!じゃぁね!」
 いつも思うが騒がしい女だな。準備なんてする必要があるのかどうか、俺には疑問だ。まぁ、好きなようにすればいいのだろう。
 今日来ると聞いた時は驚いたが、よくよく考えれば俺には縁のないことだ。別にあいつのように直接会いたいとも見てみたいとも思わないのだから。そんなことよりも、俺にはやらなければいけないことがたくさんあった。その王子のことは放っておいて、俺は町から離れたところにある場所へ向かった。
 その場所は最近の俺がよく来る場所だった。丘の上にあり、この辺りの景色がよく一望できる。だが、俺はその景色を見るために来たのではなく、訓練をするために来たのだ。俺は暇さえあれば、いつもここで剣を振るっている。ここに来てからもう数年も経っており、おかげで俺の剣もなかなかのものだった。下手すればこの国の騎士よりも、強いのではないかというほどに。それは決して俺の誇張ではないだろう。実際試したことはないので分からないが。
 俺はいつものように剣を振った。この場所を知っているのは、幼馴染のあいつだけで、他のやつらは誰も知らない。あいつも遠慮してか、最近はここに来ることもなく誰にも邪魔されなかった。






 数時間が経ったころだろうか。数人がここへやってくる気配があった。俺は訝しげに思う。誰かがこの場所を見つけたのだろうか。剣を振るうのを止めて、俺はその誰かが姿を現すのを待った。
「あ、やっぱここだったんだね」
「な、何でお前がここに」
 やってきたのは幼馴染だ。その後ろには見慣れない人たちもいた。少なくとも町の人間ではないだろう。
「ちょっと、あんたを探しててさ」
「俺を?何の用だよ」
「えっと、用があるのは私じゃなくて……」
 言いにくそうにしているこいつを変に思っていると、後ろにいた1人が俺の前へやってきた。
「お前が……」
「ん?何だお前」
「失礼だよ!この人は」
「私はこの国の第一王子だ」
 王子!?この男が?よく見れば、確かに風格も兼ね備えているし、王子と言われても頷ける。だが、なんでその王子が俺の目の前にいるのかが分からなかった。後ろにいる護衛らしき人たちが俺の方を睨んでいるのが見えたので、俺は慌てて王子に謝った。
「すみません。王子だとは知らずに……」
「いや、構わない。それよりも、お前が選ばれたというのは本当か?」
「え……」
 俺の心臓は途端に鼓動が早くなった。まさか、知っているのか。
「本当……なのだな」
 俺は何も言ってないのに、王子は勝手に納得していた。違うと言いたかったが、俺はいきなりのことで頭の中が混乱していた。何も言えないでいる。
「お前……私のもとへ来ないか?」
 いったい今日は何度驚けばいいのだろうか。脳が停止しようというようなところで、俺はかろうじて言葉を出した。
「何を……言っているのですか」
「お前は、我が国にとって……いや、私にとって必要な人物だ。私と共に来て欲しい」
「俺には貴方の言っている意味がわかりません。何か勘違いをしてるのではないですか?」
「お前こそ何を……」
 俺は視線で王子に訴える。王子はそれを理解したのか、言葉を途中で止めた。俺は王子とそのまま睨み合うように視線を交わすが、やがて王子は諦めたように首を振る。
「分かった。ならば、気が向いたら私のところへ来てくれ。いつでも、待っていよう」
 俺は王子のその言葉に頷きながらも、内心では行くことは絶対にないだろうと思った。俺には王子のとこよりも、もっと別の場所に行かなければならないのだ。王子もそれを本当は分かっているのかどうかは分からないが、ひとまずは帰ってくれるようだ。踵を返して、護衛の兵と共に歩き出した。
 ここまで案内してきた幼馴染のあいつは俺たちの会話を聞いていたようで、どうしたらいいのか分からずに俺と王子の交互に視線をやっていた。やがて王子も完全に去ると、あいつは俺に近づいてくる。そしてあいつは俺に、心配そうな声で強烈な一撃を放った。
「ねぇ!私たち、いつまでも一緒だよね?」
 その言葉は俺の胸に、深く突き刺さった。もう、二度と抜けないくらいに。
「……当たり前だろ」
 今の俺は、上手く笑えているだろうか。それが気になったが、目の前にいる彼女は俺の言葉を聞いて笑っていた。多分、誤魔化せたのだろう。俺は安堵と共に、激しい後悔にも襲われた。






 言えなかった。本当のことを言えなかった。

 俺は――何時か終わりが来る事を知っているのに。