君の事を想うからこそ







「どういうこと!いったい貴方何を企んでいるのよ!」
「少しは落ち着けよ」
「落ち着けって、貴方ね!」
 アルスタール城のとある一室で男女の激しい口論が飛び交っていた。女が男を詰め寄り、男はそれを軽く聞き流している。その男の態度に女はさらに男に詰め寄っていった。
「ギレイン様と二人でこそこそ何かしてるのは分かってるのよ!」
「声がでかいぞ。外まで聞こえたらどうするんだ」
「はぐらかさないで!」
 先ほどから何を聞いても答えようとしない男にだんだんと女の怒りも深まっていく。男が頑固な性格であることなど分かっているけれど、何も知らない自分が除け者にされているようでいやだった。
「さっきから私の話ちゃんと聞いてるの!?」
「聞いてるって。明日のことだろ?どこがいいかなぁ……」
「……ライル!!」
 耐え切れずに男の名を叫んでしまう。男は慌てたように女の口を押さえた。二人がこの場所にいることは秘密であり、誰にも知られるわけにはいかない。だからこそ相手の名を大声で呼んでは、外まで聞こえてしまうかもしれなかった。
「ひょっ、はいう!」
「もう少し静かにしろ、マリーア」
 口を押さえられて理解できない言葉を口に出すマリーアを見ながら、ライルは注意深く外の様子を伺った。周囲には誰もいないようで、安心して胸を撫で下ろす。マリーアも少しは落ち着くが、ライルへの怒りは治まってはいなかった。
「貴方が悪いんでしょ!何も答えてくれないんだから……」
「マリーア……」
 声を潜めながらもライルに詰め寄るマリーアを見て、ライルは少し悪い気持ちになる。「ねぇ……ギレイン様と何をしているの?私には言えないようなことなの?」
「……あぁ。お前に話すことは出来ない」
「どうして!私……そんなに役に立たない!?」
「そうじゃない!お前が悪いんじゃないんだ!」
「なら……!」
 マリーアは必死に想いを込めてライルを見るが、ライルは痛ましげな顔でマリーアの目を逸らした。それを見たマリーアもライルの頑固さに諦め、悲しさが込み上げてくる。思わず泣きそうになり、マリーアは何も言わずにそのまま今いる部屋を出て走った。
「マリーア!」
 ライルはマリーアが泣きそうなことに気づき追いかけようとするが、その原因が自分だということにその一歩を踏みとどめる。傍にいたくても、自分がいては余計悲しむかもしれない。もどかしい想いに悩まされながらも、ライルはその場に立ち尽くしていた。






 城内の廊下をマリーアが必死に駆けていた。今の時間は日も変わった深夜であり、起きているのは見回りの兵士くらいだろう。その目をかいくぐりながらも、マリーアは一人で安心できる場所へと走った。
 そこはアルスタール城の中で一番綺麗な場所で、昼時だと人が賑やかにしている庭だ。周りには季節によって様々な花が咲き誇り、その中心には小さいけれど噴水がある。騎士や兵士、仕官学生など様々な人間が訪れる憩いの場所だった。
 マリーアはその庭に辿り着き、近くにあったベンチに座り込む。当然であるが、この時間には誰もいるはずがない。マリーアは一人で声を押し殺しながら、涙を流していた。 悔しいのはライルに秘密にされていることと、自分がライルの力になれないこと。いろいろな事情があり、ライルとマリーアの仲は公には出来なかった。そのために会う時はいつも周りに気を配り、二人だけでどこかに出かけることなんて全然ない。滅多に二人になれる時間はないが、それでも二人は幸せだった。
「ライル……」
 夜空を見上げながら、マリーアは愛しい人の名を呟いた。時間も経てば涙も収まり、すでに心も落ち着いている。話したくないというのならば、それでいい。自分は見守ろうと決めた。それがマリーアの出した結論だった。
 しばらくそこで休んでいると、近くから複数の足音が聞こえてくる。見張りの兵士だろうか。隠れたほうがいいかと思った時には、すでに自分の存在がばれていた。
「そこにいるのは誰だ!」
「ここは夜中は立ち入り禁止だぞ!」
 数人の兵士がマリーアに気づいて近くに寄ってくる。確かにこの庭は夜中は立ち入り禁止とあるが、実際は恋人たちが来たりする城内唯一のデートスポットでもあった。それは城中の暗黙の了解で、普段なら見張りの兵士たちもここに来ることはない。例外として、今日のような一部の兵士が嫌がらせのために来ることがあった。嫌な日だとマリーアは心の中で思うが、それを表に出さずすぐにここを立ち去ろうとする。
「待てよ。あんた一人か?」
「泣いてたのか?目が赤くなってるぞ」
「なんなら俺たちが慰めてやろうか」
「げひっひひひっ」
 怪しげな忍び笑いをする兵士たちに、思いっきりマリーアは顔をしかめる。すぐに機嫌が悪くなり、今すぐに思いっきり潰してやろうかとも思った。暗いせいもあるか、自分のことが分からないようなので油断しているのだろう。していなくても、この程度の兵士たちならマリーアはすぐに片付けられる。
「おい、聞いてんのか」
 何も言葉を発しないマリーアに兵士も苛立ち、言葉を荒げてきた。マリーアはすぐに兵士を片付けようと、拳に気合をいれる。今にも一発を当てようとするが、その前にこの場に第三者が現れてきた。
「マリーア!」
「ライル……」
 ライルが駆け寄ってきて、マリーアの傍へとやってくる。
「何だお前は!?」
「お、おい、待て!今ライルって言わなかったか!」
「ライルって、あのライルか!?」
 ライルの名前を聞いた途端に兵士たちは慌て始めた。ライルの名を知らない者はこの城にはいない。その強さを知らない者もいなかった。
「失せろ」
 止めをきかせるかのようにライルが兵士を睨めば、兵士は尻尾を巻くように逃げ出していった。そんな小物には興味もなく、ライルはマリーアを見る。
「大丈夫か?」
「……私が勝てないとでも思ってたの?」
「いや」
 笑いながらライルは答えた。マリーアの実力はライルが一番知っている。マリーアもライルを見て笑顔を見せた。そのまま二人は見つめあうが、いきなりライルが真剣な顔をしてマリーアを抱きしめる。マリーアは急なライルの行動に驚いた。
「ライル?」
「……すまない」
 ライルがマリーアの肩に顔をうずめながら謝った。そのために自分を探してきてくれたのかと思うと、マリーアはやっぱり嬉しい気持ちになる。
「ギレイン様のことは……やっぱりお前に話すことは出来ない」
「うん」
「けど、それはお前が悪いとかじゃなくて、ただ俺の気持ちの問題なんだ」
「うん」
「俺とギレイン様のやろうとしていることは危険で、命を懸けている」
「うん」
「だから……お前まで巻き込みたくない」
「うん」
「って……ちゃんと聞いてるのか?」
 さっきから同じ言葉しか返さないマリーアに、ライルはちゃんと聞いているのか少し不安になる。
「聞いてるよ。……そこまで話してくれただけでも嬉しいから」
「マリーア……」
「ありがとう、ライル」
「あぁ……」
 ライルはいっそう力強くマリーアを抱きしめた。マリーアも気持ちを返すかのように、腕をライルの背中にまわす。
「マリーア……お前は俺が守るから」
「私も……貴方を守るわ」
「愛してる」
「私も愛してる」
 二人は永遠の愛を誓うかのように、いつまでも抱きしめあっていた。周囲は二人を祝福するかのように、花が綺麗に咲き誇り、月が二人を照らしていた。



 永遠なんてないけれど
 誰にだって別れは訪れるけれど

 それでも今だけは、信じていた
 いつの未来も、一緒にいることを