何も怖くないと思っていたのに







「やっと、待ち望んだ日が来る」
「えぇ……」
 暗い森の中にいる。周りににいるのは十数人の男女。その誰もが、緊迫した空気を纏っていた。明日の事を考えれば当たり前のことなのかもしれない。
「……本当に勝てるのか?」
「おいおい、何弱気になってんだよ。勝てるに決まってんだろ」
「だが!相手は魔族なんだぞ!?その力は未知数だ」
 正面に座っている男が弱気なことを言っている。彼の言うことも分からなくはなかった。私だってあの魔族にそう簡単に勝てるとは思ってはいない。けれど、相手はたった一人で私たちは十人以上。断然有利なはずだ。
「確かに奴の力は強大で、そして未知なるものかもしれない。けれど、それでも俺たちは負けるわけにはいかないんだ」
「そんなことは分かっている」
「だったら、弱気なこと吐いてんじゃねぇよ」
「……そうだな…」
 男は安心したように黙った。さすがはリーダーだ。みんなリーダーには一目置いているし、信頼もしている。彼がいたからこそ、私たちはここまで来れたのだ。
「大丈夫よ。私たちは絶対に勝てる」
「そうだ。俺たちは絶対に勝つんだ」
 周りを見れば、みんな頷いている。リーダーの言葉にはどこか人を安心させるような力を持っている気がした。多分そう思っているのは私だけではないのだろう。
 そのまま誰も喋らなくなり、少しずつ寝息の音も聞こえてきた。私も横になる。けれど、そう簡単に眠れるはずもなく、頭の中は明日のことでいっぱいだった。




 明日、ついに明日が奴との決戦の日。

 絶対に勝てる。

 そう思えるのは、リーダーが……彼がいるから。

 彼がいれば何も怖いものなんてないから。



 そう思っていたのに……。





「そんな力でこの俺に勝てるとでも思っていたのか!!」
 目の前にいる魔族の声が耳に響く。強大だった。思っていたよりも、魔族の力は強大だった。
 私は周囲を見る。まだ戦ってから数十分と経ってもいないのに、すでに六人もの仲間が地面に倒れ伏していた。確認しなくたって分かる。血が大量に出ている身体を見れば、すでに死んでいることなど。
 生き残っている仲間だって、みんな傷を負っている。
 けれど、目の前に立っている魔族は、傷一つ負っていなかった。
「馬鹿な……」
「愚かな人間たちだな!威勢がいいからどれほどのものかと思えば、こんな弱ものなのか!」
「くそっ!」
「危ない!」
 私は咄嗟に声を上げた。仲間の一人が魔族のもとへと走ったからだ。けれど私の制止も意味がなく、仲間は一直線に魔族へと向かった。
「うおぉぉぉっ!」
 仲間の攻撃は私がこれまで見た中でも、一番凄いものであった。いくら魔族でも、あれを受ければ無傷ではすまないだろう。それでも私は不安を隠せなかった。
「貴様!」
「ぐあっ!」
「ラルク!!」
 みんなが仲間の名前を叫んだ。魔族はラルクの身体を一突きにし、その身体を捨てるように床へ投げていた。ラルクの身体は動くこともなく、微動だにしなかった。魔族の顔を見れば、ラルクが与えた傷が出来ている。
「無理だ……こんなやつに勝てるはずがない」
「何を言っているの!?」
 私は思わず叫んだ。昨日弱音を吐いていたガウルンだ。
「ふっ。賢い判断だな。お前たちが俺に勝てるはずがない。……どうだ?俺のもとへと来ないか?」
 魔族はガウルンに言葉を向けていた。そんな話などガウルンが聞くはずないと私は信じたかった。いや、そう信じていた。
 けれど。
「そしたら助けてくれるのか!?」
「あぁ。助けてやろう」
「だったら、あんたのもとへと行く!」
「ガウルン!?」
 ガウルンの言葉に誰もが驚いた。ガウルンはゆっくりと魔族のもとへと歩き出す。私は慌ててそれを止めようと動こうとした。だが、その前にリーダーが制止の手を私に出した。
「何で止めるの、ゼークネス!?」
「それが、ガウルンの意思なら俺たちに止める権利はない」
「だけど!」
 食い下がろうとしてもゼークネスは首を横に振るだけだった。私にはどうしてゼークネスが止めるのかが分からない。ガウルンのしようとしている行為は立派な裏切りだ。私たちに対してだけじゃない。この世界に生きる人間全てに対しての裏切りなはずなのに。
「本当に助けてくれるんだな!?」
「もちろんだ」
 すでにガウルンは魔族の隣にいた。魔族の言いなりになったガウルンを私は許すことはできない。
「だが、俺は人間は嫌いなんだ。見ていると虫唾が走るくらいにな」
「え……」
「その前にその姿を変えてもらわないとな!」
 その光景を私には見ていることしか出来なかった。魔族がガウルンに手をやると同時に、ガウルンの身体から闇が広がっていく。何が起こっているのか、私たちがいるところからは分からなかった。
 次第に、闇が消えていく。そこにあったものは。
「な……ガウルン……なのか…?」
「ぐぉぉぉぉぉ!」
 その咆哮と呼べるものに私は一歩退いてしまった。あれが、ガウルンだとでも言うのだろうか。どうみても魔獣にしか見えなかった。だが先ほどガウルンがいた場所には今はその魔獣しかいない。狼のように大きく、だけど見たことのない魔獣だった。
「どうだ?お前たちの仲間だ……いや、もう仲間ではないのか」
 魔族は笑っている。私たちは呆然と立っていた。
「ふざけるな……!お前みたいな奴は絶対に許さない!」
「ふっ……人間風情が何を言うか。ちょうどいい。お前たちにはこの魔獣が相手をしよう」
 その魔獣はガウルンのことだった。いや、もうガウルンですらないのかもしれない。私には判断出来なかった。
「みんな……これが最後の戦いになるだろう……。負けることなど考えるな。勝つことだけを考えろ。……行くぞ!」


 始まった。

 私たちはすでに半分以下に減っていた。

 それでも命ある限り、戦ったのだ。

 みんな、ゼークネスを信じて。

 けれど、戦った敵は強すぎた。

 一人、また一人と仲間が死んでいく。



「ぐぁぁぁっ!」
「ゼークネス!!!」
 私は声が枯れるくらいに叫んだ。急いでゼークネスの元へと駆け寄る。
「しっかりして!」
「もういいんだ……俺はもう……」
「いやよ……貴方が死ぬなんて……」
「聞いてくれ……俺からの…最後の頼みを……」
「ゼークネス……」
「――――」






 その言葉は――彼の最後の頼みは、とても残酷なものだった。

 ゼークネスがいたからこそ、これまで何にでも耐えられてきたのだ。

 彼がいない今、私はこれから永遠に恐怖と共に生きていくのだろうか。


 怖い。彼がいないと、こんなにも怖かった。