地に堕ちた花びら







 そこは薄暗い部屋だった。男はいつものように目を覚まし、自分がいる部屋を見回していく。部屋の中には自分と同じ者たちがたくさん寝転がっていた。その中のいくつかはすでに命もないのだろう。けれど男は冷静にその場から立ち上がった。
「どこ行くんだい?」
 部屋を出て行こうとした男に、見知った女が声を掛けてきた。それに男は簡単に言葉を返す。
「少し呼ばれていましてね。行かなきゃいけないんですよ」
「へぇ……ついに私らも処分されるとでも?」
「……どうでしょうか。多分違うと思いますよ」
「何でそう思うんだい?」
 女は男の言葉が意外だという風に驚いていた。しかし次の男の言葉で少しだけ納得す
ることになる。

「つい最近戦争が起きたことは知ってるでしょう」
「あぁ。確か北にある小国を滅ぼしたらしいじゃないか」
「そう……そして今度は東にある国も滅ぼそうとしていると小耳に挟んだのですよ」
「ふーん……つまりその戦争に私らが狩り出されるとでも?」
「恐らくそうでしょう」
 その男の言葉に女は嫌悪の表情をありありと浮かべた。その対象は自分たちに命令する身勝手な人間たちに対してだ。
「ふんっ。気に食わないね」
「……そろそろ時間に遅れるので失礼」
「あ?あぁ、引き止めて悪かったわ」
 女と話していたおかげで少し時間が過ぎてしまっていた。男は急いで部屋を出て、目的の場所へと向かう。その部屋は男がいた部屋からは遠く、時間がかかるだろう。何せそこにいる人物はこの施設にいる人間の中でかなりの権力を持ってる人間だからだ。
 やはて男は目的の部屋の前に辿り着くと、声をかけてからその扉をゆっくりと開ける。その奥には若い男が一人椅子に座って、こちらを見ていた。
「遅かったな」
「申し訳ありません。それでご用件とは」
「簡単なことだ。近々我が国は近隣国に攻め入ることになっている。そこでその戦争にお前たちを投入することになった」
 予想通りの言葉でもあった。男はそれを聞いても改めて何かを感じることはない。冷静にその言葉を頭の中に流していた。
「分かりました。お話は以上でしょうか?それならばこれで失礼致します」
「あぁ。日は追って通達する。それまでに生きていれば、だがな」
「……はい」
 目の前にいる男の言葉の意味に、男はすぐに理解した。恐らくは選定でもされるのだろう。多すぎる自分たちの中から、生き残りをかけて争うのだろうか。それは分からなかったが、これから起こる事を男は愚かしい行為と思っていた。
 部屋を退出し、男は再び元いた部屋へ戻ろうとする。特にあそこにいたいという思いはないのだが、だからといって別に行きたい場所があるというわけでもない。すると歩いている男へ、別の男が声を掛けてきた。その人物は男より若い姿で、その顔には睨みを利かせるような眼を持っている。どうやら二人は知り合いのようで、気軽に言葉を交わしていた。
「戦争に駆り出されるんだって?」
「えぇ。よく知っていますね」
「さっき姉貴から聞いたんだよ」
「それでですか」
 男は納得したように、若い男を見る。その顔には姉とは対照的に、嬉しさが躍り出ていた。
「これであいつらに俺たちが出来損ないじゃないって証明させられるぜ」
「……その前に選定も起こるようですよ」
「それがどうした?俺はそんなもの気にしないさ。何が何でも……生き残ってやる」
 若い男は常軌を逸するような顔をして、どこか遠くを見ながらそう呟いている。まだ何かに縋ることの出来る目の前の若い男が、男にとっては哀れでけれど羨ましく思っていた。
「あぁ、こんなところにいたのか」
「姉貴」
 そこに現れたのは先ほど話していた女だった。どうやら二人を探していたようで、その姿を見つけると同時にこちらへと歩いてきた。
「で、どうだった?」
「先ほど話した通りです」
「そうかい……あの腐った狸どもめ……」
 女は怒りを露に、ここの人間たちへとぶつけていた。けれどそれもすぐに治まり、次のことへと思案を巡らせる。
「てことは……選定があるのかい?」
「そうです」
「なるほどね、面白いじゃないか」
「そんなもん楽勝だろ。俺たちが生き残れないはずがない」
「……」
 その選定という言葉に、三人は皆違った考えを持っていた。
「分かってるだろ、兄さん。私らはここで死ねないんだ」
「分かってます。分かってる……ですが……」
「何怖気づいてんだよ、兄貴」
 男が一人だけ乗り気でないことに気づき、女と若い男はそれを軽く非難していた。
「俺たちは出来損ないなんかじゃない。そうだろ?」
 それは若い男にとって励ましの言葉だったのだろう。けれど女と男はその言葉に対して、その表情に陰りを落としていた。
「……恐らく今日中には選定のことがみんなにも触れ回るでしょう」
「だろうね」
「今日はきっと自由な一日になると思います。貴方がたも好きなように過ごしてください」
「おう!」
 若い男は嬉しそうに、けれど女は複雑そうにその言葉を聞いていた。男もまた、後悔を残さないように今日という日を過ごそうと決める。
「それでは……」



 もうすぐ



 もうすぐこの狭い世界から飛び立つ日が来る



 外の広い未知なる世界へと






 そして翌日の朝



 狭い世界に響き渡る轟音と共に、選定は始まった