死すべき人の子の宿命







 まだ小さな幼き少年が、駆けて、駆けて、駆け抜けていた。漆黒の髪に漆黒の瞳を持つ少年は、後ろにいる大勢の大人たちに追われている。その手に武器を持った大人はただ一人の悪魔を狙って。
「待ちやがれ!」
「はぁっ……はぁっ……」
 その小さな少年はまだ体力も少なく、大人たちから逃げることなんて難しいことだった。それでも懸命に、自分を殺そうとする相手からただひたすら逃げていた。後ろを振り返れば、だんだんとその距離が縮まっていくのが見え、その顔には大量の汗が出始める。
 懸命に逃げて、逃げて、逃げ続けて。それでいて結局追いつかれてしまうのだ。
「もうちょっとだ!やれ!」
 大人たちの一人が、持っていた弓を構えて矢を放った。それは少年に当たることはなかったが、その横を通り過ぎて少年の前に刺さっていく。それを見た少年は驚きに奮え、その歩みを止めてしまった。
「止まったぞ!逃がすな!」
 その少年を逃がさないように、大人たちはすかさず周りを囲んでいく。その様子を少年は呆然と見ながら、その顔色には怯えを見せていた。目の前に迫る殺意を込めた大人を前に、後ろへ一歩下がりだす。しかしその背をまた別の大人が力強く捕まえた。
「もう逃げられないぞ、悪魔め!今ここで殺してやる!」
「……や、だ……いやだ……」
 大人たちはジリジリと一歩ずつ少年に詰め寄る。恐怖の色に染まりながら、少年は逃げ出そうともがくが、力強く身体を抑えられているためにそれは不可能だった。
「助けて……お父さん……お母さん……!」
 大人たちが武器を振り上げて、少年を殺そうとした時、少年はただ助けをもういない両親に求めた。その時、少年の身体が赤く光り、突然その身体から炎が燃え上がり出す。それはたちまち周りにいた大人たちを絡んでいく。
「う、うぁぁぁっっ!!悪魔の仕業だ!!!」
 その中の一人がその光景を見て、壊れたように呟いていた。一人だけ逃げ出し、仲間を置いて少年を恐れるように走り出す。逃げていく大人と、燃えていく大人を見ながら、少年はその場に一人で佇んだ。その漆黒の瞳に、赤い炎を映しながら。
「……生きてるの……?」
 誰に話しているのかも分からず、少年は呟きを零す。何が起こったのか自分でも分からなかったが、それでも命があったことが不思議でならなかった。
 やがて少年は心を閉ざしたように無表情になり、その場を去っていく。



 行く当ても、頼る人も、縋る何かもない。
 ただ両親との去り際の言葉を思い出して、それだけを胸に少年はその道を進む。
 その、絶望という道を



 死すべき一族の証を持った小さな少年



 その瞳に何を映し、その心に何を想うのか



 人から疎まれ、忌み嫌われる、その存在






 名は、ヒース