彼方からの呼び声







 地上より遥か天高く、そこにそれはあった
 決して人が辿り着くことは出来ない場所

 それこそが、天界と呼ばれる世界






 天界の中心にある島。
 その名はエデン。そのさらに中心に、天界で最も大きく、最も高貴な宮殿がある。
「今……何て言ったの?」
 イレンシア宮殿の神の間より、気高い高貴な声が聞こえた。その綺麗な声の持ち主は、目の前に立つ一人の男だけを見つめている。
「聞こえなかったか?」
「……」
「今すぐ神々の戦力を全て集めろと言ったんだ」
 それがどんなことを意味するか分からないはずがなかった。強い力を持った神が数人集まるだけで、人間たちが住む地上を滅ぼすことだって出来るのだ。それを天界にいる神々の戦力を全て集めろなどと、普通なら正気と思える行動ではない。しかし言われたその女性には、それがこれから起こることを示唆しているのだと知る。
「始まるというの……?」
「あぁ。……すでにあいつは準備が整っている」
「あれからまだ数百年しか経っていないのよ」
 地上に生きる人間であれば、それは何回も人生を繰り返す年月だろう。しかしここに生きる神々にとってその時間は、その一生の中でも小さな時間だった。
「それでもだ。あの時よりも恐らくは何十倍も戦力が増えている。これは……総力戦だ」
「……また人間を巻き込むのね……」
「……止むを得ない」
 女性は人を神々の争いに巻き込むことを嫌がった。しかし男はそれも仕方ないことだと割り切るしかない。それに人間もこれから起こる争いに無関係ではないのだ。
「何とか……何とか争いを回避する方法はないの?彼とちゃんと話し合えば――」
「お前も分かってるだろ!俺たちとあいつの考えは違うんだ……。俺たちはあいつのやろうとしていることを止めなければならない」
「それは、そうだけど……」
 大きな違いから別たれた二人の道。それが交わることなどもうないのだと、二人ともがそれを理解していた。それでも争いなど起きてほしくはないのだ。
「……急がなければあいつは先に動き出す」
「どうして……どうして彼が動くと分かったの?」
「聞こえるんだ」
「……聞こえる?」
「あぁ。あいつの声が……遥か遠くにいるあいつの声が……」
 それを聞いて女性は不思議そうに首をかしげた。ここから彼がいる場所までかなりの距離がある。声など聞こえるはずもないのに、それなのにどうして男はそれが聞こえるのかと。けれどその意味が何となくだが、女性にも伝わった。本当に聞こえたわけではない。それでも聞こえたのだろう。
「……そう。分かったわ」
「……」
「最後に一つだけ聞かせて」
「……何だ?」
「貴方は本当にその道を進むのね?アルティス」
「決まってるだろう!俺は……俺たちにはそれしか道がないんだ。お前だって分かってるはずだろ!?ヘレナ!」
 至高の神と、至高の女神。お互いの真意を探るかのように、見つめ合う。そして気づいた時には同時に目を逸らしていた。
「……そうね。貴方の言う通りだわ……」
「……あいつは自分のやろうとしていることが、どんな意味を持つのか分かっていない。このメセティアを滅ぼさせるわけにはいかないんだ」
 自分の覚悟を再確認するかのようにアルティスは小さな声で呟いていた。そして顔を上げて、外を眺めだす。その視線の方向は、遥かに下にある。ここから見えるはずなどない。けれどどこか見えるような錯覚をしていた。
「お前が何を知ったか知らないが……あれはお前の思っているものより、遥かに大きな存在なんだ。お前は早まりすぎた……シヴァ……」






 地上より地下深く、そこにそれはあった
 決して人が辿り着くことは出来ない場所

 それこそが、魔界と呼ばれる世界