Mystisea

〜想いの果てに〜



二章 悪魔の子


01 カルク村








「どういうことだ!」
 ありったけの声を出すようにシューイはギレインに叫んだ。
「ですから、マリーア=ホーネットとその生徒三名が昨夜ライルを殺し、そして陛下に逆らった国家反逆罪となりました。その生徒はライルの教え子たちでもあるそうですが」
「セリアたちが……?そんなはずあるわけ無いだろう!」
「どこまでが真実であるかは私にも分かりません。ですがこのことを陛下はすでに大陸中に知らせました。そして……ライルが死んだのもまた事実……」
 シューイは黙りこくる。彼らがそんなことをするはずがないとは分かっていたが、皇帝がそう断言したというのだ。シューイにはどうしたらいいか分からなかった。
 ギレインも悔やんでいる。何があったか知らないがあのライルが殺されたとはとてもではないが信じられなかった。そしてこの前出会ったリュートという少年ことも気がかりであった。

「父上に……確認をしてくる」
「……」
 そう言ってシューイは皇帝のところへ向かう。しかしその先で信じる父に告げられた言葉はシューイにとって望まない残酷なことだった。すでに追っ手を差し向ける手配をしているという。
 国家反逆罪とは一番の大罪である。捕まれば死刑は確実に免れないだろう。すでに東西にある魔導国家マールとレーシャン王国にも彼らを捕縛する要請を出していた。もし逃げられる道があるならば、南にある妖精族たちが住む自治都市セクツィアだけだろう。だが現状では妖精族と人間の対立が激しく、双方歪み合っているので彼らが助けることは絶望的だった。
「なぜだ……セリア…」
 その呟きに答えるものは泣く、虚空に消えていく。






 翌日、朝早くにリュートたちは起きだした。すでに城では彼らが罪人になったということが知られただろう。追っ手が差し向けられる前に遠くへ逃げなければいけない。リュートたちはすぐに出発できるように、支度をすることにした。
「それでこれからいったいどうするんですか?」
 セリアはこれからどうすればいいか分からなかったので、マリーアに聞いた。それはリュートたちも同じなのでマリーアの様子を伺う。
「そうね……とりあえずは出来るだけ早く城から離れないと…」
「そうですね……」
 その言葉に分かっていたがやはり昨日あったことは本当のことだったのだとみんなは思い知らされた。すでに支度を終えたリュートたちは一刻も早くここから離れようと足早に先を急ぐことにする。
「それじゃぁ、まずはここから西にあるカルク村へ行きましょう。そこで最低限の食料などを補充しないといけないわ」
「分かりました」
 マリーアはあんな状態で城を出てきたので食料など旅に必要なものは何も持っていなかった。もちろんリュートたちも同様である。かろうじて少ないが金を持っていたのが不幸中の幸いであった。それさえもなかったら追っ手に見つかる前に死んでいてもおかしくはないだろう。
 様々な想いを抱えながら、四人はカルク村へと急いだ。






 ほどなくして四人は魔獣にも運よく会わずに、カルク村へと無事たどり着いた。
「ここがカルク村……?」
 リュートはカルク村へ入ると、その村の様子に言葉も出なかった。それはセリアとレイも同様で、呆然と人形のように立ち尽くしている。マリーアでさえ信じられないものを見ているようだった。
「そんな……ここまで酷いなんて……」
 村の中は静寂が支配しており、畑も荒れ果て、人が一人も住んでいないようにさえ思われる。しかし数軒の民家からはかすかに人の気配もあるし、何より外にも村の人たちが何人か出ているのだが、その誰もが言葉を発さずに表情も暗く、まるで生きた死人のようであった。
 その村の様子を呆然と見ていると、村の人たちもリュートたちに気がついたようであちこちから視線を感じた。その居心地の悪さにリュートは何か口にしようとするが、それを遮るように奥から一人の老人が現れた。見た感じでその老人がこの村の長ということが分かる。
「余所者がこの何もない村に何の用だ?」
 その声はリュートたちを歓迎していないのは明らかだった。
「あ……、俺たちは……」
 リュートはその声に圧され戸惑っていると、マリーアが答えた。
「私たちは旅をしている者です。ですがそのための食物が昨日で尽きてしまったので、この村で頂こうと思って参ったのです。わずかですがお金もあります。どうか売ってはいただけませんか?」
 それを聞くと老人は悲しい表情を浮かべて押し黙ったが、しかしすぐに口を開いた。
「残念だがこの村に旅人に売るような食物はない。早々に引き取られよ」
 リュートはそれを聞いて、少し怒ったようだ。
「何だよ!ちょっとくらい売ってくれたっていいじゃないか!」
「止めなさい、リュート!」
 マリーアに止められたが、リュートはあまり納得がいかなかった。確かに村は寂れているが、少しくらいの食物を売るくらいならいいではないかと思う。
「……少し遠いけど南の方に町があるわ。急げば夕方には着くし、そっちへ行きましょう」
「でも先生、僕たち昨日から何も食べてないんですよ。少しでもいいから何か食べたいですよ……」
 レイもリュートと同じ気持ちであった。マリーアにも二人の気持ちが分からなくはない。実際マリーアだって何か口にしたいと思ってはいるが、老人の言うとおりこの村ではそれを期待できそうになかった。
 マリーアはセリアの意見も聞こうとすると、それより先にリュートが聞いた。
「セリアだってそう思うだろう?」
「私は……別に町でもいいわよ。まだお腹空いてないし……」
 しかしその言葉とは裏腹に、セリアの腹が鳴った。すぐさまセリアは顔が赤くなり下を向いた。それを聞いていたリュートとレイは笑うと、セリアが怒った声を出していた。
 マリーアはすぐにセリアが気を遣ったのだと分かり、まだ小さな少女にそこまでさせたことに悲しい表情を浮かべる。もう一度ダメ元で老人にお願いしてみることにした。
「ほんの少しでもいいのです。せめて子どもたちが食べる分だけでも……お願いします!」
 マリーアは深く頭を下げたが、その願いは老人には聞き入れられなかった。
「済まないが本当に無理なのだ。我らは自分たちの日々の糧で精一杯で、ましてや他人に売る余裕さえもない。分かったら帰ってくれ。いくらお願いされても無理なものは無理なのだ」
 そう言って老人は返事を聞かずに振り返って、奥へと戻っていった。それに呼応するかのように外に出ていた村人もそれぞれ自分の家へと帰っていく。辺りにはリュートたち以外誰もいなくなった。
「ごめんね……やっぱりここでは無理なようね。……まさかこんなにまでこの村が寂れているなんて知らなかった……」
「先生……」
 リュートたちは自分たちのために老人に掛け合ってくれたマリーアの気持ちを考えないで、我が侭を言っていた自分たちを恥じた。するとセリアが一つの疑問を口に出す。
「先生、この村はどうしてこんなに寂れているんですか……?カルク村は小さいけれど穏やかでいい村だと、私は聞いていました」
「言われてみれば……僕もそう聞いています」
「そうか?俺はカルク村なんて聞いたことなかったけどなぁ……」
「それはリュートが勉強してないからでしょ」
「うっ……」
セリアの軽口にリュートは少し頭に来たが、事実なので言い返せなかった。それにレイも笑っていると、マリーアも少し笑いながら口を開いた。
「セリアの言う通りだわ。この村は小さいけど穏やかでいい村だった…昔はね……」
「昔は……?」
「この村がこんなにも寂れた原因は帝国よ。数年前から帝国は各町に対して課税を倍近くにしたわ。もちろん町によってその差は違ったけど……。この村からはかなりの税を取っていたのね。その膨大な金額をこの小さな村がそう簡単に払えるはずがない。払えないものは見せしめとして捕縛、処刑されることも稀じゃなかったという。次第に村人たちは活気を失っていき、生きることを諦めている人も出てくるほどに村は退廃していったのね……こんなにも……」
 マリーアの顔は痛々しく、今にも泣いてしまいそうだった。
「先生……」
「こんなにまでなっていたことに私は……私は気づけなかった……」
 三人はその事実に愕然とした。帝国がそんなことをしていることを全く知らなかったのだ。アルスタール城の中はそんな話は全く出てこなかった。マリーアの話ではこの村のようなとこが大陸中にいくつもあるらしい。
「帝国がしていること、しようとしていること、それは貴方たちの目で確かめなさい」
 マリーアがそう言い、これ以上ここにいても仕方が無いので南の町へ向かおうとした。すると村の中から一人の女性が出てきて、四人に話しかけてきた。
「あの……」
 いきなりのその声に四人は女性のほうを振り向いた。そこにはまだ30歳くらいの美しい女性が佇んでいた。しかしその女性が着ている服は、女性自身には似合わないが、この村には似合うと言わざるをえないようなみすぼらしい姿だった。
「貴女は?」
「私はタリアと申します。貴方たちお腹を空かせているのでしょう?私の家に来てくだされば、少しだけですが食べ物を分けてあげられます」
 その言葉は、リュートたちに向けられていた。それを聞いたリュートたちは途端に目を輝かせる。その様子を見たタリアは笑みを浮かべていた。
「なぜそのようなことをしてくれるのですか?この村の長は他人に分ける食物などないと仰られました。それは貴女も同じなのではないですか?」
「えぇ。だから少ししかないですけど……」
 マリーアはいきなりそのようなことを言ってきたタリアを見て、何か意図があるのではないだろうかと考えてしまう。まさかとは思うが自分たちのことが知られてはいないだろうかと思った。だがそれもすぐに無いと思い、何よりこの女性が敵意を持ってないのは明らかだったので、リュートたちのためにもその好意に甘えさせてもらうことにした。
「それではお言葉に甘えさせてもらうわ」
「はい」
「やったぁ!!」
 リュートがガッツポーズをして、レイも笑っていた。セリアもほっとしたような表情をしている。三人の顔を見てタリアは微笑み、そして四人を自分の家へと案内した。