Mystisea

~運命と絆と~



三 章 紫電の盾


10 ザガートの決断






「あれは……まさか……!」
 町の外にいる魔獣を反乱軍に任せ、ザガートは町の中で自警団を率いて魔獣の殲滅に当たっていた。
  一番初めの魔獣の襲撃が近隣の町にも伝わったのか、ザインたち反乱軍来る少し前に近隣からの男たちが集ったのだ。ルベルクにいる自警団では多く見積もって 三十人ほどだったのだが、それによって五十人を越すことになった。おかげで反乱軍の五十ほどの騎兵も町の中の魔獣を倒しに来てくれたこともあり、すでに町 の中に入った魔獣をあらかた殲滅し終えたところだ。
 いきなりルベ ルクの上空に現れた光球を見てザガートは思わず信じられない声を上げた。それによって周囲の闇がまるで嘘かのようになくなったのだ。しかしルベルクより遠 くを見てみれば、そこには暗闇が見えていた。まるでこの辺りだけが、世界から切り離されたような錯覚に陥る。
「ザガート殿、これはいったい……」
 呆然としていたザガートに自警団の男が話しかけたことにより、ザガートは我に返った。
「あ、あぁ……。分からないが、今が好機だ。町の中の魔獣もあらかた片付けたし、我々も外へ向かうぞ!」
「分かりました!」
 この光があれば、これ以上苦戦することもないだろう。反乱軍は思うように動けるようになり、魔獣も光によって弱るはずだ。ザガートはすぐに自警団の男たちを連れて町の入り口へと走った。
  入り口に着いてまず始めに眼に入ったのが、入り口を死守しているザインだった。その姿を見てまるで八年前の自分の姿のようだと思う。あの時、自分もああ やってフューリア軍の行く手を阻んでいた。そこから一歩でも踏み入れれば、命はないと無言の圧力をかけたものだ。その懐かしき思いに苦笑しながら、ザガー トはザインの横に並ぶ。
「中は片付いた。我々もこちらを手伝おう」
「……いいだろう」
 恐らく二人の思うことは同じなのだろう。八年前、殺し合いをしていた相手が今隣で戦っているとどうやって想像出来たことだろうか。この奇妙な巡り会わせに、ザインでさえも苦笑を零していた。
  そしてザガートは後ろにいた自警団の男たちを連れて乱戦の場へと突入した。それには僅かにザインも瞠目する。正規の訓練を受けていない自警団にあの乱戦に 向かわせていいのだろうか。しかしそれもすぐに杞憂に終わった。その自警団の戦いぶりを初めて目の当たりにして反乱軍の誰もが驚いただろう。その戦いぶり は正規の兵士と何ら遜色するものではなかった。
「乱戦の場だからといって、一人きりにはなるな!常に複数で背中を守りあえ!」
 そしてその指揮をするザガート。ザガートと自警団の五年の間に出来た絆は、反乱軍の兵さえも凌ぐに値するものでもあった。その戦いぶりを見ていたザインは八年前を思い出し、思わず武者震いする。
 ――まるで八年前と同じであった。
 八年前もフューリア軍の本隊を立ち塞ぐかのように、数の差をものともせずに少ないゾディアの軍を巧みに指揮していた。その姿にザインは今と同じように武者震いしたものだ。あれこそが、武人の中の武人だと、本気でザインはそう思った。
 周囲が明るくなったことと、ザガートと自警団が来たこともあり、やがてすぐに魔獣の群れは数を減らしていく。反乱軍も勢いを取り戻し、瞬く間に魔獣は全滅していった。
「終わりか……犠牲の数を調べろ!」
  ザインも戦いの終わりを察知して近くにいた兵に命令する。やがて戦闘の片付けも始まり、ザガートたちも町の中へ引き返そうとした。すると今まで明るかった のが、また急に暗闇を取り戻した。いきなりのことに、周囲にざわめきが起こる。ルベルクの上空に浮かんでいた光球が戦闘が終わったことを知ったかのよう に、一瞬で消えたのだ。在るべき夜に戻っただけなのだが、その異常さに反乱軍や町の者たちは動揺してしまう。
「いったい何だったのか……」
「まぁ、いいじゃねぇか。俺たちに有利に運んだんだ」
「それはそうですが……」
 ヘイスたちも疑問はあったが、解明しようにも原因が分からないので放っておくことにした。犠牲の数もどうやら怪我人だけで、死者は一人もいなかったらしい。悪い戦いではなかった。
「しかし、聖騎士か……。確かに凄かった」
「……そうですね」
  誰もがザガートの実力を認めていた。ただでさえザインに深手を負わせた男でもあるのだ。認めないわけにもいかなかった。そしてそれと同時に彼の処遇にも迷 う。すでにその場にいるみんなが思っていた。もし反乱軍として戦ってくれたなら、と。怨恨がないわけではない。けれど、それ以上に今の反乱軍には良い人材 が必要なのだ。
「とりあえず、もう一度ザガートの所へ向かいましょう」
 すでにザガートたち自警団は町の中に戻っている。ザインはいつまでもこうしてはいられず皆を促した。兵にも野営地に戻るように命じる。先ほどと同じように、五人がルベルクの町の中に入っていった。






「ザガート殿、ヘイス様とザイン殿たちが来ております……」
「通してくれ」
「……分かりました」
 自警団が使う建物の中でザガートは戦闘後の処理を行っていた。そこに反乱軍の来訪を告げる報告を受ける。報告に来た自警団の男は顔にありありとザガートの心配を浮かべていた。彼らの思いにザガートは嬉しくもなるが、同時に少し辛くもあった。
「本来ならばこちらから出向くべきなのでしょうね。真に申し訳ありません」
「構わない。押しかけたのは我々だ」
 慣れない口調を使いながらもヘイスがザガートの前に出る。その会話にザガートの後ろにいた自警団の面々は落ち着かない気分だった。
「この度はルベルクを守ってくださりありがとうございます」
「いや……それはこちらの台詞なのだろう。もともとこの国の者でない貴方が五年間この町を守ってくれたのは事実だ。私は……俺は同じフューリアの民としてあんたに感謝している」
 王族であるが故に民を守るのだという責務。六年間それを果たせていなかった自責の念も強かったが、今は本心としてヘイスはそう思っていた。そうしてヘイスはザガートに頭を下げたのだ。
「ヘイス様!?」
 さすがにそれには後ろの反乱軍もヘイスを止め、そしてザガートも驚いていた。
「頭をお上げください、ヘイス殿。私がこの町に留まり、皆を守っていたのも自分なりの思いがあったからです。何もお礼を言われることはしていません」
「……それでも礼は言うべきだろう」
 ヘイスはやっと頭を上げてザガートの眼を見た。そしてさらに次に放つ言葉にザガートは二度目の驚きを顔に浮かべる。
「貴方の実力は俺たちにも分かった。良かったら貴方に反乱軍に入って頂きたい」
 それは結局ここに来るまでに皆で出した結論でもあった。ザガートのような人物はそうそういるものではないのだ。
「……本気で仰ってるのか?私はゾディアの聖騎士だと申したはずだが」
「それでもだ。確かに反乱軍はフューリアの軍を中心としている。貴方に恨みを持つものもいるかもしれない。俺たちだって怨恨が全くないといったら嘘になるだろう」
 そう、完全にザガートを許したわけではなかった。でもそれ以上にザガートの力が欲しいのだ。ザガートはヘイスの話す続きを黙って聞いていた。
「だが反乱軍はフューリア軍ではない。フューリアとゾディアの戦いに関係無い者も多い。何より、俺たちの敵は帝国だ。ゾディアにとっても帝国は敵だろう?」
「……確かに帝国は敵だ」
「ならば帝国を倒したいと思ってるだろ」
 ザガートはその言葉を聞いて、思わず口元に嘲笑の笑みが浮かぶ。
「ヘイス殿の仰るとおり、帝国は敵だろう。だが、私は帝国を滅ぼしたいとは思ってはいない」
「何を!俺だって別に滅ぼしたいとは……!」
 そこでヘイスは言葉を切った。その先の言葉を紡ぐことに抵抗があったのだ。それを言えば、嘘を言うことになるのではないか。そんな思いがヘイスの頭の中を過ぎってしまった。
「……」
「分かりました」
 黙ったヘイスを前に、ザガートが口を開く。それにヘイスは耳を傾けた。
「結論から申しますとその話はお断りします」
「……なぜだ?」
「私なりの結論です。ですが……代わりとうわけではないですが、この町の自警団たちを連れて行って貰えないでしょうか」
「ザガート殿!?」
 いきなりの言葉に自警団の男たちは瞠目する。
「私が言うのも何ですが……彼らの強さはそこらの帝国兵を凌ぎます。彼らも前々から反乱軍に入りたいと思っていたようなので、丁度いいのではないですか」
「な、何でそれを……」
 自分たちの気持ちがザガートにばれていたというのか。その事実にも自警団のみんなは驚いていた。
「確かに彼らも入ってもらいたいが……」
 もちろんザガートだけでなく、自警団たちにも入ってもらおうと思っていた。しかしザガートがいないのであれば、意味は余りない。そんなヘイスの思いを代弁するかのように、自警団の男たちがザガートに捲くし立てた。
「俺は反乱軍には入りませんよ!」
「何を言ってる?ずっと反乱軍と共に戦いたいと思っていたのだろう」
「それは違います!俺たちはザガート殿と共に反乱軍に入りたいのです!」
「そうですよ!貴方がいなければ意味ないんです!」
「お前たち……」
 その自警団の想いにザガートは胸が震えるような思いだった。ヘイスもそれを見て、尚のことザガートのことを諦めるわけにもいかなくなる。
「頼む……貴方の力が必要なんだ!」
「私からも頼もう」
 ヘイスの後ろからザインも並んでザガートの前に立った。ザインがそう望んできたことに、ザガートは苦笑を浮かべる。
「八年前のことは忘れることはないだろうが、今は貴殿の力が反乱軍には欲しいのだ」
「……一晩考えさせてくれないか」
「本当か!?」
 その一歩前進した返答にヘイスは心の中で喜んだ。ザガートもザインにそう言われては少し考える時間が欲しかった。
「明朝に返事を返します。申し訳ありませんが、今日のところはお引き取りください」
「わかった。……今日のとこは引き上げよう」
  ヘイスたちは不安と期待を胸にザガートに背を向けた。そうして建物を出て町の外れにある野営地へと向かう。残ったザガートは近くにあった椅子に座り、ため 息を一つ零した。そして一人で考えたいために、建物の中にいた自警団を家へと帰す。彼らはザガートに何かを言うこともなく、きっとザガートがどっちの答え を出そうとも従うのだろう。そう思えることに、ザガートはまたもや苦笑を浮かべていた。
「……陛下……」
  それからどれくらい経っただろうか。すでに日付も変わり、外からは風の音しか聞こえてこなかった。それでもザガートは先ほどから体勢を変えることなくずっ と考え続けている。すると扉から小さな控えめのノックが聞こえてきた。こんな時間に誰なのだろうと訝しげに思いながらも、ザガートは扉へと歩き出す。そし てその扉を開けると同時に眼に入った人物に、驚きの表情を浮かべ、けれどすぐに納得の表情を浮かべた。

「貴方は……いや……やはり貴方だったのか……」