Mystisea

〜運命と絆と〜



三 章 紫電の盾


16  戦う少年と少女




 ――ヘイスたちがグランツ城に踏み込む十分前
 綺麗に掃除されている廊下をアレンとセレーヌは歩いていた。
「もう戻ろうぜ。帝国兵はみんな外に出てるって」
 アレンが一人先を進むセレーヌに言葉を掛ける。しかしそう簡単に彼女が頷くことはなかった。
「だったら敵の頭を狙いに行くわよ!帝国軍のことだからどっかで隠れてるはずだわ」
  二人の――いや、セレーヌの目的は強者を求めてのことだった。最初にここへ来ようとした時はまだ帝国兵も城の中にいたのだろうが、今はみんな外で戦ってい る。それでも、誰もいないもぬけの殻の城に潜入してもセレーヌは引き返そうとはしなかった。目指すは自分を待っていると信じているビレイスの所だ。
「そりゃそうだろうけど……」
 ウキウキとしてるセレーヌを見てアレンももう何も言う気にはなれない。大人しくセレーヌの後を付いていくだけだった。けれど一つだけ確認することもある。
「だいたいさぁ、お前道分かってるのか?」
「……わ、分かってるわよ!当たり前じゃない!」
「だったら今の間は何だよ……」
 分かっていたことだが、アレンは呆れ果てずにはいられない。するとセレーヌはそれがどうした言わんばかりに開き直った。
「別にいいでしょ!この城に来るのなんて初めてなんだから。それにそのうち私たちに気づいて向こうから姿を現すかもしれないじゃない」
「隠れてるんじゃないのかよ」
 後ろからのアレンの的確な言葉も無視して、セレーヌは再び歩き出した。今二人がいる場所は最上階で、その中を彷徨っているのだ。適当に歩いた先にある扉を、蹴り開けてみては誰もいないと分かりそのまま次へいく。その繰り返しの行動に飽き始めていたとこだった。
「全く……どこにいるのよ!出て来なさぁーい!!」
 次第には自分から大声を上げて呼び出す始末。しかしそのおかげなのかどうか、二人の前に現れる人物がいた。
「ん……子供?」
 セレーヌは場違いな場所にいる子供を見て、不思議になる。けれど、すぐにその理由に納得した。
「ふーん。あんたたちがボスかしら?」
 セレーヌの目の前にいるのは少年と少女。そのどちらもが外見に不釣合いな武器を手にしていた。
「ボスかどうかは知らないけど、あんたたちはここで死ぬんだよ」
 生意気な口調で少年の方が口を開いた。自身の身長の半分以上もある剣を持っている。ぶら下げているために剣の切っ先が床についているその様は、滑稽なものでもあった。対して隣にいる少女も似たようなもので、彼女は自分の身長を越える槍を手にしていた。
 普通の人が見れば笑い出すような姿ではあるが、アレンとセレーヌはその二人の実力を瞬時に見極めていた。警戒を強めながらも、話を続けていく。
「私を殺す?そんなのあんたみたいなガキには無理に決まってるじゃない。すぐに返り討ちよ」
「ふんっ。それこそ無理に決まってるだろ」
「何ですって?」
「聞こえなかったのか。耄碌したババァなんだな」
「こ、このガキぃーー!!」
(子供に言い負かされてどうすんだよ……)
 地団駄を踏むような状況のセレーヌを見て、アレンは心の中で突っ込んでいた。何だか情けなくなり、今日何度目かも分からないため息を吐く。
「カルル、いい加減にして」
「何だよ」
「私たちはお喋りしに来たのではないのよ」
「んなの分かってるっつぅの。いちいちうるさいんだよ、ライエッタは」
 隣で静かに佇むライエッタと呼ばれた少女は軽くカルルという少年を諌めていた。そんな光景を見て、アレンは自分たちに似ているようで思わず空笑いを浮かべる。
「まぁ、確かにおばさんの相手は疲れるしね。とっとと済ませちゃおうか」
「……よく言うわね。子供だからって手加減はしないわよ!」
  こめかみが動いているセレーヌを見れば、怒りが爆発しそうなのは一目瞭然だ。アレンはセレーヌの魔術に巻き込まれないように後ろへと下がった。別に逃げる わけではなかったのだが、勘違いしたのかアレンをライエッタが追いかけてきた。いや、追いかけてきたとは言い難いだろう。
「……なっ!」
 その行動にはアレンだけでなく、セレーヌも驚いていた。ライエッタは飛び上がったのだ。それはセレーヌの頭上を軽々と越え、天井にも軽くつきそうな跳躍力だった。
「逃がしはしません」
 槍を構えながら、ライエッタはアレンの前へと簡単に降り立った。人間とも思えないその業にアレンは瞠目する。
「なるほどね……一筋縄じゃ行かなそうだな」
「安心してください。すぐに楽にしてあげますから」
 そうしてライエッタは槍を掲げて、アレンへと攻撃を仕掛ける。それをアレンは避けて反撃を繰り出そうとするが、素早い動きでライエッタはそれを槍で受け止めた。
  こんな子供がどうやって自分の背を越す槍を軽々と扱っているのか。アレンには到底理解することは出来なかったが、それが余りにも異常であることは分かっ た。アレンは戦うべき時は、女子供だからといって手加減しようとは思わない。この勝負も手を抜けば、隙を突かれてやられることは明白だ。少し真面目になり ながら、ライエッタと対峙した。
 一瞬の睨み合いの後、ライエッタは再び跳躍してアレンに攻撃を仕掛けた。それをアレンは剣で思いっきり弾く。するとライエッタはやはり子供なのか、その反動で後ろへ吹っ飛んでいった。しかしこれまた異常なもので、空中で体勢を整えて綺麗に着地する。
「……君は……」
「そんなに私の存在が不思議ですか?」
「不思議っていうか何ていうか……」
 何と言っていいか分からずに、アレンは言葉を濁す。それを見たライエッタは、なぜだか顔に微笑を浮かべていた。
「まぁいいです。私はあなたを殺す、ただそれだけ」
「……こんな子供まで……」
  その呟きはライエッタに聞こえることはなく、ライエッタは走り出してアレンに攻撃を仕掛ける。槍を手に持ち上空に掲げ、けれど攻撃の一瞬は素早く振り下ろ していた。その攻撃をアレンは剣で受け止めるが、ライエッタは長いリーチとその跳躍力を利用して飛び上がると共に、槍の動きを変えてアレンの体に突き刺 す。
「ってぇ…!」
 少し後ろに下がり、傷口の確認をした。そこまで深くもなく、それに安堵する。アレンはあまり槍を使う相手と戦ったことはないので、そのリーチの違いに慣れていなかった。普段と戦い方が違うために、少しだけ戸惑う。
 今度はアレンの方からライエッタに仕掛けた。ライエッタはアレンの剣を、槍の両端を掴んで受け止める。その隙にアレンはライエッタの身体を蹴るが、またもやライエッタは素早く体勢を整えていた。
「……女子供だから手加減をするのですか?」
「そんなつもりはなかったんだけどな」
 無意識の行動だったのだろう。ライエッタの身体を本気で蹴らなかったのだ。それがライエッタにも分かった。
「私をただの女子供だと思わないでください」
「そうは思ってないさ」
「……」
 ライエッタは黙り、アレンをジッと見る。それにどんな思惑が含まれているのか分からないが、アレンはその視線を居心地が悪いものだとは思わなかった。
 その瞬間、大きな轟音がすぐ近くから聞こえてきた。アレンはその音に邪魔をされた苛立ちを少し覚えると共に、セレーヌがいる場所からの音だとすぐに理解してその場を見ると、その豹変した場に驚きに眼を見張った。






「炎よ舞え!」
 セレーヌは魔術をカルルへと放った。見るだけでその実力を計ったセレーヌは躊躇なくカルルを狙う。その攻撃に、カルルは笑って避けていた。
「おばさんは魔術師なんだ」
「おばさんじゃないって言ってるでしょ!」
「ハハッ、別にいいじゃん」
  カルルはそうして走り出した。目標はもちろんセレーヌに向かってだ。剣の切っ先は後ろを向いて、かろうじて床についてはいなかった。けれどセレーヌの前ま で来ると、腕を回して上から素早く斬りつける。セレーヌはそれを予想して避けると、剣は床へと空振りした。しかしその光景にセレーヌは忌々しげに舌打ちを する。
「どんなカラクリよ……」
 カルルの剣が床に当たると、その床は僅かであるがヒビが入っていたのだ。見るからに子供であるカルルのどこに、そんな力があるのだというのか。
「逃がさないよ」
 カルルはすぐに剣を引いて、さらに追い討ちをかける。それをセレーヌは魔術で牽制した。
「気高き炎!」
 セレーヌの前に現れた炎はカルルへと飛んでいくが、それをカルルは剣で振り払った。セレーヌはそれに驚き、カルルの懐への侵入を許してしまう。
「バイバイ」
 カルルは微笑んで、セレーヌの身体を横から両断しようとする。セレーヌは何とかそれを後ろへ跳んで避けるが、完全に避けきれなく身体への傷を許してしまう。
「……運がいいね」
 セレーヌは傷口を押さえながら、カルルを睨み付けた。その視線をカルルは飄々と受けて、止めを刺そうと動き出す。
「いい加減にしなさい……!」
  自分に向かって走ってくるカルルを見て言葉を発し、そして詠唱を破棄してさっきよりも強い炎の中位魔術を放った。現れた大きな二つの炎はまたもやカルルに 向かって飛んでいく。最初に来た炎をカルルは剣で何とか受け止めるが、その隙を上からもう一つの炎がカルルへ直撃した。
「……多分まだ……なのよね」
 普通の人間であれば、それは間違いなく命を奪う程の威力であった。生命力の強い人間でも、立ち上がることはきつい。けれどセレーヌにはそれがカルルに余り効いていないのではないかと確信していた。出来ればそうであっては欲しくないのだが。
「熱いなぁ……火傷しちゃったじゃん。どうしてくれんだよ」
「……やっぱりね……」
 その元気なカルルを見たセレーヌは、眉を顰めて痛ましげな顔をする。
「さすがにオレも怒ったよ。本気で殺してあげるね!」
「やってみなさいよ」
 その口調からセレーヌはカルルが本気を出していないのだと分かり、緊張しながら警戒を強めた。そしてすぐにそのカルルの本気を目の当たりにする。
 カルルは助走をつけて跳躍し、セレーヌ目掛けて剣を勢いよく振るった。その跳躍力はライエッタよりも全然小さいが、それでもセレーヌを十分に狙えるほどでもある。セレーヌはそれを避けることはせず、魔術で受け止めることにした。
「迸る雷光よ、我が身に集え!」
 眼に見える電流が現れ、それが跳んでいるカルルへと巻きついていく。けれどもカルルはそれを受けながら、剣を振りかぶってセレーヌへと当てようとする。



 ドゴォォォーーーン!!!!




 その大きな爆発音にも似たような音が辺りを支配していった。