Mystisea

〜運命と絆と〜



三 章 紫電の盾


09 ゾディアの聖騎士







「ゾディア聖王国の……」
「聖騎士……!?」
 ザガートを抜いた反乱軍の四人はその正体に信じられないように眼を見張った。彼らからの視線を受けても、ザガートはそれでも悠然と立ち構えている。
  ゾディア聖王国の聖騎士――それはゾディアの聖王を守る者たちのことだった。いわば、王の私兵である。そして彼らは皆、一様に常人を越えた強さを兼ね備え ていた。彼らの存在があったからこそ、ヴェルダ帝国に攻め込まれた時も長く耐え抜き、そしてフューリア王国を退けることも出来たのだ。つまり聖騎士は フューリア王国にとって、憎き敵ともいえる存在であった。
 聖騎士がいなければ、フューリア王国はゾディア聖王国に負けることはなかった。
 聖騎士がいなければ、フューリア王国は一万以上の大軍を失うこともなかった。
 そして――聖騎士がいなければ、フューリア王国は第一王子を失うことはなかったのだ。
「なぜゾディアの聖騎士がこんな所に!?」
「聖騎士なんて本当に存在していたのか……!」
 ヘイスたちはザガートを目の前にして様々な反応を見せる。その様子をザガートは静かに見守っていた。
「貴方が……貴方がヴィズ様を!?」
 その中でも一番の取り乱しを見せたのはマーブルだった。今にもザガートに襲い掛かろうという勢いで、それをかろうじてロッドが止めている。
「落ち着け、マーブル!」
「しかし兄上!」
 自分を止めるロッドを信じられないという眼でマーブルは見た。
 ヴィズ――ヴィズ=レリック=フューリア。それはれっきとしたフューリアの亡き第一王子の名だった。ヘイスの兄にして、ザインやロウエンの主君にして、ロッドの親友にして、マーブルの婚約者。フューリア王国の誰もが愛し、敬い、慕った存在なのだ。
「お気持ちは分かりますが抑えてください、マーブル殿」
「……ッ!……申し訳ありません」
 周りからの止める声にマーブルは耳を傾ける。そして思わず見せた自分の失態に恥じた。けれどマーブルがやらなければ、他の誰かがやっていたかもしれない。ヘイスも怒鳴る寸前まできていたのだ。
「……まぁ、私は貴方がたにとっては仇でしょうな」
 ようやく落ち着いた所でザガートが口を開く。その言葉に五人はザガートに視線をよこした。しかしその視線を勘違いしたのか、ザガートの後ろにいた自警団の男たちが慌てて前ヘ出てくる。
「お願いです!どうかザガート殿をお見逃しください!」
「この方はこの町に来てから五年間ずっと我々を守ってきてくれたのです!グランツ城にいるビレイスからも目を付けられたというのに、それでもずっとこの町に留まってくれたのです!」
「止せ、お前たち」
 必死で自分を庇う町の者たちをザガートは何度も制する。しかし男たちは止めることはしなかった。
「ファ レス城から逃げ延びた貴方たちが、我々のような小さな町に構ってる余裕がなかったことは分かってます。だからこそ、我々は帝国軍にどんな仕打ちを受けよう とも反乱軍のみなさんを恨むことなんてしませんでした。けれどそんな我々を救ってくれたのがザガート殿だったのです!帝国軍からだけでもない。度々現れる 魔獣の集団にさえも、自らが先頭を切って近隣の町の者たちを率いてくれたのです」
「それは……本当のことなのか?」
 その男たちの話す内容に、ザインは驚いていた。本当にかつて自国を攻めた国の民をずっと守ってきたのか。僅かには信じられないことでもある。
「はい、本当です!」
「ザイン……」
  ヘイスの呼びかけにもどう応えていいか分からなかった。何も元からザガートを処断しようなどと考えていたわけではない。しかしだからといってこのまま見逃 すことも出来るわけがなかった。ザインはどうすればいいか分からず、考えあぐねている。するとここに一人の男が走ってくるのが見えた。その男は息を切らし て、ザガートの前で止まる。
「来ました!ザガート殿の予想通り魔獣が二百以上もいます。すぐにでもここに到達すると思われます!」
「……さっきの倍以上もか……。急いでみんなへ連絡しろ!」
「はい!」
 ザガートの言葉に自警団の男たちが慌しく動き始めた。ザインはそれを見て、ザインとヘイスに顔を向ける。
「悪いが話の続きは後にしてもらおう。聞いた通り、魔獣がここに迫って来てるのでな」
「……我々も手を貸そう。もともとこの町の警護に来たのだ。騎兵二百を連れてきてある」
「そうか。ならばお願いしよう」
 ザガートとの会話が中断され、ザインは心の中で安心していた。これ以上何を話せばいいか分からなかったのである。ザガートはすぐに自警団が使う建物の中に入っていった。それを見たザインもすぐに戦闘準備に取り掛かれるよう、反乱軍の兵がいる場所へと急ぎだす。






「急ぐぞ!」
  その号令をもとに反乱軍の騎兵が動き出す。戻ってきたザインたちは準備に手間が掛かり、出発するのが出遅れたのだ。ここから町は目と鼻の先だが、馬がいて は町の中では戦いにくい。すでに魔獣の何体かは町の中へと突入しているようで、反乱軍は急いで町の入り口へ行き魔獣の数を分断しようとした。
  ザインが先頭に、騎兵が駆けていく。近いこともあり、すぐに町の入り口が見えてきた。注意深く見ると魔獣の数もかなり多いことが分かる。今の時間帯が夜の せいというこもあり、思うように遠くまで見ることが出来ないのだ。夜は人間の視界を奪い、魔獣を活発にさせる。油断をすることは出来なかった。
「一個小隊は町の中へ入って援護しろ!他の者は魔獣を町の中に入れさせるな!」
 ザインが大きく馬を駆けて近くの魔獣に剣を振りながら、大きな声で号令を出す。その姿は老体とは思えぬほどで、人によっては未だ若い頃の姿を思い出させる。
  騎兵の中からおよそ五十ほどの数が町の中へと駆けていった。さらに町の中で三部隊に別れて行動する。すでに町の中は魔獣と自警団の戦場となっており、至る ところで戦闘が起こっていた。女子供は最初から見当たらなく、恐らくすでに遠くへ避難しているのだろう。今この町の中にいるのは、全員戦える者たちだっ た。
 ザインは一個小隊が町の中に入ったのを確認してから、入り口の前に魔獣の進行を阻むように立ち塞がった。それはこれ以上一体たりとも魔獣を中へいれさせない決意の表れだ。
 ザインの近くでもヘイスたちが魔獣と戦っている。それほど強い魔獣でもないので、連れてきた精鋭たちにとっては一体一体の強さは比べ物にならないだろう。だがこの戦いで危険なのは戦力の差などではなかった。
「ロウエン、後ろだ!」
「……ッ!?盾よ!」
 ヘイスの声にロウエンは咄嗟に防御の魔術を展開させた。内心でヘイスに感謝しながら、後ろから飛び掛ってきた魔獣に止めをさす。
「いつの間に……」
 この暗闇の中での戦いは反乱軍の動きをいつも以上に鈍らせた。しかし魔獣は逆にその暗闇を自分の領域かのように、自由な動きをする。
「大丈夫か、ロウエン」
「はい」
 ロウエンの隣に馬を寄せたロッドが心配そうな声を掛ける。そしてロウエンが無事なことに安堵していた。魔術師は詠唱があるために、隙が出来やすい。こういう乱戦の場では格好の餌食とも言えた。最もここにいる魔獣は知能も低いので、狙って攻撃してきたわけではない。
「俺は大丈夫です。ロッド殿はマーブル殿を助けてあげてください」
「……ふっ、そうだな」
 ロウエンの言葉に少し笑いを含みながら、ロッドは素直にそれに甘えた。再び馬を走らせ、マーブルのいる方向へと向かう。その間にいる魔獣は自らの剣を以って攻撃していく。前を向けば、妹であるマーブルが魔獣に向けて魔術を放っていた。
「凍える魔の気よ。彼らに凍てつきの刃を!」
 先端が研ぎ澄まされた複数の氷の刃が、それぞれ魔獣を確実に仕留めていく。それを見たロッドはいつものように、綺麗な魔術だと思う。その半分は妹に対しての贔屓目なのだが、決してそれは誇張ではないだろう。
  マーブルもまたロウエンのように大きな魔力を持つ魔術師である。ロウエンが地の魔術を得意とするように、マーブルは氷の魔術を得意としていた。その見た目 も鮮やかさを持つ綺麗なものが多い。勿論綺麗なだけでなく、その威力もかなりのものだ。さらに攻撃魔術以外にも、僅かであるが回復魔術も使うことが出来 る。
 妹が魔術師に対して、兄であるロッドは剣を得意としている。 その腕もかなり高く、セインやヘイスにも引けは取らない。昔はよく親友であったヴィズとも剣の手合わせをしたものだ。しかしその時は一度も勝つことは出来 なかった。ヴィズの剣の才能は抜群のもので、ロッドはそれに嫉妬することもあったが、それ以上にそんな彼と親友であったことが誇らしかったのだ。
 ソルトレイ家の兄妹もまた、ハルトス家やメルヴィ家のように反乱軍にとってなくてはならない人材だろう。リーダーであるセインとの仲はいいとはいえないが、それでも二人は祖国のため、そして亡きヴィズのために戦っているのだ。
「大丈夫か、マーブル」
「兄上」
 マーブルはまさしく貴族と思わせるような風格も漂っている。礼儀作法はもちろんのこと、その雰囲気が上流を思わせるものだった。それに対してロッドは親友であるヴィズに感化されたのか、あまり貴族らしからぬ行動を取ることも多い。
「私は大丈夫ですが……この暗闇で思うように皆動けていないみたいです」
「そうだな……」
 ロッドは自分に襲い掛かってきた魔獣に剣を振り払いながら、あたりを見回した。よく見れば少しの犠牲も出ているようだ。なかなか思うように戦いが運ばないことに、僅かな苛立ちが支配していた。
「気をつけろよ」
「はい」
 ロッドはマーブルに注意を残して、また別の場所へと馬を走らせる。そういっても、この暗闇では思うように動くことはなかった。
「灼熱よ、今こそ高く舞い上がれ!」
 遠くでリラの声が聞こえてくる。それと同時に上がった炎から、僅かにその周囲の視界を明るめた。しかしそれは一瞬にしてすぐに消えてしまう。先ほどから同じようなことが起こるのに、近くにいるヘイスはじれったく思っていた。
「リラ!ずっと炎を浮かべることは出来ないのか!」
「すみません……数秒でしたら出来るのですが、長時間ですとわたくしには無理ですわ……」
  この戦場一面を照らすような炎を長時間浮かべるには、意外に多大な魔力を消費するのだ。リラの魔力は人並みよりは高いほうだが、ロウエンやマーブルほどに は高くはない。戦場を照らす炎は数秒、リラの周囲だけを照らすもので数分だろうか。リラの魔力ではそれほどが限界だった。
  もともとこういう暗闇を照らすのは、火の魔術でも出来ないことはないが不適切であった。炎は攻撃に対して最大に力を発揮するもので、支援を主とするものに は向かないのだ。一番いいのは光の魔術だろう。もしリラが光の魔術を使えることが出来るのならば、リラの魔力でもこの戦場を照らすことは可能なはずだ。し かし光の魔術は火や地の魔術より、扱いが難しい。
 もともと人それ ぞれではあるが、魔術師は大抵一つか二つ、多くて三つくらいの得意とする属性を極めるものだ。そうなると必然的に他は少し触る程度のもので、下位魔術、せ いぜい中位魔術までだろうか。それ以上の属性を極めるには、人並外れた、さらに並外れた魔力を持つ必要がある。意外と魔術も奥が深いのだ。
「くそっ……!」
 リラが悪いというわけじゃないのは分かっているのだが、ヘイスは思わずリラの傍で舌打ちをする。それを聞いたリラは自分の不甲斐なさに自己嫌悪していた。
「申し訳ありません……」
「いや、お前が謝ることじゃない」
 ヘイスが自分のしたことを少しだけ後悔しながらも、心の中で本当にそう思っていたのではないかという思いが芽生える。それを振り払うかのように、魔獣を斬りながら少しリラから遠ざかろうとした。
 ――その時だった。
「なっ……あれは!?」

 いきなり周囲の暗闇が払拭されて明るくなったのだ。驚きに顔を上げると、その戦場の空高くに大きな光球が浮かんでいるのが見えた。それはルベルクの町を中心とした半径一キロほどを、まるで真昼間かと思わせるように明るくさせていたのだ。