Mystisea

〜想いの果てに〜



一章 忍び寄る魔


01 ライルの頼みごと







「明日は叙勲式の前の最後の課題があります。課題の内容は指定の場所へ行き、魔獣を倒してくること。分かってるわね?」
 そう言ったのは、教卓の前にいる赤い髪をした女性である。女性はこの教室にいる仕官学生の生徒たちの教師であり、名はマリーア=ホーネットという。仕官学生とはここアルスタール帝国にある帝国騎士団に入るための訓練をする士官学校の生徒たちのことだ。
 帝国騎士団とはこの大陸の中でも一番強いとされる武力であり、この帝国騎士団に入ることはかなり難しい。またここに入ることはエリートと言われ、それだけで誇りになることでもあり、それ故入ろうとするものは世界各地から現れている。その中の選ばれた者たちだけが士官学校に入れることになっているのだ。
 そしてもうすぐ士官学校の今年の卒業生が、卒業式と同時に騎士になるための叙勲式が行われる。この教室にいる人はその中でもかなりの実力を持っているものたちだった。

「時間は各自担当の先生に聞いてください。今回は担当の先生たちも付いていくことになります。チームはいつも通りよ。それと、リュートはこれが終わったらライル先生のとこに行ってちょうだい」
「えー!?」
 呼ばれた少年は茶の髪をしていて、名はリュート=セルティン。今年の卒業生の中ではNo5でそれなりの実力を持っている。たいていは体を動かしていることが好きで、じっとしていることはあまり好きではない。だから勉強などもあまりやらずよく怒られているが、かといって戦闘訓練が好きとかそういうわけではない。いつもこの教室にいるキットやキッドと共にいたずらなどしている活発な少年である。
「文句は言わないの。ライル先生のご指名なんだから良かったじゃない。彼は訓練室にいるはずだから早く行ってらっしゃいね。それじゃぁ今日はここまで。解散してちょうだい」
マリーアがそういうとみんなはさっさと席を離れ教室から出ていく。

「いいじゃないかリュート。あのライル先生と話せるんだから羨ましいぜ」
「そうそう。お前は先生と親しいからいいよな」
 そう言ったのはキットとキッドである。彼らは双子であり、身長や体格など外見はまったく同じで本人たち以外誰も見分けることができない。性格は弟のキットがかなりのいたずら好きで、兄はいつもそれをなだめているが、結局は流されて一緒にいたずらをしてしまう。リュートも出会ってすぐ二人と仲良くなり、その後もよく彼らと一緒に遊んだりしていた。
「別にそんなことないけど……」
「嘘つけよ。まぁいいけどさ」
 そう言うと二人は教室から出て行った。気づけば教室には誰もいなくなり、リュート一人になっていた。
「面倒くさいけど訓練室に行くか……」
 リュートも席から立ち上がり、教室を後にした。



 訓練室に入ると中にはライルと生徒数名がいた。
 ライルは士官学校の教師の中でもかなりの強さを持っており、その強さは帝国騎士団の各団長と同等、もしくはそれ以上と言われている。その名も帝国だけにかかわらず世界各地へと知れ渡っていた。なぜそんな人物が教師をやっているのかみんな疑問に思っているが、それは一切不明である。
「待ってたぞ、リュート」
「先生、用事って何でしょうか?」
「お前に頼みたいことがあるんだ」
「頼みごとですか?」
「あぁ。俺は今手が離せないから俺の代わりにこの書類を第二騎士団長のギレイン様に渡してきて欲しいんだ。」
 ライルが書類を渡してきた。
「ギレイン様にですか!?俺なんかがそんな大役出来ませんよ」
 騎士団長とは帝国騎士団の第一騎士団から第四騎士団を束ねる人たちであり、その数も四人しかいない。つまり大陸で一番強い帝国騎士団を束ねるうちの一人なのだから、いくらもうすぐ騎士団に入るからといってリュートにとっては雲の上のような人物たちだ。ギレインはその中でも第二騎士団長であり、民からの支持もかなり厚く人気のある人物である。リュートもそのような人と直接話すのは勇気がいるのだろう。ライルの頼みごとを簡単に受けることができなかった。
「大丈夫だよ。お前だから頼んでいるんだ。やってくれるな?」
 ライルはリュートをよく知っているからこその言い方をしてきた。けれど実際にリュートを信頼しているのは事実だ。
「そう言われたら断ることなんか出来ませんよ……」
「ありがとな、リュート。ギレイン様は自室にいらっしゃるはずだ。頼んだぞ」
 リュートは頷き、訓練室を後にする。



(しかしあのギレイン様に会うのかぁ……。さすがに緊張するよな……)
 心の中でいろいろなことを思いながら歩いていると、なにやら近くから喧騒が聞こえてきた。
「ふざけんなよ!お前みたいなノロマが兵士にもなれるわけないだろ!」
「まったくだ。俺たちと落ちこぼれが一緒だと思われるなんて勘弁してくれよ」
「そんなこと言われても……」
 そこにいたのはリュートと同じ学生で落ちこぼれと呼ばれるクルスと、そのクルスをいつもいじめているやつらだった。クルスは今年卒業生にもかかわらず何をやっても下級生にも劣るという落ちこぼれだ。しかもクルスは他の人の倍以上に勉強したり訓練したりしていたのだが、それもあまり上達しているとは言えていなかった。それ故、周囲からのいじめの標的にされやすかったのだ。ちなみに彼は卒業後は騎士になることは認められなかったので、兵士として城に配属されることになっていた。
 リュートはクルスの数少ない友人の一人であったので、こういう状況にも遭遇したらその度にいじめをやめさせていた。今回もまたかと思いながら彼らの間に入っていった。
「お前ら止めろよな!いつもそんなことばっかりやってて面白いのかよ?」
 リュートがそう言って間に入るとみんながリュートを見た。
「何だよリュート、お前はこいつみたいな落ちこぼれと一緒にされて嫌じゃないのかよ」
「そうだぜ。何でお前みたいな強いやつがこいつのことなんかを庇うんだ?」
 いじめているやつらは口々にクルスを罵倒していた。さすがにリュートも怒って、切れる寸前まできた。
「何言ってんだ!お前らみたいな人をいじめることしか出来ないやつとクルスを一緒にしてんじゃねぇよ!!こいつは落ちこぼれだとみんなから言われても諦めないで頑張ってるやつなんだ!お前らより全然立派だ!」
「リュート……」
 リュートが叫ぶとみんな黙ってしまった。反論しようにもリュートの威勢に気圧されていたのである。そんな彼らを見てリュートはさっさと退けとまた怒鳴った。その言葉にいじめていたやつらは逃げるようにしてどっかへ行った。それからリュートはクルスと向き合い、口を開く。
「大丈夫か?」
「あ、うん……。ありがとうリュート」
「いつものことだろ。お前も言われっぱなしで悔しくないのかよ?もう少し言い返したりしたらどうなんだ?」
「でも……」
 クルスの顔を見ると困ったような表情をしている。
「どうせ本当に落ちこぼれだからとか思ってるんだろ。お前はそういうところがダメなんだよ。自分に自信を持たなきゃ強くなんかなれないぞ?」
「うん……ごめん……」
「だからそういうとこがダメなんだって……。もっと自信を持てよ。そうすりゃお前なら強くなれるはずだ」
「リュート……。そう言ってもらえると頑張れる気がしてきたよ!ありがとう、リュート」
 クルスの表情はすでにさっきとは違い、明るくなっていた。
「おう!頑張れよ!」
 クルスはその言葉を聞くと、自分の部屋のほうへ走っていった。残されたリュートも早くギレインのところへ行こうと思い、足を進めた。