Mystisea
〜想いの果てに〜
一章 忍び寄る魔
10 ライルの想い
「マリーア!」
「ライル!」
二人の叫びとともに起こった大きな衝撃音。あたりは一瞬闇が立ち込めていた。その闇が払拭されたあとに残っていたものは、
「い……や……い…やぁ……ラ…イ………ル……?……ライル――――!!!」
マリーアは眼前の光景が信じられなく、そして泣き叫んだ。
ライルの身体のいたるところから血が溢れ出ている。全身が血にまみれて、床も辺り一体血で覆われていた。かろうじてライルは剣を床につきつけて立っている。
「泣く…なよ……マリーア……」
必死に言葉を紡ごうとする。
「ライ…ル……」
「お前…の……泣い…た……顔…には……弱……いんだよ………」
ライルはマリーアを抱きしめる。マリーアもライルの胸に顔をうずめた。
二人は心のどこかで感じていた。
これが最後の抱擁になると……。
「マリーア………最後の……願い……を…聞い…て……くれる…か……?」
「最後なんて……言わないで…」
「幸せ…に……なっ……て…欲し……い……俺じゃ……ない…誰か…と……」
「ライル……もう…喋らないで……」
こうしている間もなおライルからは血があふれ続けている。
「約…束……して…くれ……」
「する……するから……だから…もう!!」
「ありがと……な……」
ライルの身体はすでに限界に達しようとしていた。
「最…後に……一…つ…だけ……」
「何……?」
「…マリーア……愛…して……る…」
「私も……愛してるわ」
そのときのライルの顔は二度と忘れないだろう
こんな状況だというのに今まで見たことの無いほどの笑顔だった
そしてそのままライルはマリーアに口付ける
最後のキスを
「さぁ……逃げろ……」
別れの時。
「ライル……」
泣きながらもマリーアは頷く。
「そうやすやすと逃がしはしませんよ。私の正体を知ったからには生かしてはおけませんからね」
攻撃を受けたときにライルもアイーダに一撃をはなっていた。それはあまりダメージは与えられなかったようだが、少しの間動きを封じ込めていた。しかしすでにアイーダは動き出した。マリーアを逃がすためにもあともう少しだけと気力を振り絞る。
――その時、後ろの扉が開く音がした。
「……先生!?」
それはリュートとセリアとレイだった。
(リュート!)
ライルは焦る。このままでは彼らも危険になってしまう。
「鼠がまぎれこんだようですね。では、まとめて排除いたしましょう!」
アイーダがまた先ほどの黒い球体を浮かべた。それを見たライルはありったけの力を持って叫ぶ。
「逃げろ!!!」
「え……?」
リュートたちはいまだこの光景の意味が分からなかった。なにがどうしてこうなっているのかさっぱりと。それでもライルは最後の力を振り絞ってまだ叫ぶ。
「マリーア!!早くリュートたちを連れて逃げるんだ!!」
その言葉にマリーアははっとして素早く動く。リュートたちに駆け寄って呆然としている彼らを連れ出そうとする。
「逃げるわよ!早くしなさい!!」
マリーアの必死の言葉に訳が分からなかったが、とにかくここから逃げたほうがいいことだけはなんとなく分かった。けれどライルはどうみても逃げれる状態じゃない。
「けど先生が……!」
「ライルの意志を無駄にしないで!!」
「――ッ!」
リュートたちも馬鹿ではない。その言葉でこの状況の意味を理解してしまった。理解したくなんてなかったのに。
「行くわよ!」
その言葉でリュートたちは走り出す。マリーアは去る前にライルのほうを一瞬見る。ライルもそれに気づいたようにマリーアのほうを向いた。
見詰め合ったのはほんの一瞬。
けれどそれでも二人には永遠の時間のように思えた。
マリーアはいつまでもこうしていたいという想いを振り切り、走り出した。そして四人が去っていくのを見届けたライルはアイーダと向き合う。
「逃げ切れるとでも思っているのですか?」
「……逃げ…切らせるんだ!」
アイーダはその答えを聞いて笑う。
「愚かだな。もはややつらは私に楯突いた国家反逆罪だ。たとえ今逃げたとしてもすぐに全てが敵になる」
また黙っていた皇帝が口を開いた。
皇帝は全て知っていたのだろうか。アイーダが魔族だということも。
「愚かなのは貴方のほうだ!今はよくても時期に貴方に謀反の意を持つものはしだいに増えていく!」
「黙れ!!アイーダよ、早くこの男を殺せ!」
皇帝はアイーダに命令した。そして先ほどよりも大きい球体をライルめがけてアイーダは放つ。ライルも一矢報いようと全てを己の剣に懸けて討つ。
すさまじい衝撃音。
ライルはその中で身体が崩れていくような感覚がした。
意識が薄れていく中でライルは昔の皇帝を思い出す。
昔は賢帝と言われながらずっとこの大陸を治めてきた。その名の通り全てのものから慕われて、この男なら争いもなくなると思えた。しかし六年前よりだんだんと変わっていった。その変わり果てる姿に、
民も
側近も
そして自身でさえも気づかずに。
六年前とはちょうどアイーダが現れた時期。
言えばよかったのだ
あの男は危険だと
正気を取り戻せと
そうすれば今はなかったかもしれない
けれども全ては遅すぎた
あの幸せな日々は二度と戻らないだろう
ライルはいろいろな想いを馳せながらそして最後はさきほど逃げていった彼らを想う。
逃げ切れただろうか。
レイ――三人の中でも一番弱気な少年。いつかその心が押しつぶされないだろうか
セリア――平和を願う心優しい少女。いつかその優しさが裏目に出ないだろうか
リュート――元気でそして無鉄砲な少年。いつかその無鉄砲さが仇とならないだろうか
マリーア――世界でただ一人愛した女性。いつか俺ではない誰かと幸せになってくれるだろうか
もう二度と会うことはないだろう
けれども絶対に忘れはしない
――お前たちと出会えたことを
さよならだ