Mystisea

〜想いの果てに〜



一章 忍び寄る魔


09 アイーダの正体








 城門でリュートたちと別れたあと、ライルは報告をしに皇の間へと行こうとする。そしていい機会なので今回のことを直接宰相と皇帝にたずねることにした。何の目的で自分たちをメノン洞窟まで行かせたのか。
「ライル!」
 少し考えながら歩いていたので前から向かってくる人物に気が付かなかった。
「マリーア」
「無事だったのね……」
 マリーアはライルの姿を見つけると嬉しそうに微笑んだ。マリーアがずっと心配していたのが分かったのでライルは済まない気持ちになる。
「いったいなにがあったの?」
「それが……」
 心配してくれたマリーアに隠すわけにもいかず、どうせ後々喋ることになるのだからと皇の間へと歩いている間に話すことにする。
「やっぱりメノン洞窟なんかに行かなければ……」
 マリーアはライルたちがメノン洞窟に行くことになったと聞いたときからずっと不安だった。ライルの話も信じられないような出来事だったが、本当のことだとわかる。
「とりあえずこれから報告ついでにこのことを聞くつもりだ」
「私も行くわ」
「マリーア……」
 ライルはマリーアがこう言い出すことは半ば予想していたことだった。マリーアとてリュートたちは大事な教え子でもある。彼らに死の危険が迫ったのだからいろいろと聞きたいこともあるのだろう。どうせ止めても無駄だと分かっていたので二人で皇の間へ行くことにした。
 数分歩いたあと、皇の間へたどりついた。目の前には大きな扉が広がっている。
「ライル=レンスター、報告をしに参りました」
「入れ」
 中から皇帝の声がした。言われたとおり入ると中にはすでに皇帝とアイーダが待っていたのかのようにいた。
「報告します。先程我々はメノン洞窟より全員無事に帰還いたしました。洞窟内でいろいろなことが起こったのでこのような遅い時間になってしまい申し訳ありませんでした」
「かまいません。そうですか……全員無事だったのですか」
 アイーダは呟くように言う。その言葉をライルは聞き逃さなかったが、その意味を問う前に聞きたいことがあったので後回しにする。
「つきましてはいくつかお聞きしたいことがあります」
「何でしょうか」
 アイーダはその言葉を待っていたかのように妖しい笑みを浮かべて聞いた。
「なぜ我々だけがメノン洞窟だったのですか?あそこの危険さは貴方がたもよくご存知のはずでしょう」
「今さら何を言い出すのですか。メノン洞窟でいいと言ったのは貴方のはずでしょう」
「それは!」
 ライルはアイーダの言葉に怒りを覚える。薄々感じていたが、アイーダは全てを知った上で何かを企んでいたのだろう。
「あの洞窟内の魔獣はあきらかにこれまでとは異常でした。とくにあの<デルス>の強さはあきらかに異常だった!何らかの力が加えられてるとしか思えない……。あんな<デルス>にまだ仕官学生の彼らが敵うはずがないでしょう!」
 最後のほうは敬語も無視し、感情的に言葉をアイーダにぶつける。
「いけませんねぇ」
 アイーダはそれを聞いて言う。
「今の言葉を聞く限りでは<デルス>を倒したのは貴方のようですね。<デルス>は学生たちが倒さなきゃいけないのですよ。貴方が手を出してはいけないはずですが」
「だからそれは!……あのままだと彼らが死んでしまうと判断したからです」
 ライルはついつい感情的になってしまう自分を抑えようとする。しかしこのあとアイーダから信じられない言葉を耳にする。
「死んでしまってよろしかったんですがね」
「なに……?」
 アイーダの言葉に自分の耳を疑った。その意味を問いただそうとするがそれを無視してアイーダは言葉を続ける。
「それにしても貴方の強さは予想外でしたよ。強化された<デルス>をも退けるとは。私の読みが甘かったということですか……」
 アイーダは独り言のように呟いている。それを聞いていたライルはまさかと思う。
「それはどういう意味ですか!?」
 ライルの代わりに今まで黙っていたマリーアが叫んだ。その言葉にアイーダは笑みを浮かべて答える。
「分かりませんか?全てが計画の上。メノン洞窟で強化された魔獣たちを相手にライル=レンスターには死んでもらうはずだったのですよ。いやはや<デルス>なら殺せると思っていたのですが、計算違いでした」
 ライルは半ば予想していたとおりのその言葉を聞いて愕然とした。アイーダから疎まれていることは知っていたが、だからといってこんなやり方をしてくるとは思わなかった。これでは自分のせいでリュートたちまで死の危険に晒されたということだ。
「なぜそんなことを!?俺を殺したいのなら直接くればいいだろう!そんなことでリュートたちを巻き込んだというのか!!」
 怒りに晒されてライルは叫んだ。しかしそんなことはアイーダにはどうでもよかった。
「これはこれは、生徒想いなのですね。しかしたかだか学生の三人など生きてる価値もないのです。死んだってどうってことないでしょう」
「なっ!!お前はそれでも一国の宰相か!?国の民が生きてる価値がないとそう言うのか!!」
「その通りです。……あの学生たちだけじゃない。この世界に生きてる人間全てに生きてる価値などないのですよ!!」
 最後は何かに恍惚しているように高らかに叫んだ。それを聞いていたライルとマリーアは驚愕する。そして思う。人間全てに価値がないのならば自身はなんなのだと。
「魔獣を強化したのもお前なのか……?」
「その通りです」
「お前は……お前は何者だ!?」
「私……ですか?そうですね。冥土の土産にでも教えて差し上げましょうか。私は――」
 今まさにアイーダから真実が告げられようとしたとき、横から一つの声がした。
「もういいだろうアイーダ」
 アイーダの言葉を中断して声を発したのはこれまでずっと黙っていた皇帝だった。ライルは皇帝がこの場にいたことすら忘れていた。それほどまでに大きい衝撃を受けた。
 そして疑問に思う。皇帝は今の話を聞いて何も思わないのかと。
「陛下……」
「これは陛下」
「さすがはライル=レンスターといったところか。<デルス>を退けるとは見事だ」
 その言葉を聞いてライルは悟り、そして絶望した。
「陛下……貴方はもう…戻れないとこまできてしまったのですね……」
「何を言う。私は変わってなどいない」
「その言葉がもう変わった証なのです!」
 ライルは無駄だと分かっていたがそれでも皇帝へと訴えていた。
「ライルよ。私はお前が怖いのだ。お前のその強さが。お前が本気を出せば恐らくはアルベルトや私でさえ敵わないのだろう」
「何を……」
「そして最近のお前はこの帝国に不信を募らせていた。そうだろう?」
「……」
「だからこそ敵になる前にお前には死んでもらわねばならない!私よりも強い人間などいてはならないのだ!!」
 すでに皇帝の目は狂気を帯びていた。
「そんな……そんな理不尽なことがあってたまらないわ!!」
 後ろでずっと聞いていたマリーアも皇帝の理不尽さに対して怒りを覚えると同時に、いつの間にか皇帝がこんなにも変わったことに気づけなかった自分を悔やむ。
「理不尽だと!?何を言うか!全てはこの私が絶対なのだよ!!私は世界の皇なのだ!」
 その皇帝の様子にもう二人は絶句するしかなかった。そして皇帝はアイーダに命を下す。
「アイーダ」
「はい」
「その男と女を殺せ」
「かしこまりました」
 アイーダは笑う。妖しい笑みを浮かべながらライルのほうを向いた。
「ふふふ。人間を殺すのは久しぶりですね」
 そう言ったアイーダは不気味だった。
 ライルはアイーダの周りに邪悪な気が立ちこめるのを感じた。そして見た。
 アイーダの後ろにある巨大な闇を
 その闇は全てを飲み込もうとするかのように
 今にも全てを捉えるのかのように
「お前はまさか……」
 ライルはアイーダの正体に気づき始めた。
「あぁ。そういえばまだ言ってませんでしたね。私は――魔族です」
「魔族……?なんで魔族がこんなところに……?」
 マリーアが呆然と呟く。
「なるほどな……言われてみれば納得だよ」
 ライルも魔族という存在に驚くが、今までのことを見ればそれも納得しないわけにもいかない。
「さて……そろそろ死んでもらいましょうか」
 そう言ってアイーダは右手に黒い球体を浮かべる。それが何なのか分からないが恐らくは魔族の魔法かなんかだろう。慎重にいくことにした。
「まずは貴女のほうからにしますか!」
「え……」
 アイーダが球体を放った方向にはマリーアが呆然と立っていた。動こうにもいつのまにかアイーダの闇によって囚われていたので、それも叶わなかった。
(まずい!)
 ライルは駆け出す。なんとしてでもマリーアだけは逃がしたかった。
「マリーア!!」
「ライル!!」
 辺りに大きな爆音がした。