Mystisea

〜想いの果てに〜



二章 悪魔の子


05 タリア








 カルク村へと近づいていく。少しでも早く着こうと、だんだんと進む速度も速くなっていった。カルク村が目の前までくると、はじめてリュートたちは異変に気づく。
「何か様子がおかしくないですか?」
「まさか……」
「先生、急ぎましょう!」
「あ!待ちなさい、リュート!!」
 マリーアの制止を聞かず、リュートは走る。その後を、レイとセリアも続いていく。
「駄目……!」
 マリーアの願いも届かず、三人は村へと入っていった。こうしてはいられず、マリーアも急いで後を追う。
「お願いです!放してください!もうこの村には貴方の探している人たちはいないのです!」
 リュートたちがカルク村の入り口に来ると、奥の方から声が聞こえてくる。カルク村は小さいので、入り口にいようと奥は簡単に見えた。
 村の奥にあった状況とは、数十人の帝国騎士と、一ヶ所に集まっている村人たちだった。
 さらに帝国騎士の中心にいた人物は――
「ギレイン様!」
 思わずリュートは叫んでしまった。その声にギレインも、騎士たちも、村人も、全員が気づき、リュートたちのいる入り口を向いた。
「この辺りにはもういないとは思ったが……」
 ギレインが一歩一歩近づいてくる。その眼は獲物を見つけた時のようだった。リュートにも彼が追っ手なのだと頭の中で理解する。それと同時に愕然とした。ギレインが追っ手では逃げれるはずはない。だがリュートもまた真剣な面持ちで、ギレインと同じように一歩一歩近づく。
 ギレインの後ろでは村人が怯えたように固まっている。その眼はタリアと同じような憎悪に似た眼で、その眼は帝国騎士たちに、そしてリュートたちにも向けられていた。村人の中にはタリアもいたが、ハクの姿は見えなかった。不意にタリアと眼があった。だがタリアの眼は、裏切られたというような眼をしている。思わずリュートは自分から眼をそらした。
「今、君たちがここからどこにいったか村人に聞いていたところだ」
「……」
「リュート=セルティン」
「……覚えててくれたんですか」
 本当にギレインが名前を覚えていたことに驚いた。こんな状況でなければ、手放しで喜んでいただろう。
「リュート!下がって!」
 マリーアがやってきて、リュートの前へ庇うように立った。
「マリーアか」
「ギレイン様……まさか騎士団長自らが来るなんて……」
「それもそのはずだ。お前たちはすでに国家反逆罪として大陸中に手配されている」
「そんな!?」
「お前たちに逃れるところはもうない。諦めるのだ」
 ギレインが片手を上げた。それを合図に騎士たちが四人の周りを取り囲んだ。
「抵抗はするな。したら村人の命はないと思え」
「……!彼らを人質にするんですか!?なんて卑怯な!」
「何とでも言うがいい……。国家反逆罪となれば、手段も選ばない」
「そして強引にアルスタール城へ連れ帰り、公開処刑ですか……?」
 マリーアは自嘲じみた笑みを浮かべた。
「そうだ。……捕縛しろ!」
 さすがのマリーアも村人を人質とされれば抵抗できない。たとえ村人がいなかったとしてもギレインがいる限り、逃れることは難しかっただろう。四人はおとなしく捕まる。
「連れて行け」
「待ってください!」
 ギレインの命令にリュートが口を挟んだ。
「この村の人に渡すものがあるんです!せめてそれだけは……」
 ギレインはリュートの懇願する眼に負け、それだけは許す。
「……分かった」
「ありがとうございます」
 リュートは一人いまだ奥にいる村人たちの方へ歩いていった。村人たちもリュートに気づいた。
「お前たち、帝国の人間だったのか!」
「あんたちのせいでこの村はさらにひどい扱いを受けることになるんだ!」
「この疫病神!」
 村人は口々にリュートを罵倒する。リュートはそれを甘んじて受け入れた。そしてタリアの前へと行く。
「タリアさん……」
「……私たちを騙していたのね。みじめな生活を見て笑っていたんでしょう!?」
「違います!俺たちは……本当に知らなかったんです。こんなひどい扱いを受けてる村があるなんて……」
「そう……帝国にいる人間なんて私たちの生活なんて見向きもしないわ。知らなくて当たり前ね」
 棘を含んだ言い方だった。心を痛めながらもリュートは頭を下げる。言われていることは事実だっただからだ。何も知らずに、生活していた自分が惨めでもあった。
「ごめん……謝っても許されるようなことじゃないけど……ごめんなさい!」
「……」
「……」
「……早くこの村を出て行って……。二度とこの村に現れないで……!」
 すでにタリアはリュートの顔を見ていなかった。そんなタリアにリュートは心を痛める。
「分かりました……。けれど、これだけは置いていきます」
 リュートはタリアの前にレイリーフが入った布を置き、最後にもう一度謝ってからギレインの方へ戻っていった。
「もういいのか?」
「はい」
「そうか……。出発する」
 再度、ギレインの命令のもと騎士たちは動き出した。先頭をギレインとし、その傍に四人が連れられている。すでに外は薄暗く、ここからアルスタール城へ行くには野営する必要があった。そんなことを思いながらもギレインは黙ってアルスタール城への道を進む。その心のうちは晴れやかではなかった。






 タリアはリュートの置いていった布を受け取る。心の中は後悔に包まれている。リュートたちが追われるとはいえ、帝国に属する人間であったことを知った時は裏切れたと思った。そのせいでいろいろひどいことを言ってしまったのだ。
 リュートたちとタリアの家で話した時を見れば、彼らが本当に悪い人たちでないことは分かっていた。それでも気持ちがついていかなかったのである。
 何かが入っているであろう布を恐る恐るといった感じで開ける。
「これは……!」
 その布に入っていたものは、村に流れている暗い空気を払うかのように、小さくだが光り輝いている薬草だった。
「タリア、それは!」
 近くで見ていた老人が声を上げる。その老人はハクを診た者で、昔は薬師として活躍していたこともある人物だった。
「レイ…リーフ……」
「そうじゃ。それがあればハクは助かるぞ!すぐにわしが煎じよう!」
 ハクは大人が多いこの村では一番の人気者だ。誰もがハクを助けたいと思っていたが、諦めてもいた。しかしこのレイリーフがあればハクの命は助かる。さきほどまで人質にされていたとは思えないほどに、村人はみんな喜んでいた。
 その中でタリアは一人だけその場から動かずに、ただただ頭を下げていた。
「ごめんなさい……ごめんなさい………ありがとう……」
 タリアの眼からは止まることを知らないかのように、涙が流れ続けていた。

 ずっと、ずっと……