Mystisea
〜想いの果てに〜
二章 悪魔の子
06 ギレインの想い
夜になり魔獣が出現する心配もあるので、野営をすることにした。ギレインの配下の騎士たちがそれぞれ準備をしている。
リュートたち四人は同じ場所にあてがわれたが、動けないように縛られ外からも厳重に見張られている。脱出することは不可能だった。
「僕たち……どうなるんだろ」
レイがぽつりと呟く。誰かに聞いたものでなく、ただ確認のように言っただけだ。それが分かっているので誰も言葉を返さなかった。
もしも北の洞窟に行かずに、先へ逃げていたのならばここで捕まることはなかっただろう。それでも誰一人後悔はしていなかった。それだけが救いでもある。
静寂が訪れる中、一人の訪問者が現れた。
「ギレイン様……」
「……」
部下に猛反対されたが、話をするために強引に押し切って入ってきた。ギレインには今回の事件について不可解なことが多々あった。しかし皇帝の命令なので逆らえるはずもない。従うしかなかったのだ。
無理をすれば今夜中にアルスタール城へ着くことも可能だったのに、野営をしたのは話を聞きたかったからということも知らず知らず含まれていたのかもしれない。
「お前たちに聞きたいことがある」
特に意識しているわけでもないのに、ギレインからは圧倒的な迫力が出ている。それに気圧されて、リュートとセリアとレイは何か口にすることは出来なかった。
「何でしょうか?」
マリーアが答える。
「お前たちがライルを殺したというのは本当か?」
「え……?」
その質問にはみんな驚いていた。驚かないほうが無理なものだろう。
「何を言ってるんですか!?なぜ私たちがライルを殺さないといけないのです!」
「アイーダはこう言った。マリーアとその生徒三名がライルを殺し、あげくの果てに皇帝陛下まで殺害しようとした、と」
「なっ……アイーダ…!」
マリーアはアイーダへの怒りを隠せない。リュートたちも同じだった。
「その様子ではやはり違うようだな……。お前がライルを殺すはずないか」
その言葉は全てをライルとの仲を見透かしているようだった。
ライルとマリーアが恋人同士だということは表に出していなかった。リュートたちでさえあの場面で知ったことである。だが、ギレインは知っていたようだ。
「知っていたのですか……」
「直接聞いたわけではない。なんとなくそう思っていただけだ」
ギレインのように薄々感づいていたものは他にもいた。
「そう……ですか」
「ライルを殺したのは……アイーダなのだな?」
ギレインは確認するように聞いてきた。これも薄々分かっていたことだった。アイーダがライルのことを邪魔者として見ていたことは知っていた。そして、自分のことも。
「はい」
「そうか……あの男のことだからライルの遺体をよこさないのも頷けるな」
「……」
マリーアはあの時のことを思い出して、涙が出そうになる。しかしそれをかろうじて堪えた。
「ギレイン様はアイーダが魔族だということは知っているのですか?」
「何?魔族だと?」
魔族ということについては知らなかった。魔族が現れていたことなど昔で、今では話で聞くだけでその存在を信じている者はこの大陸には少ない。昔といってもそうそう昔でもないのにだ。
「そうです。そしてそれを陛下はご存知だった……」
「馬鹿な……いくらなんでもそんなことが…いや……ありえるのか…」
自分で確認するような声だったので、マリーアたちには届かなかった。
「その話は本当だな?」
「はい」
「そうか……アイーダめ…!」
ギレインは四人の傍へやってくる。その様子に訝しげに思っていると、何を思ったかギレインは拘束を解いた。
「ギレイン様……何を」
「城へ行けばみすみす殺されるようなものだ。国家反逆罪など、今の陛下が言うことなど私にはやはり聞けない……」
「ギレイン様……」
「私が手引きしよう。逃げるんだ」
早くしろとギレインの眼が言っていた。マリーアたちはいきなりのことだったので戸惑う。しかしすぐに急いで立ち上がりギレインに付いていこうとする。
その時、外で悲鳴があちこちから聞こえてきた。
「何だ!?」
「ギレイン様!」
身体中血まみれになった騎士が、入ってきて叫ぶ。
「突然…魔獣が……数が…多くて……我々だけ…では……!早くお逃げ…くだ――」
いきなりその騎士は倒れる。後ろには魔獣がいた。ハッとしてギレインは身構えるが、用は済んだとばかりに魔獣はギレインに向かうことはせずに戻っていく。
「いったい何が起こっている!?」
ギレインは魔獣の後を追って、外へと出て行く。自由になったリュートたちもその後を追う。
「嘘……」
セリアが外の光景を見て呆然とする。
ギレインが連れていた騎士は全て死に絶え、野営地を囲むように大群の魔獣がいたのだ。
「なにこれ……」
その時、前方に邪悪な気配がした。ギレインはそれにいち早く気づく。
「誰だ!?」
「ほぅ。お気づきですか」
闇より現れたのは――アイーダだった。
「アイーダ……!!」
アイーダはギレインの前へ進み出る。
「下がりなさい」
驚くことにその一言で、大群の魔獣は最初からいなかったかのように消えた。
「嘘だろ!?」
「アイーダ、お前の仕業か!」
ギレインは激昂する。アイーダが魔族ならば、魔獣を操れて当然のことかもしれない。
「何をおっしゃるのですか。反逆者を逃がそうとしたのは貴方のほうでしょう」
「……だかろと言って部下を殺す必要はないだろう!」
「彼らを殺したのは目撃者を無くすためですよ。正直、あなたが反逆者を逃がそうとしたことなどどうでもいい。むしろそれを期待していたほうですよ」
「何?」
「それならば……貴方を消す理由が出来るってものでしょう!」
アイーダの手から黒球が現れ、ギレインへと向かう。ギレインはかろうじてそれを避けた。
「なるほど……それがお前の本音か、アイーダ!」
「そうです、邪魔だったのですよ。帝国に不審を抱く貴方とライル=レンスターはね!」
「マリーア!三人を連れて逃げろ!」
「逃がしはしませんよ。貴女たちもうろちょろされては目障りですからね」
いきなりのことだったので四人は我を忘れたかのように動けなかった。やっとギレインの言葉で自分を取り戻す。だが取り戻したと同時に、リュートが走り出した。
「てやぁぁっ!」
「リュート!」
向かった先はアイーダのところだった。アイーダはライルの仇でもあるのだ。目の前にして逃げることなどリュートには出来なかった。
アイーダはリュート目掛けて黒球を放つ。その速さはすさまじく、リュートが避けれるものではなかった。しかしマリーアが間一髪でリュートを助ける。同時にギレインが別方向からアイーダに攻撃した。
「逃げろ!」
ギレインが叫んだ。
「逃げるわよ、みんな!」
「だけど!」
なおもリュートは拒んだ。ここで逃げれば、あの時と同じである。犠牲になる人物がライルからギレインに変わっただけだ。そんなこと分かっていたけれど、それでもマリーアはリュートたちを逃がすことを選ぶ。
「今の貴方じゃ奴には敵わないわ!」
「……!!」
「逃げようよ、リュート!」
「今の私たちには逃げることしかできないわ」
レイとセリアもリュートを促す。だからといって簡単に諦めることは出来ないが、ここに残っても死ぬことは分かっている。逃げることを決意した。
「まったく……同じことの繰り返しですか」
アイーダは急に攻撃をやめ、ギレインを見た。マリーアたちはこの場から去っていくのが横目に見える。ギレインはそのアイーダの態度に訝しげに思った。
「貴方を殺す前に一つだけ聞きたいことがあります」
「何……?」
「あれはどこです。あの男も持っていなかったのならば、貴方しかいないはず」
「……やはり、あれが目的なのか……」
「答えなさい」
アイーダの威圧的な態度と声に、ギレインは圧され始める。
「知らないな……そんなもの!」
「そうですか……。ならば、貴方を殺したあとに探すとしましょう。これで邪魔者はいなくなるのですからね!」
「そう簡単にやれると思うな!!」
ギレインはアイーダに命を懸けてぶつかっていく。
ライルが守った者を再び守るためにも
自分たちが叶わなかった想いを託すためにも