Mystisea

〜想いの果てに〜



二章 悪魔の子


07 町の噂








 四人はひたすら逃げ続けた。
 暗闇の中、魔獣も振り切り、ただひたすらに走り続けた。もう足が動かないというくらいまでに。
「はぁ……はぁ……この辺りで朝まで休みましょう」
「……」
 みんな何も言葉を発さずに黙っていた。いや、疲れて発することもできないでいるのだ。
 それでも時間が経てば喋れるくらいにはなる。
「アイーダは追ってくるのかな……」
 レイがポツリと呟く。
「多分ここまでは追ってこないわ」
「本当ですか?」
「なんとなくだけど、そんな気がするの」
 根拠など何もなく、ただの勘である。けれどあながち間違ってなさそうだとマリーアは思う。アイーダにとって恐らく自分たちはどうでもいいのだと感じる。今さっきのことだって、マリーアたちを狙ったというよりギレインを狙っていたのだろう。ライルの時もそうだった。
「けど、これからどうすればいいんですか?もう大陸中に手配されて俺たちに逃げる場所なんて……」
 ギレインの言葉を信じればそうなるのだろう。そしてギレインが嘘を言っているとは思えなかった。
「確かに手配されていたらまずいわ」
「けれど、一つだけ心当たりがあるわ」
「心当たりですか……?」
「えぇ。……自治都市セクツィアよ」
「セクツィア……けど、あそこは!」
 その言葉を聞いてセリアが声を出す。セクツィアに住む妖精族と、人間たちは不仲だ。昔は二種族とも仲が良く、共に暮らしていたのだが、最近になり始めてから二つの関係は悪化している。
 数十年前から種族の差別は始まっていたが、それでも当時は今に比べたら大したことではなかった。よく考えれば、関係が激化したのもアイーダが来たころからだろう。今では国境付近では小さな争いが起こるほどだった。セクツィアの近くに砦を築き、そこには妖精族の戦いが任務となりつつある第三騎士団が駐留している。
 第三騎士団の騎士団長はカンナと言い、唯一の女性でもある。さらにカンナは仕官学生時代、ライルとマリーアと同期の仲でもあった。
「確かに彼らが私たち人間を受け入れてくれるとは限らない。けれど私たちは帝国に追われているし、頼めば匿ってくれるかもしれないわ」
「それはそうかもしれませんが……」
 それでもセリアは不安でもあった。実際妖精族と会ったことはないが、話を聞く限りでは、向こうは人間を毛嫌いしているらしい。セリア自身は別に嫌いでもない。会ったこともないのだから当然とも言えた。
「これは賭けね。もしも無理だったらまた別の場所を探せばいいし……。みんなはどう?」
「俺は大丈夫です」
「僕はみんなと一緒ならどこでもいいよ」
「分かりました」
「決まりね。さぁ、今日は寝ましょう。明日はどこか町を探してこの辺りがどこだか知らないとセクツィアにも行けないわ」
 方角も無視して走り続けたので、今ではここがどの辺りなのか全く分かっていなかった。恐らくは南の方に走って行ったと思うので、セクツィアへ近づいているはずだ。そう信じて、四人は眠りへとついていった。






「町が見えたわ」
「結構賑やかですね」
 四人は朝早くに出発し、今どの辺りにいるかを知るため、町を探すことにした。マリーアには町の名前が分かれば、今いる位置もだいたい分かる。
 ほかにも方法はあるが、いろいろと手に入れたい物もあるので町を探すことにしたのだ。
「気をつけて。もうこの町にも手配されてるかもしれないわ」
 大陸中に手配されたからといって、すぐに各町に広がるわけではない。アルスタール城から遠ければ遠いほど、手配書が届くのも遅いはずだ。
 だからといって顔を隠そうとしても怪しいだけで、なにより顔をまともに隠せるものが何もなかった。ここは堂々と行くことにする。
 町の中を歩いても、町の人間たちはリュートたちを不審な目で見るようなことはなかった。この様子ではまだ大丈夫そうだ。マリーアはそれならばと思い、近くにいた老婆に直接聞いてみる。
「すいません」
「なんだいあんたたち。もしかして旅人さんかい?」
「はい。四人でいろんなところを旅して歩いているのです」
「へぇ。見たところ後ろの三人はまだ若いじゃないか。感心だね」
「それほどでもありませんよ。ところでこの町の名前を教えていただけないですか?」
 マリーアがそれを聞くと老婆は不思議そうにマリーアを見た。やはり町の名前を知らないのはおかしかっただろうか。
「ここはレンベールの町さ。あんたたちそれを知って来たんじゃないのかい?」
「いえ、私たちは偶然ここに辿り着いて……」
「なんだい、そうだったのか。私はてっきり賞金目当てで悪魔退治に来た旅人さんかと思ったよ」
 老婆の言った悪魔退治という言葉にリュートは興味が引かれた。その意味を老婆に尋ねる。
「おばあさん、悪魔退治って何なんですか?」
「悪いが私も詳しいことは知らないんだよ。まぁ、よく考えれば後ろのあんたたちはまだ若いからね。悪魔に挑むのは無理か」
 無理と言われたのが原因か、リュートはムッとする。
「おばあさん、無理かどうかなんてやってみなきゃ分からないだろ」
「ははっ。それもそうだね、悪い悪い。詳しいことを知りたいなら町長の屋敷に行けばいい」
「町長のところか……」
「けど、気をつけるんだよ。今まで何人もの人間が悪魔退治に行ったけど誰一人として帰ってきたことはないんだ」
 忠告だけをして、そのまま老婆はリュートたちの元を去っていく。
「悪魔……?レンベールの町にそんな噂聞いたことないけど……」
「私も聞いたことありません」
 セリアが言ったことに、違うことだがリュートは驚いた。
「セリアこの町を知ってるのか?」
「リュート、分からないの?」
「あ、あぁ……」
「リュート!貴方授業ちゃんと聞いてたの!?レンベールの町くらい普通知ってるわよ!」
 マリーアが呆れたように怒っている。こういうところは厳しく、まるで母に叱られているようだった。もちろん普段寝てばかりで授業を聞いていなかったリュートがレンベールの町を知るはずもなかった。
「レイ、お前知ってるか?」
「知ってるよ。この町は帝都アルスよりだいぶ南にある町だよ。結構セクツィアとも近いはずだったけど」
「へぇ……よく知ってるな」
「知らないほうがおかしいのよ!」
 マリーアは未だ呆れつつも、だいたいの位置は分かったので食料などを買ってからセクツィアへ向かおうとする。
「それじゃぁ急いで旅に必要な物を買ってセクツィアへ行きましょう」
「けど、お金はどうするんですか?全然足りないですよ」
「それは……」
 確かに金が不足していて困っていた。これからのことを考えれば、食料など十分な量を買うことはできない。どこかで金を手に入れるしかなかった。
「先生!悪魔退治に行きましょう!」
 突然リュートがマリーアに提案した。
「ほら、おばあさんも言ってたじゃないですか。賞金目当ての悪魔退治って!」
「確かに言ってたと思うけど……だからってそんな危険なことをしなくても」
 老婆が言っていたことはマリーアも覚えてる。賞金が出ているということも、退治しに行った者が帰ってこないとも。マリーアは悪魔退治については反対で、乗り気ではなかった。
「そうだよ、悪魔なんて危ないって……」
 レイも乗り気ではない。リュートは残っているセリアをすがる様な眼で見た。
「一つ気になるんですけど……悪魔って魔族や魔獣と関係あるんでしょうか?」
「それは……」
 それについてはマリーアにも真偽は分からなかった。無関係かもしれないし、何か関係あるのかもしれない。
「もし関係してたら、アイーダのこと何か知るチャンスかも!」
 リュートは何とかして悪魔退治へ行くための許可を得ようとする。自分でもなぜだか分からないが、絶対に悪魔退治に行くべきだと思った。
「けど……」
「それじゃせめて話だけでも!」
 マリーアはリュートが行きたいという思いを変えることはないと思い、半ば押しに負けた感じで諦めるように頷いた。
「分かったわ。行きましょう」
「本当ですか!?」
「リュートがこうなったらなかなか諦めないからね。ただし、無茶はしないことよ」
「はい!」
 悪魔退治へ行くことが決まり、早速四人は詳しい話を聞くために町長の屋敷へと足を運ぶことにした。