Mystisea

〜想いの果てに〜



二章 悪魔の子


08 悪魔の森








 城の廊下を険しい顔でシューイは歩いていた。さきほど皇帝と宰相に命じられたことが信じられずにいた。
 すでにシューイたちは叙勲式を終え、それぞれ騎士団へ入り、帝国騎士の一員となったばかりだ。あんな事件があった後でも、特に城の中は変わりがなかった。変わったのは騎士団の任務に反逆者の捕縛が加わったことくらいだろう。
「何を難しい顔をしているのだ」
「シェーン……」
 廊下を歩いているとシェーンと出会う。すでにチームを組むことはなくなっていたので、久しぶりという感じがした。
「その様子だとあの噂は本当のようだな」
「……もうみんな知っているのか?」
「いや、偶然聞いただけだ。まだ広まってはいない」
「そうか……」
「それで、本当なのか?」
「分からない……だが、先ほど父上とアイーダ様に命じられた」
 噂とはギレインの凶報と、シューイの吉報だ。シューイはギレインが死んだことがとてもではないが信じられなかった。
「大出世だな、シューイ。まさかいきなり第二騎士団長になるとは思わなかったぞ」
「シェーン、お前はどう思ってる?」
「何がだ?騎士団長なんていいことじゃないか。同じ神の子として私が嫉妬するとでも思ったか?」
 嫌味たらしく神の子という言葉を使ってきた。こういう時のシェーンはあまり機嫌が良い時ではない。長年チームを組んでいたシューイにもこれくらいは分かった。
「違う。ギレイン殿のことだ。私にはあの人が死ぬなんて考えられない……」
「お前がギレイン様の後を継いで騎士団長となったのだ。本当のことなのだろう」
「だが!ギレイン様は反逆者を捕らえる任務の時に亡くなったのだ。アイーダ様の話では全滅だったらしい。これでは反逆者が殺したとしか……!」
 シューイはあえて反逆者という言葉を使った。そうでないと自分の気持ちがおかしくなりそうだったからだ。
「リュートたちが殺したと言いたいのか?」
「……そうは思いたくない」
「セリアもいたのだろうな」
「!」
 シェーンもあえてセリアの名前を出す。その名前にシューイは過剰に反応した。
「セリアがそんなことをするはずがない!……お前だってリュートがあんなことをしたとは思ってないだろう!?」
「あんなこととはどういうことだ。ライル先生を殺したことか?それとも皇帝に逆らったことか?」
「どちらもだ!」
「……。リュートがライル先生を殺すのはありえないことだな。だが、皇帝に逆らうという意味では国家反逆罪としても頷ける」
「まだそれを言うのか、シェーン」
 シューイはもうそのことについては深く言わないことにした。シェーンにも何かあるのだろう。
「お前の気持ちは分かる。だが真相は分からないが、リュートたちが国家反逆罪として大陸中に手配されているのは事実だ」
「それは俺も分かっている」
「いつか真相も分かるはずだ。その時のお前が取る行動はどうするのか……」
「どういう意味だ?」
「さぁな。それまで騎士団長として頑張るんだな」
 これ以上話すことはないといった感じで、シェーンは振り返らずにシューイの元を去った。これ以上聞いても何も話はしないだろう分かっていたので、シューイはそれを見ているだけにする。とりあえずはシェーンと話したことで、騎士団長になるという命令を受け入れそうな気になってきた。
 真実はセリアに会った時に聞けば分かるだろう。だが、会った時は敵としてなのかもしれない。これ以上考えるのをやめ、シューイは再び歩き出す。今度は先ほどのような険しい顔はしていなかった。






「貴方たちですか。悪魔を退治してくれる旅人は」
 町長の屋敷を訪問すると、すぐに町長が対応してくれた。
「はい。悪魔を退治すれば賞金が出ると聞いたのですが本当ですか?」
「それは本当ですよ。前金で二千、成功報酬として一万用意しています」
「一万!?」
 一万といえば結構な金額でもある。必要最低限なものであれば数ヶ月はもつだろう。
「分かりました。ではその話を詳しくお聞かせください。この辺りで悪魔が出るなど聞いたこともありませんでしたが……」
「はい。その悪魔というのは半年ほど前からここより東にある森の中に住みつきました。ある日、町の者が突然悪魔を見たと言うのです。誰もがその話を一蹴しましたが、その者はしつこく見たのだと言い張り、やがてそれを確かめるために腕に覚えのある町の男たちがその森に行きました。しかし、いくらたっても彼らは帰ってこなかったのです……」
「森ならば魔獣もいると思いますが、魔獣にやられたのではないのですか?」
「確かに森には魔獣がいくらかいました。その可能性もあったので、真相をはっきりしようと、この町にきた旅人やハンターにも行ってもらったのです。そのうちの一人だけが、血まみれになって町へ帰ってきました。その時の言葉ははっきりと覚えています。『黒い悪魔がいた』と。さらに半年前より森には魔獣の数がだんだんと増え、魔獣の住処ともなっています。今では悪魔の森とも言われるほどに」
 町長はそこで一息ついた。だいたい話すことも終えたのだろう。
「確かに魔獣が増え続けたというのは怪しいわね……」
「先生行きましょう!」
「けど、誰一人帰ってこなかったんだよ。いくらリュートでも危ないよ」
 リュートにとってレイの気弱さはいつものことで、あまり気にすることもでなかった。しかし今回のことは確かに危険もあることがリュートにも分かっている。
「確かに危ないかもしれない。だからみんなは残っててもいいぜ。俺は一人でも行ってくるから」
「ふぅ……。あなたを一人で行かせるはずないでしょう。あなたを一人にしたらそれこそ問題よ」
「ど、どういう意味ですか……」
 今マリーアが言ったことは危ないとかいう意味ではなく、無鉄砲なリュートの性格を言っていた。リュートはそれに自覚がないわけでもないので、少し焦ってしまう。
「そういう意味よ、リュート」
 セリアもそれについてはマリーアと同意見だ。
「私は行くけどレイはどうする?」
「みんなが行くなら僕も行くけど……」
「それじゃ決まりだな」
 リュートはすぐに町長の屋敷を出て悪魔の森へ行こうとした。
「その前に何があってもいいように準備しましょう。森へ行くのもそれからよ」
「分かりました」
 今にも悪魔の森へ行こうとするリュートを引き止めて、ゆっくりと屋敷を出た。






「ここが悪魔の森……」
 その森からは言葉では言い表せない雰囲気が漂っている。これは確かに近づきたいとは思えなかった。メノン洞窟や北の洞窟とはまた別のような感じだ。
「進もう」
 入り口でじっとしていても意味が無く、四人は先へと進んだ。
 森の地面はじめじめしていて、歩きにくくもあった。さらに今まで明るかったのが、薄暗くなり陽も見えなくなっていた。奥へと進むほど、さらに増している気がする。魔獣がいつ出てもおかしくはなかった。
「先生は悪魔についてどう思いますか?」
「分からないわ。ただ……魔獣が増えたというのはやっぱり気になるわね」
 そこだけはどうしても不可解だった。今までそんなことを聞いたことはあまりない。そしてアイーダが魔獣を操っていたことも思い出す。
「まさか魔族だったり……」
「魔族……」
 レイが呟いていた。それを聞いて、リュートがからかう様に言う。
「どうしたレイ?まさか怖いとか?」
「違うよ!」
「本当かよ?」
「リュート!」
「ははっ」
 笑っているリュートを見て、レイは軽く叩く。それでもリュートは全然気にしてはいない。
「二人とも遊んでないでよ。魔獣だっていつ出てもおかしくないんだから」
「分かってるよ」
 セリアの小言は結構苦手だったりする。大人しく言うことを聞いて、黙って歩いた。
 それから数分も経つと、魔獣が現れ始めた。まさに魔獣の住処ともいえる。四人の前に現れた魔獣は二十くらいいた。
「すごい数だな……」
 さすがに緊張する。一度にこれだけの相手をするのはリュートにも初めてだ。だが現れた魔獣は全て<ベルド>だったのが救いだろう。負ける気は全然しなかった。
 <ベルド>の一体が動き出す。それと同時に他の<ベルド>も動き出した。リュートたちも走り、それぞれに対応する。
 リュートは向かってくる敵を斬る。避けながら、確実に当てて反撃していく。敵の攻撃が肩をかすった。それも気にせず、次々と仕留めていく。数分も経たないうちに<ベルド>は全滅していた。
「みんな大丈夫ね?」
「はい」
「先を進みましょう。まだまだ魔獣にも遭遇するだろうから気をつけてね」
 それはみんなもすでに覚悟していたことだ。問題なのは悪魔のほうである。いつ悪魔が出てくるかも分からないので、どっちかというとそっちのほうに気をつけているのだ。
 四人は再び森の中を進みだす。時間も大分経ち始めただろう。魔獣にも何度か会い、その度に倒している。奥へと進むほど魔獣も強くなっている気がしていた。
「あれ……なんか変じゃないか?」
 進んでいると、リュートが何かを感じた。
「そうかな?特に変わってないと思うけど……」
「私もそう思うけど」
 レイとセリアは何も感じてはないようだ。確かに見た目はどこも変わってはいない。いまだ不気味な光景でもある。
「先生はどう思いますか?」
「私も特に変わったとは思えないけど……」
「リュートの勘違いじゃない?」
 マリーアもそう言えば、リュート自身もそう思えてくる。ただ、口では説明できないけど、何か感じるのだ。
「こっちだ」
「え。リュート、どこ行くの!」
 いきなりリュートが今までと別の方向へ進みだした。慌ててリュートを追う。
「どうしたの?こっちに何かあるの?」
「分かりません。ただ、何か感じるんです。こっちに行けばそれがだんだん強くなって……」
 さらにリュートはどんどん進む。やがては走り出した。三人も見失わないようについていく。
 するといきなり辺りの気配がかわった。
「何!?」
 辺りは先ほどまでとはうって変わり、明るく、澄んだ空気が流れている。
「あれは……」
 リュートのまなざしの先には小屋が一つあった。妙にその小屋は、この辺りの光景に馴染んでいた。