Mystisea

〜想いの果てに〜



二章 悪魔の子


09 黒き悪魔








 いきなりリュートたちの周囲が変わり始めた。そこは明るく、先ほどまでの淀んだ空気は全く無い。目の前には小屋があり、リュートたちの周囲には大きな緑の木々が囲んでいた。
「何で小屋なんかが……。それに急に明るくなったし……」
「何かあるのかしら……」
 何かあるとすれば小屋だろう。リュートは小屋へと進んだ。すると突然リュートの傍に炎が上がった。
「危ない!」
 マリーアがいち早く感知し、叫ぶ。リュートも反射的に後ろへ飛んだ。
「何だ……罠か?」
 しかしまたもや炎は上がる。今度は四人それぞれの足元にだ。すぐさま四人はその場を退き、それぞれ散った。さらにリュートは本能的に危険を感じて跳ぼうとした。リュートの頬の近くを何かが横切る。慌てて後ろを見れば、短剣が樹に刺さっていた。
「危なっ!」
「誰!?」
 マリーアが声を出す。しかしそれに返事する者はいなかった。
「まさか悪魔か!?」
 リュートは仕掛けてきたであろう心当たりを思い浮かべるが、悪魔しか該当しない。みんなも同じだった。
「気をつけて!手強いわよ」
 さらに四人の元へ炎が飛んできた。素早く避ける。
「嘘!?」
 セリアは驚く。避けた炎が意思を持つかのように曲がったのだ。その炎はそれぞれ標的を狙っていた。避けても炎は消えず、意味が無かった。
「光よ!」
 セリアは魔法を放ち、光球を炎にぶつけた。狙い通り、相殺して消える。それを見て、他の三人にまとわりつく炎も消した。
「さんきゅ、セリア」
 リュートも炎を斬っても意味がなく、困り果てていた。セリアに感謝する。
「いったいどこから……」
 短剣も飛んできたのだ。見えるところ――近くにはいるのだろう。だがどの辺りかは検討がつかなかった。辺りを見回すがどこも同じようにリュートは見えた。
「そこね!」
 いきなりマリーアが走り出し、近くの樹に拳を思い切り当てた。その威力は凄まじいもので、樹が揺れている。すると、その樹の上から何かが跳ぶのが見えた。それはリュートたちの後ろへと着地する。
「人間……?」
 その何かは、悪魔というには程遠い姿をしていた。どこを見ても人間である。バンダナで頭を隠し、口元も布で覆い、全身を隠している。かろうじて見えるのは瞳だけだ。暗い茶の色をしている。人間でも怪しい姿ではあった。ただ、背の方は小さめだ。
 いきなり悪魔が動き出した。
「アイーダのこともあるわ。油断しないで」
 マリーアが注意を促す。
 悪魔は先ほどと同じように、右手から炎を出す。いっせいにそれぞれに向かった。セリアはそれを魔法で消そうとし、リュートとレイは炎をセリアに任せて、悪魔の方へ向かった。悪魔は向かってくる二人にさらに今度は大きな炎を放つ。すぐに二人は横に避けた。しかし悪魔はその間を素早く移動し、短剣を構えセリアに向かっていた。
「セリア!」
 セリアは炎を消すのに専念していたので、悪魔の接近に気づかなかった。リュートの声で気づき、逃げようとするが悪魔の方が素早かった。後少しでセリアに近づいたが、ギリギリで間にマリーアが入る。マリーアはすぐに悪魔へと拳を入れようとした。しかしすぐに悪魔は一歩下がる。拳は当たらなかったが、後ろにはリュートとレイが迫っていた。
「おらっ!」
 勢いよくリュートは悪魔に斬りかかる。レイも横から斬りつけ、後ろにはマリーアがいた。悪魔に逃げ場はない。これで仕留められるとリュートは思ったが、それも叶わなかった。悪魔はレイの攻撃が当たらない位置に移動し、リュートの攻撃を短剣で受け止めた。さすがに短剣では完全に受け止めることはできず、少し体勢を崩したが、すぐに空いてる片手をリュートへ向けた。
「避けてリュート!」
 魔法の使い手でもあるセリアがすぐに気づいた。その声を聞いてリュートは退く。その行動とほぼ同時に悪魔の手からは炎が上がった。避けなかったら直撃だっただろう。セリアに感謝する。悪魔その隙を見て、そん場所を離れ、四人と少し離れた位置に立つ。
「強い……」
 リュートにとってこれまでで一番の強敵だったかもしれない。シューイやシェーン、ライルのように強い人物はいたが、本気で戦ったことはない。メノン洞窟の<デルス>とはまた違った強さだ。この悪魔のほうが厄介にも思えた。
 再び悪魔が動く。短剣を放つ。その短剣は先ほどと同じように素早く、眼ではおえないほどだ。かろうじて避ける。悪魔の方を見ると、すでに悪魔はそこにはいなかった。
「どこに!?」
 悪魔の投げた短剣に全員がつられていた。その隙を見て悪魔は移動したのだ。四人はすぐに辺りを見回す。すぐに見つけることが出来た。またしてもセリアの傍だった。魔法が厄介なのだろう。一番最初に狙っているようだった。
「危ない!」
 三人がセリアを助けようと動く。しかしそれを予想していたかのように、それぞれ目の前に炎が現れた。それを避けるので精一杯だった。短剣を構えた悪魔を目前にセリアは魔法を放つ暇はなかった。横へ避けようとする。リュートたちほど動きは速くないが、一応は士官学校で習っているのだ。このような状況に対しての授業も何度もやった。だが、実戦となれば気持ちが追いつかなかった。そのせいで行動が僅か遅れる。
「っ!!」
 まともに当たりはしなかったが、身体をかすめた。悪魔はすぐに追い討ちをかけようとしたが、マリーアが狙っていたのを察知して素直に退く。
「大丈夫か!?」
「えぇ……それほど大した傷じゃ――っ…!」
「セリア!」
 セリアは傷口を痛そうに押さえていた。
「見せて」
 マリーアに言われ傷口を見せた。そこは通常ではありえなく、赤黒く変色していた。
「まさか……毒!?」
「嘘……」
 セリアの顔色はこれくらいの傷ではありえないほどに悪かった。すでに毒が身体をまわっている。
「先生、どうすれば!」
「解毒薬を持っていることを信じるしかないわね……」
 マリーアの眼は悪魔を捉えていた。悪魔は静かにこちらの様子を伺っている。
「レイ、セリアを後ろへ下がらせて、守りなさい」
「は、はい!」
 すぐにセリアを連れて後ろの方へ下がる。手負いのセリアを悪魔が狙わないとも限らなかった。リュートとマリーアは悪魔と対峙する。
「恐らく即効性の毒だわ。時間がないから早めに決着をつけるわ」
「はい」
 今度はこちらから動いた。悪魔は足止めするように炎をぶつけてくる。それを避けながら悪魔のもとへと走った。悪魔は後ろへ下がり、短剣を放つ。恐らくこの短剣に毒が塗ってあったのだろう。リュートは当たらないように慎重に避けた。そのせいで走る速度が遅れた。そこを悪魔は見逃さず、再び炎を放つ。
「あつっ!」
 炎がリュートの顔を横切る。かすりながらも避けたが、その炎は後ろから再び迫ってきた。リュートはそれを避けるので精一杯だ。
 悪魔はリュートのことを頭から外し、マリーアの方を注意する。マリーアは短剣と炎のことなど気にせずに、悪魔を一直線に目指してきた。すぐに悪魔の近くへと辿り着く。拳や蹴りを入れるが、ギリギリで悪魔は避けた。
「はぁっ!」
 避けられても、マリーアは悪魔を捉え続け、次々と攻撃していく。悪魔はかろうじて避けている。マリーアの出す攻撃の風圧で悪魔の口元を覆っていた布が動き、口元が一瞬見えた。なにやら口は動かしているようだった。するといきなり、マリーアは足が動かなくなり、バランスを崩した。足下を見ると、大地の中へと足が少しだけだが引きずりこまれていた。悪魔すぐに反撃に移し、炎を放つ。マリーアはそれを見て、掌を思い切り前へ突き出した。するとマリーアに迫っていた炎が消える。さすがにそれには悪魔も驚いていたようで、眼を瞬いている。
「これで!」
 マリーアは動けない足を何とかしようと、拳を地面に入れた。地面はへこみ、足下も見えるようになっている。すぐに動いて、悪魔のほうへ走った。悪魔はそんなすぐに動くようになるとは思っていなかったようで、その行動にすぐ対応できなかった。マリーアが懐へ入るのを許してしまった。マリーアが拳を身体にいれようとしていた。短剣や炎を放つ暇もなかったので、腕で防御する。しかし予想通りというべきか、その拳を止めることなどできなかった。悪魔は後ろへ吹っ飛ぶ。かろうじて倒れず、膝を地面についた。体勢を整えようとすると、後ろから思わぬ追撃が入ろうとしていた。
「終わりだ!」
 リュートだ。いつの間にか炎との格闘を終えていたらしい。マリーア一人に手一杯だったので、悪魔はリュートのことを失念していた。リュートの剣が悪魔に迫っている。悪魔は急いでその攻撃を避けた。しかし完全に避けれるはずもなく、悪魔は倒れる。リュートの剣が顔をかすめ、悪魔の頭を隠していたバンダナは完全に振り払われていた。
 その露になった悪魔の顔を見て、四人は言葉も出なかった。
「……嘘だろ……」
 一番最初に悪魔を見下ろしているリュートが呆然と呟く。いつの間にか悪魔の瞳も暗い茶から変色していた。
「漆黒の髪に……漆黒の瞳……」
 悪魔は無表情にリュートの眼を見ているだけだった。