Mystisea

~想いの果てに~



六章 為すべきこと


21 苦悩する心








「切り裂きの風よ!」

 無数の風の刃がハルトを襲 う。それに耐えながらも、ハルトは素早い動きで反撃に転じた。

 いくらヒースが魔術を放と うとも、そのほとんどが大したダメージを与えられずにいる。素早い動きを見せつけながら動くハルトを、ヒースは強敵と認識せざるを得なかった。

「隙だらけだな」

 消えたと錯覚しかけた途 端、ハルトはヒースの横から突然現れた。そのまま剣を振って、ヒースを狙う。その攻撃を避けながらも、ヒースは内心で焦りを少し感じていた。

 短剣で牽制を仕掛けなが ら、ハルトの接近を阻止する。そして離れたところで魔術を放つのだが、その度に隙を見てハルトが接近してくる。先ほどからその繰り返しがずっと続いてい た。

「流れ出る雷光!」

 そのヒースの言葉と共に、 ハルトの身体に突然電流が走る。そこまで強くもなかったが、それはハルトの動きを一時的に止めるには十分な効果だ。ヒースはその間に距離を取り、いつでも ハルトに攻撃を仕掛けられる体勢を取った。

 ハルトもまた、すぐに動きを 取り戻していた。そしてヒースの攻撃を待たずに、再び攻撃を仕掛ける。今度は魔術を放とうとも、短剣で攻撃してこようとも、距離を離そうとはしなかった。

「ッ!」

 ヒースは何をやろうとも、 ハルトの攻撃によって防がれていた。止まる気配のない攻撃を、かろうじて短剣で受け止めたりしている。しかし剣と短剣の差、力の差とによって、それもあま り意味のないことだった。

「魔の子ってのはこの程度な のか?……期待外れだな」

「何!?」

 ハルトは突然纏う雰囲気を 変え、鋭く強烈な一撃を放つ。

「……!?守りの風よ!」

 何かを察したヒースは、瞬 時に風の壁を目の前に作り上げた。するとその風の壁は、同じく風のような何かとぶつかり相殺する。

「今のは……」

 今の攻撃に覚えがあった。 剣を振るう風圧によって出来た、風の刃にも似た攻撃。ヒースが今の攻撃に覚えがあるのに気づいたのか、ハルトは挑戦的に口を開く。

「驚いたか?」

「何で……」

 シェーンが以前ヒースに向 けて放った攻撃。それと全く同じものだった。しかもその威力は、確実にハルトの方が高かったのだ。

「もともとこの技は俺のもの なんだよ。それをシェーンが一発見ただけで真似ちまうんだからな。ホント大したやつだよ、あいつは。さすが俺の惚れた女だけあるよな。お前もそう思わない か?」

 今度は逆に態度を柔らかく 変え、気楽にヒースへと話しかける。けれどヒースは今の攻撃がハルトのものだということに、驚きを隠せないでいた。

 人間離れした攻撃。そうそ う簡単に誰もが出来るものじゃないことは、ヒースにだってよくわかった。けれどそれを難なく、しかもシェーンよりも強烈に放てるハルトの力はかなりのもの なのだろう。

「……」

「……まだやる気か?降参し たっていいんだぞ」

「ふざけるな!」

 戦意を失わず、ハルトを睨 み付けるヒースに、ハルトは呆れたように言葉を放つ。その言葉と口調が、ヒースには自分を馬鹿にしているように思えてならなかった。

「炎よ!」

 ヒースは両手を掲げ、ハル トに向かって炎を落とす。しかしハルトはそれを見て、ただ不敵に笑うだけだった。

「おらっ!」

 ハルトは掛け声とともに先 ほどの攻撃を放ち、自分に向かってくる炎を消す。そしてその余波までもがヒースに向かい、その身体に傷を負わせていた。

「くっ……!」

「だから諦めろっての。確か にお前は強いさ。まだ子供だってのに、俺にこの技を出させるくらいだからな。けど、お前じゃ俺には勝てない」

「……そんなの分からないだ ろ」

「何……?」

 いくらハルトが優勢に立と うとも、ヒースは決して諦めなかった。ハルトが降参を促しても、ヒースは全くそれを聞き入れない。絶対に諦めないという意志が、ヒースの瞳には備わってい た。

「確かにあんたは強い。俺よ りも強いかもしれない。だけど……それでも俺は負けるわけにはいかない!」

「……くそっ!何なんだ よ……。お前もそういう人間なのか……」

「……?」

 突然ハルトは自分の髪をか き上げ、どこか苦しそうな表情を浮かべる。そんなハルトを見て、ヒースは疑わしい視線を向けた。

「何でだ!?出来もしないの に、結果は分かってるのに、何でそれでも諦めない!何でそうやって必死になれるんだ!」

「……」

「全然分かんねぇよ……」

 人を見るたびに、ハルトは いつだってそう思ってきた。何かのために、出来ないと知りながらも、そうやって一生懸命になる人たち。無駄なことを、どうしてそうやって必死になれるの か。何年経っても、その答えは見つかりはしなかった。

「お前は、知らないのか」

「知らない……?」

「そうさ。必死になって何か をしようとする。成し遂げようとする。例え、それが絶対に不可能なことだったとしても、諦めずに立ち向かう。その心、意志を」

「……理解できないな。不可 能なことだったら、やるだけ無駄だろう。何にも得られない。結局後に残るのは、負けたという事実だけだろ!」

「違う。それで負けたとして も、力を出し切ったのなら後悔はしない。けど何もしないでただ逃げ続けていたら、絶対に後悔するんだ……」

 ヒースはそれをリュートに 教えてもらった。リュートに出会うことがなければ、ヒースは今もあの森の中の小屋にいただろう。一人でずっと、周りの世界から逃げ続けて。

「何だよそれ……。意味分か んねぇっての……」

 苦しみに似たそのハルトの 表情に、ヒースは哀れみの想いを浮かべた。







 ぶつかり合う剣と剣。鳴り 響く、悲しみの音。それはこの戦場に似合うようで、全く似つかわしくなかった。

 リュートが剣をシェーンに 向けて振るう。鋭く、これまでにない、強烈な一撃。しかしそれすらも、シェーンにとっては弱い一撃にしか見えない。軽く剣で受け止め、流すようにリュート の剣を振り払い、そしてそのままリュートの身体へと剣を振るう。

「……っぅ!」

 すぐさまリュートは後退 し、傷口に手を当てながらも再び剣を構える。もはや慣れた痛みは、この程度では何とも思わなかった。すでに身体にはシェーンによってやられた傷がいくつも 出来ている。

 シェーンは傷ついている リュートに休む暇も与えず攻撃をしていく。繰り返される攻撃に防戦になりながらも、リュートは隙を見てシェーンに攻撃をしていた。どれもがかすり傷を負わ せる程度にしかなっていないが、それでもリュートにとってはなかなかのことだった。昔からシェーンと戦っても、一本取ることさえ出来なかったのだ。それに 比べたら大したものだろう。

「……」

 剣を交えながら、お互いの 視線が何度も交わされる。言葉もなく、ただ交わされる視線に、二人は何を感じているのか。心の中で相手の名を叫び、本当は今すぐにでもこの戦いを止めたい と。そう願うのに、そう出来ないもどかしさ。

「……もっと本気を出したら どうだ」

 リュートの実力がこんなも のではないと知るシェーンは、挑発するようにリュートに突然言葉を放つ。言われたリュートも、負けずと同じ言葉を返した。

「お前こそ本気出せよ。お前 はもっともっと強いはずだろ」

「何を愚かな……。本気を出 しても私に勝てないというのに、私が本気を出したらお前が勝てる可能性など万に一つもなくなるぞ」

「……大した自信だな」

「事実だろう」

 ここで否定できないこと が、リュートは情けなかった。確かにシェーンの言っていることは間違ってなどいない。シェーンの本気など計り知れるものではなく、出されたらそれこそ一瞬 でリュートは殺される可能性だってあった。

「シェーン……」

「お前の力はこんなものでは ない……!」

 眼光を鋭くし、再びシェー ンは剣をリュートに向ける。リュートもまたシェーンを真っ直ぐに捉え、剣を構えた。

 まるで風と一体化するよう に、シェーンは走り出す。眼で追えない速さだと認識し、リュートは眼を閉じて感覚を研ぎ澄ませた。シェーンの気配だけを集中して探し出す。どこから現れて もいいように、全方向へ注意を向け、そして。

「……そこだ!」

 後ろにシェーンの気配と鋭 い殺気を感じ、リュートは後ろを振り向いて先制するように剣を振る。

「甘い!」

 リュートの読みは間違って はいなかった。シェーンはリュートの後ろより現れ、剣を今にもリュートへ突き出そうとしている。そこへリュートが振り向いて剣を振るったが、シェーンはそ れに意表を突かれながらも構わずに進んだ。

「なっ……!?」

 本来ならば人が簡単に選ぶ べきものではない。自らの身体を犠牲にしながら、相手を致命傷へ追い込む。けれどシェーンは瞬時にそれを判断していた。自分にくる攻撃は致命傷ではない と、相手に与える攻撃は致命傷なのだと。例え自分の身体に傷がつこうが、相手を今倒すことをシェーンは選んだのだ。

 リュートは身体にシェーン の剣を突き刺され、天を仰ぐかのように後ろへと倒れこんだ。シェーンは今までで一番大きな傷を負わされながら、無表情に倒れこんだリュートを見下ろした。

 勝者と、敗者。裁きし女神 と、裁かれし罪人。

 まるで一枚の画になるかの ような、その二人の光景。懺悔をするかのようにリュートはシェーンを見つめ、裁くかのようにシェーンはリュートを見下ろす。

 シェーンは自分の身体から 流れる血を気にもせず、ゆっくりとリュートの身体に刺さっている自分の剣を抜いた。その瞬間リュートは苦痛に表情を歪めながら、何とか気を失わないように 強く意識を保つ。

「お前が私に勝てるとでも 思ったのか?」

「…ぅぁ……」

 答えたくても、まともに口 が開かない。そんなリュートにシェーンは複雑な顔を浮かべた。それでも何かを必死に訴えようと、リュートはシェーンから視線を外さない。居た堪れなくなっ たシェーンは視線を自分の剣へと手に移す。その剣で、これから何をするのか。

「リュート……」

 剣を持つその手は、覚悟を 決めるたびに震えて。それでも懸命に自分の手を動かそうとする。再び交わる二人の視線。シェーンは一度眼を閉じて、そして気持ちを切り替えるように心を強 く持った。その間が何分にも、何時間にも感じて、そして眼を開く。

「私は決めたのだ……」

 しかしその剣がリュートを 貫くことは、またしてもなかった。
今にもその 剣を動かそうとするかしないかという時、突如上空から何かがシェーンを狙って降り注いだのだ。瞬間的にシェーンはそれを避け、状況を把握するように周囲を 見回す。するとそれはシェーンだけを狙ったものではなく、近くにいた帝国騎士たち全てを狙うものだった。