Mystisea
~想いの果てに~
六章 為すべきこと
20 リュートとシェーン5
誰のための騎士
両軍の雄叫びにも似た声
が、戦場に止むことなく鳴り響いている。激しい剣戟の音が聞こえ、倒れる者の叫び声が聞こえ、そこはれっきとした戦場だった。人と魔獣がではない。人と妖
精が戦っているのだ。
リュートは一度攻撃を仕掛
けたものの、立ち止まってシェーンの行動を伺っていた。そう何度も自分から攻撃を仕掛けることなど出来ないのだ。
「どうした。もう終わり
か?」
「シェーン……」
挑発するようにシェーンは
リュートを戦わせようとした。けれど相変わらずその瞳はシェーンを真っ直ぐと見つめている。その視線からリュートの心が分かってしまうのが、シェーンには
辛かった。
「ならば私から行くぞ」
シェーンは走り、リュート
へと攻撃を仕掛ける。その素早い動きに翻弄されながらも、リュートは懸命に剣で防御していた。
二度目だ。こうやって
リュートを殺すように攻撃するのは。二度目なのに、これが何度も何度もしたように感じ、そしてその度にシェーンの心は傷ついていた。
やはり自分は甘いのか。動
きに隙があるリュートを、今のシェーンは狙わなかった。そう自嘲しながら、シェーンは剣を振るう。リュートに心を読み取られないよう、無表情に。
「……ッ!」
リュートは無駄のない
シェーンの攻撃を、何とか受け止めていた。けれどどうしても反撃に転ずることは出来ない。もちろんシェーンがそんなことをさせてくれるわけもないのだが、
それ以上にやはり自分から攻撃することがどうしても躊躇われた。
どうしても過去の戦闘を思
い出してしまう。殺されたかと思うほどにやられたあの戦い。あの時初めてリュートは死を覚悟した時でもあった。その戦いが脳裏に浮かぶたび、さらにリュー
トは攻撃の意欲をなくしてしまう。
「防戦ばかりだな。たまには
仕掛けてきたらどうだ」
余裕に言葉を放つシェーン
を見ながら、リュートは何も返せなかった。言葉を放つ余裕さえもない。
その止まずに繰り広げられる
攻撃は悪魔の如し。その誰もが振り返るほどの銀の髪を持つ彼女は女神の如し。けれど無情に命を奪えるその心は、死神の如し。
まだ傷を負っていないとい
うのに、その血塗れた剣はどれほどの妖精の血を吸ったのだろうか。リリの血も混じっているのだろうか。そう思うたびに、やるせない。信じられず、怒ること
も出来ない。
リュートはシェーンへと山
ほど問いかけたいこともあった。けれど彼女はそれすらも拒む。数ヶ月前に、こんな状況になってることが予想もしなかったというのに。
(なぁ、お前は今何を思って
る?俺に剣を向けることに何も感じていないのか?)
声に出したくて、問い詰め
たくて。けれどその返事を聞くのが一番怖かった。
「お前はまた死にたいのか?
分かってると思うが、お前を倒せば次はあの魔の子だからな」
「……いくらお前でも、ヒー
スには手を出させない!」
そこで初めてリュートは二
度目の攻撃を仕掛けた。いきなりの攻撃は意外にもシェーンへの傷を僅かながらも許してしまう。一度シェーンは退いて、リュートと距離を取った。
「なぜお前はそこまであの子
供を庇う。生きてるはずがない魔の子。生きてはいけない魔の子。それがあの子供の宿命でもある」
「シェーン。本気でそう言っ
てるのか?神の子の名を嫌うお前が、本気で!あいつは確かに漆黒を持っている。だけどあいつは死んでもいい宿命なんかじゃない!そんな風にした俺たち人間
が悪いんだ!」
「……」
お互いに攻撃を止めて、微
妙な距離を保ちながら視線を交わした。周囲では変わらず妖精と人間の戦闘が繰り広げられているというのに、その中心にいる二人だけが異様な空間を漂わせて
いる。
「帝国が八十年前にノーザン
クロス王国を攻めたのは間違いだったんだ……。そのせいで、ノーザンクロス王国の人たちも、セクツィアの妖精たちも、大きな犠牲が出た!過去に人間が犯し
た過ちは、今の俺たちが償わなきゃならないはずだ!そうだろ、シェーン!?」
「……偽善だな」
「何……?」
「お前のいいところであり、
悪いところでもある。お前が掲げる償いは、所詮自己満足でしかない」
「そんなことはない!お前は
疑問に思わないのか?何でノーザンクロス王国は滅びなければならかったんだ。彼らがいったい何をしたって言うんだ!」
リュートは必死に叫ぶが、
それをシェーンは決して受け入れなかった。
「思わないな。所詮過去の人
間がしたことだ。私には関係ない」
「シェーン!何で……何で
だ!?何がお前をそう変えたんだ!お前はそんなことを言う奴じゃなかった……!」
そのリュートの言葉に、
シェーンは冷笑を浮かべる。それを見たリュートは、余りにも似合いすぎたために背筋が凍るような想いだった。
「お前は私のことを美化しす
ぎている。私はお前が思うような人間なんかじゃない……」
「シェーン……。やっぱり五
年前のあれがいけなかったのか……?」
「……」
それしか思い当たることも
ない。確かに幼い自分たちにとって家族を失うことは大きな苦痛を伴った。特にシェーンは神の子だということを気にしなかった家族を深く愛していたのだ。け
れどリュートも家族を愛していたのは同じ。それでも自分を見失わずにすんだのはシェーンがいたからだった。シェーンの存在がリュートを救ってくれた。それ
なのに、自分の存在はシェーンを救えなかったのか。そう思うと、とつてもなく自信を失ってしまう。
「俺はお前がいたからここま
で来れた。だけどお前は俺がいても救いにもならなかったんだな……」
「違う!私は……私
は……ッ!」
身体を震わせるように
シェーンは急に恐ろしさがこみ上げた。リュートがいたから自分は救われた。それは確かなことでもあったのだ。
急激な変化が訪れたシェー
ンに、リュートは驚き歩み寄ろうとした。しかしそんなリュートを近づかせまいと、必死にシェーンは剣を振ってリュートを制する。
「シェーン!」
「リュート……」
切ない声音。それを聞くだ
けで、リュートの心は張り裂けそうにもなる。
「何だよ、シェーン……。お
前の気持ちが全然分からない……。教えてくれ!どうしてお前はそこまでして戦うんだ!?本当はアイーダの傍にだっていたくないんだろ!?」
「……お前には関係ない!私
は自分の意思で奴の傍にいるんだ!」
「シェーン!」
「これ以上の話は無駄だ。私
はあの魔の子に用がある。もう一度だけ言う。どけ、リュート!」
シェーンは何とか自分を保
ちながら、高圧的に言い放った。それに僅かに竦みながら、リュートはそこを動かない。
「嫌だ。俺はヒースを守る」
「死んでまでもか?」
「……それでもだ。俺はあい
つを守ると約束した。例え死んででもその約束は守るし、何より俺自身あいつを守りたい!そのためにはあいつの騎士にだってなってみせる!!」
「……ッ!?」
その真剣で、決意を秘めた
眼は、これ以上ないほどにシェーンに衝撃を与えていた。どんなに深い傷よりも、深い深い傷痕を残して。
「……そうか。お前の想いは
分かった」
「……」
「ならば、その守るだけの力
があるのか見せてもらおう!防戦だけでは私には勝つことは不可能だぞ!」
「……あぁ。俺は戦う。あい
つを守るためにも!」
リュートは走った。剣を構
えて、シェーンへと。
シェーンが女だからと、幼
馴染だからと、そんな理由で手加減したら勝つことは出来ない。シェーンの強さを知っているからこそ、そんな甘えはもうしなかった。本気でいったとしても勝
てるかどうかも分からない強さなのだ。
だからこそ、本気で望ん
だ。ついにリュートは、本当の意味で初めてシェーンへと剣を向けたのだった。
目の前に襲い掛かってくる
ドワーフたち。身体は小さくとも、その攻撃力は一級ともいえるべきだった。冷静にそう分析しながら、ハルトは辺りの戦況を見回していた。
両軍の数に大きな違いはな
い。だからこそ力の押し合いともなるだろう。自軍の大きな戦力であるシェーンは、リュートと戦っている。それを初めて眼にした時は驚いたものだ。リュート
が生きていたことも、シェーンと対峙していたことも、そして二人が剣を向け合っていることにも。
仕官学校にいる間、二人を
見続けていても、その関係がよく分からなかった。互いが信頼し合い、気にかけているというのに、滅多に仲良く喋ろうとしない。もしかしたら学生時代、
シェーンと一番共にいたのは、しつこく隣にいようとしたハルトか、シェーンの相棒であるシューイなのかもしれない。それとも隠れて二人は会っていたのだろ
うか。そんな邪推までも思い浮かべてしまう。
「本当にあの二人は分かんな
いな……」
シェーンを振り向かせよう
と頑張っても、いつも彼女の眼はリュートに向けられていた。リュートに妬くことも何度もあったが、だからといってリュートは嫌いではなかった。むしろ仲が
良かった方でもあるだろう。だからこそ、二人を見るほどに苛々とした思いも浮かぶのだ。
本当は気づいている。
シェーンが何かを隠して、一人で思い悩んでいることに。自分が助けになりたいと願っても、シェーンは一人でそれを受け止めているのだ。リュートも知らない
ことなのに、自分に話してくれるはずもない。そう分かっていても、ハルトは願わずにはいられなかった。
「それでも、俺は……」
改めて戦場を見渡すと、そ
こには漆黒の魔の子が自軍の騎士たちを圧倒していた。その身のこなしは、ハルトから見ても凄いと思うほど。だからこそ、これ以上野放しにさせるわけにもい
かなかった。
周りのドワーフを蹴散ら
し、ハルトはただ一点を目指して走り続ける。その勢いと、感じられる殺気、そして迫力のある威圧に、ヒースは本能的に振り向いた。
キィーン!!
ハルトの剣と、ヒースの短
剣。その二つが重なり、金属音が鳴り響く。お互いが、すでにその強さを認めていた。
「本当に漆黒なんだな……。
あの時は全く気がつかなかった」
「お前は……」
見覚えのあるハルトの顔を
見て、ヒースはユーベルト平原のことを思い出す。
「ハルトだ。よろしくな……ヒース」
鋭く剣を振りながら、ハル
トは余裕の笑みを浮かべた。自分の名前を言い当てられて一瞬硬直するものの、すぐにヒースは飛び退いて距離を取る。
「……」
「本気で来いよ。でなけ
りゃ、死ぬぜ?」
「……言われなくても!」
ヒースは素早くハルトの背
後へと回り込んだ。そのまま短剣でハルトを一突きにしようとするが、ハルトは難なく、振り向かずに剣を後ろへと回してそれを止める。
「そんなものか?」
「……ッ!炎よ!」
「ッと!……そういやお前に
はそれがあったんだったな」
いきなりの炎を避けながら
も、ハルトはヒースの魔術の存在を失念していた。けれどそれがあったとしても、ハルトにとっては特別大したことでもない。
ハルトの
戦闘能力と潜在能力は、凄まじいものだ。それこそ神の子に匹敵するほどにも。