Mystisea

~想いの果てに~



六章 為すべきこと


19 リュートとシェーン4

守るために






 なぜ、こんなことが起こっ てしまうのか。なぜ、こんな状況に陥ったのか。今となっては、リュートに知る術はなかった。

 その光景を見て、頭に思い 浮かべたいくつもの想い。

 ――私の夢はね、故郷に帰 ることなの

 そう言っていた、あどけな い笑顔が脳裏に浮かぶ。いつの日か、異界に帰ることを願った小さな妖精。けれど、その夢が叶うことはもはやないのだろう。

「なんで……なんで……!」

 リュートは目の前に広がる 光景から眼が離せなかった。頭の中では理解している。今、責めなければいけないのは誰かということを。けれど、どうしてだかリュートは彼女に対して激しい 怒りはなかった。それは深い絆がそうさせるのか。今となってはそれも一方的なものでもある。

 ただ深い悲しみが、リュー トの心へと押し寄せる。脆く崩れそうになる心を必死に押さえつけながら、リュートは冷笑を浮かべる彼女の名を呼んだ。

「何でだ!?シェーン!」

 シェーンは自らの剣に貫か れているリリの身体を、そっと引き抜いて地面へと横たわらせた。

 あっけない。本当にあっけ ないものである。こうも簡単に、人間は、妖精は、命ある者は死んでいくのだ。

 小さな少女。まだ十年とさ え生きていない、小さな少女だ。

「貴様ぁっっ!!」

 突然、怒りに身を任せた ユーラウスが矢を放った。

「ユーラウス!」

 軽々と矢を避けるシェーン に、ユーラウスは走り近づいていく。

 信じられない。信じられる はずがない。あんなに幼く、純粋なリリが、死んだなどと。これ以上家族を失いたくなかった。妹同然の存在であったリリを、失いたくなどなかったのに。

 それなのに――

「たぁっ!!」

 人間への、シェーンへの怒 りを露にしながら、ユーラウスは怒りのままに短剣を振るう。けれどシェーンはそんなユーラウスを赤子を捻るかのようにあしらっていた。その態度すらも、 ユーラウスの怒りを増長させていくだけだ。

 いっそう力を込めた短剣が シェーンを襲う。怒りが身体を支配しているものの、その攻撃は的確にシェーンの急所を狙っていた。しかしそれも当たらなければ意味はない。

「……」

 シェーンも反撃に転じ、剣 を振るう。それはユーラウスの短剣を狙ったものだった。

「なっ!?」

 剣とぶつかり合った短剣 は、響く音と共に弧を描いてユーラウスの手の元から去っていく。短剣をなくしたユーラウスは後ろへと瞬時に下がり、弓を構えだす。そして素早い動きで、至 近距離から矢を放った。普通なら逃げられるはずもない。ユーラウスはそう確信していたのに。

「……ぅぐぁっ!!」

 想像を超越する存在。それ がシェーンという人間だった。いや、もはや人間ですらないのかもしれない。

 ユーラウスは背中からザッ クリと斬られ、前のめりに倒れこむ。その様子を、依然無表情とした顔で見続けた。

「ユーラウス!!」

 遠くから見ることしか出来 なかったリュートは、ユーラウスの元へと急いで駆け寄る。そんなリュートから距離を取るかのように、シェーンはその場から数歩引き下がっていく。

「おい!しっかりしろ!!」

 ユーラウスはすでに意識も なく、その場で気絶していた。死んでいないだけマシなのかもしれない。けれど今ここに、ユーラウスの傷を治せる者など誰一人いなかった。

 リュートは立ち上がり、今 まではありえないように、シェーンを睨んでいた。

「どういうつもりだ、シェー ン!!」

「……何のことだ」

 シェーンも臆することな く、その視線を受け止める。もはやリュートには、本当にシェーンが分からなくなってしまった。

「分からないのか!?この国 に、セクツィアに攻めてきて!そして……そして……!」

 リュートは出来ればその先 の言葉を紡ぎたくなかった。周囲を見回すと、眼を覆いたくなるような妖精の無残な死体。その数も百に近いとも言えた。

 先を言えないリュートに焦 れたのか、シェーンはリュートが自ら聞きたくもない言葉を口にする。

「ここに倒れている妖精を殺 したかと?」

「……ッ!!」

「見れば分かるだろう。答え は是だ」

「何でだ!?何で妖精を殺せ るんだ!俺たち人間と何の変わりもしないんだぞ!」

 こんな残酷なことを出来る 人間じゃなかった。魔族に魂まで売り渡してしまったのか。そんな想いさえ頭を過ぎるほどに、リュートはシェーンの行動を信じたくなかった。

「……それがどうした」

「何!?」

「妖精だろうと、人間だろう と、私の道を塞ぐものは斬る。私はそう決めたのだ!」

 シェーンの揺るぎ無い決 意。何がシェーンそんなに突き動かすのか、リュートには見当もつかなかった。いや、シェーンを動かすのは自分なのだと、そんな驕りがあったのかもしれな い。

「シェーン……」

「だが今回のことはお前たち にも原因があるのだぞ」

「……どういう意味だ」

「お前たちが海に落ちたと 知った時、ほとんどの奴らが死んだと疑わなかった。だがそんな死んだはずのお前たちが、このセクツィアで生きていると察知したのだ」

「察知した……?」

 その言葉がリュートにはよ く分からなかった。どうやって遠くにいる人間を察知するというのだろうか。けれどそれも最悪な答えによって分かってしまった。

「アイーダがお前の持つ物の 気配を悟ったんだろう」

 それはリュートではなく、 後ろで様子を伺っていたヒースに向けた言葉。絶大な効果のように、ヒースは誰が見ても分かるほどに顔を強張らせた。また、別の意味でリュートも顔を強張ら せる。

「アイーダ……だと……? シェーン……お前は本当に……」

 アイーダの手先になったの か

 そう紡ごうとしたけれど、 リュートはその言葉をギリギリで飲み込んだ。もどかしい想いに苛まされながら、苦悶とした表情になる。

 そんなリュートに眼もくれ ず、シェーンはヒースに視線を向ける。

「さぁ。お前が持つ物を渡し てもらおうか」

「何を言ってる。あんたはあ の男の手先か?」

 図らずしも、リュートが 思っていた言葉をヒースが言ってしまった。その会話にリュートも知らず知らず注意深く耳を傾けてしまう。

「ハッ!笑わせるな。私があ の男の手先だと?」

「そうさ。でなけりゃ何であ れを欲する。それともお前はあれが何か知ってるのか?」

「知らないな。興味もない。 確かにそれを手に入れるのはアイーダの望みだがな……だがな――」

 そこでシェーンは一旦口を 閉じる。ヒースはもしかしてという想いから誘導尋問を仕掛けたつもりだったが、シェーンからは一切情報を得られなかった。おそらく本当に知らないのだろ う。

 再びシェーンが口を開くと き、リュートとヒースはその恐ろしさに身が震え立つようなものだった。

「二度とあいつの手先などと 言ってみろ。その時は、これ以上喋れないようにお前の喉を引き裂くぞ」

 静かにだが、有無を言わせ ないその恐ろしさの言葉に、知らずとヒースは頷いていた。リュートもまた始めてみるシェーンの怒りに、果てしない衝撃を受けていた。

「あえて言うなら協力者だ。 それ以上でもそれ以下でもない」

 これ以上アイーダとの関係 について話す気もなく、シェーンはやっとその静かな怒りを鎮めていく。

「無駄話はこれまでだ。大人 しくお前の持つ物を渡せ」

「……断る」

 これだけは譲れることは出 来ない。例え相手がどんなに強くても、一度負けた相手だとしても、死んでも守る。決意に近い想いを、ヒースは胸に秘めた。

「だろうな。お前ならそう言 うと思った。だからこそ、こちらも力ずくで行くまでだ!」

 シェーンは剣を構え、いつ でも戦闘の態勢に入れるようにした。そんな姿を視界にいれながら、ヒースはユーベルト平原でシェーンに言われていたことを思い出していた。

 ――……表世界に出て来ず 隠れて生きてれば良かったものを……お前はこれから狙われ続けるぞ


 あの時からすでにシェーン は予感していたのだろう。アイーダに見つかり、こんな風に狙われることを。

「簡単にいくと思うなよ」

「心配するな。そんなこと 思ってなどいない」

 軽い口での応酬が続きなが ら、今にも戦いが始まろうとしていた。

 けれどそんな二人をもう絶対 に戦わせたくないのだと、そう心に決めた人物もいた。リュートは二人の間へと立ち塞がり、同じように剣を抜いて構えを見せる。もちろんその相手は幼馴染 で、そして敵でもあるシェーンだ。

「邪魔をするな、リュート」

 聞きなれたその声すらも、 シェーンの攻撃なのだと思えた。けれどリュートもまたここで退くわけになどいかない。

「お前とヒースを戦わせるわ けにはいかない」

「何を。騎士気取りでもして るのか」

「俺は……俺は決めたんだ! ヒースを守るって!ヒースに手を出すなら俺が相手だ!」

「……」

 思わず、シェーンは何も返 せなかった。言葉とは裏腹に、リュートは身体が震え、シェーンと戦いたくないのだと訴えているのだ。長年の付き合いから、それを分かってしまう自分が恨め
しい。シェーンはそう思いながら、けれど無情に声を響かせる。

「言ったはずだ。私の道を邪 魔する者は誰であろうと斬る。それが例えお前であろうともだ!」

「……ッ!」

 その言葉がどれだけリュー トを傷つけているか、シェーンは分かっていないだろう。その言葉だけでも、リュートは立ち上がることさえ困難にもなり得るのだ。

「待て!あんたの狙いは俺だ ろう!リュートは関係ない!」

 前回の戦いを思い出し、 ヒースもまた恐怖に顔が青ざめていた。今度はシェーンへの恐怖ではない。それよりももっと恐ろしい、リュートを失うことへの恐怖だった。

「ヒース!お前の気持ちは嬉 しいけど……俺もここで引き下がるわけにはいかないんだ」

「リュート!」

 リュートがシェーンと戦え ることが出来ないのは分かりきっていた。それはリュートだって同じなはずだ。

 それなのに、どうして。

 理解出来ないリュートの想 いに、ヒースの心は張り裂けそうに痛みを訴える。

「……ふっ。面白いやつら だ。互いが互いを守ろうと、必死になるのか……。リュート、お前はいい奴に出会えたようだな」

 その瞬間、リュートは シェーンの想いを垣間見た気がした。

 そこにあった感情は、嬉しさ と悲しみ

 なぜ相反する感情が、一緒 に表れたのだろうか。理解できずに頭を悩ませながら、やっぱりリュートはシェーンを想わずにはいられなかった。

「だがどちらでも同じこと! 結局お前たちは私に勝つことなど出来はしない!」

「……やってみなくちゃ分か らない」

 やる前から分かりきってい た。何度だって言える。今のリュートではシェーンに勝つことなど出来ない。

「いいだろう。ならば掛かっ て来い、リュート!後悔しても遅いからな!」

 リュートが踏み込み、剣を 振るってシェーンに攻撃した。その行動に、シェーンもヒースも驚きを見せる。以前は剣を握ることさえ出来なかったリュートが、今では攻撃さえ仕掛けたの だ。最もその攻撃が甘いものだとは、シェーンも見切っていた。しかしそれでも大した進歩だろう。思わずリュートを褒めたいとも思ってしまったほどに。

 そんな時、二人の周囲を騒 がしさが包んだ。それは二つの方向からで、一つはシェーンの後ろアルデリア砦の中から。そしてもう一つはリュートたちの後ろ、セクツィアの方から。

「何だ……?」

 ヒースがその騒がしさに胸 騒ぎを覚え、注意深く観察した。するとシェーンの後方からは第三騎士団の面々が躍り出て、そしてヒースの後方からはドワーフの援軍が現れたのだった。

 ヒースはいきなり現れた両 軍に驚きながらも、両軍は立ち止まることなく互いに衝突していた。そんな喧騒の中、リュートとシェーンは眼もくれずに戦い、そしてその場は戦場になった。
 屈強なド ワーフ。洗練された帝国騎士。どちらも強く、互いに引けを取らない。どちらが勝っても、おかしくはない戦いだった。