Mystisea

〜運命と絆と〜



二章 ダーナ城奪還


11 彼らの最期







「く そっ!くそっ!何で当たらないんだ!」
 ニアの体 はすでに限界に達しようとしていた。グレイにやられたわき腹の傷が思ったよりも深く、何の治療も施さないまま、なりふり構わずグレイを攻撃していたのだ。 次第に傷は広がり、もはや動くことさえ困難のはずだ。それでもニアは槍を振り続ける。
「もう止め ろ!その傷でまともに戦えるわけないだろ!死にたいのか!」
「黙れ!俺 は……負けない!!死ぬはずないんだ!!俺は……失敗作なんかじゃ……!!」
「く そっ……!」
 グレイは ニアの何がそこまで駆り立てるのか分からなかった。けれど、ニアの目からはとつてもない執念を感じる。それはまるで幼い子供のようでもあった。
「お前がそ の気なら……この一撃で決めよう!」
 いくら敵 とはいえ、こんな惨めな姿を見ていたくなかった。グレイは立ち止まり、先ほどのように狙いをニアに定める。ニアもそれを感知し、今度はさっきのように立ち 止まらず、止まったグレイへと走り出した。
「俺は…… 俺は!」
 すでにニ アの目は理性を失っている。ただ本能のみで戦っているのだろう。
 ニアの槍 がグレイを貫こうとした。しかし、それはグレイに当たらずに空を舞う。すぐさまニアはグレイを探そうとするが、さっきと全く同じように後ろに巨大な殺気を 感じていた。今度は避ける暇も、体力もなく、なすすべなくニアの胸をサラザードが貫いていた。
「俺は…負 けな…い……負け…る…はず…な……い…俺………は……」
 ニアの身 体は前方へと倒れこみ、グレイが確認するとすでに絶命していた。
「認めよ う。お前は、一人の戦士だった」
 グレイが ニアを見下ろしながら呟いていた。






 ロウエン とサネラは互いに一歩も動かず、目を閉じていた。二人は残っている魔力を全てぶつけようとしている。
「あんたみ たいなガキがこの私の最高魔術にかかって死ねるなんて名誉なことよ」
「勝手に 言ってろ。死ぬのはお前のほうだ」
「口の減ら ないやつだね!」
 二人の周 りには膨大な魔力が渦巻いていた。それはこれから起こるであろう魔術がかなりのものであることが伺えた。そして二人は同時に詠唱を唱える。
「大地の中 で生ける精霊たちよ、その恩恵を我は願う。その力を我は願う。その存在を我は願う。願いは一つになり、やがて巨大な力へと変化し、その巨大な力こそ、我の 願いであり、精霊の願い。さぁ、今こそ共に我らの願いを以って、我が眼前に立ちし敵を討ち滅ぼせ!!」
「炎は私の 手となり、水は私の足となり、風は私の身体となり、大地は私の頭となり、そして自然は私の力となる。世界を渦巻く、自然の万物たちよ。我は汝らの代弁者に て、代行者。さぁ、今こそその意志を以って、我の前に集え!」
 ロウエン とサネラは、ともに強力な上位魔術を発動させた。その力は強大で、周りに兵たちがいたのならば、たちまち巻き込まれてしまうだろう。だが、すでに魔術で戦 う二人の周りには生きている人間は本人たちを除いて誰もいなかった。そのおかげで、上位魔術を心おきなく発動できたのである。
 双方の魔 術がそれぞれ敵を目掛け、二人の真ん中で衝突した。
 大きな爆 音と巨大な光が辺りを照らす。やがてそれも収まり、辺りは視界を遮る砂埃が舞っていた。そしてその砂埃もだんだんと消えていく。
「そん な……この私が……負け…ただっ…て……?」
 ロウエン の魔術はサネラの魔術をも突きぬけ、サネラへと直撃していた。サネラはその場に仰向けに倒れながら、そのまま青い空を見上げる。
「死に…… たく…ない……。やっと……空…が……」
 サネラは その空を恋焦がれるかのように腕を伸ばす。
「私が…… 私が……ぁ…ぁぁ……」
 しかしそ の想いも虚しく、やがて力尽き命が絶えた。
「勝っ た……のか」
 ロウエン はギリギリの戦いであったために、少しだけ自分が勝てたことが信じられなかった。魔力も使い果たし、疲労感に襲われてその場に座り込む。
「アイラは 無事だろうか……?」
 ふいにア イラのことが心配になり、ロウエンはすぐに立ち上がりアイラを探し始めた。






「くっ、い きなり力が上がったですと……!?」
 さっきま でとは逆に、今度はドールがヘイスに押されていた。ヘイスの剣筋もさっきとは全然違く、まるで別人とも思えるほどだった。
「ぐっ!」
 ヘイスの 剣がドールの肩をかすめる。致命傷とまではいかないが、それほど浅くもない傷だった。それを見てヘイスは小さく笑う。
「さっきま での威勢はどうした!」
「……私を なめないでください!これしきの傷、なんともありません!」
 ドールは その言葉の通り、肩の傷をものともせずに、ヘイスに攻撃する。ヘイスもそれを受け止め、反撃していく。すでにヘイスも先ほどドールから受けた傷があり、そ う長くは戦っていられない状態である。素早くドールを倒し、この戦闘を終わらせたかった。
「いい加減 に諦めたらどうだ!」
「それは こっちのセリフですよ。その傷でよくここまで持ち堪えられますね!」
 傷の深さ で言えば、断然ヘイスの方が大きかった。しかしドールの傷も長くは放ってはおけないものだ。二人はそろそろ次が最後になるだろうと予想する。
「よくここ まで耐えましたね。その根性だけは褒めて差し上げましょう」
「お前こ そ、この俺をここまで手こずらせてくれる奴は久しぶりだったぜ」
 二人は互 いに剣を構える。そして同時に走り出し、斬りつけた。それは剣と剣で弾きあい、互いに一歩下がる。しかしすぐに次の攻撃へと移り出した。
 後方で二 人の戦闘を見ていたミーアは、二人の動きを目で追えなかった。それほど素早い攻撃を互いに繰り出しているのだ。
「くっ」
 ヘイスは 先ほどの傷が痛み、バランスを少し崩す。その隙をドールは見逃すはずがなかった。
「これで終 わりです!」
 ヘイスは その攻撃をギリギリで剣で受け止めた。そのせいでさらにバランスを崩したが、ドールは先ほどの一撃で決まったと油断していたので、追い討ちをかけることは 出来なかった。逆にその油断がドールを一瞬の間無防備にしていたのである。そしてヘイスはその一瞬の間に迷いなく、剣を斬りつけた。
「これ が……私の最期だというのですか……。…所詮…人形は…人……形で…し…か……」
 ドールは 倒れこみ、絶命した。
「ハァ…… ハァ……ハァ…」
「ヘイス 様!」
 ヘイスの 傷が開き始め、まともに立てなくなったので、ヘイスは剣を支えに立っていた。すぐにミーアが駆け寄り、回復を施す。
「じっとし ていてください。すぐに回復を」
「すまな い。……戦いの方はどうなっているんだ?」
「詳しくは 分かりませんが、少しずつ私たちの軍が押しているようです」
「そう か……兄貴はまだなのか?」
「は い……」
 ミーアの 回復も終え、あとは自然に治るのを待つだけだった。回復魔術といっても万能ではなく、死に至る傷を治せないように、深い傷もすぐに完治できるわけではな かった。
「ありがと う、ミーア」
「いえ」
 ヘイスは 立ち上がり、味方が苦戦していそうな場所を探す。
「ヘイス 様!その身体でこれ以上の戦闘は危険です!」
「だが…… 簡単に休んでいるわけにもいかないだろう」
「それは、 そうかもしれませんが……」
 こういう 時のヘイスをミーアが止められるはずもなく、ミーアは困り果てていた。どうするべきかと思っていたとき、戦場に大きな声が響く。
「何 だ!?」
「ヘイス 様!あれを見てください!」
 ヘイスは ミーアの指差した方向を見やった。その瞬間、ヘイスは見なければ良かったという現実逃避に駆られる。ヘイスの視線には、およそ二百ほどと思われる軍がこち らに向かって進軍していた。そして彼らの鎧などを見れば、帝国軍であるということは一目瞭然である。
「馬鹿 な……援軍だというのか!!」






「嘘で しょ……援軍なんて聞いてないわ!」
 アイラは 悲痛の叫びを上げた。
 アイラも ずっと帝国軍と戦い続け、もはや身体が限界に達しようとしていた。それでも気力を振り絞って、なんとか耐えている。近くではアレンとセレーヌも戦ってい た。最初は一人だけで戦っていたのだが、途中で二人と合流し、今では一緒に戦っている。アイラは二人がいつも一緒に戦っているのをみて、なぜだか羨ましい と感じていた。
「ちょっ と!あの帝国軍は何なのよ!」
「俺が知る わけないだろ」
 セレーヌ もわけが分からないと言った感じで叫んでいた。すでに援軍の二百はあと少しでこの戦場へと辿り着こうとしている。そうなれば今まで耐えてきたのが、たちま ち押し返されてしまうだろう。何とかしなければならなかった。
「恐らくメ レゲン砦からの援軍よ」
「メレゲン 砦?あそこからここまで一日はかかるはずだろ」
「えぇ。だ から援軍の心配なんていらないってサーネルも言っていたのに」
「けど、現 に今あそこにいるじゃない!」
 アレンは それを聞いて、メレゲン砦から戦いが始まる前に援軍を出していたことが分かる。
「とにかく あれを何とかしないといけないわ!」
「アレン、 どうする?」
 セレーヌ が聞いてくる。アレンの判断に任せるのだろう。
「ちっ。面 倒だけど、放っておくわけにいかないだろ」
「それもそ うね」
「ちょっと 待ってよ!どうするつもり?まさか二人だけで行く気なの!?」
 いくら何 でも二百を相手に二人で戦うことは無理だろう。アイラは二人の行動を理解出来ずに見る。
「まぁ、何 とかなるだろ」
「行きま しょ、アレン」
 二人はア イラを振り返りもせず、援軍の二百へと走っていった。すでに援軍の先頭の方は、敵軍と合流している。アイラもそれを見て、遅れながら二人の後を追った。






「さぁ!帝 国に仇名す反乱軍どもを討て!」
 援軍はす でに合流し、これで帝国軍は押されていた勢いを巻き返してきた。少しずつ反乱軍が押され始めているのが分かる。
「炎よ!」
 セレーヌ が帝国軍の固まっている所に魔術を放つ。いきなりの攻撃で慌てている帝国軍の中にすかさずアレンが飛び込む。
「何で俺が こんな人数相手にしなきゃいけないんだ……」
 ぼやきな がらも必死で剣を振るう。しかし周りは敵兵だらけだ。四方八方から敵の攻撃が襲ってくる。アレンは何とかかわしながらも、一人ずつ確実に敵を仕留めてい た。セレーヌも後方から援護している。
「どうした もんか……」
 アレンも ずっと前から戦いっぱなしだったので、さすがに多少疲れてくる。それでも敵兵の数はいっこうに減っている気配がない。
「ん?あれ は……」
 その時、 アレンはある方向に何かを見た。その何かは勢いよくこちらに向かってきている。近づくに連れて、だんだんと聞こえてくる地響き。遠目で、二百くらいの数だ と分かる。
「まさか、 まだ援軍が来るのか?」
 反乱軍の ほとんどがそう思い、一瞬絶望しかけた時、近づいてきた者たちの正体が判明した。
「あれは! 町の民たちか!?」
 彼らの服 装は、帝国軍の鎧でもなく、フューリア軍の鎧でもなかった。いや、鎧ですらなかったのだ。見るからに、防具といえる防具もないただの町人たちだった。その 手に剣など、各々の武器を持っているだけだ。
「今こそ反 乱軍と共に!帝国軍をやっつけろ!」
 彼らは恐 れを知らず、帝国軍の中へと突き進んでいた。その勇敢な姿は、帝国軍を怯ませ、反乱軍には勇気を与えた。形勢しかけていた状態が、また逆転していく。帝国 軍はその勢いにただただ圧倒されていた。