Mystisea

〜運命と絆と〜



二章 ダーナ城奪還


13 サラーラのシスター







  数時間たち、辺りは暗くなり始めていた。すでに反乱軍はみんなダーナ城へと移っている。アイラも慎重にダーナ城の一室に移した。
 今は少し でも耐えるために、ミーアや他の回復魔術師が交代で常に治療している。それはあくまで少しでも持つためであり、いっこうに回復する気配はなかった。血も傷 ついた時ほどではなくなったが、この数時間少しずつ確実に流れている。それでもまだ死んでいないのは奇跡ともいえることだ。つまりはもういつ死んでもおか しくない状態である。
 セインは 反乱軍リーダーとして、今はサーネルと共にいろいろ仕事に追われている。ヘイスも少し大きな傷を負ったようだが、治療してすぐに治ったようだ。完治とはい わないが、今も動き回っている。そしてロウエンはあれからずっとアイラの傍にいた。出来ることは何もないので、ただ傍にいるだけである。
「まだ来な いのか……」
 ロウエン は先ほどから何度目かの呟きを残す。近くにいたミーアには、ロウエンの焦りようが手にとるように分かる。恐らくは自分やセインよりも一番に心配しているの だろう。だがアイラを心配しているのはみんな同じだった。アイラが重傷を負って死にそうになっていることはまだ一般兵たちにはあまり知られていない。
「ロウエ ン!」
 セインが 扉を開けて勢いよく入ってきた。
「セイン、 どうした?」
「サラーラ の町からシスターが来た!」
「……!今 どこにいる!?」
「今こちら へ向かっている。すぐに来るはずだ」
「そうか」
 ロウエン はやっと来たのかと安堵した。そのシスターがアイラを治せるかどうかは分からない。数時間前よりもアイラの容態はさらにひどくなっているのである。恐らく 治せなかったら、仕方がないことなのに理不尽に攻めてしまうだろうとロウエンは思っている。
 その時 サーネルに連れられ、シスターらしき人物が入ってきた。後ろにはヘイスとグレイもいる。
 ロウエン はシスターを一目見る。長い髪をしていて、その色は淡く綺麗な蒼だった。一目みた誰もが彼女のことを綺麗な人だと言うだろう。ロウエンもそう思った。
「あなたが シスターか。アイラを見てくれ」
「はい」
 声も凛と していて印象的だった。シスターは横になっているアイラに近づく。
「これ は……!!」
「治せる か?」
「……分か りません。この状態で生きていることのほうが不思議です。……ですが、やれるだけのことはやりましょう」
 やはり生 きていることが奇跡だったのだ。誰もがその言葉に半ば絶望しかけていた。シスターが杖をかざし、魔力を込めているのが分かる。その魔力の高さはかなりのも のだった。自分も魔術師だから分かる。下手をすれば自分の魔力より上なのかもしれないと思った。それは同じ魔術師でもあるミーアやサーネルにも知れた。
「癒しの 力、我がもとへと集え。かの巨大な癒しを我は願う。精霊ユニコーンよ、この穢れなき少女を死から救うためにも、どうかその力を……!」
 その詠唱 を聞いて、ロウエンやミーアは驚いた。シスターは上位の精霊であるユニコーンと契約しているのだ。
 精霊にも いろいろな種類があり、目に見えずに世界中に溢れているような下位精霊もいれば、個々の存在を持ち、確たる意思も持っている中位や上位の精霊だ。その中位 以上の精霊からは個々に名前もついていた。さらに上位にいくほど存在する数は少なくっている。
 普通の魔 術は下位の精霊に力を乞うことで発動する。下位の精霊といっても自分の魔力が高ければ、普通に上位魔術を放つことができる。対して中位以上の精霊に力を乞 うことは、契約することをみなす。契約を持ちかけても、精霊は認めた者しか受け取らない。それ故、契約するような魔術師はなかなか現れることはなかった。 中位の精霊と契約するだけでもすごいことであるのだ。
 隣でシス ターの魔術を見ていたミーアは圧倒されていた。自分の力がそこらへんにいる大人よりも優れていることは理解していた。だからといってそれを鼻にかけるよう なこともしたことはない。けれど心のどこかで優越感を持っていたことは認めている。最初にシスターを見たときに、その魔力の高さが自分を上回っていること はすぐに分かった。だが、これほどとまでは思わなかった。上位の精霊と契約できる魔術師などそうそういるものではない。この時ばかりは、同じ回復魔術師と してここにいる誰よりも素直にシスターのすごさを理解した。
「アイラ は……」
 癒しの力 をアイラに翳してから、何時間とも感じられるような時間が経った。実際には数分という時間であったけれど、心なしかアイラの顔色は少し良くなった気がす る。血もよくみれば完璧に止まっていた。
「私に出来 ることはやりました」
 シスター が振り返り、みんなに向かう。
「アイラは 助かったのか?」
「それはま だ分かりません。血は止まりましたが、出血の量が多すぎたのでしょう」
「それ じゃぁ!」
「今夜を乗 り越えることができれば、あとは回復に向かうはずです。ですが、今夜中に息を引き取る可能性もあります。五割といったところでしょうか……」
「……そう か」
 ロウエン はうな垂れるが、すぐに気持ちを取り戻す。今夜を乗り越えることが出来ればいいのだ。
「それで は、私はこれで」
 シスター が部屋を出ようとする。
「わざわざ ここまで来てくれて済まない、シスター」
「いえ。そ んなことはありません」
「もう外も 暗くなりました。今日はここでお泊まりになってください」
 女性を一 人町に帰すわけにもいかず、サーネルがシスターをこの城に泊まっていくように誘った。シスターもその厚意に甘えることにする。
「それで は、そうさせていただきます」
「グレイ、 彼女に部屋を一室あててくれ」
「はい」
 グレイに 連れられ、シスターは部屋を出て行った。これ以上ここですることもなく、まだ仕事もあるためみんな次々と心配しながらも部屋を出て行った。残ったのはロウ エン一人である。このまま朝までここにいるのだろう。みんなそれを分かっていても何も言わなかった。
「アイラ。 どうか無事でいてくれ」






 アイラが 死にそうになっていることはアレンから聞いた。容態を見たいとは思ったが、セレーヌの立場ではそれも叶わないことである。仕方がないのでぶらぶらと城内を 彷徨っていた。
 ダーナ城 はフューリア王国でも王都にあるファレス城の次に大きい城である。反乱軍数千くらいなら簡単に収容できる。現在ダーナ城にいるのはおよそ六百ほどだ。ダー ナ城を攻めた五百に義勇兵の二百が加わった。しかし戦で百の兵が死んだ。死んだものが百だったのは予想外に少なかった。サーネルたちはもう少しの犠牲を覚 悟していたのだ。
 メレゲン 砦から二百の援軍と、近隣の町から二百の義勇軍はサーネルにとっても、誰にとっても予想外な出来事だった。サーネルは一人絶対にないと思っていたメレゲン 砦の援軍が来たことで、自分を責めている。
 兵も六百 になれば部屋の割り当ても大人数になっていく。個室を貰えるのは幹部くらいなものだろう。その下くらいが二人部屋くらいだろうか。アレンとセレーヌもそれ ぞれ大部屋に移っている。アレンは周りの者たちとは積極的ではないが、関わってはいた。問題はセレーヌだ。その性格から少し同性から敬遠されがちだった。 女性の兵たちをまとめているのが、リラだということもあるのだろう。リラはセレーヌを嫌っているようなので、他の女性たちもセレーヌと近づこうとは思わな い。セレーヌはそのことを特に気にしているわけではないが、部屋に居場所がないのは事実だった。できるだけ部屋にいないようにしている。
 アレンと 話をしていようかとも思ったが、アレンはジェイクと一緒だった。どうやらジェイクが原因でアイラは重傷を負ったらしい。それをアレンが慰めているのだ。昔 からアレンを知っているセレーヌとしては、アレンはジェイクを気にかけている理由もセレーヌにはなんとなく分かっていた。邪魔をするわけにもいかず、今夜 はアレンといるのは止めたのだが、反乱軍の中にセレーヌが話すのはアレンを除けばアイラくらいだろう。今夜は久しぶりに一人だった。
 セレーヌ が城を歩き始め、数十分でいい場所を見つけた。最上階である。扉を開ければ、屋根もなく、辺り一面を見渡せる。周りを見張る所なのだろうか。誰もいないこ とをいいことにセレーヌは進んでいく。夜風が涼しくて、気持ちよかった。壁に手を置いて立ちながら、外を見渡す。それは心地よく、今ここに酒があれば、な おさら良いだろうなと思った。
 そのまま セレーヌは外を見渡し物思いに耽っていると、誰かがここに近づいてくる音がする。
「セレー ヌ……」
 ヘイス だった。ヘイスとはダーナ城の戦の前に話した以来、一度も喋っていない。話す機会もなかった。
 セレーヌ はヘイスを見ると、その姿はあちこち怪我をしていた。兵たちの噂によれば、敵の師団長と戦い、かなりの傷を負ったそうだ。だからといって特に心配などして いなかった。こんなとこにいるのだから、それほどの傷でもなかったのだろう。
「……」
 特に話す こともないのでセレーヌはなにも発しなかった。それに焦れたのか、ヘイスがセレーヌに近づいてくる。
「おい、聞 こえてんだろ」
「…… 何?」
「お前、リ ラの言ったこと気にしてるのか?」
「……?」
「身分が違 うとか、俺に関わらないとか……」
 その時の ヘイスの顔はいつもの様に自信が溢れている顔ではなく、どこか情けなかった。思わず笑ってしまうほどだ。
「何言って んのよ。私がそんなことを気にするとでも思ってるの?」
「それ は……」
 言われて 見れば、そんなことを気にするような人間ではない。少なくとも今まで見てきた彼女を見れば。
「別にあん たと話すことなんて何にもないでしょう?」
「それはそ うだけどな……」
 ヘイスに とってみれば、何処か物足りなさがあった。サルバスタにいた時にしょっちゅう会っては口喧嘩をしていたのだ。それに少し慣れてしまったのかもしれない。自 分だけがそう思っていたことに、ヘイスは悔しさと、そして寂しさを覚えていた。今ではセレーヌのことを自分がどう思っているのか分からなかった。好きでは ない。嫌いだと思っていた。だけど嫌いではない。考える度に分からなくなってくる。結論として出したのは、今までにいないタイプの女だからということだっ た。すぐに分かるだろうと。
「そう言え ば……」
 黙ってい たセレーヌが急に口を開いたので、あわててヘイスは思考を中断した。
「何だ?」
「アイラは どうなったの?」
「あぁ……。 ここの近くにあるサラーラの町からシスターが来てくれて、治療してくれた。今夜を乗り越えることが出来れば無事らしい」
「そう…… 今夜か」
 アイラと セレーヌが仲が良いこともヘイスにはあまり理解出来なかった。ダーナ城の南で野営するときもテントが一緒だったらしい。リラが愚痴をこぼしていたのを覚え ている。
「さてと。 あんたとこのままいても気分悪くなるだけだし、私は帰るわ」
「んだ と!」
 セレーヌ は怒号を上げたヘイスを振り返らずに、去っていった。
「おい!」
 再び呼び かけても戻ってくる気配はもうない。どうしてだか自分が馬鹿みたいに思えてきた。一人毒づいている。ただ思い出すのは、セレーヌの横顔だった。ここへ来 て、セレーヌに声を掛ける前にセレーヌの横顔を見た。その姿は淋しげで、今にも消えてしまいそうな儚いものだった。そう思った時、声をかけていたのだ。自 分でもすごい驚いていた。もう一度あの横顔を思い出すと、どこか胸が痛んだ気がした。