Mystisea

〜運命と絆と〜



二章 ダーナ城奪還


14 運命の流れは緩やかに







  陽が昇った。
 ゆっくり と目を覚ます。辺りを見回すが、どこか判断出来なかった。近くで眠っている人物がいる。
「ロウエ ン?」
 アイラは なぜロウエンがそばにいるのか理解できないでいた。とりあえず起きようと体を起こすが、体中が悲鳴を上げ、起きれなかった。
「……ッ!?」
 やっとア イラは自分に何が起こったのか思い出した。ジェイクを庇って敵に斬られたのだ。意識を閉じる時に、自分を呼ぶ声がいくつか聞こえた気がした。
 とりあえ ず、眠っているロウエンを起こすことにする。
「ロウエ ン、起きてよ」
「ん……ん ん…」
「ロウエ ン!」
「……ア イ…ラ……?……アイラ!!」
 いきなり ロウエンが立ち上がる。その反動で体が少し痛んだ。ロウエンもそれに気づいたようで、慌ててアイラを窺う。
「わ、悪 い!」
「大丈夫 よ」
 ロウエン は目の前にいるアイラを見て、一瞬夢かと思った。だが、現実であることがすぐに分かる。
「良かっ た……!助からないかと思った……」
「私、そん なに気を失ってた?」
「あぁ。も う日が変わっている。出血がひどくて、みんな諦めかけていたんだ……」
「そ う……。ありがとう、ロウエン。心配してくれて」
「あ、 あぁ……」
 ロウエン は正面から礼を言われて照れてしまう。それを隠すため、みんなを呼んでくると言って部屋を出ていった。一人残ったアイラは少し考え事をするようにぼんやり とする。
 まさか死 ぬほどの傷を負うとは思っていなかった。ただジェイクを庇っただけである。少しの傷ができるだけかと思った。しかし一日近くも気を失い、ロウエンは諦めか けたとも言っていた。余程の重傷だったのだろう。だけど生きていた。生きていることにアイラは誰というわけでもないが、感謝する。
 ロウエン が心配してくれていたのはすごい分かった。やることもあるのだろうに、ずっと部屋にいてくれたようだ。二人の兄やミーアも心配してくれただろうと思う。も ちろんグレイや他の部下たちも。
(アレンと セレーヌは……心配してくれたかしら…)
 意識を失 う時に呼ばれた声に、アレンも入っていた気がする。気がするだけで、実際はどうだか分からない。けれど、入ってほしいと思っていた。なぜだかは分からない が。
「アイ ラ!」
 セインと ヘイスが先頭に部屋へ入ってきた。ロウエンが呼んできたようだ。ロウエンもミーアもグレイもサーネルもいる。
「兄さ ん……心配かけてごめんなさい」
 家族は兄 妹三人になってしまったのだ。これ以上減るのは耐えられなかった。表には出さなかったが、二人ともロウエンに負けないくらいに心配していたのだ。
「お前が無 事でよかった」
「心配かけ るなよな」
 その言葉 を聞いて、自然と涙が出てきた。照れ笑いをして、他の人たちを見ると、一人見たことのない人物がいた。
(綺麗な 人……)
「その方 は?」
「あぁ。サ ラーラの町からここまで来てもらったシスターだ。お前の傷を治してくれた」
「え?治し てくれたのはミーアじゃないの?」
 ずっと ミーアだとアイラは思っていた。今いる反乱軍の中で一番の回復魔術師はミーアだからだ。
「私じゃな いわ。私はアイラ様を治すことが出来なかった……この方がアイラ様を治してくださったの」
「そ う……。ありがとうございます」
「いえ。無 事にいてくれて私もホッとしました。ただ……」
「何かある のですか?」
 言いにく そうにシスターがしていたので、アイラは自分から聞いてみた。
「腹部への 傷はかなり深かったのです。出血は止めはしましたが、傷までは完全に治せませんでした」
「……」
「恐らく消 えない痕として残ってしまうでしょう。まだ若い少女だというのに……」
「馬鹿 な!」
 ロウエン が叫んだ。アイラはそれを静かに聞いていた。そんなことなど戦いに身を投じたときにとうに覚悟しているのだ。驚くことでもない。
「私は気に しません」
「けれど女 の子なのです」
「戦いに身 を投じた時に女であることは捨てました」
「たとえそ れでも、アイラ様はまだ女の子なのですよ」
 これが他 の人だったら何か反論していたのだろう。なぜだかこのシスターには言い返そうとは思わなかった。
「は い……」
 シスター は微笑んだ。その顔もすごい綺麗だとアイラは思った。
「ともかく ありがとう、シスター。貴女のおかげでアイラは無事ですんだのだ」
 セインも 礼を言った。ここにいる誰もがシスターには感謝しているのだ。
「それで は、私は町へ帰りましょう。アイラ様の無事も確認しましたし」
「お待ちく ださい、シスター」
 帰ろうと したシスターを止めたのはサーネルだった。
「貴女の癒 しの魔術は見事でした。私はこれまで生きてきた中で貴女ほどの者を見たことはないでしょう。是非ともその力を……反乱軍に貸してほしい」
 サーネル の言葉にシスターは驚きを隠せない。しかしセインはその言葉を予想していた。サーネルが言わなければ自分も言ったことだろうと思っていた。
「それはい い考えだ!シスター、どうかその力を貸してください!」
 ロウエン もサーネルの考えに同調する。
「しか し……」
 シスター はいきなりのことに戸惑った。実は全く予想していなかったことではない。ただ、早すぎたのだ。
「お願いし ます!」
「私 は……」
 シスター が何か言おうとした時、部屋の扉が突然開かれた。
「アイラ、 助かったってのは本当!?」
 扉を開け たのはセレーヌだった。
「セレー ヌ!」
 アイラと ヘイスが共に口に出した。いきなりの乱入に部屋にいたみんなが驚いていた。
「何をしに 来たのだ!」
 入ってき たセレーヌにサーネルが怒鳴る。サーネルはセレーヌのことは知らないので、ただの兵士の一人にすぎなかった。最もただの兵士の一人なのだが。
「馬鹿!何 でお前はそうやって行くんだよ」
 呆れたよ うなアレンの声が聞こえる。アイラが扉の先を見やるとアレンの姿が見えた。その後ろにはジェイクの姿もあった。
「何言って んのよ。アイラの様子を見に行こうって言ったのアレンじゃない」
「だからっ て入り方ってものがあるだろ……」
「別にいい じゃないのよ」
「はぁ……」
 二人の様 子は相変わらずだった。見ていたら笑いがこみ上げてくる。
「ふふっ」
「アイラ 様?」
 サーネル が不審そうにアイラを見ていた。
「何でもな いわ」
 もう一度 扉の方を見るとジェイクと目があった。
「あ……」
 ジェイク は俯く。それを見て初めてジェイクの気持ちを察した。自分を心配するロウエンやセインがジェイクを攻めないはずがない。恐らくつらい思いをしたのではない だろうか。そう思っていたら、ロウエンがジェイクに怒鳴り始めた。
「お前!ど の顔をしてアイラの前に現れた!お前のせいでアイラは死にそうになり、一生消えない傷まで残ることになったんだぞ!!」
「あ、俺 は……」
 ジェイク は今にも襲い掛かりそうなロウエンを見て、怯えるように俯き続ける。
「やめて、 ロウエン!私が勝手にしたことよ。彼は悪くないわ」
「アイラ、 何を……!?」
「とりえあ えずそこまでにしろ、ロウエン」
 サーネル がロウエンを止める。そしてセレーヌやアレンの方を見やった。
「アイラ様 と知り合いのようだが、今は忙しいのだ。とっとと部屋から出て行きなさい」
「あ、すみ ません。今すぐ出て行きますので……」
 アレンは セレーヌを連れて急いで部屋を出ようとした。その時初めて二人は部屋の隅にいた人物に気がつく。その瞬間アイラは二人の顔が驚いていたように見えたが、す ぐに二人の表情は元に戻っていた。周りを見ても誰も顔を変えていないことから、気づいていないようだった。それほど一瞬の間だったのだ。






 アレンと セレーヌとジェイクはアイラの部屋を出たあと、目的もなく歩いた。すると、庭のようなところへ出る。そこは広く、美しい花などが咲いていた。多くの人が憩 いの場として使っているのだろう。兵の姿も何人か見えた。
 三人はそ この端の方に座る。
「アレンさ ん……俺、どうしたらいいですか?」
 アイラが 重傷を負ったことは一般兵の間では秘密にしていたが、ロウエンがアイラの部屋に付きっ切りでいたりしたことからすでに噂になっていた。そして兵の中にアイ ラがジェイクを庇った瞬間を見た者も何人かいたのだ。彼らの話したことが、尾ひれをつけ噂として飛び交っている。その内容は簡潔に言えば、ジェイクのせい でアイラが死に瀕しているというものである。そのおかげでジェイクは城のどこにも居場所がなかった。同部屋の者たちからも、知らない人からも非難されてい るのだ。それほどアイラの存在は大きいということでもある。
「シャキッ としなさいよ!男でしょ」
 セレーヌ が励ますように言う。だがそう簡単に回避できる問題でもなかった。
「俺…… もっと強くなりたい……」
「……」
 ジェイク は今度のことが余程堪えたようだ。昨日はずっとアレンが付いていたおかげで、大分元気が出るようになった。アイラが目覚めたという噂を聞いて、少しだけ心 も軽くなったのだろう。だが、真実を確かめに言った時に、ロウエンに言われた言葉が頭を離れなかった。
「アレンさ ん、俺に剣を教えてください」
 ジェイク の眼は真剣で、そして本気だった。
「俺が言っ たことを忘れたわけじゃないだろうな」
「忘れてま せん。ずっと……考えました。そして、決心したんです」
「いいの か?この先反乱軍として居続けても、フューリア軍としてはいれなくなるかもしれない」
「分かって ます。それでも俺は!……それに、もう俺はフューリアの軍として居続けることは出来ないでしょうから」
 ジェイク は悲しげに、だが笑って言った。
「ジェイ ク……」
 ジェイク の気持ちはアレンにも理解できた。それでも心のどこかでいけないと叫んでいる。そんなアレンを後ろから押したのはセレーヌだった。
「いいじゃ ない、アレン。ジェイクが決めたことよ」
「……そう だな。ジェイク、後悔してもしらないからな」
「はい!お 願いします、アレンさん」
 アレンは これからのジェイクのためにも、剣を教えることを決心する。けれど、自分とかかわることで、この先つらいことが起きるかもしれない。いろいろな不安を抱え ながらも、自分も後悔しないようにやろうと決めたのだった。