Mystisea

〜運命と絆と〜



二章 ダーナ城奪還


02 それぞれの気持ち







  ヘイスは軍議が終わった後、戦の準備をしようと自室へと向かおうとした。その途中、向こうから歩いてくる人物がいたのでその人物に目を向ける。
「もう二日 酔いは治ったのか?」
 それを言 われた人物――セレーヌはすぐさまカチンときた。
「おかげさ までとっくに元気になったわ」
「ずっと寝 込んでればいいんだけどな」
「なんで すって!?」
「結局お前 は敵を眠らしただけで役に立たなかったみたいだし、反乱軍に入っても意味ないんじゃないか?」
「うっさい わね!調子悪かったんだからしょうがないでしょ!」
「言い訳な んていくらでも言えるって」
 すぐに二 人は言い争いを始めたのだが、幸か不幸かその周辺には誰もいなかった。おかげで誰も止めることなく続いてしまう。セレーヌも言われっぱなしでは癪なので反 論した。
「何言って んだか。だいたい私の泣くとこを見るとかいってあんたが泣いてりゃ世話ないわよね」
「何!いつ 俺が泣いたって言うんだ!?」
「人質に頭 下げてた時よ!」
 セレーヌ の言う通りあの時確かにヘイスは涙を流していた。状況が状況だっただけにセレーヌはちょっとまずかったかと思ったが、むかついていたのでそんなことに気を 使っている余裕はなかった。
「ッ!!お 前にあの涙の意味の何が分かるって言うんだ!!」
「え……?」
「あの日父 上と母上に言われて戦っている人たちを残して逃げていった俺たちの気持ちが!俺たちのせいで民に辛い思いをさせてしまったんだ!その気持ちがお前みたいな 奴に分かってたまるか!!」
 ヘイスは 激昂していた。そのヘイスの気持ちを見てセレーヌはやっぱりまずかったと思う。しかし言ってしまったことは撤回できないので、セレーヌは素直に謝ろうとす る。ヘイスは知らないだろうが、セレーヌにもヘイスの気持ちが分かっていたからだ。
「ごめ ん……」
「え?」
 ヘイスも セレーヌが素直に謝ってくるとは思わなかったので少しばかり放心する。
「あんた は……逃げたこと後悔してるの?」
「何だ よ……急に」
「どうなの よ?」
 いきなり そんなことを聞かれてもヘイスは戸惑う。しかもセレーヌにそんなことを答える義理はないのだけれど、何故か気づいたら答えていた。
「……後悔 してるに決まってるだろ。たとえ死んででもみんなと一緒に戦うべきだった」
「……バッ カじゃないの」
「な にっ!?」
「結局あん たもあのリーダーという人と同じで憎しみで敵を殺しているのね。こんなんじゃ反乱軍の先が思いやられるわ」
 この前セ インがアレンに言われていたのを隣で見ていた時を思い出す。あの時もどこか自分が責められているような気がしていた。そして今本当に言われるとセインのよ うに怒りが湧いてくる。ヘイスはセインよりはそのことを自覚しているからこそセレーヌの言ったことを簡単に認めることは出来なかった。
「ふざけん なよ!あいつらは父上や母上を殺したんだ!憎くて当然じゃないか!」
「別に憎む のが悪いと言ってるんじゃない!その憎しみを力にして人を殺すのが悪いって言ってるのよ!」
「黙 れ!!」
 あまりに も怒ったヘイスは我を忘れてセレーヌの胸ぐらを掴みかかった。けれどセレーヌは冷静にヘイスの瞳を見る。
「貴方は貴 方を逃がした両親や臣下の気持ちを分かっていない。その憎しみで人を殺していたら彼らがうかばれないわ!」
「――ッ!! お前に俺の気持ちの何が分かる!?」
「……私に も分かるわ」
「何……?」
 セレーヌ の言葉は小さすぎてヘイスは聞き取れなかった。聞き返したがセレーヌは何も言わず黙る。途端に二人の間には沈黙が走りヘイスも幾分か冷静さを取り戻すと、 いまだセレーヌの胸ぐらを掴んでいることに気づく。慌ててその手を離して後ろへ少し下がった。
「悪 い……」
 たとえ嫌 な女だとしてもさすがに女の胸ぐらを掴むのは悪く思い謝った。けれどセレーヌはそれにも何も返さず黙ったままだった。そのまま二人は何も言わずに動かない で時間が過ぎていき、その沈黙に限界に達しようとしていたヘイスは何かを言おうとしたが、その先にセレーヌが口を開いた。
「私も悪 かったわ……」
「え?」
 急に謝っ た意味を問いただそうとしたがセレーヌはそれを言うとすぐにその場を離れていった。一人残されたヘイスは呆然と呟く。
「いったい なんなんだよ……」
 つくづく セレーヌという人間が分からなくなる。何も知らないうるさい女かと思えば、急に黙ったかと思うと謝ってきたり意味が分からなかった。嫌な女だと思うのにど こか気にせずにはいられない。そんな自分の気持ちが嫌だった。あの時ザラムの魔術が放たれたときも無意識にセレーヌを庇おうとしていた。その事実にヘイス は後になってすごく驚いたものだ。そしてセレーヌの言葉を思い出す。
「俺は…… 間違ってるのか…?…民を守る……」
 ヘイスは その場所から動かずにずっといろいろなことを考えていた。






 出立を明 日に控えた夜、アレンは一人外に出て夜風に当たりながら考え事をしていた。すると後ろから足音がしたので振り返るとアイラがこっちに向かって歩いていた。
「……アイ ラ様」
「こんなと ころで何してるの?明日は早いわよ」
「少し考え 事を……」
 アイラと ちゃんと話すのはアレンが反乱軍に入ると告げた日以来だ。あれからずっと忙しかったのか姿さえあまり見かけない状況だった。だからこうしていきなり話しか けられてもアレンは少し困る。アイラは返事に気にした風もなくアレンの隣へと腰掛けた。
「ごめんな さい」
「……?」
「ずっと貴 方と話をしたかったのだけどここ数日忙しくて時間もとれなかったら」
「別に俺は 全然大丈夫ですけど」
 アレンに はアイラが自分と話をしたいと思っていたことが意外だ。
「……後悔 してない?」
「え?」
 アレンは アイラが急に発した言葉に意味が分からず聞き返した。
「反乱軍に 入ったこと後悔してない?」
 アイラは もう一度同じことを聞いた。
「なぜそん なことを聞くのですか?」
「なぜっ て……セイン兄さんにああいう風に言ってたし……。本当は嫌なんじゃないかと思って……」
 アイラは 心配だったのだろう。あの時のアレンの言葉を聞いてアイラも少なからず思い当たることはあった。
「後悔して ませんよ」
 アレンは 本当の気持ちを正直に答えた。
「本当 に?」
 それでも アイラは信じていないのか聞き返してくる。それにアレンは苦笑しながらも肯定した。
「えぇ」
「良かっ た……」
 アイラは 安心したように胸をなでおろした。その様子から見ても本当に安心しているのが伝わってくる。アレンはなぜここまでアイラが自分を心配しているのが分からな かった。それがもともとの性格なのか、それとも何か別の理由があるのだろうか。
 それから 二人はしばらく黙ったまま時が過ぎていった。するとアイラがふと疑問に思っていたことをアレンに聞いた。
「そういえ ばあなたたちのその青髪は珍しいわね。北の方の生まれなの?」
 フューリ ア王国では茶髪の人たちが多く、青髪の人も少なくはないのだがアレンやセレーヌのようにこれほど美しい色は見たことがなかった。しかし国の北の方では青髪 の人が多いと聞いていたので、アレンもその辺りの生まれかと思ったのだ。
「まぁ…… そうですね」
 アレンは 少し濁った言い方をしながらも答えた。
 それから 二人の間にはまた沈黙が訪れた。しかしアレンはそれを気まずいと思わなく、むしろ居心地がいいようにさえ感じる。それはアイラも同様で、久しぶりに心が穏 やかになった気がしていた。
 大分時間 が経った後、アレンはそろそろ部屋に帰らなければと思いその場所を離れようとする。
「それで は、私はそろそろ帰ります」
 アイラは その言葉に初めて時間が大分過ぎていたことに気づいた。
「えぇ。も うこんな時間になっていたのね。私もそろそろ寝ないと……」
 アレンと アイラは立ち上がり、最後にもう一度挨拶して反対の方向へと歩いていこうとした。するとアイラが突然振り返り、まだ遠くへ行っていないアレンに声を上げ た。
「そうそう アレン。私、貴方とは対等でいたいの」
「?」
「だからそ の言葉遣いやめてくれない?セレーヌに話すような感じで私とも話して欲しいの」
 いくらな んでもアイラの頼みを簡単に受けるわけにはいかなかった。
「しかし貴 女は王女ですし……」
「その王女 として扱うのを止めてって言ってるのよ。普通の人間として接して欲しいの……」
 アレンは そのアイラの様子に周りのみんなから王女として見られていることに重さを感じていることが垣間見えた。ならば自分一人が王女として見ないだけでも、負担を 軽くできるならばいいと思う。
「分かりま した……いや、分かったよ…アイラ」
 その言葉 を聞いた時のアイラはとびきりの笑顔を見せて、「それじゃぁまた明日」と言って自分の部屋の方へと去っていった。
「王女の重 みか……」
 アレンに はアイラの辛さが何となく分かるような感じがした。特に今は反乱軍の幹部として、恐らくは昔よりも頼りにされているのだろう。何処も同じだなと思いながら アレンも自分の部屋へと帰っていく。