Mystisea

~運命と絆と~



三 章 紫電の盾


12 指揮官







「やはり魔獣がいるか……」
 セインが遠い丘の上からグランツ城を見下ろすと、そこには数百もの魔獣が城を守るように囲んでいた。セインはそれを見て忌々しげに呟く。
「兵は城の中に引っ込んでいるようです。あの魔獣たちをどうにかしないときついですね……」
 セインの隣にいたサーネルもまた、舌打ちをしたい気分で口を開く。
  すでに反乱軍はグランツ城を前にして、合図があればいつでも戦闘を開始出来た。三方向に部隊を分け、正面にはセインが率いる騎兵隊五百と、ザガートが率い る歩兵隊二百を充てた。勿論ザガートの戦いぶりをセインとサーネルが見るためでもある。ザガートの二百の中には、本人の希望でルベルクの自警団も入ってい る。ザガートの指揮の下で戦えることには、彼らも喜びを露にしていた。そして右翼と左翼には残りの歩兵隊九百を半分に分けて、それぞれヘイスとアイラが指 揮している。この戦いもメレゲン砦と同じよう総力戦とも言えよう。敵に魔獣がいる分、敵の数のが多い。
 そしてセインの騎兵隊の疾駆を合図に戦が始まった。
「行け!まずは魔獣を倒して城の帝国兵を引きずり出せ!」
  騎兵が魔獣の群れへと突進し、遅れて三方向から歩兵が走る。それに対して魔獣も駆けて、本能に目の前にいる人間を襲った。魔獣だけの数と反乱軍の数を比べ れば、反乱軍の方が多い。そこまで苦戦することもなく、次々と魔獣を蹴散らしていく。そこでセインはふと思い出して、ザガートの姿を探し出した。
「魔獣に背後を取られるな!味方と背中を合わせて戦え!」
 その凛とした大きな声は騒がしい戦場の中でもよく聞こえていた。その剣捌きと指揮の腕は一流に値するだろう。それはすぐにセインにも分かった。しかしセインはわざと別の問題を加えていたのだ。
「うぁっ……!?」
「……!?しっかりしろ!」
  ザガートが自ら頼んでいたルベルクの自警団たちはよく戦っていた。しかし他の兵士は違う。セインはわざとフューリアの軍人や町からの民の志願兵を入れてい た。フューリアの軍人たちはゾディアの人間でもあるザガートの命令に反し、民の志願兵たちは初めての戦で緊張していたりする。この部隊の指揮をするのはか なりの至難だろう。ザガートがこの部隊をどうするのかが、セインの目的でもあった。もしも纏め上げれば、セインはザガートという人物を認め重宝するだろ う。
「戦いに慣れている者は新兵を援護しろ!」
 ザガートは近くにいる新兵を守りながら、近くの兵士に命令をかける。しかしその兵士は嫌そうな顔をして、ザガートに反抗した。
「何で俺たちがあんたの命令なんか聞かなきゃいけないんだよ。俺たちは俺たちで勝手にさせてもらうぜ」
「……本気で言ってるのか?」
「当たり前だろ!ゾディアの人間のくせに俺たちの上官になるのがそもそも間違って……ぐぁっ…!?」
 その兵士が最後まで言い終わらないうちに、兵士は地面に向かって大きく数メートルも倒れこんだ。
「な、何するんだよ!?」
 倒れこんだ兵士は頬を手で押さえながら、怒りの形相でザガートを睨み付けた。
「そんなことも分からないのか」
 その兵士を勢いよくザガートが殴ったのだ。それに怒っている兵士を見てザガートは呆れたため息を吐いている。周りでは魔獣と反乱軍が戦っていながらも、ザガートの部隊の多くがそのやり取りに眼を向けていた。
「別 に私を恨もうが気に食わないと思おうが、それはお前たちの勝手だ。だがな……だからといって勝手に行動されると迷惑でしかな い。お前たちが突っ走って死のうとも私は別に構わないが、その分他の兵士に負担がかかるんだ。お前たちの勝手な行動が他の兵士全ての命を危険にするの だ!」
「……」
「私の指揮下に入った者は、どんな理由があろうと私の指揮に従ってもらう。それが出来ないのなら今すぐ戦場を離れて、二度と軍人になるな!!」
 ザガートは目の前に倒れている兵士に、そして周りにいる兵士全てに聞かせるように怒鳴った。するとすぐに興味を失ったように、近くにいた男に声を掛ける。
「ノール、皆に新兵を守りながら戦えと伝えろ」
「は、はい!」
 それはルベルクの自警団の一人だった。彼らだけでは少ないが、それでも全くいないよりはマシだろう。
「新兵たちは絶対に単独で戦うなよ!」
 未だ緊張したりで固まっている新兵たちにも号令をかけ、ザガートは魔獣のいる最前線へと進みだした。前線に出ている自警団の面々を退けるのだ。その分を補うためにも自分が向かうべきだと判断しての行動だった。
「去らない者は私の指揮に従うのだな?ならばお前たちも最前線で戦え!」
 動けないでいる多くの部下に、ザガートは最後に命令を出した。そしてその多くが結局は渋々といった感じで了承している。ザガートに殴られた男も、無言だったがその命令に従い前線へと進み出ていた。






「アレン、ちゃんと戦いなさいよ!」
 すぐ近くで戦っているセレーヌがやる気のなさそうに戦っているアレンを咎めていた。
「戦ってるだろ」
「そうじゃなくてねぇ」
 確かに戦っているとは言えるだろう。けれど明確に戦っているとも言えなかった。
「さっきから一歩も動いてないじゃない!」
  厳密に言えば左足だけが動いていないだけだ。右足は左足を軸にして動いている。アレンはその場から動かずに、自分を襲ってくる魔獣だけを倒していた。その 面倒くさがりの性格から、見ていて苛立ちを募ったセレーヌがついに言葉にしたのだ。恐らくよく注意していなければ、気づくこともないだろう。そもそも戦場 で一歩も動かずに戦うということ事体、普通は思いつくこともなかった。
「目敏い奴だな……」
 誰にも気づかれていないと思っていたアレンは、それに気づいたセレーヌ毒づく。さすがにアレンの性格を熟知していた長年の付き合いには勝てなかった。
「アレンも、もっと戦いなさいよ」
「お前はどうなんだよ。いつもみたいに派手に戦ってればいいだろ」
「嫌よ。こんな弱い奴ら相手にもならないわ」
 アレンが進んで戦うことをしないのに対し、セレーヌは好戦的だった。しかしそれは相手が強者の時に限る。弱い敵だと、アレンのようにセレーヌも面倒くさがって戦おうとしなかった。
「何だか暴れたりないわね……」
「……いつものことじゃねぇか」
 その言葉にアレンは本能的に危険を察知した。セレーヌは何かを考えるような仕草をすると、やがて弾けたように顔を輝かせる。それを見たアレンは絶望にも似た表情を見せていた。
「アレン!城の中へ潜り込みましょう!」
「はぁ!?」
「城には帝国兵もいっぱいいるし、大将も私たちを待ってるはずよ!」
「待ってるわけないだろ!!」
 アレンの精一杯の突っ込みもセレーヌに軽く一蹴された。いつものように破天荒なことだと思いながら、アレンは盛大なため息を吐く。
「さぁ、行くわよ」
「お、おい、本気なのか?」
「当たり前でしょ」
  アレンはセレーヌのしようとしていることを有り得ないという表情を浮かべるが、セレーヌはそんな顔をするアレンに有り得ないという表情を浮かべていた。そ してセレーヌは一人で城門へとこっそり近づいていくのだ。セレーヌを一人にしたらそれこそ問題とばかりに、アレンも止む無く追いかける。そんなアレンの行 動もセレーヌには予想済みなことであった。






  魔獣の攻撃を避け、そして隙の出来た所を攻撃する。今の自分はまだ強くもないから、攻撃していく戦いよりも自分の身を守る戦いをしろ。それがアレンにまず教わったことでもあった。
  ジェイクはアレンの教えは忠実に守り、魔獣と戦っていた。昨日の魔獣の襲撃の時もそうだったのだが、ジェイクは自分が前よりも少しだけ強くなっているだと 実感してる。それはジェイクの心構えの違いからなのか、アレンの教えによるもなのか、それとも他に何かあるのかどうかも分からない。けれどその強くなった という事実だけで、ジェイクにとっては喜ぶものでもあった。勿論未だに他の戦いなれた軍人に敵うわけもなく、ましてや師でもあるアレンには到底及ぶもので はないだろう。
「はぁっ!」
  強さを追い求めるが故に、先走ることもあった。一日のほとんどを訓練に使い、ただひたすらに先を追いかける。そんな自分に休息が必要なのだとアレンは言う が、それだけはジェイクには分からなかった。身体の疲れはちゃんと取っている。それは当たり前だろう。しかしギリギリのところでジェイクは頑張っているの だ。
「……ッ!?」
 魔獣の攻撃がジェイクの腕を掠った。痛みに顔を顰めながら、油断せずにその魔獣を屠る。実戦はまだ数えるほどしかしていないために、戦闘による傷はあまり慣れていない。だからこそ小さな掠り傷でも痛いと感じるのだ。
「怪我するくらいに弱いならこんなとこ来るんじゃねぇよ!」
 傷を負った腕を見ていると、自分を罵る声が聞こえてきた。その人物を見て、ジェイクは痛ましげに顔を歪める。
「先輩……」
「雑魚は邪魔なんだよ!引っ込んでろ!」
 自分の身体を思いっきり押したために、ジェイクは後ろによろける。その態度にジェイクは場違いにも泣きそうにもなった。昔はあんなに優しくしてくれたというのに、今はこんなにも扱いが違っている。
「お前のような奴は後ろで戦ってるのがお似合いなんだよ」
「トニー先輩!」
「……俺の名を呼ぶんじゃねぇ!」
 ジェイクに喚き散らして、男は戦線に出る。もはや修復が不可能とも思わせる関係に、ジェイクはただ悲観することしか出来なかった。






 魔獣の数も大分減ってきた。これならもうすぐにでも魔獣は全滅していくだろう。そう思うのに、どこか胸中に漂う不安をサーネルは隠せなかった。
 戦場から一歩離れた場所で戦況を見守っている。その時ふとサーネルはその戦場の異変に気づいた。魔獣は反乱軍に対して押される形になっている。そこを反乱軍が逃すまいと攻め続けているのだ。それはつまり、反乱軍が前進しすぎて城壁に近寄りすぎていることだった。
「まさか……!全軍に退くように伝えろ!」
 急いでサーネルは近くの兵士に伝令を伝えた。しかしそれも間に合うことはなく、サーネルが察知した通りの事が起きる。
 グランツ城の城壁の上にかなりの数の帝国兵が現れたのだ。
「間に合わなかったか……!!」
 そして彼らは一様に、下に向かって矢と魔術を放ったのだ。その百以上もいる弓兵と魔術師の急襲は、最前線に出ている反乱軍を魔獣もろとも射抜いていった。
 降りしきる矢や魔術の雨に、たちまち反乱軍には混乱が漂った。逃げ惑うもの、射抜かれるもの、踏みとどまるもの、火だるまになるもの。様々な行動を取るが、それに追い討ちをかけるかのようにグランツ城の城門が開かれたのだ。
「くそっ……嵌められたか!」
 その城門から雪崩れ出てくるのは当たり前だが帝国兵だった。その数はかなりのもので、恐らく城壁にいる弓兵たちを除いた全軍を出してきたのだろう。混乱している反乱軍を、今が好機とばかりに襲い掛かった。
「サーネル様、大変です!!新たな魔獣が現れました!」
「何だと!?」
 反乱軍を逃がすまいとばかりに、現れた新たな魔獣の大群。それはグランツ城から離れた遠い森からの襲来だった。

 頭上から矢と魔術が、前方から勢いにのる帝国兵が、そして後方には獲物を求める魔獣が。もはや反乱軍に逃げ場はなかった。