Mystisea

〜運命と絆と〜



三 章 紫電の盾


14  謎の少年たち




「城壁の部隊が全滅しただと!?」
「どうやらそのようですね」
 その報告を受けたビレイスは怒りを露にしていた。
「何をやっているんだ、あいつらは!」
「所詮は雑魚ってことだね。ふふっ」
 その場にいるのはビレイスの他に、余りにも異質ともいえるような二人の人物であった。大きな体格を持つビレイスの前に立つ二人は、元から小さな身長をさらに小さく見せていた。明らかに少年としか見えない二人は、怒りの形相のビレイスを前にしても何ら平気な顔をしていた。
「外にいる我が軍の兵たちもすでに半数近くやられているようです」
「馬鹿な!反乱軍ごときに遅れを取っているのか!」
「本当、大したことないよね」
 子供にしか見えない二人だが、その性格は全然違っていた。僅かに背が少しだけ高い少年は礼儀正しく、逆に小さい方の少年はビレイスに対して軽口を使っている。しかしビレイスはそれを咎めることはしなかった。
「けどさ。まだ魔獣が残ってるんでしょ?」
「そうですね。すでに新たに幾つかの魔獣も投入させました」
「……ふふっ、そうだな。例え下にいる兵が全滅しようと、私には何千の魔獣とお前たちがいるのだ」
 ビレイスが恍惚した表情で喋っているのに対し、二人の少年はそれを冷めた眼で見ていた。すると礼儀正しい方の少年が、何かに気づいたように顔を動かす。
「……どうやら新たに侵入者が現れたようです」
「何だと?」
「さっきとは別のようですね」
「それじゃあいつらもまだ帰ってこないし、今度は僕らが行こうか」
 その無邪気な喋りは、本当に年相応のものだった。けれどその裏には狂気を秘めているのだ。
「ふんっ。ならばさっさと始末してこい」
「ご命令とあらば。それではこれはビレイス様にお返ししますね」
 ビレイスが受け取ったものは、黒い玉だった。そこから邪悪な気が流れている。
 そして片方の少年だけがビレイスに一礼し、その部屋を去っていった。それに続いてもう一人の少年も浮かれたように後に続く。そんな二人を見ていたビレイスは口元を歪ませた。
「薄気味悪い奴らめ……」






 
 自分が率いてきた部隊をザインに任せ、ヘイスはロッドとマーブルと共にグランツ城に忍び込んでいた。ヘイスの目論見通り、ソルトレイ家しか知らない抜け道があったのだ。そこを通り抜け、今は静かなグランツ城の廊下を歩いていた。
「帝国兵はいないようだな」
「……」
  そのヘイスの呟きに対し、二人は何も返さない。呆れと、疲れと、悲しさと、嬉しさと、様々な感情が二人の心を支配していた。誰にも言わずに城に忍び込むヘ イスの考えに呆れると同時に、その姿にヴィズの姿を重ねてしまうのだ。ヴィズとヘイスはいろんな意味でよく似すぎていた。
「さてと、ビレイスはどこにいるのか……」
「……だいたい予想はつきますが」
「まぁ、そうだな」
 調子良くヘイスの歩は快調に進み、その後を二人が続く。
 大きい城に反して、誰もいない静かな光景は余り似合わない。そう思っていた時だった。三人のもとに大きな爆発音にも似た音が聞こえたのだ。
「何だ!?外からか!?」
「……いえ、違います。どうやら上階からのようですね」
「いったいどうしてそんなとこから……」
 いきなり不穏な空気が三人の周りを漂い、剣呑な表情を浮かべる。
「急いだほうが良さそうですね……」
 ここにいるのが帝国兵だけならば、間違っても爆発など起こるはずもない。それとも仲間割れでもしているのであろうか。考えれば考えるほど答えは浮かび上がってくるが、それを考える必要はなくなった。
「あの二人、まだ終わってないのかな」
「……誰だ!?」
 突然、後方から幼い声が聞こえてきたのだ。驚きのあまり、三人は後ろを振り返る。そこにいたのはこの場に似つかわしくない二人の少年だった。
「こんにちは、お兄さん、お姉さん」
 綺麗な笑顔を浮かべた少年に、思わず緊張を解きそうになるがそうもいかない。気配も何も感じずにいきなり現れた二人に疑問を浮かべ、何より二人から出る強烈な殺気をヘイスたちは身に受けていた。
「何者だ?ただの子供じゃないだろ」
「あったり!良く分かったね。ご褒美に何かプレゼントしたいな」
 険しい顔つきをするロッドに比べ、少年の顔は笑顔を絶やさなかった。逆にもう一人の少年は終始無言で無表情を浮かべている。
「子供は家に帰ってさっさと寝てな」
「嫌だなぁ、そんな邪険にしないでよ。まだプレゼント何にも上げてないのに」
「……そうかよ。で、何をくれるんだ?」
 只者ではないと分かる少年に対してロッドは警戒を微塵も緩めない。少年はそんなロッドを見てクスッと笑いながら口を開いた。
「そうだね……。ご褒美だから一瞬の死、かな」
「……!?」
 目の前にいた少年が消えたのだ。いや、ロッドにはそう見えただけである。ヘイスとマーブルにもそう見えたようで、驚愕の表情を浮かべていた。何処に消えたのかとロッドは周囲を探そうとした時、強烈な殺気を感じて反射的に剣を抜いた。
「へぇ……よく防いだね」
 少年は短剣を手にしてロッドの首を狙っていた。それを間一髪でロッドは短剣と首の間に自分の剣を持ってきたのだ。そのことにロッドは冷や汗を垂らしながら、反撃をしようと剣を少年に向けて振るう。
「危ないなぁ。当たったらどうしてくれるのさ」
 また消えたように見えた。そして気づいたら、少年はさっきと同じ場所にいたのだ。まるでそこから一歩も動いていなかったかのように。
「せっかくのご褒美だったんだけどな。もしかしていらなかった?」
「……そんなものは受け取れないな」
「そっか……残念だな」
 あくまで少年は笑顔を絶やすことはなかった。まるで余裕の笑みだというばかりに、ロッドを見下しているのが分かる。
「お前ら……その感じ、覚えがある。ダーナ城の時にいた奴らと同じだ!」
 今まで二人の戦いを見守っていたヘイスが二人の少年を見て声を上げた。雰囲気がどこか似ていたのだ。ダーナ城を攻める時に戦った師団長の男に。
「……なるほど。貴方がバート三兄弟を倒したのですか」
 そこで初めて今まで口を開かなかったもう一人の少年が喋りだした。それはヘイスに興味を覚えたかのように、そして獲物を見つけたかのような眼差しだ。
「へぇ……。お兄さんみたいな人にやられるなんて、あいつらも馬鹿な奴らだね」
「何……?」
「けど、僕らはそう簡単にやられはしないよ」
 少年はますます殺気を露にしていた。けれど相変わらず笑顔は絶やさずに、そしていつでも襲い掛かって来てもおかしくはないほどだ。それを感じたロッドがヘイスとマーブルに告げる。
「ヘイス様、マーブルと共に先をお行きください」
「兄上!?何を!」
「俺たちの目的はこいつらを倒すことじゃない。そうだろ」
 それは二人への目的の再確認であり、そのおかげで二人はやるべきことを思い出した。
「ロッド……」
「早く!この間にも外では魔獣の侵攻が早まってるのですよ!」
「……分かった。そいつらは普通じゃない。気をつけろよ!」
「兄上……」
 マーブルはここを離れ難かったが、それでも覚悟を決めて前を向いた。そしてヘイスと共に先へ進むために走り出す。
「逃がすわけにはいきません」
 無表情の少年がヘイスを追いかけるために動き出した。その速さはもう一人と比べると格段に遅かったが、けれど普通に比べると全然早いだろう。
「行かせるか!」
 それを止めようとロッドも動く。剣を構えて攻撃を仕掛けようとするが、それもいつの間にか自分の前にいた少年によって阻まれることになった。
「駄目だよ。お兄さんの相手は僕なんだから」
「なっ!?」
  ロッドは驚愕して、反射的に数歩後ろへ下がった。そのために、片方の少年がヘイスたちを追うのを許してしまったのだ。今から追いかけようにも間に合わない し、何より目の前の少年が逃がしてはくれないだろう。心の中で二人の心配と謝罪をしながら、ロッドは少年を睨み付けた。
「やだなぁ。そんな怖い顔しないでよ」 






 ヘイスとマーブルは急いで走っていた。やがて階段を見つけ、その最上階にいるであろうと思われるビレイスの所へ向かおうとする。しかし走る二人を狙うように、後ろから一人の少年が追いかけてきていた。
「やっぱり二人は引き止められないか……」
 走りながら後ろを確認して、ヘイスは呟きを発する。マーブルもその言葉で追いかけてきた少年に気づいた。それでも二人は走りを止めず、階段を上ろうと駆け上がる。けれど二人の速度よりも少年の速度の方が速く、次第に距離は縮まっていった。
「ヘイス様、先をお進みください!あの者の相手は私が致します!」
「何言ってる!お前一人じゃ無理だ!」
「それはやってみなければ分かりません。ヘイス様、私の歩調に合わせて頂き感謝しています」
「マーブル……」
 自分が本気で走っていなかったことに気づいていたようだ。男女の差があるからそれは当たり前なことなのだが、その優しい気遣いもまたマーブルにとってはヴィズを思い出す原因に他ならない。
「氷河の雫よ!」
 マーブルは立ち止まり、振り返って少年へと魔術を放った。いきなりの魔術に少年も走りを止まらせ、腰に差していた剣で受け止める。
「気をつけろよ!」
 その間にヘイスは悪いと思いながらも、走って階段を駆け上がる。それを横目で見ていたマーブルは満足し、少年と対峙した。少年も剣をぶら下げながら、そのままヘイスを追いかけることはないようだ。
「出来ればあの男の方が良かったのですが」
「私が相手でごめんなさいね」
「別にいいですよ。貴女を倒してから追いかけますから」