Mystisea

〜運命と絆と〜



三章 紫電の盾


03 憎しみの刃






「よし、砦内へ突入するぞ!」
  あらかた周辺の敵を倒し終えたグレイが味方の兵士へと号令する。敵はどうやら自分たちに同じ数をぶつけてきたようだ。ともすれば砦に残っている敵兵力は後 二百ほどだろう。他の味方の部隊を見渡せば、そのほとんどがじき。に敵を倒し終わるだろう。それならばすぐに砦へとやってくるはずだ。そう感じてグレイは一 歩早く砦へと突入することにした。
 メレゲン砦はフューリア王国の中では大きい方の砦だが、中はそれなりに単純な造りだった。基本的にその用途は兵を収容するだけで、防衛向きとはいえない。自軍を阻止してくる敵を倒しながらも、グレイは一直線に敵将がいる場所へと向かった。
「グレイ様、あれを!」
  前を行く兵士がいきなり叫んだ。兵士が指す方向を見れば、そこには細い通路に敵兵がぎっしりと詰まっている。数は残り二百がいるようだった。一気に蹴散ら したいと思うが、この細い通路では先頭に立つ三、四人しか戦うことは出来ないだろう。こうなると数の差など関係なくなる。なかなか良い作戦だと思いながら も、グレイは前に進み出た。
「グレイ様何を!」
「俺が前に出る!半数は他の制圧に向かえ!」
 グレイが一番先頭に出て敵をなぎ払う。確かにこの細さでは数で押せないが、それは敵も同じだろう。要は一対一を二百回続けるということだ。グレイの槍では幅を取り味方の兵士はうかつに前へ出れない。グレイは一人で全員を片付ける気でいた。
「はぁっ!」
 サラザードを一振りするだけで前にいた敵兵たちは倒れていく。倒れれば次の兵が前に進み出て、それをまたグレイは倒していく。後は体力の勝負になるのだろうか。グレイは必死に槍を振り続けていた。






「どういうことです!何を反乱軍に砦への侵入を許しているのですか!」
「も、申し訳ありません!」
 砦内の一室でヌーダの声が高らかに響く。今にも反乱軍が迫ってきそうで、ヌーダは身の心配をし始める。
「ヌーダ様!敵の将と思わしき人物が思いのほか強く、すでに残りの兵も半分まで減ってしまいました!」
「半分だと!?何をちんたらやっているのですか貴方たちは!それではせっかくの策も意味がないでしょう!」
「申し訳ありません!」
 帝国兵が入ってきたと同時にさらに嫌な報告が入ってきてヌーダは怒りに身が悶える。あまりにも兵の不甲斐なさに情けなくなる。
「例えこのまま逃げてもドラン様のお怒りは免れるはずがない……。こうなったら私が出ましょう!」
「なっ!本気ですか、ヌーダ様!?いくらなんでもこの数相手ではヌーダ様とて……」
「黙りなさい!誰のせいで私まで戦うと思ってるのですか!」
「は、はっ!」
 ヌーダは自らが出るしか方法も見当たらない。上官であるドランが留守の間にここを落とされるわけにはいかなかった。
「反乱軍め……今に見ていなさい!」






「グレイ、大丈夫か!?」
「セイン様……」
  セインがメレゲン砦の中へと入った時にはすでにグレイの部隊によってほとんど制圧されていた。セインも敵将のいるところへ急ぐが、それを阻むように敵兵と グレイが戦闘を続けていた。通路には敵兵の死体の山があり、その中でグレイはまた一人敵を屠っている。けれどセインが見ても分かるくらいに体力は消耗して いた。
「無理はするな。後は俺がやる」
「しかし!」
「お前を死なせるわけには行かないだろ」
「……申し訳ありません」
 自分の中でも限界は少しずつ感じていて、グレイは大人しく身を引いた。それをセインは頷きで返し、敵兵と剣を響き合わせる。
 セインの剣が敵を斬り、それに合わせて敵がセインに攻撃してくる。避けたり受け止めたりしながらも、セインもまたグレイのように確実に一人ずつ倒していた。
「ほぅ。これは私も運がいいですね」
 セインがちょうど十人目くらいの敵を倒した時だった。敵兵がいる奥からその声は聞こえてきて、やがてその姿をセインの前に現す。
「敵の将軍か」
「いかにも。私の名はブライアン軍師団長ヌーダ。その金髪……貴方が反乱軍リーダーセインですね」
 確信した声音で言ったために、セインも素直に肯定する。
「そうだ」
「丁度いい。貴方を殺すと致しましょうか」
「雑魚が……!」
  先に仕掛けたのはセインだった。剣をヌーダ目掛けて振るうが、それをヌーダは受け止める。ヌーダも反撃をセインに繰り出し、逆にそれをセインも受け止め る。剣と剣の攻防が果てしなく続いていく。この細い通路の中では周りの兵士が参戦しようにも、するどい攻撃が絶えず繰り返されているために巻き込まれかね ない。二人の後方で闘いの行方を見守るしかなかった。
「なかなかやりますね……その金髪も飾りという訳ではないということですか!」
「お前こそな……!」
 二人が互いに剣を合わせながら少しの言葉を挟む。そして一歩後ろへ跳び、再び剣がぶつかり合った。どちらの一撃も重く、甘く見れば自分がやられてしまう。それが分かっているからこそ、二人とも真剣に今戦っている敵だけを見ていた。
  セインは気を引き締め、さらに攻撃に力を加える。その余力がまだあると思わせる攻撃に、ヌーダは焦りを覚え始めた。ヌーダはセインの剣を受けながらも、だ んだんと押されていくのが分かる。そこでヌーダは一瞬の隙を見てセインの剣を弾く。セインはそれに驚き剣を手放しそうになるが、さらにヌーダがその隙を突 いてきた。防御が揺るんだセインに剣を振ろうとしてくるが、セインはそこを逆に懐に入り込んでヌーダを蹴り飛ばす。ヌーダはよろけて後ろへ後退し、セイン はそれを追撃していく。
「終わりだ!」
 いまだ体勢を整えきれていないヌーダにセインは止めを差そうと剣を振るった。それはヌーダの身体へとしっかり命中する。
「ぐはっ……!!終わ…りか………ドラン様……」
「ふぅ……」
 すでに絶命しているヌーダの遺体を見下ろしながら、セインは一息吐く。ヌーダが死んだことで、残りの兵士たちはすでに怯えるように縮こまっていた。そんな兵士たちを一瞥し、後ろにいる味方の兵士たちに残酷な命令を下す。
「殺せ」
「はっ!」
 その後は興味もないかのように、セインは背を向けて戦いの終わりを知らせるべく歩き出した。そして冷徹な目をしながら一人呟きを発する。
「否定などしないさ……。俺は確かに憎しみで人を殺している……」






「何度来ても無駄だと言っているだろう」
「あんたが頷いてくれりゃ俺たちだって何度も来やしないさ。いい加減頷いてくれよ」
「私は帝国軍に加わるつもりなど微塵もない」
「しかしなぁ、ビレイス様はあんたの力を欲しがってるんだ。条件だって悪くないだろ?何が不満なんだ」
 帝国兵数人が一人の男と対峙して話していた。その男は大きく頑丈な身体を持っていて、厳格そうな顔の人物である。年齢も高く、30後半はいっているだろう。腰には大きな剣をぶら下げてあり、帝国兵を前にして怯まないその姿からもかなりの腕前であることが分かる。
「そんなの決まっているだろう。お前たち帝国軍がこの町にいることが不満なのだ」
「何!?ふざけるなよ、じじい!さっきから聞いてりゃ……!」
「おい、止めろ!この男には敵わないぞ!」
 男が帝国兵を煽ると、一人が怒りを露にする。それをすかさず別の帝国兵が止めた。男は強く、自分たちでは敵わないと分かっていたから。けれど同じように頭には来ていて、男に捨て台詞を吐く。
「いいか。今日は引き上げるが、次が最後だ。次に来たときお前が頷かないというのなら、ビレイス様はこの町を焼き討ちにすると言っている」
「……何度来ても無駄だ」
「ふんっ、その台詞を次に来た時に聞きたいものだな」
 帝国兵は言いたいことを言うと、その男に背を向けて去っていった。それを男は静かに見ている。やがて帝国兵が完全に町を去ると、その男の所へ町の人たちがやってきた。
「どうするんですか!?」
「帝国軍なら本当に町を焼き討ちにしてきますよ!」
「だからといって貴方が帝国軍に入る訳には……」
 男の前で町人たちはざわざわと話している。それを男は苦渋の面持ちで聞いていた。町を焼き討ちにさせるわけにはいかない。けれど帝国軍に入ることも男には出来なかった。
「町の者全員に伝えてくれ。急いで荷物をまとめてどこかの町へ行け、と」
 男は悩んだ末に一つの結論を出す。せめて彼らの命だけは守らなければならない。町を焼き討ちにさせるのは申し訳ないと思うが、これが精一杯の手だった。
「帝国軍とは私一人が戦う。町を失わせるのは謝っても謝りきれないが……」
「何を言ってるんですか!!」
「これまでずっとお世話になっておいて、貴方一人を残せるはずがないでしょう!」
「そうですよ!」
 男の言葉に町の人たちは力いっぱい反論する。
「俺たちが今まで生きていられたのは貴方のおかげです。奴らに屈するくらいなら俺も戦う!」
「お前たち……」
 その町人の想いは男の胸を響かせた。もともとこの町の人間でない男がここに留まっているのも町の人が良い人間ばかりだったからだ。男は町の皆と帝国軍と戦う決意をした。






  メレゲン砦から少しだけ離れた所にある小さな森。そこは木々が生い茂り、不自然に伸びた枝や草木が森に入った人間の行く手を阻む。夜は光がないと何も見え ないほどに暗く、魔獣も多く徘徊している。その森を入ってしばらく行った場所に彼女は一人苦しそうに悶えていた。周りには魔獣が獲物を見つけたかのように 目を光らせながら。
「はぁっ……ぅっ……ぅぁ…!」
  声も出ないような呻き声を上げながら、片膝を着いて必死に胸を押し潰すように押さえている。身体中に汗を掻きながら、今にも死にそうになっているかのよう に。森にいる全ての魔獣が彼女に引き寄せられ、けれど近づかないで見ていた。彼女の身体から溢れ出す魔力が、魔獣を一歩たりとも寄せ付けないでいるのだ。
「くぅっ………ぅ…ぁあ……ぁぁああ―――――!!……はぁっ……はぁっ……」
  苦しみが頂点に達した時、彼女は森に響き渡るほどの大声を出した。すると苦しみは急になくなっていき、今までが嘘のように呼吸が直っていく。汗も引いてい き、近くにあった樹に捕まりながらゆっくりと立ち上がる。それと同時に周りにいた魔獣にも動きがあった。苦しみから解放されたことからか、彼女から溢れて いた魔力も収まっていたのだ。今まで近づくことも出来なかった魔獣が彼女を狙おうと、我先にと動き出す。そんな魔獣の様子を一瞥して、彼女は何も言わずに 魔術を発動させる。森にいた魔獣全てに雷が降り注ぎ、気がつけばその全ての魔獣を一撃で殺していた。

 そのまま彼女は森を出るために歩いていった。夜空には、不気味に輝く満月がひとつ。