Mystisea

〜運命と絆と〜



三 章 紫電の盾


04 揺れ動く気持ち









 反乱軍はメレゲン砦を落とし、次の進軍に向けて慌しく動いていた。明日にはまた出発することになり、その数日後にザインの部隊と合流する予定だ。明日からはまた野営が待っているので、今日がゆっくり休むチャンスになるだろう。
「調子はどう?」
 一人でゆっくりとしていたアレンの所にアイラがやってきた。
「別に普通さ」
「そう」
 ただの挨拶のようで、返事など特に期待していなかった。アレンもそうだと分かっていたので適当に返す。
「そっちは大丈夫なのか?病み上がりなんだろ」
「ふふっ、みんな大袈裟よね。でももう平気よ。サラさんが治してくれたから」
「そっか……けど、みんなアイラのこと心配してるんだろ」
「それは分かってるんだけどね……」
 アイラは重たいため息を吐く。その原因が何となく分かったアレンは思わず苦笑した。
「婚約者なんだって?」
「うん……一応ね」
 その言葉の響きからも、アイラがそれに納得していないことが分かる。けれどアレンはそれ以上は突っ込まなかった。重たい空気を払うかのようにアレンはアイラを少し明るくさせようとからかう。
「やっぱ王女様なんだな」
「それは言わないで!」
 そう言われることが嫌いだと分かっているのに言ってくるアレンに、恥ずかしながら注意すると共にその気持ちに感謝した。そしてしばらくの沈黙の後に、アイラが話しを切り出す。
「……好きって何なのかな」
「……?」
「ファレス城から逃げた時、私はまだ13だった。その時にはすでに婚約者が決まってたんだけど、当然私はまだ誰も好きになったことなんてない。この五年間だって私は国を取り戻そうと必死に剣を振り続けてきて、恋愛なんてしてる暇もなかった。だから、いまいち好きっていう気持ちが分からないの……」
「……」
「ミーアが兄さんのことを好きなのは知ってるけど、ああいうのが好きってことなのかな。ミーアみたいにいつもその人のこと考えたり、ロウエンみたいにその人のことを傷つけたくないって思ったりするのが……」
 隣でアレンが黙って聞いていることが、こんなにも自分の心を軽くするとは知らなかった。思わず話す気のなかったことまで話してしまう。
「好 かれてるってことはすごい嬉しいんだけど……時々ロウエンの気持ちが重たく感じるの。もともと心配症なとこもあるんだけどね。この前怪我した時だってロウ エンがずっとついててくれたって聞いたし。けど、今日の戦いでずっと私の近くにいたりとか……縛られてる感じがするのよ。私は……きっとロウエンの気持ち に応えることが出来ない。ロウエンと一緒にいると私は自由じゃなくなってしまう……」
 今まで自分の中にずっと溜まっていたものをアレンに吐き出した。アレンは何も言わずに耳を傾け、話が終わると徐に口を開く。
「いいんじゃないか、それでも」
「え?」
「好きでもない相手を好きになろうとするなんて窮屈なだけだ。俺は好きになるっていうのは一緒にいて気が楽になれる人だと思う」
「けど!ロウエンは婚約者で、私が彼と結婚することは決まってるのよ!」
 アレンの言うことは正しいとアイラも分かっていたけど、思わずアレンにぶつけてしまった。そういう考え方が出来る自由なアレンに嫉妬して――。
 するとアレンは少し遠慮がちに再び口を開いた。
「……こんな言い方悪いんだろうけどさ」
「……?」
「もうフューリア王国は滅んでるんだ。婚約者を決めた両親も死んでるんだろ。今もそれに従わなきゃいけないのか?」
「……!!」
「アイラは婚約者に縛られてるって言うけど、本当にアイラを縛っているのは国の亡霊じゃないのか?」
「それ……は…」
  そう言われると、アイラは何も反論することなどできない。それは事実かもしれず、アイラの胸に焦げるように焼きついた。何もいえなくなったアイラにアレン は言い過ぎたかと反省するが、過ぎてしまったことはもう戻れない。アイラを一人にしようと、最後に一声掛けて歩き出した。
「決めるのはアイラ自身だ。このまま国に縛られ続けるか、その鎖を解き放して自由になるか……」






「お前こんなところで何してるんだ?」
 セレーヌが一人で砦の中でくつろいでいると、その背中に最近聞きなれてきた声が掛かる。それを面倒くさそうにしながらも、セレーヌはゆっくりと振り返った。
「見て分からないの?休んでるのよ」
「いや、そうじゃなくてだな……ここは砦の入り口だろ。休むなら自分の部屋に行けよ」
「どこで休もうと私の勝手でしょ。王子様こそ、とっとと自分の部屋でお休みになられてはどうですか?」
 わざと嫌味ったらしく言ってくるセレーヌにヘイスはカチンと来ながらも、それを何とか押さえて言い返す。
「俺はまだやることがあるんだよ。お前こそ、そこにいたら目障りだ」
「何言ってんの。さっきからここにいるけど通ったのなんてあんた一人くらいよ」
「ッ……!」
  何事か反論しようと言葉を探すが、図星を指されてヘイスは押し黙る。セレーヌの言う通りこの時間帯なら本来ここには誰も訪れるはずがない。いても見張りの 兵士くらいだろうか。ヘイスだって本当はここに来る理由など何もないのだ。それでもここへ来たのは、自分に宛がわれた部屋からここにいたセレーヌの姿が見 えたからだった。なぜかヘイスはセレーヌの姿を見た途端に身体が動いていたのだ。それを思い出すと、自分でもその理由が分からずにいて、苛立ちを隠しきれ なかった。
「んなことどうだっていいだろ!」
 結局苦し紛れにヘイスはそんな言葉を口に出す。セレーヌはそれを聞きながらも、ゆっくりと立ち上がった。そして壁に手を当てながら歩き出す。それはまるで怪我人や病人がする動作だった。
「セレーヌ……?おい、大丈夫か!?」
 その様子を見て不審に思ったヘイスはセレーヌを呼びかけるが、いきなりセレーヌが倒れこもうとしていたのを見て咄嗟に手を伸ばす。セレーヌがふらついて倒れそうになるところを、間一髪でヘイスの腕の中に納まった。
「悪いわね……」
 セレーヌは慌ててヘイスの腕の中から抜け出そうとする。そして再び壁伝いに歩き出すのを見て、ヘイスは呆れると同時に怒鳴った。
「馬鹿野郎!調子悪いんなら無理してんじゃねぇよ!」
「別に悪くないわ。あんたがうるさいから部屋に戻るのよ」
「その歩き方でどこが悪くないって言うんだよ!」
 強情なセレーヌに言っても分からないと思い、ヘイスは無理矢理セレーヌを止める。そんな自分を止めようとするヘイスにセレーヌは抵抗しようとするが、力では到底敵わなかった。
「何するのよ!」
「何ってそんなんでまともに歩けないだろ。医務室まで連れてってやるよ」
「勝手なことしないでよね!こんなのすぐに治るわ!」
「本当か……?」
 ヘイスはセレーヌの様子を観察する。セレーヌは少しだけ苦しそうにしているが、言われてみれば先ほどよりはよくなっている気がする。恐らくただ見ているだけでは気づかないだろう。ヘイスもセレーヌが動くまでは気づかなかった。
「そうよ。だから部屋で休むからとっとと離して!」
「……駄目だ」
「はぁ!?」
「すぐに治るんだったら別にここで休んでもいいだろ」
 自分が何を言っているのか分からなかった。なぜこんなことを言ってるのだろう。なぜあの時咄嗟に動いたのだろう。自分の中で何かが変わっていくようで、ヘイスはそれがどうしてだか怖かった。
「あんたが目障りだって言ったんでしょ」
「そりゃそうだけど……」
 セレーヌはそんなことを言いながらも、結局はヘイスの腕を離れて近くに腰を下ろした。それを見たヘイスは寂しいと思ったことに動揺する。それを隠しながらも、セレーヌから少し離れたところに同じように腰を下ろした。
「何であんたも座るのよ」
「いいだろ別に」
 適当に誤魔化すと、セレーヌは興味もないように返事を返さなかった。ヘイスもなかなか自分から言葉を掛けづらく、二人の間には沈黙が訪れる。
 そのまま時間が経ち始め、やがてしばらくするとセレーヌが何やら真剣な顔で口を開いた。
「ねぇ……あんた、初めて人を殺した時のこと覚えてる?」
「は……?」
 いきなりの質問とその内容にヘイスは戸惑う。もう一度聞き返そうとするが、セレーヌの目が同じことは言わないと語っていた。諦めてヘイスは仕方なく答える。
「二年前だな。反乱軍としての初めての初陣の時に、帝国兵を斬った」
「その時の気持ちも覚えてる?」
「あぁ……。初めて人を殺した時は震えたさ。けれど、今はもう慣れたな……」
「そう……」
 出来れば思い出したくないことでもある。けれどあの場面はきっと忘れることはないだろう。ヘイスはこの二年の戦いの日々で、すでに敵を殺すことに慣れてしまった。それが良いことなのか、悪いことなのかは分からない。けれど敵を殺さなければ戦うことは出来ないのだ。
「お前はどうなんだよ。人に聞いといて自分は言わないつもりか?」
「私は……私も覚えてるわよ」
 ヘイスは自分の昔を少し話して何だか恥ずかしくなり、セレーヌに話題を振った。セレーヌはどこか悲壮な表情をしながらも淡々とそれに答える。
「まだ小さかった頃、私が初めて殺した人は――――血の繋がった実の母だったわ」
「なっ……!?」

 ヘイスはそれを聞いて言葉が何も出なかった。セレーヌが告げたその事実はヘイスの頭をこれ以上ないほどに混乱させていく。



 それは自分と比べて余りにも重すぎる言葉だった。