Mystisea

〜運命と絆と〜



三章 紫電の盾


06 ジェイクの苦悩









 テントを張ることをジェイクは一人でやっている。他の兵士がジェイクに押し付けていたのだ。
  ジェイクは今でも変わらずに周りの兵たちから酷い扱いを受けていた。それは止まることを知らず、むしろ逆に大きくなっている。全ての人間からそうされてい るわけではないが、ほとんどの兵士から、特にフューリア王国の人間からの風当たりが強かった。ジェイクもフューリア王国の人間であるからこそ、自分がした 過ちが大きいことだと分かっている。もしもまだ国が滅びていなかったならば、王女に怪我をさせたとして処刑物だろう。
「ふぅ……。やっと終わった」
 小さいテントならば一人でも十分出来る範囲内だが、大きいテントとなれば少し違ってくる。一人でも出来ないことはないが、それにかける時間はかなりのものだろう。普通は数人掛かりでやるものなのだ。
「やっと終わったのかよ」
「ちょっと時間かかりすぎなんじゃないか?」
  そこにちょうど同じテントの兵士たちが帰ってくる。つまりはジェイクに一人で押し付けた人物たちだ。彼らはジェイクの立場からすると先輩であり、フューリ ア王国の軍にいたものたちだった。以前はそれなりにジェイクのことを可愛がっていたのだが、今ではその態度は百八十度違っている。けれど本来彼らがいい人 間であることはジェイクも分かっていた。こうなった原因も自分にあるのだ。そうやって考える度に、否定的になる自分にもだんだん嫌気がさしてくる。
「すみません……」
「……ちっ!もういいから邪魔だ!」
  先輩の兵士は苛立ち、ジェイクのことを邪魔者のように押した。それにジェイクはよろけて倒れそうになるが、そんなジェイクを一瞥しながらも兵士たちはテン トの中へと入っていく。ジェイクは今入っても居心地が悪くなることなど分かっていたので、テントの中には入らずに適当にどこかへ歩き出した。






「こんなところで何やってるのよ」
 野営地から少し外れた所で一人で特訓していたジェイクのもとに声が掛かる。聞き覚えのある声に振り向いてその人物を確認すると、ジェイクはその名前を呼んだ。
「セレーヌさん……」
「もしかして秘密の特訓とか?」
「別にそういうわけじゃ……」
 セレーヌはジェイクの近くに腰を下ろす。それがきっかけとなり、ジェイクも剣を収めて休憩をとることにした。
「何か浮かない顔してるわね。お姉さんに話せることがあったら話してみなさいよ」
「別に……」
「別にじゃない!さぁ、話しなさい!」
 その有無を言わさない言動にジェイクはたじたじになる。アレンと一緒にいる時もそうだったが、やることが型破りなセレーヌがジェイクは苦手だった。セレーヌの命令に逆らえそうもなく、ジェイクは少しずつ口に出す。
「ただ……テントの中に自分の居場所がなくて……それでここに来て特訓してたんです」
「ふーん。でも何で一人なのよ。アレンに言えば教えてくれるじゃない」
「それはそうなんですけど……」
 言いよどむジェイクをセレーヌは訝しげに見る。ジェイクはその視線が早く言えと脅されているように思えてならなかった。
「俺が軍の中で敬遠されてるの知ってますよね?」
「知ってるわ」
「そのせいでアレンさんにも迷惑かけてるんじゃないかって思って……」
「アレンに?」
「はい……。俺なんかに剣を教えてくれたり親しくしてくれたりするから、アレンさんも軍の中で少し浮いてきてるじゃないですか……」
 ジェイクの言うことはあながち間違ってはいなかった。確かにアレンは軍の中でも浮いている。けれどそれはアレンの性格などによるもので、決してジェイクのせいではなかった。その間違いをセレーヌは鋭く指摘する。
「それはあんたのせいじゃないわ。アレンはもともとがあぁだから……あんたのことがなくても浮いてるわよ」
「本当にそう思いますか?」
「えぇ、間違いないわね。ま、そう言う私も同じなんだけどね」
  セレーヌはジェイクが欲しかった言葉を言ってくれた。それだけでジェイクの気持ちは少しだけ晴れる。それが伝わったのか、セレーヌはもう用はないとばかり に立ち上がった。その意味をジェイクは視線で問う。それを受けたセレーヌは背を向けて、ジェイクに一言残して去っていった。
「あんた、才能あるわよ。アレンだってそれを認めてるわ」
「え……?」
 ジェイクはその言葉が幻聴のように感じてもう一度聞きなおそうとしたが、すでにセレーヌは歩き出していた。セレーヌの言ったことが本当かどうか分からないが、それでもジェイクはその言葉に嬉しくなる。すぐに剣を取って特訓を再開しようと立ち上がった。
  その瞬間、近くから大群の足音が聞こえてくる。何事かと思ったすぐに、ジェイクの近くを魔獣の群れが駆けていったのだ。ジェイクはそれに驚き呆然とする が、魔獣の進む方向が反乱軍の野営地だと分かったときには身体が動いていた。すでに間に合わないかもしれないが、少しでも早く辿り着けるようにジェイクは 必死で走り出す。
「……そんな!」
 野営地に着いた瞬間、ジェイクは自分の目を疑った。魔獣よりいくらか遅れたジェイクが野営地に着いた時には、すでに魔獣が多くの仲間を殺していたのだ。
  数体の魔獣がジェイクに気づき襲ってくる。それをジェイクは受け止めながら魔獣を倒していった。横目でもう一度野営地を見れば、混乱しかけている兵士が魔 獣と戦い、その近くには味方の死体が転がっている。半ば信じられない状況にジェイクは呆然となりながらも、次々と襲ってくる魔獣を何とかするべく集中し始 めた。






  魔獣の群れの中で、アイラの華麗な剣が舞う。剣を一振りするたびに魔獣が倒れていくが、その数は一向に減る気配はなかった。数が違いすぎるのだ。魔獣は百 を越すのに対して周囲の反乱軍は僅か十数人。少しずつ兵も増えてきているが、まだ完全に殲滅するには至らない。犠牲者の数も多く、仲間が倒れる度にアイラ は唇をかみ締める。
「くっ!」
  四方から魔獣がアイラを襲い、それを受け止めたり、かわしたり、そして傷を負ったりする。いつの間にか魔獣の中心に来てしまったようで、さらに多くの魔獣 がアイラを狙っていた。だが、そこにいる全ての魔獣がアイラを狙っているわけではない。その半分は近くにいるジェイクを狙っていたのだ。ジェイクは戦いに 集中しているようで、未だアイラに気がついた素振りはない。きっと気づかないほうがいいのだろう。気づけばジェイクはアイラを助けるように、そしてアイラ に助けられないために気を張るに決まっていた。アイラはあの時した行動が、ここまで影響させるとは思ってもいなかったのだ。その原因が自分が王女だという ことも分かっている。だからこそ、アイラは余計に王女という身分が嫌いになっていた。
「アイラ!」
  自分を呼ぶ声が聞こえ、アイラは少しだけ振り向いた。アイラを呼んだのはミーアのようで、ミーアの心配そうな顔が見えた。隣ではサラが倒れている兵士たち を診ている。二人が来たことに少しだけ安心すると同時に、二人の場所へ魔獣が行かないようにアイラはさらに剣を振るった。
「やぁっ!」
 剣に気合を込める。魔獣に囲まれながら戦っているせいで、アイラは少しずつ疲れがたまっていた。それでも頑張って戦い続けたおかげで、だんだんと魔獣の数が減っていってることが分かる。ふと周囲を見れば戦っている兵の数もさっきより全然増えていた。
 アイラは目の前にいる最後の魔獣を倒し終えると、やっと一息吐くことが出来た。残っている魔獣も後少しだ。そっちの方に移ろうかと思ったとき、アイラたちの所に地響きが聞こえてきた。
「まさか……まだいるの!?」
 明らかに人間が出すものじゃない音に、アイラは愕然とする。しかも音の大きさからして、百や二百などではないだろう。それほどの魔獣がまた現れれば、味方の犠牲が増えることも必至だ。アイラは蒼白な表情を浮かべながら、だんだんと近づいてくる地響きに対して剣を構える。
「アイラ様!ご無事ですか!?」
 しかしそれは杞憂に終わった。地響きの正体は魔獣ではなかったのだ。アイラの元に数百ともいえる馬とそれに乗る兵士が近づいてくる。その先頭にいた老練な男が馬から降りて、アイラの前に跪く。
「ご無事で何よりです」
「ザイン……」
  彼らはここで合流する予定のザインの騎兵隊だった。今まで隠密行動を中心にしていたために、セインの部隊は馬に乗っていなかったのだ。そのために、フュー リア北戦線からの援軍が騎馬を率いてきた。その数は五百で、残りの五百の歩兵は未だ到達していない。恐らく魔獣の襲撃を察知して、騎兵隊だけが急いで駆け つけたのだろう。
「ザイン!」
 ようやくセインとサーネルもこの場に現れた。すでに魔獣は全滅していたが、ザインを見るとすぐに駆けつける。ザインも主であるセインを確認すると、アイラと同じようにその場に跪いた。
「いい。立て、ザイン」
「はっ」
 セインの言葉を受け、ザインは立ち上がりセインの前に出る。
 ザインは数十年前からの生粋のフューリア軍人で、多くの戦線を潜り抜けたザインは反乱軍となってもセインにとって信頼できる部下でもある。その武勲もかなりのもので、一番有名なのはゾディア聖王国との戦だろう。
  当時フューリア王国は軍の総数の半分ともいえる一万以上をゾディア聖王国に向けたのだ。たかが小国にそんな大軍必要ないと多くの者たちは言ったが、やはり 未知の国に恐れがあったのだろうか。フューリア王はそれほどの数を充てたのだ。そしてその大軍を率いたのが第一王子でもあったセインの兄で、その副将を務 めたのがザインだった。
 けれど戦の結果はフューリア王国全てを震 えさえることになった。第一王子の戦死と百にも満たない数の軍の帰還。ザインもまた生き残った数少ないうちの一人だ。戦では聖騎士と戦い、右目も失ってい る。帰還した時は軍のほとんどの喪失と第一王子の戦死の責任から死罪を覚悟したが、フューリア王はそれを許しはしなかった。責任を感じたならば、それをさ らに後の王国のために尽くせとザインに言ったのだ。ザインを責める声もあったが、多くは生きて帰ったザインを褒め称えた。それほどまでにザインはフューリ アの民からも愛されていたのだ。しかしそれ以上に第一王子を失ったことは大きかった。
 当時の王国全てに漂う雰囲気は暗いものだった。それを見たザインは自分自身に誓ったのだ。最期まで、自分はこの国のために戦おうと。
「よく来てくれた。お前がいれば私も心強い」
「勿体ないお言葉です」

 すでにフューリア王国は失われたが、あの時の誓いは微塵も薄れていない。生き残った王族であるセインたちに命を捧げようと。