Mystisea

〜運命と絆と〜



三章 紫電の盾


07 新たな幹部たち









 ザインはセインに報告することもあり、場所を移すことにした。軍議などに使用するためにの大きなテントの中へと入っていく。すぐに他の幹部たちも集まってきた。
「まずは改めて報告致します。フューリア北戦線より、千の部隊のうち騎兵五百が参りました。残りの歩兵五百は時期にロッドとマーブルが率いてやってくるでしょう」
「あぁ。だが、何故先にお前たちだけ来たんだ?それにさっきの魔獣の群れも気になるな……」
「はい。そのことで報告があるのです」
「ザイン殿は何か知っているのですか?」
  サーネルが珍しく丁寧な物言いをした。サーネルは軍師という立場から、反乱軍の中でセインたち王族の次の地位に当たるのだ。サーネルもそれを十分自覚して いるので、セインたち王族以外には誰であろうと厳しい物言いをする。その中で唯一例外なのがザインなのだ。年が上だからではない。ザインがサーネルにとっ て尊敬できる人物だからなのだ。それほどまでにザインの存在は凄いものともいえた。
「はい。知っているといっても全てではないのですが……。斥候からの報告によりますとグランツ城付近に魔獣の大群が発生したとのことでした」
「グランツ城付近というと……やはり帝国軍の仕業か」
「恐らくはそうでしょう。しかしその魔獣の目的はここではないようなのです」
「どういうことだ?」
「ここに現れた魔獣は恐らく発生した半分ほどでしょう。残りの半分はどうやらルベルクに向かったようなのです」
「ルベルクに?なぜそんなところへ魔獣が……」
 ルベルクはグランツ城の付近にある町で、それほど大きくはなかった。魔獣が反乱軍ではなく、その小さな町に向かったことがセインには不思議に思える。
「それでルベルクはどうなったのですか?」
「歩兵五百を向かわせました。本当は騎兵隊で行こうとしたのですが、急に魔獣の半分がこちらに進路を変えたとの報告も受けましたので半分に分けたのです」
「そうか……」
「ですが……魔獣の発見に遅れたため、もしかしたら……」
 ザインはそこで沈痛な面持ちで頭を下げた。
「いや、貴方が悪いわけではない」
 その言葉は決してザインを救うものではないと分かっていたが、セインは言わずにはいられなかったのだ。まだルベルクがどうなったかは分からなく、歩兵隊が到着するのを待つしかなかった。






 やがて数時間の後、セインの元に歩兵隊の到着が知らされた。すぐに再びみんなを集めるようにして、セインはテントへと足早に向かう。
 テントの中に入るとそこにはサーネルとザイン、そしてロッドとマーブルがすでにいた。
「お久しぶりです、セイン様」
 セインを見ると、すぐにロッドとマーブルが挨拶をしてくる。それに苦笑しながらも、セインも二人に返した。
「久しぶりだな、ロッド、マーブル」
「はい。ロッド=ソルトレイ、マーブル=ソルトレイ、共に歩兵隊五百と到着いたしました」
  ソルトレイ家――それはフューリアの中でも有名な貴族であった。それはハルトス家にも劣らないほどだ。ロッドとマーブルの二人はそのソルトレイ家の一員で 兄妹でもあり、二人の反乱軍での地位はロウエンやミーアをも越していた。セインやサーネルでさえも、この二人を無下に扱えないのだ。それはソルトレイ家だ からではない。二人がすでに亡きフューリア第一王子と親しい者だったからだ。兄であるロッドは親友として、そして妹のマーブルは婚約者だった。すでに第一 王子は亡くなっているが、それでも未だ二人を貶めることなどありはしない。それは二人が有能であることもあったが、何よりその第一王子の影響が大きいのだ ろう。それほどまでに第一王子はフューリア王国の王族、貴族、そして民衆の中で神聖化していた。
「ご苦労だった。それよりルベルクへ向かったのだろう?」
 セインは長兄に対して劣等感を強く持っていたことから、この二人に対してもどこか引け目を感じていた。嫌いではないのだが、あまり一緒にいたくはないのだ。二人はセインのそんな気持ちも分かっていたので、こういった軍議などの上でしか交流することはない。
 セインはすぐに報告を促して、それにロッドが答えた。
「はい。結論から言えばルベルクは無事でした」
「何かあったのか?」
 どこか遠まわしの言い方にセインは気に掛かった。
「先ほどザイン殿とサーネル殿にも申し上げたのですが、我々が駆けつけた時にはすでに魔獣の大半が倒れていたのです」
「何?」
「以前からルベルクには自警団があると聞いていたのですが、その自警団が魔獣を撃退していまして……」
「それは本当なのか?」
「はい。怪我を負ったものは多かったようですが、それでも犠牲を出すことなく倍以上の魔獣を相手に戦っていました」
「自警団といっても普通の民ではないのか?」
 さすがにその報告にはセインも驚いていた。自警団といっても軍の訓練を受けていないのだ。数体の魔獣ならともかく、百以上もの魔獣を相手に犠牲もなく戦えるなどとは到底思えない。
「そうです。正規の訓練も受けていないはずなのですが……どうもその自警団の代表の力が大きいようでしたね」
「……」
「そ の男からだけはかなりの威圧感を感じました。恐らく相当の手練でしょう。私たちが到着した時にはすでに戦闘はほとんど終わっていたので詳しくは分かりませ んが、犠牲者がいないことからも指揮官としての腕もかなり高いかと思われます。町の者たちからもずいぶんと慕われていたようですし」
「そうか……」
  セインはその男について少しだけ考える。ロッドの報告は本当のことだろうが、どうもセインにはそれが少し誇張しているのではないかと思えてならない。ロッ ドが信じられないなどの問題ではなく、ただの自警団の代表がそれほどの腕を持つことが信じられないのだ。しかしどこかそれは放っておくことも躊躇われた。
「セイン様」
 考えていたセインにザインが声を掛ける。セインは思考を中断してザインに耳を傾けた。
「私としてもその男のことは気になります」
「私も同じ意見ですね」
 サーネルまでもが同じ意見だということには、少しだけセインも驚く。
「それに元々魔獣はルベルクを狙ったのです。その襲撃が失敗したのならば、再び魔獣を差し向けてくることも考えられます」
「それは……確かにそうだな」
「そこで私がいくつかの兵と共にルベルクへ向かいましょう。そして魔獣からの防衛と共にその自警団を見極めてきます」
 ザインの言うことは最もだった。セインはそれに反対する理由もない。サーネルもそれには賛成のようであった。
「ならば、向かう兵を編成しましょう。ザイン殿の他にも何人かいたほうがいいですね」
 その言葉でそれは決定事項となり、きっとすぐにでも兵が出発することになるだろう。後のことはサーネルとザインに任せ、セインはすぐにでもテントを後にする。申し訳ないと思いながらも、やはりロッドとマーブルと同じ場所にいるのは窮屈なのだった。






 その後すぐに兵の編成がサーネルによって行われた。それに選ばれたのはザインの他にヘイス、ロウエン、ロッド、マーブル、リラ、そしてサラだ。後は初めにザインが連れてきた騎兵五百のうちの二百である。
「ヘイス様と一緒にいられるなんてわたくし嬉しいです!」
 思いっきりリラはヘイスの腕を掴んだ。それをヘイスはいつものように何もせずにいる。
「分かってると思うが遊びに行くんじゃねぇんだぞ」
「分かってますわ」
 リラはヘイスと一緒にルベルクにいくと決まった途端、ものすごいはしゃぎようだった。先ほどからヘイスが何を言ってもリラは纏わりついてくる。さすがのヘイスもうんざりで、何かを言う気にもなれなかった。
「あら?あそこにいますのは……」
  頭の中でリラの話を聞き流していると、リラが視界の隅にいた人物に気がつく。それを見るとリラは今までよりもさらに手をヘイスの腕に絡めた。いきなりの行 動にヘイスは疑問が起きてリラが見ている方向を見ると、そこにはセレーヌが一人歩いている姿があった。どうやら何処かに行っていたらしい。野営地の外から 歩いてきたようだった。
「リラ、離せ!」
  ヘイスもセレーヌを見つけると慌てて自分の傍にいるリラを引き離そうとする。その態度にリラはありありと不満を顔に浮かべていた。簡単には離れずに、余計 にヘイスにくっついてくる。そこでちょうどセレーヌも、ヘイスとリラの近くを通りかかったときに二人の存在に気がついた。眼が合ったヘイスは慌てて何かを 言おうとする。
「ち、ちが…これは……こいつが勝手に……!」
 そこでふとヘイスは口を閉じた。自分が言おうとしていた言葉を反芻して頭が混乱する。
(俺は何を言おうとしてたんだ……。これじゃまるで……)
 まるで、恋人への言い訳みたいだ。
「……何よ?」
「いや……何でもない」
 急に言葉を止めたヘイスを不審に思ったのか、セレーヌが言葉を発した。それに対してヘイスは内心で焦りながらも、その場を誤魔化す。そしてそのまま態度を一変した。
「俺はこれからリラとルベルクに行くんだ。忙しいからまた後で構ってやるよ」
 セレーヌを嘲笑するかのような顔で、ヘイスは急に隣にいたリラの腰を引いた。その行動にリラの顔が少しだけ赤く染まる。そのまま頭をヘイスの肩に預けていた。
「……あっそ。私だって忙しいのよ。あんたに構ってる暇はないわ」
 その二人の言動にセレーヌは呆れながらも、そう言い残して二人の前を後にした。それに二人はそれぞれ違う反応を示す。
「まぁ!ヘイス様に何て口の聞き方をするのかしら!」
「…………ちっ」

 リラがセレーヌを睨むとは別に、ヘイスは不機嫌に頭に手をやった。そしてそのまますぐにリラを引き離し、ヘイスは一人で集合場所へと向かう。リラはわけも分からずに、その後を急いで追いかけていた。