Mystisea

〜運命と絆と〜



三章 紫電の盾


08 ルベルクの自警団









  全員が集まると、すぐにでも出発することになった。ここからルベルクまでは歩けば数時間はかかるが、騎馬があればそれほどかかりはしないだろう。しかしす でに今の時間は夕方に差し掛かっていることもあり、恐らく着く頃には外も暗くなっているはずだった。ザインはすぐにでも出発する。
  先頭をザインが進み、そのすぐ後ろをロッドとマーブルが走る。最後尾にはヘイスとロウエンとリラを置いていた。サラだけは例外でマーブルと同じ馬に乗って いる。シスターという立場と、服装からも馬には乗れないと思ったのだろう。同じ女であるマーブルと同乗することに誰も反対はしなかった。
  野営地を出発した騎兵隊は急いで馬を走らせたこともあり、一時間ほどでルベルクに着くことが出来た。辺りは予想通りに暗くなっていて、今夜は町の外れに泊 まることになるだろう。二百の兵がルベルクに入れるとも思えなかったし、それを見越してテントも持ってきてある。そしてそのままルベルクの警護に当たり、 翌日にはグランツ城へ進軍することになっていた。本隊とはグランツ城付近で落ち合うことになっている。これならば今日のうちに魔獣が襲ってこなかったとし ても、ルベルクからグランツ城へ進軍すればその道中で魔獣に出会うことになるだろう。ルベルクの安全は守られたわけだ。
  馬から兵たちが降りて、ルベルクの外れへと馬を休ませる。ザインは兵たちにテントを張るように命じて、ザインと数人はルベルクの中へ入ることとなった。サ ラだけはすぐに町の住民たちの手当てへと当たる。それが今回のサラの同行の理由だった。サラを抜かせばルベルクへと入ったのはザイン、ヘイス、ロウエン、 ロッド、マーブルだ。リラは兵士たちの統括として残っている。
 五 人は真っ直ぐに自警団の代表がいると思われる場所へと向かう。先ほどロッドとマーブルはここに来たこともあり、目的地は分かっていた。町の様子を見回しな がら、ザインはゆっくりと歩く。先ほど魔獣との戦闘があったからか、民たちの表情は少し沈んでいた。怪我をしている者も多く、それをサラは一人ずつ治療し ている。いきなりやってきた反乱軍を訝しげに思って見てくる者もいた。
  町の奥に一つだけ立派な建物があった。そこを自警団がよく利用するのだという。普段はその大きな建物に自警団の代表が一人で住んでるようだった。なかなか 豪勢なことだと思いながら、ザインはその建物の扉の前に立つ。扉の前には見張りのためなのか、自警団と思われる人物がいた。
「反乱軍から参ったザインだ。自警団の代表という人物にお会いしたいのだが」
「ザイン……?まさか、あのザイン将軍ですか!?」
 ザインはフューリア王国の民衆にとっても知らない者はいないほどに有名だった。その自警団の人物もザインの名を聞いて驚いている。その反応を見てザインは苦笑で返した。
「それでどうだろうか?」
「も、申し訳ないのですが……あの方はただ今お忙しく……」
「時間は取らせない」
「しかし……」
 自警団の男はなかなか承諾しようとはしなかった。それほどまでに多忙なのだろうか。ザインはどうしたものかと考えるが、ここで諦めるわけにもいかなかった。
「少しだけでも駄目なのか?」
「は、はい。用件がありましたら私が伝えますので、どうかお引取りをお願いします……」
「そうか……」
「少しだけって言うんだから別にいいだろ!」
 頑なに取り次ごうとしない男にザインが一度出直そうかと考えた時、後ろでやり取りを見守っていたヘイスが口を出した。ルベルクに来る前から分かっていたが、その口調はヘイスの不機嫌さを露にしている。
「ヘイス様、少し抑えてください」
 ヘイスのさらに後ろで、見かねたマーブルがヘイスを咎めていた。その名を聞いた自警団の男はザインの名を聞いた時よりも、さらに驚きを表す。
「ヘイス様……!?」
「そうだ。この方は王族であるヘイス様だ」
 余り気が進むわけではないが、これをいいことにロウエンがヘイスの名を強調した。フューリアの民ならば、例え滅びたとはいえ王族の名を出せば普通はそれに従うものだ。男は顔が少し蒼白になりながら、僅かに体も震えている。
「そ、そんな……よく見れば他の方々も貴族の方なのですね……」
「あぁ。ハルトス家のロウエンにソルトレイ家のロッドとマーブルだ」
「……!?ソルトレイ家の方々まで……!!」
 ソルトレイ家の名を聞くと男はさらに蒼白の表情になっていく。もはやそのまま気絶してもおかしくないくらいだ。余りにも異常とも思える男の態度に、五人はどこか怪しく思い始める。
「どうかしたのか?」
「い、いえ!何でもありません!と、とにかく、いくら頼まれても代表にはお取次ぎ出来ません!」
「何故だ?数時間前は戦闘後の忙しい中私たちとお会いになってくれただろう」
「そ、それは貴方がソルトレイ家の者とは知らなかったためで……ぁ…!」
  男は途中まで喋ると、失言だとばかりに慌てて口を手で押さえた。その様子に五人は怪しいと思う疑問が確信となっていく。ザインたちは無言で男を見るが、男 はその視線に耐えられないのか顔を逸らしてしまう。すると男の後ろにあった扉から、自警団の一員と思われる別の年配の男が顔を出した。
「おい、さっきから何をやってる?うるさいぞ」
「い、いや……それが……」
 現れた男を天の助けのように感じ、頑なの男は視線で年配の男に訴えていた。訝しげに思いながら年配の男は視線の先を見ると、そこにいた人物の何人かに眼を見張る。一目でザインとヘイスのことが分かったのだ。すぐに苦渋に満ちた顔をしながら、扉から出てくる。
「ヘイス様とザイン殿ですか……?」
「そうだ」
「なぜこんな小さな町においでになったのでしょう」
「そのことについてこの町の自警団の代表と話がある。そのために取次ぎをお願いしていたのだが……」
「そうですか……。ですが、代表は今疲れてお休みになっています。用件は私が承りましょう」
 年配の男も、さっきの男と同じように後ろの扉を開けることはなかった。どうしても代表という人物に会わせたくないのだろうか。彼らが何かを隠していることは確かだった。
「私たちは代表に面会を希望しているのだ!お前たちでは話にならない!」
 一歩も引き下がらない男たちに、いい加減ロウエンも頭にきて大声を出す。それに男たちは震え上がるかのように、縮こまっていた。
「ど、どうかお引取り願います!」
 それでも取り次ごうとしない男たちの度胸を、ザインはあっぱれとも思った。こんな時でなければ、笑って彼らを褒めただろう。しかし今はそうもいかなかった。
「我々を通せない理由があるのか?」
「そ、それは……」
 何かの理由があることはすでに分かっていたが、その理由をザインはどうしても知りたかった。自分だけならともかく、民が王族であるヘイスまで通そうとしないことには、何か大きな理由があるのだろう。
 男たちは口籠り、その理由を話そうとはしない。その様子にザインはため息を吐くと、その時再び男たちの後ろの扉が開いていく。その瞬間、ザインは二度と開くことのない失った右眼が急に疼いたように感じた。
「話は中まで聞こえた。お前たち、この私を庇う必要などない」
「ザガート殿!」
「どうして出てこられたのです!早く中へ!」
 扉を開けて出てきたのは、ロッドの言う通りもの凄い威圧感を放つ男だった。その場にいるだけで、存在感を強く主張している。
 ザガートと呼ばれた男を自警団の男たちは必死で中へ戻そうとしていた。初めて見たザガートを目の前にして、ヘイスとロウエンでさえもその存在感に圧倒され言葉を失ってしまう。
「貴方が……自警団の代表か?」
 我に返ったヘイスがゆっくりと、確認するようにザガートに尋ねた。
「いかにも。私が自警団の代表をやらしてもらっているザガートと申します。貴方がたは反乱軍の方々ですね」
「あぁ……」
「その鮮やかな金髪。まさしくフューリアの王族の方ですな。貴方がリーダーであるセイン殿ですか?」
「いや……俺は弟のヘイスだ」
「これは失礼しました。弟殿の方ですか。他の方々も金の混じった髪……貴族の方ですね。そして貴方は……」
 ヘイスからロウエン、ロッド、マーブルと見回していったザガートは最後にザインに眼を向けた。だが、ザインはザガートが出てから一言も発さずに、信じられない物を見るかのような眼でザガートを見ていた。ザガートもまた、ザインに眼を止めて驚きの顔を浮かべる。
「ふむ……。貴方はザイン殿ですな」
「お前は……ザガート=ラサーンか!」
 ザガートがザインの名を呼ぶと、ザインは怒りにも似た声でザガートの名を叫んだ。その言葉にヘイスたちはザインを驚きの眼差しで見つめる。逆に自警団の男たちはすぐに守るようにザガートの前に立った。しかしザガートは男たちを手で制して、下がらせる。
「大丈夫だ。お前たちはこれ以上私を庇わない方がいい」
「し、しかし、ザガート殿!」
「これも運命の巡り会わせか」
「ザガート殿……」
 男たちは口惜しくなりながらも、ザガートの後ろへと下がった。それを聞いていたヘイスたちは会話の意味に疑問を浮かべている。そしてザガートはザインを見て口を開いた。
「私のことを覚えていたか、勇将ザインよ」
「忘れるはずなかろう!<紫電の盾>ザガート!」
「……<紫電の盾>か。懐かしい名だな……」
「まさかお前がこんな所で生きていようとは……」
「想像にもしていなかったか?」
「当たり前だ!!」
 ザガートの少しだけ余裕のある口調にザインは怒りを更に募らせる。普段見ないザインの様子にヘイスたちは言葉も発せずに見ていた。しかしだんだんと二人の話を聞くていると、その内容にヘイスたちは驚愕する。
「いったい誰が、お前がこのフューリア王国で隠れ生きていると想像するというのだ!」
「もう五年ほどもこの町にいたのだがな。それに私はフューリア王国は嫌いではない」
「何と!?よくもそんなことが言えたものだ!お前がフューリア王国に何をしたのか忘れたわけではあるまい!!」
「……」
「今でも私はお前にやられたこの右眼が疼く時があるのだ!お前の……お前たちのせいで!!」
 ザインはザガートが出てきた瞬間に強く疼いた右眼を抑えながら激昂して言い放った。それに対してザガートは冷静に言葉を紡ぐ。
「私の……私たちのせいとお前は言うのか?それは武人としてあるまじき言葉だと思うがな」
「……それは……!」
「覚えていないのか?我々はあの時確かに警告したはずだ。それを無視して我が国を攻めたのはお前たちだろう。それで返り討ちにされたからといって喚かれてはたまらんな」
「……くっ!」
 ザガートの言葉にザインは何も反論することは出来なかった。冷静を取り戻そうと心を落ち着ける。
「確かに今のは私の失言だ……」
「……」
「ザイン……今のはどういうことだ……?この男はいったい……」
 ヘイスはやっと二人の間に入ることができた。二人の会話からザガートが何者なのか、ヘイスはまさかという思いが浮かぶ。
「そうですな。貴方がたには名乗った方がいいでしょうな」
「ザガート殿!!」
 もう無駄なことだと分かっていても、自警団の男たちは必死にザガートの名を呼んで止めようとする。しかしザガートはそれを無視して言葉の先を続けた。

「今は亡きゾディア聖王国の聖騎士が一人、<紫電の盾>ザガート=ラサーン。それが私の名だ」