Mystisea
〜想いの果てに〜
一章 忍び寄る魔
03 月光に照らされる銀の女神
夜も更け日付が変わったころに、早く寝たせいかリュートは目覚めた。
あたりはすでに暗く静けさが漂っていて、その静けさの中で音がするのは、隣のベッドで寝ている同室者のレイの寝息が聞こえてくるだけであった。リュートは目が覚めてしまったので少し外を歩いてみようと思い、部屋を後にする。
少し歩いたところに談話室のような広い場所があるので、リュートはそこへ向かう。するとそこには先客がいて、その人物は窓の外にある夜空を見上げていた。リュートは恐る恐るその先客に声をかける。
「シェーン……?」
シェーンと呼ばれた女性はリュートの存在に今気づいたかのように振り返った。彼女は長めの美しい銀髪をなびかせていて、更に後ろから月の光を浴びているその姿は、まさしく神の化身と思わせるような容貌である。そう、彼女もまた数少ない銀を持って生まれてきた神の子であった。
彼女は笑顔を誰にも見せることなく、いつも憂いを帯びているような無表情でいる。そして彼女も神の子だからなのか、その戦闘能力は高くシューイと同じくらいの強さを誇っていた。そんなシェーンだが、実は幼少の頃からのリュートの幼馴染でもあった。
「リュートか……。どうした、眠れないのか?」
シェーンは声を掛けてきたのがリュートだと認識すると、少し安心したような顔をした。それでも、すぐにいつもの無表情に戻ってしまう。
「いや、今日は早めに寝たから目が覚めちゃって。シェーンは眠れないのか?」
「あぁ。少し考え事をしていたんだ……」
シェーンの表情はいつもよりも更に憂いを帯びている気がした。
シェーンはみんなから無表情と言われているが、実際はあまり変化しているようには見えないがちゃんと表情を変えている。しかしそれに気づくのは恐らく長年一緒にいたリュートくらいだろう。最も、リュートもシェーンが本当に笑ったり楽しんだりしているような表情は五年前より見たことなかった。
「考え事?」
「そうだ……叙勲式のことをな……」
「もしかしてやっと騎士になれるから緊張してんのか?」
「……そうではない」
シェーンはそう言った後、少し黙ってからリュートに聞いた。
「リュートはもうすぐ騎士になれて嬉しいか?」
「……どうしたんだよ急に」
「あの日言っていたよな。騎士になって誰かを守りたいと」
リュートはいきなりそう聞かれて戸惑ったが、すぐに答えた。
「そうじゃない。騎士のように誰かを守れるような力が欲しかったんだ。だから別にそこまで騎士になりたいと思っていたわけじゃないんだ。まぁ、帝国騎士になれるのはやっぱ嬉しいけどな」
その嬉しさからなのか、リュートは笑っていた。
「……」
「でも、士官学校に入ったのはお前が最初に言ったからだよ」
シェーンはそれを聞くと、そうかと呟いた後、昔を思い出すように言った。
「ならば五年前の事件がなかったら私たちはここにはいなかったのだろうな」
五年前のあの日――リュートたちの家族が火事によってみんな死んでしまった事件だ。その日二人が遊びから帰ってきたときには、すでに家が全焼していた後だったのだ。二人の家族も家の中にいて、死体も確認できるような状態ではなかった。
その数日後、シェーンが士官学校に入ると言い出したのをきっかけに二人は騎士を目指したのである。
「そうだな。確かに五年前のことがなければ俺たちが騎士になることもなかったんだろうな。それに……シェーンももっと笑っていたはずだ」
リュートの表情は浮かない顔をしていた。五年前の事件があった日からシェーンは一度も笑ったことがない。そのことをリュートはずっと心配していた。
「リュート……」
「俺はお前には昔みたいにもっと笑ってほしいと思ってる。あのことは忘れろなんて言わないけど、もう少し前向きになってもいいじゃないか」
シェーンにもリュートの言いたいことは分かっていた。だから、いつも心配してくれているリュートには申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「そうだな……だが、私にはもう笑うことなど出来ない……」
そう言ったシェーンは本当に笑うことができないと思わせるような無表情な顔をしていた。
「何言ってんだよ。そんなことないって。今は無理でも少しずつ笑えるようになってくるさ」
明るい声でリュートは励ますように言った。しかしそれを聞いたシェーンは首を振って答える。
「そうじゃない。私にはお前の前で笑う資格なんか……いや、何でもない。そろそろ寝ようか。お前も明日は早いんだろ?」
最後の方は自分に言い聞かせるような感じだったのでリュートには聞こえてこなかった。聞き返そうとしたが、シェーンの雰囲気がそれを拒んでいたため聞けなかった。
リュートはシェーンの様子が少しおかしいと感じたが、彼女の言う通り明日は朝早くから課題があったのでそれに従うことにする。
「分かったよ。けど、なんかあったら言ってくれよな。俺に出来ることなら何でもするからさ」
「あぁ。ありがとう、リュート」
「どういたしまして。それじゃぁ、おやすみ」
そう言ってリュートは自分の部屋へ帰っていった。後に残されたシェーンはそんな彼の後ろ姿を見続けていた。やがて、リュートが見えなくなると夜空を見上げながら呟いていた。
「リュート…お前は全てを知ったらどうする……?」
その呟きは外に吹いている風のように消えていった。
目が覚めたのはすでに陽がかなり昇った後だった。リュートは起き上がり隣を見ると、ベッドは空ですでにレイは起きているようだ。部屋にいないとこを見ると外で待っているのだろう。リュートは急いで支度をして部屋を出ることにする。その間、ふと昨日のこと思い出していた。
(シェーンの様子おかしかったよな……)
そう思ったが、レイをいつまでも待たせるわけにはいかないと思い、今考えていたことは忘れたかのように急いで外を出た。
「遅いわ、リュート。あなたが最後よ」
外にいたのはレイともう一人――いつも一緒にチームを組んでいるセリアだった。
士官学校の間にやる訓練や課題などはたいていチームごとである。ここ二、三年の間はいつもリュート、レイ、セリアは三人同じチームだった。この三人だけではなく、トップ十人は上から二人、二人、三人、三人とずっと同じチームで過ごしてきたのである。ちなみに彼らはNo5,6,7だ。
この三人はいつも気が合っていて、ずっと友達としても親しかった。よく無茶をして怒られるリュートとそれに巻き込まれるようなレイに、そんな彼らを抑えているセリアでよく釣り合いが取れていた。
そして驚くことにセリアはシューイと恋仲でもあった。と言っても、その関係は互いに両思いなのだが身分の差もあってか正直に言えていない状況だ。しかしその関係は一部の間では周知の事実となりつつある。リュートもこの二人を見てて何とかしたいと思いつつも本人たちがこれでいいと言っているのでどうしようもなかった。
「悪い悪い」
リュートはそう言って二人を連れてライルの待つ訓練室へと急いでいった。