Mystisea
〜想いの果てに〜
一章 忍び寄る魔
04 メノン洞窟
リュートたちが入ってくるとライルは遅いぞと言いつつ三人を出迎えた。
「すみません先生」
いつものことなのでライルはさほど気にしていないだろうと思いつつもレイは謝る。
「またリュートなのだろう?」
「なんですかそれ!俺がいつも寝坊してるみたいじゃないですか」
笑いながら言うライルにリュートは軽く憤慨した口調で反論した。しかし止めと言わんばかりにセリアが口を出す。
「いつものことじゃない」
「なっ……」
リュートはそれが本当のことなので、何か言おうと思いつつも言葉が出なかった。
「その辺でいいだろう。それより今日の課題のことだが……」
ライルはリュートをからかうのをやめてこれからの課題のことを切り出した。
「分かってますよ。魔獣を倒せばいいんですよね」
「あぁ。これから行く西のほうにあるメノン洞窟の中にいる魔獣を倒してもらう」
魔獣――それは数百年前より大陸のあちこちに現れはじめ、人間を襲ったりしている。たいていの魔獣は本能のままに行動しており、その存在は人間にとって天敵となっていた。故に魔獣がいるのは危険なので、帝国騎士団などさまざまな人たちが魔獣を倒している。しかし一向にその数は減らず、どこから現れてるのか増え続けているような様子だった。魔獣を倒すことを仕事としているハンターと呼ばれる人種もいるほどである。その種類は数多く、動物のようなものもいれば、人間のようなものもおり、強さも普通の人が倒せるようなものもいれば、ハンターが束になっても倒せないようなものもいたりする。
「メノン洞窟って……かなり危険なところじゃないですか。僕たちだけで大丈夫なんですか?」
レイが不安を見せた。
メノン洞窟とはかなり古い時代からある洞窟らしく、いつごろからあったのか知られてさえいない。少なくとも200年以上前からあるらしく、その中は魔獣の巣窟と化していた。数年に一度騎士団が魔獣討伐として洞窟の中に赴くのだが、洞窟は深く、いつも途中の層までしか行くことはできない。さすがの騎士団でもそこより深いところへは危険だと言われているのだ。
「俺もついていくから大丈夫だろう。それにそこまで深いところへは行かないからな。最も指定の魔獣はお前たちだけで倒してもらうことになる」
ライルはそこまで不安になることもないということを分からせるように言った。
「分かりました」
最初に頷いたのはリュートで、その後からセリアとレイも同意を示した。
「それじゃぁ、これから1時間後に出発だ。それまでに準備をして城門前に集合してくれ」
三人が了承した顔を見てからライルはそう言い、部屋を出ていった。残された三人も1時間後にと言ってそれぞれ準備をしに部屋を後にした。
城門に集まった後、三人はライルと一緒にメノン洞窟へ出発した。メノン洞窟まではそれほど遠くないので1時間ほどかけて歩いていく。その途中弱い魔獣などが出てきたが、この辺りに出る魔獣は学生の間でも上位にあるリュートたちにとっては敵ではなかった。問題なのは洞窟の中にいるやつらなので、洞窟に近づくにつれて三人は緊張していく。
「上層のほうはそこまで強い魔獣が出てくるわけじゃないんだ。そんなに緊張しなくても大丈夫だろう」
ライルは三人を見て緊張を解かせるように言う。その言葉の通り上層にいる魔獣はリュートたちならばそれほど苦もなく倒せる相手であった。
「そりゃ先生から見たら弱い魔獣かもしれませんけどさ」
リュートは愚痴をこぼす。
確かにライルから見たら上層の魔獣は弱いのだろう。もしかしたら下層にいる魔獣でさえも弱いと感じてしまうかもしれない。そんなライルの強さを知っているリュートたちだからこそ、彼がいてくれれば死ぬことはないと思ってもやはり不安は拭えない。
そんな思いをかかえながら歩いていると、やっと目的のメノン洞窟が見えてきた。外から見ただけでも入り口の辺りからは禍々しい空気が漂っているように感じられる。それを見て四人の中でも一番気弱なレイが不安そうに言う。
「ほんとにここに入るんですか……?」
「いまさらここまで来てそんなこと言うなよ。多分大丈夫だろ」
レイの不安な口調に対してリュートは覚悟を決めたように言った。
それからリュートたちは意を決したようにメノン洞窟の中へ足を踏み入れる。
洞窟の中へ入ると、すぐに待ち構えていたかのように魔獣が襲ってきた。その魔獣は世界でも一般的と言われる魔獣で<ベルド>と呼ばれるものだった。外見は普通の獣で、大きな犬のようだ。知性はあまりなく本能のまま攻撃してくるまさに魔獣の象徴ともいえる。数は六体ほどだろうか。
最初の攻撃をかわすとライル、リュート、レイの三人はすぐさま剣をかまえた。セリアは剣は扱えず、主に回復魔法などで補助をしているので一人少しだけ後方へ下がる。それを見てから三人はそれぞれ向かってきた敵に対して斬りかかった。リュートたちにも<ベルド>くらいの魔獣ならばそれほど苦もなく倒せるので、セリアは後ろのほうで戦況を見守っていた。
「はっ!」
リュートは向かってきた敵を斬る。手応えがあったので敵が死んだのを確認してからレイとライルの方を見た。するとレイは相手に傷を与えてはいるが死なせてはおらず、ライルはいつの間にか二体の<ベルド>を殺していた。残った敵は三体でそのうちの一体はレイによって傷ついていた。
「浅かったか……ごめん、みんな」
「大丈夫だ。半分に減ったんだ、後は楽だろう」
一人だけ殺しきれなかったレイが謝罪するがそれをフォローするようにライルが言った。
半分に減った<ベルド>たちは自分たちが不利な状況を悟ったのか標的をセリアに向けてきた。まだ無傷の二体がリュートたち三人に向かって飛び出す。いきなりの行動だったので少し対処が遅れたが特に傷つくことなく三人は撃破した。しかしそのうちにさきほどレイに傷つけられていたもう一匹がセリアに向かって攻撃しようとしていた。
「危ないっ!」
それを見たリュートは咄嗟にセリアのほうに飛び出して腕を伸ばす。間一髪というとこでセリアは無事だったが、<ベルド>の攻撃によってリュートの腕がやられた。ライルはすぐさま<ベルド>を斬ってから、リュートのほうに駆け寄った。そこではすでにレイとセリアがリュートの状態を見ている。
「大丈夫!?」
「痛ぇ……」
「今回復するから待ってて」
リュートの傷はそれほど深くなかったのでセリアの回復魔法によって治っていく。だんだん傷が塞がっていくのを見ていたみんなは安心する。しかし先ほどかばったリュートに対してセリアは怒っていた。
「かばってくれるのは嬉しいけどもうこんなことしないで」
「けど…」
「自分の身くらい自分で守るわ!」
セリアはただ守られているだけの存在が嫌だった。確かにリュートたちのように武器を使って戦ったりすることは出来ないが、少しなら攻撃魔法も扱えるのだ。しかし彼女は争いが嫌いなので滅多に使うことはなかった。だからといって誰かが傷を負ってまでかばってもらうのは嬉しくないだろう。自分の身を守るためならば攻撃魔法を使うこともやむをえない。
「リュートだって無茶をしたのは分かってるさ。だからそう怒るなって」
ライルがリュートをフォローしたので少しはセリアの怒りも収まってきた。セリアもちゃんとそのことは分かってはいたのだ。
「けどリュート、お前も自分を省みないで行動してたらいつか本当に死ぬかもしれないぞ」
ライルもリュートの行動に対して少し思うところがあった。いつか本当にそうなるんじゃないかと心配していたのだ。けれどこれもリュートの性格からの行動なので止むことはなかった。
「分かってますよ……」
「リュートだって反省してるしもういいじゃないですか」
二人に注意されているリュートを憐れに思ったのかレイが助け舟を出してきた。セリアとライルもこれくらいでいいだろう、と思いこれ以上何も言わなかった。
「そろそろ先へ進むか。まだまだ魔獣はいるかもしれないから気をつけろよ」
リュートの傷ももう完治していたので先を進もうと四人は奥へと入っていく。しかしライルだけは少し浮かない顔をしていた。
(おかしい……あの魔獣は知能がないはずなのにあきらかに連携をしてきた。そもそもこの洞窟の魔獣はずっと前から他の魔獣とは違っているんじゃないかと報告されていたが……やはり何かあるのか……?)
「先生どうしたんですか?」
ライルが立ち止まっていたのに気づいた三人が声を掛けた。
「いや、何でもない」
ライルは今考えていたことを頭から振り払って、歩き出していった。