Mystisea
〜想いの果てに〜
一章 忍び寄る魔
05 心の中の不安
あれからどんどん先へ進んでいった。その途中に何度も魔獣に襲われたがそこまで苦もなく倒せていた。
「そろそろ目的地に着くころだろう」
だいぶ歩いてからライルが言った。その通りにこの階の魔獣もそろそろ強くなりはじめていた。これはもうすぐ次の階に進むということだ。目的の魔獣はこの階の最後にいるらしい。
「そういえば俺たちが倒す魔獣ってどんなやつなんですか?」
リュートがこれまでその魔獣に対して何も言われていなかったことを思い出してライルに聞いた。
「なんだ。言ってなかったか?」
ライルの返事に対してリュートは呆れた。ライルの強さは周知の事実なのだが少し性格が抜けているとこがある。リュートたちはいつものことなのであまり気にしていない。
「聞いてませんよ」
「そうだったか?悪い悪い。お前たちが倒す魔獣は<デルス>だ」
「<デルス>!?」
リュートが驚くのも無理はない。<デルス>とはかなり凶暴で視界に入った人間は誰でも襲ってくると言われている。<デルス>を倒せる人間はそうそういなく、かなりの強さを持っていなければ不可能だろう。ハンターでも<デルス>には手を出さないほどだ。その大きさも熊のようで、人間よりも遥かにでかい。二人の会話を聞いていたセリアとレイも驚きを隠せなかった。
「そんなの僕たちには無理ですよ!」
レイは<デルス>と聞いて逃げ腰になっている。リュートとセリアも口には出さないがそう思っているだろう。しかしライルはそんなことを思っていないようだった。
「大丈夫だ。お前たちなら多分倒せるだろう。それに危なくなったら俺が助けるしな」
「多分って……ほんといい加減ですね」
リュートはライルの言葉にいっそう不安になるが、助けるという言葉に少しは気が晴れた。
「そろそろ喋っている暇はなくなってくるぞ」
ライルが言うので前方を見てみると、そこには先ほど話していた<デルス>が待ち構えるようにリュートたちを見ていた。その様は聞いていたよりもかなり大きく、鋭い爪を光らせて獲物をいつでも仕留められるように思わせた。
「あれが<デルス>!」
リュートたちは<デルス>を初めて見るのでその体躯に驚いていた。
「驚いている暇はないぞ!」
すでに<デルス>はリュートたちを獲物と捉えていた。それを見てみんなも気を引き締めて、<デルス>のほうを見る。これは課題なのでライルは後ろのほうから見ているだけだ。リュートとレイは剣を構えて<デルス>と向き合う。セリアは二人にたいして防御魔法を唱えていた。
その時<デルス>がリュートに向かって走り出した。
「くぅっ!」
そのスピードは巨体に似合わずかなり速かった。攻撃をなんとか避けたリュートは、反撃に出て<デルス>に向かって斬りつけた。しかしその攻撃は<デルス>にはあまり効いていないようで、はじかれるだけとなった。その隙を<デルス>は見逃さず、腕をなぎ払うようにリュートに当てて吹っ飛ばした。その瞬間に間一髪間に合ってセリアのシールドが効いていたおかげで軽傷ですんだ。もし間に合っていなかったら無事ではすまなかっただろう。
「リュート!!」
吹っ飛ばされたリュートを見てレイが叫んだ。そして<デルス>がリュートにさらに追撃しようとしていたのを見て、<デルス>に攻撃をして標的を自分に向けさせる。しかしレイの攻撃もリュート同様ダメージはほとんどなかった。<デルス>が今度はレイに攻撃を繰り返してきたが、レイはその攻撃を避けていく。しかし絶え間なく繰り返されるので防戦一方となっていた。その間にセリアはリュートの状態を見ていた。
「大丈夫!?」
「なんとかな。シールドが間に合わなかったら危なかったよ」
セリアはリュートの傷を見て、たいしたことがないと分かったので少しの治療をして<デルス>の方を向く。そこにはレイが必死になって戦っている姿があった。あのままではやられるのも時間の問題だろう。リュートもすぐさま応援に駆けつける。
「攻撃が効かないのなら魔法で……!」
二人を援護しようとセリアは魔法を<デルス>に放とうとする。
「閃光よ、迸れ!」
セリアのもとから放たれたいくつもの光球が<デルス>に直撃した。剣よりも効果はあったようで<デルス>の腕からは血が流れている。しかしそれを受けた<デルス>は怒り、標的をレイからセリアに変えてものすごい早さで突進してきた。セリアはいきなりの行動に咄嗟に対応できず、シールドを作ることも避けることも出来なかった。
「セリア!!」
リュートとレイが叫ぶ。すでに<デルス>はセリアに近づき、腕を振り上げていた。それを見たセリアはもう駄目だと絶望し、反射的に眼を閉じて衝撃に備える。
――緊迫した一瞬
しかし、思っていた衝撃が来ることはなかった。おかしいと思いセリアが恐る恐る眼を開けると、そこにあった光景に驚いた。
「先生……!?」
そこには<デルス>の攻撃を剣で受け止めているライルの姿があった。
(どうなっているんだ……<ベルド>といい<デルス>といい明らかに通常よりも大きな力を持っている。この<デルス>なんて異常だ。あいつらだけで勝てる相手とは思えない……。)
リュートたちと<デルス>が戦っているのを見て、ライルはとつてもない焦りを感じていた。
普通とは明らかに違う異常な力を持つ<デルス>。普通の<デルス>にリュートたちの攻撃が効かないはずがなかった。なのにあの<デルス>にはそれがまったくと言っていいほど効いていなかった。まるで鋼のような肉体を持っているようである。力、素早さ、肉体、知能、どれを見ても通常より遥かに超えていた。
(この洞窟へ行くことを命じたのは確かあの宰相だったな……。奴はこの異常さを知っていたのか?)
戦闘を見るがリュートたちの戦いはますます劣勢になっていくだけだった。
(止むを得ないか。ここで助けないとあいつらが死ぬかもしれない)
ライルは腰にある剣に手をかけて状況を見るとちょうどセリアが<デルス>に向かって魔法を放っていたとこだった。その直後の<デルス>の行動を見てライルはまずいと思い咄嗟に身体を動かした。
その姿はまさに神業。眼にも止まらぬ早さでセリアと<デルス>の間へと動いた。その距離は10mほどあったというのに一瞬で移動していた。その姿を見ていた者は誰もいなかったが、もしいたとしたら全ての者が瞬間移動したように見えただろう。
「先生……!?」
急に現れたライルの姿に誰もが驚いていた。敵――<デルス>でさえも。
「お前たちは下がっていろ。こいつは俺がやる」
三人に言い放ち、ライルは<デルス>と対峙する。いきなり現れたライルに少し困惑したが<デルス>もライルを新たな敵と認識した。
「グォォッ!」
<デルス>が突進してくる。ライルはそれを軽々と避けて、<デルス>に一撃を叩き込む。
――だが、
「そんな……」
それを見ていたセリアは驚きを口に出す。<デルス>にはライルの一撃も効いていなかった。いや、全く効いていなかった訳ではないがそれでもほとんど傷は見られなかった。さすがにライルもそれには驚いていた。
<デルス>がライルに一撃を繰り出す。
「っ……!!」
それを剣で受け止める。しかし<デルス>の力が想像以上に強く、受け止めてもそのまま後ろへ押しやられていく。
(長期戦は危ないか……ならば一気に決める!)
ライルは剣を構えて動いた。ものすごい早さで<デルス>の周囲を走っていく。その動きに<デルス>は翻弄されて、ライルの残像が何体も見えていた。その残像を片っ端から攻撃していくが、どれも空振りに終わっていく。
「行くぞ!!」
――リュートたちは目を疑った。ライルの声が発したと同時に全ての残像が<デルス>に向かって斬りつけていたのだ。しかも残像にもかかわらず、その全ての攻撃が<デルス>に傷を負わせていた。
<デルス>は自分を斬ってくるものを攻撃するが、全てが残像だったので意味がなかった。本体は何処にいるのかと周囲を見回すがライルはどこにもいなかった。
「ここだ!!」
<デルス>は声が発せられた方向――頭上を見た。しかし、その光景が<デルス>の見る最後の瞬間になった。そこには剣を<デルス>に向けて突きつけて跳んでいるライルの姿があった。そのままライルは剣を<デルス>の口の中に串刺した。
「これが……先生の実力…」
すでに<デルス>は絶命していた。その戦いを一部始終見ていたリュートたちは信じられなかった。ライルの強さは知っていたが、三人が全力で戦っても全く歯が立たなかった相手をこうも簡単に倒すとは思わなかった。三人はライルの強さを見て少しだけ恐怖を覚える。
ライルは<デルス>から剣を抜いて、三人を見て声を掛けた。
「大丈夫か?」
三人は少しばかり放心していたので返事するのに遅れた。
「あ、はい……。助けてくれてありがとうございます」
ライルがいなかったら死んでいたかもしれないセリアが一番初めに立ち直り、礼を言う。
「大丈夫ならいい」
「先生…俺たち……」
リュートは考えればこれが課題だったことを思い出す。課題の条件は生徒だけで魔獣を倒すことだ。今回は三人で倒せず、ライルに助けてもらっている。明らかな失敗だった。
「話は城に戻ってからだ。外はもう夜になっているはず。急いで帰ろう」
夜になると魔獣の動きも活発になってくる。外にも朝よりも多くの魔獣がうろついているだろう。凶暴性も夜のほうが増しているほどだ。いくらライルが強いとはいえ、出会わないに越したことはないのだろう。
「はい……」
三人はそれに同意して、ライルと共に城へ帰ろうとする。三人が落ち込んでいる様子を見て元気付けるようにライルは言う。
「あの<デルス>は異常だった。俺から上に報告しておくから心配するな」
「ほんとですか……?」
この課題は卒業前の最後の課題だった。この結果が騎士になってからに影響するのではないかとレイは心配だった。
「あぁ。それよりも早くこの洞窟から出ないとな」
城へと帰る間、四人はそれぞれ言い表しようのない想いを抱えていた。
誰も口を開かず、ただ一心に早く城へ帰りたいと願っていた。