Mystisea

〜想いの果てに〜



一章 忍び寄る魔


06 父と国への妄信








 シューイとシェーンの二人はすぐに魔獣を倒して昼の頃には城へと帰ってきた。城についた二人は報告をしに皇の間へと赴く。本当なら担当の教官が報告をするのだが、この二人の場合は例外だった。いつも本人たちが直接宰相へ報告しにいっていた。その宰相がいる場所もたいてい皇の間と決まっている。
「さすがは神の子たちですね。この短時間で魔獣を倒してくるとは」
 報告をし終わると宰相アイーダが言う。
 アイーダは六年前より突如としてアルスタール帝国に現れ、賢帝と云われた皇帝の勅命ですぐに宰相の位になった。しかしその風貌は怪しく、全身をローブで纏っていつも素顔を見せていなかった。そんなアイーダを城にいる誰もが当たり前のように怪しく思っている。だがアイーダを宰相にしたのは皇帝本人であるので、それに異議を立てられる者はいなかった。以前、三年前に当時の第四騎士団長が抗議をしたことがあったのだが、その翌日彼が自室で変死している姿が見つけられたことがあったのだ。それ以来誰も公にアイーダの話題に触れることは無かった。
 しかし彼が現れてから帝国は少しずつおかしな方向へ向かっていた。本当に少しずつなのでこの六年で曲がってきている帝国に気づいている者もごくわずかで、ほとんどの人間が永遠に帝国が繁栄していくことを夢見ていた。皇帝自身でさえもそれに気づいていないほどのように。
「その神の子というのは止めていただけませんか。私たちはいつも実力で魔獣を倒しているのです」
 シューイは神の子と呼ばれるのをすごく嫌がっている。周囲の人たちからシューイの実力は神の子だからあると思われているからだった。現に神の子の多くは周りの人間よりも何か優れていることが多い。それがもとからの才能なのか、それとも神の子だからなのかそれがはっきりと分かっていないのだ。しかしシューイは自分の強さは自分でつけたものだと信じている。
 そしてシェーンもまた神の子と呼ばれるのは嫌いだった。たとえシューイとは理由が違くても、その想いだけは同じだったのだ。
「それは申し訳ありませんでした。以後気をつけましょう」
 シューイはアイーダがそう思っていないことなど承知の上だ。むしろ嫌がるのを知っていてわざと言ってきたことも分かっている。シューイもみんなと同じくこのアイーダが嫌いだった。なんとなく父がおかしくなっていくのを微かに感じているのかもしれない。
「そんなことよりももうよろしいでしょうか。報告は終わりました。そろそろ帰らせていただきたいのですが」
 シェーンは早くここから立ち去りたいと思い、話を切り出す。その言葉に反応したのは今までずっと黙っていた皇帝だった。
「よかろう。お前たちには期待しているぞ。これからも帝国のために尽くしてくれ」
 皇帝――グラディス=デイン=アルスタールは、髪が金色だが瞳は茶だ。つまり彼もまた神の子の一人であるのだ。もともとアルスタール帝国の代々の皇帝には金を持って生まれてくることが多かった。その風貌もまだまだ40代とは思えぬほどで、彼の前に立つだけでプレッシャーがかかると感じる者が多くいた。
「分かっております。父上と帝国のために微力ながら精一杯尽力させていただきます」
 シューイは父である皇帝をとても尊敬していた。だからこそ、最近の父の行動からは目を背けている。背けているからこそ、シューイはまだ父や国がおかしな方向へ向かっていることが分かっていなかった。
「それではこれで失礼します」
 シェーンがそう言い、二人は皇の間から退出する。その後それぞれ部屋へ戻り、日頃の疲れを癒すためにも休むことにした。






 シューイは部屋に戻ってすぐに寝ていた。数時間寝たあと、起きると外はすでに暗くなっていて、みんなはもう帰ってきてるだろうと思い、セリアに会いに行こうとする。
 シューイは本当はセリアにちゃんと気持ちを伝えたいのだが、セリアの雰囲気がそれを拒んでいて言えずにいた。セリアは身分を気にしすぎている。それがシューイにはすごくもどかしかった。確かに偉い人たちはシューイとセリアの関係をよく思っていなく、何度も別れろと言われたこともある。そう言われるたびに恋人ではないと言っていた。事実ちゃんと気持ちを言い合っていないので恋人ではなかったのだ。そんなこともあるからなおさらセリアは拒んでいるのだろう。
 セリアの部屋へ向かって歩いていると途中でマリーアと出会った。どこか顔色が悪く、落ち着いていない様子だった。
「どうかしたのですか?」
 声を掛けると今気づいたというようにこちらを振り返った。
「シューイ様!…実は……」
 マリーアはどこか言いにくそうにしていて、少し間を空けてから言葉を続けた。
「まだライル先生たちのチームが帰ってきていないのです」
「ライル先生の……?…まさかセリアも!?」
「はい。リュートとセリアとレイの三名のチームです」
 その事実にシューイはかなり驚いた。課題は魔獣討伐でそれほど難しいものではなかった。それなのにこんな夜にもなってまだ帰ってきていないとは何かあったとしか考えられない。それにあのチームにはライルがいるのだ。
「やっぱり…何かあったのかしら……」
 マリーアが小さい声で呟いたのをシューイは見逃さなかった。
「やっぱりとは?」
「あ、いえ……」
「何か知っているのなら教えてください。私も心配なのです」
 マリーアはどうしようか悩んでいたが、意を決したように話す。
「実は彼らが行ったところはメノン洞窟なのです。そして魔獣は<デルス>……」
「なに!?」
 メノン洞窟ということにさらに驚いた。あそこはかなり危険な場所で騎士団でさえ年に数回しか行かないのだ。いくら強いといっても学生が行っていいような場所ではなかった。シューイでさえもあそこへは行きたいとは思わない。
「それは本当のことなのですか?」
「はい」
「馬鹿な……。誰がそのようなところを選んだのだ……」
 シューイは不思議に思った。しかしその疑問にマリーアが答える。
「シューイ様はご存知なのかったのですか?今回のことを決めたのは全て宰相です。そして最後に頷いたのは皇帝陛下なのですよ」
「何!?」
 マリーアの言った言葉が信じられなかった。父がそのようなことを許すとはとうてい思えなかったのだろう。
「それでは私はやることがあるので失礼します」
 マリーアはシューイがショックを受けているのが分かったのだろう。少し放っておいたほうがいいと思って話を終えた。一人残されたシューイは本当に父がそんなことを許したのか分からなかったが、とりあえずセリアのことが心配だったので城門へ行って彼女らを待つことにした。






 城門へ行くとそこにはシェーンが立っているのが見えた。シェーンはやってくるシューイに気が付いて、彼が浮かない表情をしていることに気づく。
「シューイか。リュートたちが帰ってきていないことを聞いたのか?」
「あぁ」
 シューイはシェーンがここにいたことが少し意外だった。彼女が誰かを心配して帰りを待つような人物だとは思ってなかった。シェーンとはよくペアを組んで、同じ神の子ということもありいろいろ気心がしれた仲だったが、お互いのことがよく分かっているというわけではなかった。
「シェーンはリュートを待っていたのか?」
 二人が幼馴染だったということを思い出す。シューイにとって二人とも結構仲がいい人物だった。シューイに対して普通の態度を取るのはこの二人くらいなものだろう。
「まぁな……。お前はセリアが心配なのだろう?」
「あぁ。まだ帰ってきていないと聞いて何かあったんじゃないかと思って」
「そうか」
 そう言ったきり、話は途切れた。少しの沈黙のあと、シェーンが口を開く。
「今回あいつらが行った場所はメノン洞窟だそうだな」
「……らしいな」
「それを決めたのは宰相と皇帝だというのは知っているのか?」
「……」
 シェーンの言いたいことはなんとなく分かったので、あまりその話をしてほしくなかった。しかしそうはいかず、話を続けてくる。
「知っているのだな。ならばお前は今回のことをどう思う?」
「俺は……」
 シューイは何て言ったらいいか分からなかった。
「もはや今の皇帝は完全にあの宰相の言いなりだな」
「なっ!その言葉は聞き捨てならないぞ!」
「今のままだとこの国はもうすぐ滅ぶだろう。それこそあの宰相と皇帝が居る限りはな」
 シューイの言葉もかまわずシェーンはこの国が腐敗しきっていることを話す。それを聞いていたシューイは、国を馬鹿にされてだんだんと怒りが湧き上がっていく。
「シェーン!!それ以上の言葉は帝国への反逆罪と見なすぞ!」
「……愚かだな、シューイ。お前は今の世界を少しは視野を広げて見たほうがいい」
「この俺が何も知らないと言いたいのか!?」
 すでにシューイは怒っていた。そしてシューイの言葉にシェーンもまた怒鳴らずにはいられなかった。
「お前が何を知っているというのだ!!」
「何……?」
 シューイははじめてシェーンが感情をあらわにしているのを見た。自分が怒っていたことも忘れてシューイはシェーンの顔を見る。その表情は怒鳴っているにもかかわらず、シューイでさえも美しいと思わずにはいれれなかった。
「この帝国の現状から目をそらしているお前が何を知っているかと言っているんだ!!たとえ昔に賢帝と言われてようが今はもうすでに違うのだぞ!!」
「何を言う……父は今も昔も賢帝としてあり続けている!」
「それが目をそらしているというのだ!皇帝が今何をしているのかしらないのか!?酷いとこでは騎士団は民が逆らったら殺しているとこもあるのだぞ!!」
「なっ…そんなことが……あるはずないだろう!」
 シューイはシェーンが言ったことを信じられなかった。信じられるはずもないだろう。あの父がそんなことをするとは思えないのだから。だがシェーンは本気で言っているようだったので、シューイはすごい困惑していた。そのまま二人とも何も喋らないで数分が過ぎていく。その沈黙に耐えられず何か話そうとすると、向こうから声が出た。
「すまなかった……。今言ったことは忘れてくれ」
 そのときのシェーンはすでにいつもの無表情をしており、さきほど怒鳴っていたシェーンと同一人物だとはとうてい思えないほどの変わりようだった。シューイもあれほど感情を露にしたシェーンは初めて見たのだろう。
「いや……」
 いきなりの謝罪になんて答えたらいいか分からず返事に迷っていた。しかし気にした風もなくシェーンは続ける。
「だがこれだけは言っておく。この国を想うならあの宰相を何とかすることだな。もう手遅れかもしれないが……」
 シェーンはそう言って城の中へと引き返していった。そして去り際にさらに一言シューイに言う。
「私はお前のことは嫌いではない。だがお前に期待もしてはいない……」
 シューイにはその言葉の意味が分からなかった。今日のシェーンはいつもと違っていたので、余計に今日彼女が言った言葉が気になっていた。しばらくの間いろいろと考えているうちに外のほうから足跡が聞こえてくる。慌ててそっちのほうを見るとセリアたち四人が歩いていた。四人の周りから伺える雰囲気は暗いものだ。その様子を見てやはり何かあったのだと思いセリアのほうに歩いていった。