Mystisea

〜想いの果てに〜



二章 悪魔の子


11 魔の子の宿命








「……」
「……」
 静寂が訪れている。誰も言葉を発することが出来ないでいた。それを打ち切るようにマリーアが少年にいろいろと分からないことを聞く。
「町の人やハンターがここに来て帰らなかったと聞いているけど……殺したのは君なの?」
「……全てではない。半分以上は外にいる魔獣に殺された。だが、お前たちみたいにここにたどり着いたやつは俺が殺した」
「……嘘だろ?お前みたいな子どもがそんなこと……」
 けれど、その子どもに自分たちは翻弄されていた。その実力は並の大人を超えるほどだ。
「お前は自分を殺そうとする奴に対して、素直に殺されるのか?」
「……お前…」
「君がここにいることで、魔獣が増えているとも聞いたわ。それは本当?」
 さらにマリーアは次々と聞いていく。
「本当だ。魔獣は俺を狙っている」
「お前を!?何でだよ!?」
「知らない」
「それじゃ、お前は何でこの森にいるんだよ!」
「人がいるところに俺の居場所はない」
 少年は淡々と事実を述べた。それはまるで機械のようで、リュートはそんな少年をどうにかしたかった。
「お前はそれでいいのか!?こんなところでたった一人で生きて、悪魔なんて勘違いされていいのか!?」
「それが黒を持った魔の子の宿命だ……」
「……そんなわけないだろ!何が魔の子だ……お前は逃げているだけだ!」
「黙れ……お前に何が分かる!」
 少年はそこで初めて声を荒げた。
「分かるさ!確かに俺は黒を持ってなんてないけど……それでもお前が逃げているっていうことは分かる。お前がしっかり気持ちを表せば、みんな悪魔だなんて思わないはずだ。黒だとか金や銀だとか……そんなの関係ない!」
「……逃げてなんて……ない」
 かろうじて少年はそれだけをこぼす。
「だったら……俺たちと行こう」
「リュート!?」
 さすがにこの言葉についてはみんな驚いた。いきなりのことである。
「先生、お願い!こいつをこんなところで一人になんて出来ないし……」
「それは……そうかもしれないけど……」
「私はいいわよ。リュートの言う通り、こんなところで一人なんて可哀相だわ」
 セリアにとっても魔の子など関係なかった。シューイが神の子だったからだ。セリアはシューイを神の子だとは全然思っていなかった。みんなが知らないシューイの一面を知っているからでもあるのだろう。
「リュート、私たちは今帝国に追われていることを忘れないで……。彼が一緒に来れば、彼にも危険が迫るのよ」
「それは……。けど、やっぱりここで一人なんて……せめて途中までとか!」
「でも……」
 マリーアは渋る。危険が迫るということも本当だ。だが、先ほど戦って彼の実力は分かっている。少なくとも、足手纏いにはならないだろう。それでも渋るのは、彼が少年であることもあるし、やはり最大の原因は魔の子ということもあるのかもしれない。マリーアも魔の子などこれまで見たこともなく、話で聞いただけだ。別に目の前の少年が危険な存在だとは思ってはいない。
「俺は一緒に行くなんて言っていない」
「え?行かないのか?」
 少年は確かにそんなこと言っていないが、リュートの中ではすでに行くことになっている。何としてでも少年をここから連れ出したかった。なぜだかは自分でも分からない。
「行こう。お前はここから出るべきだ」
「だからといってお前たちと行くとは限らないだろう」
「何言ってんだよ。お前はまだ子どもだろ。一人でなんて行かせない」
「今まで一人だった。別に変わりはしない」
「駄目だ!お前は俺たちと一緒に行くんだ。もし一人で行こうとしたらどこまででも追いかけるからな」
 リュートが本気なことは誰にも分かった。何がリュートをそうさせるのかマリーアたちにも分からなかった。だが、リュートがその想いを変えることはないだろう。マリーアも別にいいのだろうと思い始めてきた。
「何勝手なことを……」
「諦めなさい。今のリュートに何を言っても無駄よ。それこそ地獄でも何でも追いかけるでしょうね……」
「……」
「それじゃ決定だな。レイもそれでいいか?」
「え……。あ、うん……」
 今まで黙っていたレイにもちゃんと確認しておく。といってもほとんど事後承諾のようなものだった。駄目だと言えるはずもない。
「……本当についていっていいのか?」
「それはこっちのセリフよ。私たち今国家反逆者として帝国に追われているの。死ぬかもしれない危険を伴っているわ」
「別にかまわない……」
「おっしゃ!」
 リュートはかなり喜んでいる。傍目にみても明らかだった。
「そうだ。お前の名前何て言うんだ?」
「……ヒース」
「ヒースか……。これからよろしくな、ヒース!」
 そう言われたヒースは幾分驚いたような顔をしていた。なぜだかは分からない。
 返事は頷きで返した。


 けれど、リュートは本当に分かってはいなかった。

 黒を持ち、魔の子と呼ばれる意味を。その現実をリュートたちはすぐに目の当たりすることになる。






 ヒースを加えた五人はとりあえず一度レンベールの町へ戻ることになった。町長に報告をするためである。悪魔などいなかったと。
「なぁ、その眼の色って魔法で変えてるのか?」
 ヒースの髪と瞳は目立つので、隠している。髪は最初に会った時のようにバンダナで隠し、瞳もまた最初に見た時と同じ暗い茶の色をしていた。
「そんなとこだ」
「へぇ……魔法って便利なものだな」
 魔法を全く使えないリュートにとってはそうなのだろう。
 五人はすぐにレンベールの町へ着いた。そのまま町長の屋敷へと足を進める。その間も町の者たちはヒースに対して怪訝な眼を浮かべていた。たとえ、隠していようと怪しい人物に見えているのかもしれない。
 そんな視線に晒されながらも、町長の屋敷へと着く。すぐに中へ入ると、町長は待ち構えていたかのように現れた。
「みなさん!ご無事でしたか!」
 町長はリュートたちが無事帰ってきたことがかなり嬉しいようだ。それほど悪魔に困っていたのだろうか。
「それで、悪魔退治の方はどうでしたか?」
「そのことなんですが……あの森に悪魔はいませんでしたわ」
「いない?まさか、そんなはずないでしょう」
「本当にいませんでしたよ。悪魔はね」
「……?」
 町長は何も知らないので、意味が分からないという顔をしていた。そこではじめて最初はいなかった、ヒースの存在に気づく。
「おや……一人増えていますね」
 ヒースは俯いている。
「あ、はい。こいつはあの森に……」
 リュートがヒースのことを説明しようとすると、突然町長は声を大きく上げた。
「お前は!!あの時の悪魔か!?」
 町長はヒースを指差し、慄くように少し震えていた。
「え……?違いますよ。ヒースは悪魔なんかじゃ」
「誰か!誰かいないか!」
 リュートの言葉を無視し、町長は外へと走った。リュートにはいきなりのことでわけが分からなかった。町長の後を追って屋敷を出る。
「あれだ!あれが悪魔だ!!」
 外に出たリュートたちを待ち構えていたのは、町長を中心とした町の者たちだった。それぞれ、剣などの武器を持っている。その光景を見てヒースを除いた四人は驚いた。
「な、何言ってんだよ!ヒースは悪魔なんかじゃ……」
「嘘をつけ!私は見たぞ……半年前、この眼でしっかりと!そいつは黒の髪と瞳を持った悪魔だ!!」
「まさか……町長の言っていたことは本当だったのか!」
「あれが悪魔……!」
 町長が最初に話した町の者とは、町長自身のことだった。半年前見たヒースのことをしっかりと覚えているようだ。
 五人の前をふさぐように立っている町の者たちは、今にも襲い掛かりそうな勢いだった。それを見たリュートは本当にわけが分からないという顔をしていた。他のみんなも同じだ。ヒースだけが、こうなることを予感していた。
「これが……現実だ」
「ヒース……」
 ヒースの顔はつらそうにしていた。リュートはヒースを連れて行くことがこんなことになるとは思ってもいなかった。自分のしたことは間違いだったのだろうかと思ってしまう。
「みんな!悪魔を殺すんだ!!」
 町長の掛け声のもと、町の者たちは襲いかかってきた。
「リュート、逃げるわよ!彼らを傷つけるわけにもいかないわ!」
 仮にも民だ。殺すことも傷つけることも出来るわけがなかった。五人は彼らを傷つけないようにしながら走る。戦闘力はたいしたことなかったので、簡単に突破できた。追ってくる町の者たちを振り切るため、町を出てさらに走る。最近は逃げてばっかりだなと、リュートは走りながら思っていた。






 町の外を出れば、遠くまではさすがに追ってこなかった。五人は一息休憩いれることにする。レンベールの町にはもう戻ることは出来ないだろう。
 ヒースは黙っていた。誰もヒースに声を掛けることが出来ないでいる。そのまま時は過ぎ、ここで夜を過ごすことになった。これから宿を探す時間もなかったからだ。
「……まだ寝ないのか?」
 リュートはいまだ寝ようとしないヒースに声を掛けた。すでに他のみんなは眠っている。
「……」
「さっきのこと……気にしてるのか?」
 リュートはおそるおそる聞いた。ヒースがそれを気にしていると思ったのだ。けれどヒースの返答は予想外でもあった。
「別に……慣れてるから」
「え……」
「だから言っただろ。あんたは何も分かってないって」
「……俺は…」
 何か言わなければと思った。けれど何を言えばいいのか分からない。
「魔の子ってのはあんたが思ってるほど簡単なものじゃないんだ」
「……ごめん」
「別に謝ってほしいわけじゃない。……後悔してる?俺なんかを連れてきて」
「何言ってるんだ!そんなわけないだろう!」
 月の光に照らされて浮かび上がったヒースの顔は、これまでにみたことのない悲痛な表情をしているように見えた。そして何も信じず、全てに絶望している顔でもある。リュートはその時のヒースを何故か誰かに似ている気がするように思えた。そして、その顔を見たリュートは思わず口が開く。
「俺がお前を守ってやる!だから……もうそんな顔しないでくれ!」
「え……」
「お前のそんなつらそうな顔を見るのは、俺もつらいんだ……だから……」
 リュートは自分でも何を言ったのかよく理解できていなかった。それでも本心の言葉である。知らず知らずのうちに、リュートは涙を流していた。涙を流すこと事体、家族を失った時の五年ぶりである。ヒースもその顔を見て、なぜだか分からないが口に出た。
「ありがとう……リュート」
 それは初めて名を呼んだ時であり、その顔もどこか笑っているようにリュートは見えた。