Mystisea

〜想いの果てに〜



三章 セクツィアの国境へ


01 デオニス山脈








 朝。リュートたちは目覚める。これからまた厳しい一日が始まるのだろう。マリーアがこれからの予定を話し始めた。
「ここからセクツィアへ行くには二通りあるわ」
「山脈を越えていくか、迂回していくか……ですよね?」
「そう。けれど、私たちは追っ手にかかる前に急いでセクツィアまで行かなければならない。迂回なんてしている暇はないわ」
「となるとデオニス山ですね」
「そこを越えればセクツィアとの国境もすぐよ」
「デオニス山か……確かあそこも魔獣が多いんでしたよね」
 レイがいつものように心配していた。すでに癖のようなものだ。
「そうね。けど、今はもうどこも魔獣でいっぱいなのかもしれないわ……」
「いいじゃないですか!魔獣が立ちふさがるなら退けるまでですよ」
「リュートは楽天的でいいわね……」
 ため息をマリーアはついている。けれどこういう時はリュートのような者がいてくれてよかったと思っている。いるだけで、みんなに力を与えているような気がするのだ。
「ヒースもいてくれるしさ」
「俺を当てにするな」
 その時のヒースは昨日と違っているように見えた。刺々しさが少し消えてリュートへの態度が柔らかく感じられたのだ。マリーアたちはそれを見て少し驚いている。
「それじゃ行こう!」
 リュートの掛け声のもと、五人はその場を離れた。






 目の前にある大きな山々。見るからにも険しい山だった。魔獣の唸り声も遠くから聞こえてくる。
「すごい……」
 セリアは思わず声を上げる。隣にいたレイやリュートも頷いていた。
「ここがデオニス山よ。ここを越えるにはどうやっても1日以上はかかるわ。ここで夜を過ごす覚悟はしといてね」
「……何で言ってくれなかったんですか、先生」
 リュートが信じられないといった表情をする。夜といえば、魔獣が活発になってもいる時間帯だ。ただでさえ魔獣が多いのに、さらにそこで夜を過ごすというのは無謀ともいえた。しかし急いでいるリュートたちにとってはここを通るのが一番速い。
 この山の怖さを教えれば、さすがのリュートたちも迂回すると言うのではないかと思い、あえてマリーアは黙っていた。しかしそれも杞憂だったようだ。
「けど、俺たちはここを越えなきゃいけないんだ」
「うん……」
 レイまでもが、どこか不安げだけどそれでも真剣な表情をしていた。
「行きましょう、先生」
「……そうね」
 マリーアはここで初めて、リュートたちが自分が思っていたよりも成長していたことを知る。その成長を嬉しいと感じると同時に、少し寂しいとも感じていた。
 五人は慎重に険しい山を登っていく。今はまだ比較的緩やかだが、上へ行くほどに斜面も険しくなっていく。一歩足を踏み外せば落ちてしまいそうなところもあった。
 けれどこの山のつらさはそれだけでもなく、すぐに魔獣がリュートたちを襲ってくる。
「くそっ!上からかよ!」
 空中から<ピス>たちがリュートたちを静かに狙っていた。こちらは下手に動き回ると崖から落ちてしまうだろう。ましてや空中にいる<ピス>にリュートは攻撃のしようもなかった。
「炎よ!」
 硬直しかけていたリュートたちの傍で、ヒースが魔法を放つ。その炎は敵を包み、燃やしていく。炎を逃れた敵には素早く短剣を投げていた。
 あっという間だ。近くにいた<ピス>は瞬く間にヒースによって全滅していた。
「すごいじゃん、ヒース!」
 特に返事もしなく、ヒースは当たり前のようにしていた。
 最初に戦った時に分かっていたが、ヒースは攻撃魔法と短剣を得手とする。リュートたちの中で攻撃魔法を使えるヒースはかなり役に立った。今まではセリアが頑張っていたが、セリアはもともと回復魔法を得意としていたので、ヒースの存在は大きい。
「どうしたのセリア?」
 少し黙っているセリアにレイが気づく。
「な、なんでもないわ」
「分かった!セリア、お前ヒースに活躍取られて悔しいんだろ」
「違うわよ。私は回復専門なんだからヒースがいてくれて感謝してるくらいよ」
「どうだかな」
 リュートがからかう様にセリアに言っている。そんなリュートにセリアが反撃した。
「分かったわ。リュートは怪我しても回復いらないのね」
「え、いや、待てって、セリア!」
 すぐにリュートが焦りだす。学生時代からよく怪我をするリュートを治療していたのはセリアだ。口では言わないが、リュートもレイもセリアには感謝していた。
「ははっ」
 レイも隣で笑っている。止める気はないようだ。このままだといつまでも止まらないと思ったので、マリーアは間に入っていく。
「そこまでにしなさい」
「……はい」
 先生の時のように厳しく言うと、反射的にリュートは静かになる。セリアもだった。
 マリーアは厳しい時と優しい時のギャップがある。けれどそのどちらもリュートは好きで、どこか母を思わせるようだった。マリーアにそんなことを言えば間違いなく怒られるだろう。密かに胸の内で留めていた。
 マリーアが先に進むと、その後にリュートもレイもついていく。ヒースもその後を続こうとすると、セリアに声を掛けられた。
「ヒース」
「……何?」
「君の魔法って……」
 セリアはその先を言うべきか迷った。確信も何もなかったからだ。けれどヒースはセリアが何を言おうとしたか察したようだった。
「やっぱり魔法を使う人には分かるのか」
「……それじゃぁ」
「けど、今はまだ何も聞かないでくれ……」
 その顔は幼く、セリアは改めてヒースが少年なのだと思い知る。それでもあまり少年のように感じないのは一人で生き抜いてきた雰囲気なのだろうか。そんなことを頭の隅で考えながら、ヒースに頷いた。
「分かったわ」
「……ありがとう」
 そのお礼は小さくて聞きづらかったが、セリアの耳には届いている。今ヒースは仲間なのだ。それだけは変わらないとセリアは思っていた。






 さらにリュートたちは魔獣に襲われながらも数時間は歩き続けた。その度に魔獣を退けている。
 この山には<ピス>が多いようなので、ほとんどヒースの魔法で片付けていた。その魔法を逃れてリュートたちの方へやってくれば、剣で攻撃する。だいたいの魔獣は無傷で倒せていた。
「先生、前!」
 レイが指差していた前方には、<ベルド>が数体待ち構えるように進路を塞いでいた。
「こんなところで……」
 今リュートたちがいるところは、初めの方と違って道の幅が狭くなっていた。二人が横に並んでギリギリ歩ける程度である。こんな場所で魔獣と戦うのは危険だった。思うように動けないからだ。後ろを見れば<ピス>もこちらの様子を伺っていた。
「くっ!」
 当たり前だがこちらの心配などお構いなしに、<ベルド>が二体襲ってくる。<ベルド>も複数一気には動けないと思ったのだが、先頭でマリーアが二体と戦っている頭上をさらに二体が飛び越えてきた。いきなりのことにリュートたちは慌てる。
「うわっ!」
 すぐにその<ベルド>を斬るが、さらに前からどんどん飛び越えてきた。後ろからも<ピス>が襲ってくる。
「はぁっ!」
 マリーアが前方の敵を全滅させ、後ろへ飛んだ敵に対応しようとする。<ベルド>が五体と<ピス>四体がリュートたち四人と乱戦していた。
「切り裂け!」
 ヒースが風の魔法を放つ。その魔法によって<ピス>が複数切り刻まれた。リュートもレイも剣で<ベルド>を斬っていく。セリアは壁に寄り、回復魔法を唱えていた。一人一人の活躍のおかげで少しずつ魔獣の数も減っていく。その状況に安心していたその時、リュートは視界の隅に移った<ベルド>の攻撃に眼を見張った。
「危ない、ヒース!」
 後ろの<ピス>に対応していたヒースは<ベルド>が迫ってきていることに気づかなかった。リュートの声で慌てて後ろを向くが、すぐ目の前に<ベルド>は迫っていた。咄嗟に体をずらして回避しようとする。しかしその先にあったのは足場のない崖だ。
「え……」
 ヒースは一瞬何が起きたのか呆然とする。そして気づいたらとつてもない浮遊感に襲われていた。
「ヒース!」
 リュートはその瞬間を見て、慌ててヒースの手を掴もうと跳ぶ。
 掴んだと思った時にはヒースと一緒に落ちていた。