Mystisea

〜想いの果てに〜



三章 セクツィアの国境へ


02 怪しき信頼関係








「リュート!ヒース!」
 セリアは二人が落ちていった崖の先を呆然と見つめていた。叫んでも当たり前だが声は返ってこない。それを見かねてなのか、マリーアがセリアの肩に手を置いた。
「落ち着いて、セリア!」
 その言葉でセリアは黙り、そのまま動かなくなった。レイもマリーアも何も言葉が発せず、今さっき起きたことが信じられずに呆然としていた。
 そのまま時間がどんどんと過ぎていき、辺りは少しずつ暗くなってくる。もうすぐ夜が訪れるのだろう。このままここにいても意味がないとマリーアは判断した。
「セリア、レイ……先へ進むわ」
「え……」
「けど、リュートがまだ!」
 マリーアは静かに首を振る。
「ここで待っていても二人は来ないわ。落ちたと言っても運よく助かるかもしれないし、先を進めばどこかで会うかもしれない」
「でも……」
「リュートがこんなところで死ぬはずないでしょう」
 三人ともそう信じたかった。その先は何も言わずに、セリアとレイはマリーアに従う。黙ってマリーアの後を歩き続けた。
(二人とも……無事でいて…)






「いってぇ……」
 崖から落ちた後二人はすぐに地面についたが、そのまま気を失ってしまったのだ。気づいた時には辺りも暗くなり始めていた。
「……」
 ヒースはそんなに痛みを感じていなかった。リュートがヒースを支え、下敷きになったのだ。そのおかげでヒースに怪我はなかった。リュートも崖から落ちたというのに大きな怪我はしていない。ヒースが落ちる間際に大地の魔法で衝撃を和らげたからだ。しかし完全には防げなかったようで、背中に大きな痣が出来ている。
「大丈夫か、ヒース?」
「……あぁ」
 その返事を聞いてリュートは安心する。周りを見渡してもヒース以外はいなかった。マリーアたちのことを考え、試しに上に向かって呼んでみるが声は返ってこなかった。
 リュートにはこれからどうしたらいいか分からずに困り果てる。
「何で助けた?」
 そんな時、ヒースが少し怒りを含んだ声を掛けてくる。
「何でって……」
「あんたまで落ちることなかっただろ」
「けど……ヒース一人が落とされるわけにもいかなかったし……それに、言っただろ」
「……?」
「お前を守るって」
「だからって……あんたの身を犠牲にしてでも守られたくなんてない!」
 ヒースはリュートの身勝手な言い分に怒る。
「わ、悪い……けどさ!」
「二度とするな」
 反論を言わせぬ口調で言われるとリュートは何も言えなかった。
「分かったよ」
 ヒースはまだ怒ってはいたが、それで一応納得したらしくそれ以上は何も言わなかった。これ以上怒りを増やさないためにもリュートは話題を即座に変える。
「それより、これからどうするかなぁ……」
「みんなと合流しないと」
「そうだけど……どうやって…」
「先を進むしかないだろう」
「え……でも待ってたほうが」

「まさかマリーアさんたちまで落ちてくるとでも思ってるのか?」
「いや、違うけど……」
「だったらここにいてもしょうがないだろ」
 ヒースはリュートを放って素早く歩き出した。リュートは今の会話を振り返って呆れる。これではどっちが年上か分からないだろう。自分がどうしようもなく恥ずかしく感じた。



 ヒースを前にするのはリュートのプライドが許さず、前へ出て先を進む。とりあえずは完全に暗くなるまで進むことにした。だが、山の中は光も何もないので、暗くなるのは思ったよりも早いようだ。
「囲まれてる……」
 突然ヒースの言葉がリュートの耳に入る。
「え……?」
「……」
 ヒースは何も答えず、周りを用心深く見ていた。辺りはほぼ完璧に暗くなっており、リュートも見たがよく分からなかった。もう一度ヒースに聞こうとするが、その時周囲から魔獣がゆっくりと現れる。暗闇の中、薄っすらと見える<ベルド>を素早くリュートはその数を数えた。<ベルド>が十体二人を囲んでいる。
「くそっ……」
 リュートは気づかなかった自分を叱咤し、剣を構えた。その時さらに奥から魔獣が一体ゆっくりと現れた。
「あれは……<ベルド>……いや、<ヘル>か!?」
 <ヘル>――それは<ベルド>を束ねる魔獣だ。その知能も強さも<ベルド>の数倍はあり、狼のように素早い。さらに<ヘル>が<ベルド>を支配することで、<ベルド>の戦闘能力も普段よりも高まるのだ。
「くそっ!よりによってこんな時に……!」
 敵は魔獣が十一体。こちらは二人で囲まれている。さらに夜になっていた。リュートの視界はほとんどと言っていいほど見えず、魔獣にとっては本領発揮できる時間でもある。状況が悪かった。
「リュート……後ろは任せた」
「ヒース……?」
 ヒースは短剣を投げた。<ベルド>の一体に命中する。それは音と敵の鳴き声で分かった。
「まじかよ……」
 この暗闇の中、難なく短剣を命中させたヒースに驚きを隠せない。
 その短剣が放たれたのを合図に魔獣は動きだした。一斉に襲い掛かってくる。リュートは性格上こちらから斬りに行きたかったが、それを何とか踏み留める。ヒースの背中を任されたからだった。この場をなるべく動かずに向かってくる敵を斬る。
「流れ出でる炎、その身に焼き尽くせ!」
 詠唱と共に大きな炎が<ベルド>の身を次々と包んでいく。その炎の明るさが、一時的だがリュートの視界を蘇らせる。そのおかげで、少しだけリュートは派手に動くことが出来た。<ベルド>が襲い来る度に、剣で受け流すか避けようとするが、全てをそれで回避できるわけもなく、少しずつかすり傷が増えていった。
 それでも確実に<ベルド>は減っていった。すでに残りわずかである。リュートは相変わらず傷だらけで、ヒースも少しではあるが傷を負っている。
「ワォォォォン!」
 突然<ヘル>が雄叫びを上げた。いきなりのことに二人とも瞠目する。
「何だ!?」
「……まさか!」
 <ヘル>の周りには新たな<ベルド>が数体いた。先ほどの雄叫びが<ベルド>を呼んだのだろう。文字通り支配しているのだとリュートは思った。
「親玉からやれってか……」
 リュートが毒づくように言う。だが<ベルド>が<ヘル>を守るように構えているので、そうやすやすとリュートは近づけなかった。
「任せろ」
「ヒース?」
「俺の魔法なら奴に届く」
「……分かった!」
 確かにヒースの魔法なら簡単に届くのだろうと思い、リュートはヒースを守るため敵に向かう。すでに囲みは破っているので、後ろから攻撃される必要はなかった。
「おらっ!」
 向かってくる<ベルド>を確実に斬っていく。斬るたびに<ヘル>は新たな<ベルド>を呼ぼうとしていた。早く仕留めようと、ヒースは詠唱を開始する。
「我が領域に集いし風よ。其れは自由の意思。其れは自然の摂理。其の力は静寂なるもの。我は願う。其の力を我に与えよ!」
 魔法が発動するのを察知したリュートは横へと跳ぶ。
 数多の見えない風の刃が走った。その刃は<ヘル>の前に立ちふさがる<ベルド>をも切り裂いていき、そのまま<ヘル>を貫通していく。生き残っていた<ベルド>は、<ヘル>が死んだことを理解し、混乱していた。そこをすかさずリュートが叩き込む。
 やがて辺りに魔獣の気配は消えていた。

「危ないだろ、ヒース!」
 魔獣がいないのを確認すると、リュートはヒースを怒鳴る。
「……?」
「あの魔法が俺に当たったらどうすんだよ!」
「なんだ……そのことか」
「そのことって……」
 魔法が発動したのを察知していなければリュートも巻き添えになっていたかもしれない。リュートはそれをヒースに言っていた。しかしヒースは反省している風もなく、リュートは怒りを通り越して呆れる。
「リュートなら避けてくれると思ったんだ」
「え……本当か?」
「あぁ」
 先ほどの呆れもすぐに消え、今度は喜びが表れた。ヒースが自分を信用していたということだ。それだけでリュートはなぜか嬉しかった。
 ヒースはリュートのその顔を見て話を変える。
「どこか休める場所を探そう」
 もう夜になり暗くなっていた。これ以上進むのは危険だろう。どこか寝る場所を確保しようとヒースは歩き出す。リュートも慌ててそれを追った。
(なんか俺誤魔化されてないか……?)
 そんなことが胸の中を過ぎりながら。