Mystisea

〜想いの果てに〜



三章 セクツィアの国境へ


03 形見の石








 二人はすぐに小さいが洞窟のようなものを見つけた。そこに入ってみると、中はすぐに行き止まりだったが、一晩を過ごすにはいい場所だった。中へと入り、近くにあった木などを集めて火を焚く。次第に体が暖まっていくのをリュートは感じた。
 ヒースは何も話しかけてこない。なので沈黙が苦手なリュートは自分からヒースに話しかけた。
「なぁ……さっきは何で魔獣に気がついたんだ?」
 気になっていたことをリュートはヒースに聞いた。暗く、周りも遠くまで見えなかったというのに、ヒースは魔獣の気配を察知した。リュートはヒースが気づくよりも全然遅かったのだ。どこかでそれを気にしているのかもしれない。
「別に……俺がいた森にも魔獣は多かったし……」
「それだけか?」
「気配には敏感なんだ」
 嘘はついていないのはリュートにも分かった。けれどそれだけではないのだろうとも思った。それでもそれ以上聞くのはやめる。
「すごいよな……俺なんて全然気づかなかったよ」
「……別に」
 素っ気ない一言だが、ヒースは前よりも返事をするようになった。話しかけても何も返ってこなかった前に比べたらまだマシになっている。
「先生たち大丈夫かな」
 きっと自分たちを心配しているだろう。ふとそう思った。
「……」
「明日になったら会えるよな……」
 ヒースは何も返さなかったが、頷いていたような気がする。それでもリュートは今はそれで十分だと思った。
 ふとした時、ヒースが懐から何かを取り出す。
「あ、それ……」
 ヒースが取り出したものは、小さな石だった。宝石だろう。ヒースの体から解毒薬を探すとき、あったはずだ。ヒースはその宝石を握り締める。宝石は黄色く、恐らくトパーズだろうか。けれど、どこか欠けているようにも見えた。
「大事なものなのか?」
 ヒースは頷く。大切そうに握っているのだ。リュートにも分かった。けれど、そのトパーズ自体はそこまで高価なものではなさそうだった。
「形見なんだ」
「え……?」
「両親の形見なんだ」
 ヒースのそのあっさりとした言い方にリュートは戸惑う。何と返していいか分からなかった。それでも何とかリュートは言葉を口にする。
「形見って……死んだのか?」
 後からまずいと思った。けれどヒースは気にした風もなく答える。
「あぁ。七年前に殺された」
「殺されたって……」
「その時にこれを渡された」
 いまだその石を握ったまま、ヒースは淡々と見た。
「お前……何でそんなこと平気そうに言うんだよ!」
 リュートにはヒースの様子が信じられなかった。リュートも五年前に両親を火事で亡くしている。その時を思うと、今でも悔しい気持ちになる。ましてやヒースは殺されたのだ。それでもその表情にはわずかの悲しみしか宿っていなかった。
「何で?それが俺たち魔の子の宿命だからだ」
「宿命って……そんなこと!」
「あるんだ。その存在が知られれば、人間は俺たちを殺そうとする」
「だからって……人が殺されるのを宿命だなんて受け入れるなよ!」
「あんたに何が分かるんだ!?何も……何も知らないくせに勝手なことを言うな!!」
 それは初めて感情を露にしたヒースの言葉だった。それを聞いてリュートには何も言えないでいる。何かを言うほどリュートはヒースの事情を何も知らないのだ。魔の子がどれほどの存在なのかもリュートには全く分からなかった。
「……ヒース……」
 ヒースは石を懐にしまい、これ以上話すことはないというように横になる。そのヒースを見てリュートも最後に一言謝ってから横になった。
「ごめん」
「……」
 リュートは横になりながら、いろいろ考える。魔の子というのはどういう存在なのだろうか。分からなかった。分からなかったからこそ、知りたいと思った。






「結局リュートとは会えなかったね……」
「レイ……」
 マリーアたちはリュートたちと出会えることを信じて、山を登り続けた。マリーアの予定通り、夜には頂上まで着き、そこで一晩を過ごすことになった。今は朝早くから、さらに下山している最中である。それでも数時間は過ぎ、いまだに二人に会えないでいた。
「やっぱり戻ったほうがいいんじゃないですか?」
 レイはリュートをしきりに心配している。この様子だとリュートがいなければ、絶対に山から離れなさそうだった。それでもマリーアはここで止まろうとはしない。
「……先に進むわ」
「でも……」
「レイ、進もう。リュートたちならきっと無事よ」
 セリアが微笑みながら、レイを説得する。それでも何か言いたそうな顔をしていたが、マリーアが歩き出せばそれに続くことしか出来なかった。
 三人が山を降りる間も、所々魔獣が襲ってきた。この山の魔獣もそれほど強くもないので、マリーアたちは三人でも退けている。それでもやはりリュートとヒースがいなかったのは大きいようだ。戦力的にもだが、一番は精神的にであろう。
「もうすぐよ」
 マリーアが一声掛ける。三人はあと少しで完全に山を下りれる場所まできていた
 だが、三人を待ち構えていたというようにさらに魔獣が現れる。<ベルド>が10体に<ピス>が6体だ。今いる場所はリュートたちが落ちた場所とは違い、地面の幅も結構あるので落ちることはないだろう。いくらか安心して戦えた。
「はっ!」
 マリーアが素早く<ベルド>の中へと入り込んだ。一撃ずつ確実に叩き込む。セリアは<ピス>へと魔法を放ち、レイはセリアを庇うように戦っている。
「光の閃光よ!」
 光が<ピス>をなぎ払う。次々と魔獣は減り、すぐに全滅した。
「終わったわね」
 しかしマリーアがそう言った瞬間。
「先生!」
 マリーアがセリアの指差す方向を見ると、そこにはいつの間にか<ベルド>が何体も現れていた。その奥には<ヘル>が悠然と姿を構えている。
「<ヘル>!?」
 マリーアは<ヘル>の習性を知っている。<ヘル>を倒さない限り、<ベルド>は増え続ける一方だろう。けれども、やはり<ベルド>は<ヘル>を守るように陣取っていた。
 どうにかしようと考えているうちに、続々と<ベルド>の数は増え続けている。これ以上増やさないためにも、マリーアは魔獣の群れへ飛び込む決意をした。
「セリアとレイは援護をお願い。私が飛び込むわ」
「先生!?」
 二人の返事も待たずにマリーアは魔獣の群れへと飛び込んでいった。二人はいくらマリーアでも、あの数をいっぺんに相手をするのは無理だろうと感じた。少なくとも自分たちだったら、すぐに死んでしまうかもしれない。急いでマリーアを援護するべく、走った。
 マリーアは先頭にいる魔獣を次々と一撃を叩き込んでいく。狙うは<ヘル>のみだった。しかしなかなか思うように辿り着けずにいる。そんなことを思っていると、突然魔獣の後方の気配がおかしく感じた。<ヘル>のいるあたりだ。
「何……?」
 ドォォォン!!
 突然<ヘル>がいると思われるところから、大きな炎が上がった。すると<ベルド>の指揮が急に乱れ始める。恐らく<ヘル>が死んだのだろう。マリーアは何事かと奥を見やった。
「あれは……まさか!」
 マリーアがいる前方の反対側、後方に二人の人影が見えた。
 リュートとヒースだ。
「リュート!」
 レイがその存在を見て、思わず叫ぶ。その声が聞こえたのか、リュートは不敵に笑ったように見えた。
 <ベルド>を挟み撃ちにし、その数はすぐに減っていく。数分経てば、すでに魔獣は全滅していた。やがてリュートとヒースが近づいてくる。
「えっと……ただいま?」
 リュートは少し気恥ずかしそうにしていた。無事な様子を見て、マリーアたちは胸を撫で下ろした。
「心配したんだから……」
 セリアは泣いている。レイもすごい嬉しそうな表情をしていた。リュートは二人に両方から攻められているような感じで、挟まれていた。マリーアもそんな三人の様子に微笑を浮かべている。
「君も大丈夫?」
「はい……」
 ヒースがマリーアを見る。ヒースもマリーアには素直になれた。リュートと同じように、どこかでマリーアに母親のようなものを感じているのかもしれない。ヒース自身には母親の記憶など曖昧にしか覚えていないのだが。
「君が助けてくれたんでしょう?」

「え……」
 マリーアは心の中で、二人は必ず無事だろうと信じていた。あの高さから落ちても、魔法があれば助かると思ったからだ。いきなり言われて戸惑ったヒースを見て、それを確信できた。だからそれ以上は何も言わない。ヒースも同じだった。
「二人が無事だったことだし、先を進みましょう。国境へ行く前に一度ジュエンの町に行くわ」
「はい!」
 すでに山を下りるのは目前だ。改めて五人はその場を出発し、歩き出した。






「やっと下りれた……一時はどうなるかと思ったぜ」
「本当だよ。すっごい心配したんだから」
「悪かったって!」
 先ほどからずっとレイとセリアにいろいろと言われている。心配をかけたのは本当に悪いと思っていたので、リュートはずっとそれを聞いていた。
「悪い」
 突然ヒースが謝った。気にしているのかもしれない。
「べ、別にヒースのせいじゃないわ」
 そう思ったのか、慌ててセリアがヒースに言う。それでも少し浮かない顔をしているようだった。リュートも何か言おうとする。
 しかし、それは第三者の声によって阻まれた。
「待ちくたびれたぞ!」
「……!?」
 突然の声に五人は驚きを露にする。その声の持ち主はリュートたちの前方に待ち構えていたように立っていた。
「やっとこの時が来た……お前を殺せる時がな!観念しな、反逆者ども!」
「ガルドー!?」
 そこには騎士の鎧を着こなしているガルドーが悠然と立ち構えている。その後ろには帝国騎士が続々と現れていた。