Mystisea

〜想いの果てに〜



三章 セクツィアの国境へ


04 反逆者








「お前……何で…?」
「何でだと?それはどういう意味だ。まさか、この俺が騎士になれないとでも思っていたのか」
 嘲笑するようにガルドーは言う。リュートは目の前にガルドーがいることが不思議に思えた。それは別にガルドーが騎士だからなどではない。
「まぁいいさ。俺に与えられた命令はお前たちの捕縛だ」
「馬鹿な……お前が追っ手だというのか!?」
「そうさ。お前たち反逆者を捕らえろという命令が第四騎士団に下された。それをヘレック様に頼み込んで俺の部隊に任せてもらったんだ」
「……!」
「お前が反逆者となった時、俺がどれだけ喜んだか分かるか?お前を捕らえろという命令が第四騎士団に来た時、俺は神という存在を初めて信じたほどだ。何せ……正当な理由でお前を殺せるんだからな!」
 ガルドーの眼には誰が見ても分かるほどの、リュートへの憎悪が浮かんでいた。リュートは呆然と立ち尽くす。初めて、ガルドーの自分への憎悪の大きさを知ったのだ。
 ガルドーとは仕官学生になったばかりからの知り合いである。学生になった当初の模擬試合で、リュートはガルドーと当たったのだ。その結果リュートが勝ち、それ以来ガルドーはリュートを目の敵にしていた。ガルドーは会うたびにリュートに難癖つけてくるので、さすがのリュートもそんなガルドーを好きにはなれなかった。それでも、完全に嫌いというわけではなかったのだ。どちらかというと苦手な存在ということだ。
 ガルドーが自分のことを嫌っているのはなんとなく分かっていた。それでもこれほどの憎悪を秘めていたことは全然知らなかった。それほどのことをガルドーにした覚えもリュートには全くなかったのだ。
「ガルドー……」
「命令は捕縛だが、ヘレック様は殺してもいいと仰った。もっとも……マリーア先生、あんたはヘレック様のところへ連れてくるように言われているけどな」
「ヘレック……あの男……」
 ヘレックとは第四騎士団長である。マリーアとも旧知の仲だ。しかし、マリーアを助けるために連れて来いというわけではないことだけは、はっきりしていた。
「しかし……聞いてた話と違うな。反逆者は四人だったはずだ。一人多いな……」
 ガルドーはヒースを見る。今のヒースは黒を隠しているので、ガルドーにはただの少年にしか見えない。
「……」
「まぁいい。一人くらい増えたところで何も変わりはしない」
 ガルドーはヒースに対して、特に興味を持たなかった。心の中でリュートへの憎悪が渦巻いているのだろう。それを察したかのようにセリアが声を上げる。
「やめて、ガルドー!」
「……お前か」
「どうして?私たち一緒のクラスだったじゃない!」
「そうだよ!」
 黙っていられずに、レイも口を挟んだ。だが、そんな二人をガルドーは一蹴する。
「一緒のクラスだと?笑わせるな!お前たち三人でいつも俺を見下していたくせに!」
「何言ってるの……」
 ガルドーを見下した覚えなど、三人には全くなかった。ガルドーの言葉を聞いて、信じられないという表情をする。
「ちょうどいい!もともとリュートだけじゃなく、お前たちも嫌いだったんだ。まとめて仲良く殺してやるよ!」
 ガルドーが自分の武器である斧を振り上げた。その斧は大きく、巨体であるガルドーだからこそ振るえるものだろう。それを合図かのようにガルドーの後ろにいた騎士たちもそれぞれ武器を構えた。
 それを見てリュートたちは震えるような気になる。
「止めなさい、ガルドー!」
 マリーアも必死にガルドーを止めようとした。ガルドーはマリーアの生徒でもあると同時に、チームの教官でもあった。一人の生徒としてガルドーのことをいつも心配していたのだ。
「止めやしない!たとえあんただろうと俺は本気でいく!」
 だが、すでにガルドーの眼にはリュートしか映っていなかった。
「退いてくれ、ガルドー!俺はお前と戦いたくはない!」
「戦いたくないだと……?たとえお前がそうでも俺がお前を殺したいんだよ!」
「ガルドー!!」
 リュートが叫ぶ。けれど、その想いがガルドーに通じることはなかった。
「行け!先生以外は殺してもかまわない!」
 騎士たちが一斉に駆ける。その数は三十ほどもいた。<ベルド>や<ピス>などの魔獣とは全然違う。れっきとした、人間である。しかも、この大陸一の最強の力をもつ帝国騎士団なのだ。
 リュートは彼らを前にして、初めて自分たちが反逆者なのだと実感した。






 辺り一帯に響く剣戟。生死を賭けた激しい攻防が繰り広げられていた。
 大勢の騎士に囲まれたリュートを除いた四人。リュートは別のところでガルドーと対峙していた。
「先生……」
 今にも何かありそうな弱気な声をレイが出す。そんなレイをマリーアは叱咤した。
「覚悟を決めなさい!やらなければこっちが殺されるわ!」
「そんな……」
 セリアも絶望的な声を上げる。
 魔獣と違うのは何も強さだけではなかったのだ。魔獣ほど簡単に命を奪うことはセリアやレイには出来そうにもなかった。マリーアだって今まで人間を殺したことは一度もない。けれど城から逃げた夜にはこうなることはすでに覚悟していた。その覚悟が二人にはまだ出来ていなかったのだろう。無理もないことだとマリーアは思った。
 先ほどから一言も発しないヒースをマリーアは見た。その顔はいつも通り、何を思っているのか分からない。
「ヒース……」
 何かを言おうとしたが、それを彼自身によって遮られる。
「心配いらない。この手を血に染めたことなど何度もあった」
「……ごめんね」
 余計なことを聞こうとしてしまったのだと、マリーアは深く反省する。恐らく自分を守るために、これまで多くの人の命を奪ったのだろう。それを咎めることなどマリーアには出来なかった。
「セリア、レイ、自分たちの身は自分たちで守りなさい」
「先生!」
 マリーアは今にも飛び掛ってきそうな騎士たちの所へ走っていった。ガルドーの話を信じれば、自分が殺されることはないだろうと思っての行動だ。思った通り、騎士たちはマリーアに斬りかかることはしなかった。しかしすぐに複数で囲んで捕らえようとしてきた。それをかわして、一人に拳を叩き込む。その騎士は唸り声を上げ、崩れ落ちた。死んではいないのだろう。けれど、殺すつもりでやっていた。
「くそっ!」
 騎士たちもみんな動き始め、数人がマリーアを捕まえようとして、残りは三人を狙った。
「どうすれば……」
 レイもセリアもただ立っていることしか出来ずにいた。武器を取ることさえも出来ないでいる。騎士が自分たちの方に向かってくるのを、見つめているだけだ。それでもすぐに目の前に辿り着き、剣を振り上げていた。
「……!」
 二人は咄嗟に身を屈める。今にも殺されそうだというのに、呆然としていたのだ。しかし二人が殺されることはなかった。
「燃えろ、炎の旋律!」
 ヒースの魔法の炎が二人の眼前にいた騎士たちへと放たれた。その炎は騎士たちにとって不意打ちとなり、顔へと直撃する。
「ぐあぁぁぁぁ!」
 たちまち騎士の顔が焼け焦げ、全身へと燃え移る。瞬く間にして、騎士たちは死を迎えていた。
「ヒース!」
 その様を見てセリアは戦慄する。
 こんなにもあっけなく人は死ぬのだと。そしてそれをまだ幼い少年がしたことに。
「…守るため……?」
 自分にしか聞こえないような声でセリアは呟く。そして顔を上げた。その眼ははっきりと、騎士たちへと向けられている。さっきまでのように怯えていた表情ではなく、それは決意をした顔だった。
「眩しき閃光よ!」
 セリアは詠唱して魔法を放つ。いきなり現れた強烈な光が騎士たちの視界を襲った。
(やっぱり人を殺すことなんて出来ないけど……やれるだけのことはやる!)
 決意を胸に秘めたセリアは正面から戦おうとしていた。
「セリア……」
 隣で見ていたレイはセリアの変化を感じ取った。
「レイ……先生の言った通り、やれなければ殺されるわ。だからって相手を殺せなんて言わない。けれど、せめて自分の身くらいは守ろう……?」
「セリア……そう、だよね……」
 セリアの言葉にやっとレイは剣を構えた。そして向かってきた騎士に刃が付いてないほうで攻撃する。剣は騎士のわき腹へと当たり、騎士はうずくまった。
「くそっ!このガキどもが!」
 三人相手に数人が戦闘不能になったので、その屈辱に騎士たちは怒りだした。その眼には殺意がひしひしと感じられた。
「おらぁっ!」
 レイはセリアを庇うように立ち、迎撃する。セリアは後ろからレイとヒースの援護をしていた。
 騎士の剣がレイの頭上から振り下ろされる。レイは素早く剣で受け止めた。しかし力は騎士の方が上だったので、そのまま力押しされていく。そこを後方からセリアが軽い魔法を騎士に当て、騎士の体勢を崩させた。すかさずレイは騎士を峰打ちで綺麗に気絶させる。
「よし!」
 レイは騎士を倒せたことに喜ぶが、それもすぐに新たな騎士によって遮られた。敵はまだまだいるのだ。気を抜くことは出来なかった。






 レイから少し離れたところではヒースが数人の騎士の相手をしていた。騎士相手にも遅れを取らず、逆に戦いは優勢に運んでいる。それはヒースの強さというのもあるが、一番は戦い慣れているからだった。考えてみれば、人間にしろ魔獣にしろ、この中で一番戦い慣れているのは一番幼いヒースでもあるのだ。皮肉ともいえる事実だ。
「唸れ、疾風の如く!」
 目に見えない速さで風が騎士を切り刻んでいった。ヒースはレイたちはとは違って、相手を確実に殺している。それも今までの短い人生の中で学んだことだった。
「こんなガキに負けるか!」
 負けずに騎士も反撃をする。頭上と左右の三方向からヒースを狙ってきた。すかさずヒースは後ろへ跳ぶ。だが、それを待っていたかのように後ろから二人の騎士がヒースを斬りつけようとした。ヒースは屈んだ姿勢で、その後ろからの攻撃を避けることなど出来ずにいる。常人ならばそのまま斬られていただろう。しかしヒースは騎士たちを見ずに、両手で短剣を二本後ろへと投げた。
「ぐっ……!」
 その短剣は見事に二人の騎士の首へと命中した。倒れていくのを背後で感じたヒースは振り返らずに、先ほど攻撃してきた前方の三人にも短剣を投げる。今度はまともに当たらずに、かすったりしていた。それも予想のうちか、投げたと同時にヒースは前へ走り出し、魔法を唱える。
「炎よ」
 炎は三つに分かれ、それぞれ騎士へと放たれていた。そのうちの二つはまともに騎士へと直撃する。一人だけかろうじて避けたので、ヒースはその一人へと向かった。
「なっ!」
 いきなりの炎を何とか避けた騎士はヒースに目を向けようとするが、そのヒースはすでに目前に迫っていた。何か言葉を発したり、剣を振るうことさえも出来ずにヒースの短剣が騎士の胸へと突き刺さる。
 あっけなく、そして容赦のない戦いだった。