Mystisea

〜想いの果てに〜



三章 セクツィアの国境へ


06 束の間の休息








 リュートたち五人はデオニス山を下り、ジュエンの町を目指して歩いていた。その道中、リュートたちの口数は少ない。無理もなかった。それほどまでに、ガルドーが敵として現れたことはリュートたちにとって大きかったのだ。
 ジュエンの町へはデオニス山より歩いて数時間ほど。ジュエンの町からセクツィアの国境まではさらに短い時間で着くことができる。目指す場所はもう間近ともいえた。
「ここら辺で少し休みましょう」
 ジュエンまで後少しというところで、マリーアがみんなを止めた。雰囲気が暗くなっていくリュートたちを見かねてのことである。その気遣いにリュートは申し訳なく思いながらも感謝した。あの後もすぐに出発したので、少し考える時間が欲しかったのだ。考えても何も変わらないと分かっていながらも。
 それぞれが円になりながら腰を落とした。会話もなく、静けさがその場を包む。見ていても一番ショックを受けているのは、リュートとセリアとレイの三人だろう。マリーアはこうなることは覚悟していたことでもあった。リュートたちよりは全然平気だ。ヒースだけが、なんとも思っていないようだ。最もガルドーとも騎士たちとも知り合いではないので、普通といえば普通だった。それでもそんなヒースのことが、マリーアは一番心配でもあった。
 自分が騎士と戦っている時にも見たヒースの戦い。マリーアはそれを見て何とも言えない衝動に駆られた。あんな戦いが、わずか12の少年がするのだろうか。戦いに慣れていたことも伺えた。さらには、やらなければやられるということも十分に分かっていた。ヒースがこれまでどんな風に生きていたのか、マリーアは想像すらすることも出来ないほどだ。
「何か……?」
 じっと見ていることにヒースは気づいたのか、マリーアを見た。
「ううん……何でもないわ」
 慌ててマリーアは笑って誤魔化す。ヒースは首をかしげながらも追求することはなかった。
「リュートたちは、大丈夫?」
 話を変えて、マリーアはリュートたちに話しかけた。いまだ三人の表情は浮かれることなく、沈んでいた。それでもさっきよりは大分マシになっている。
「……はい。もう、大丈夫です」
 少し無理をしている感じはあったが、それでもリュートは答えた。セリアとレイも見れば、同様に頷いている。マリーアはここで休憩を入れといて良かったと思った。
「それじゃぁ先に進みましょう」
 ジュエンまではすぐなので、後の休みはそっちで取ればいいだろう。そう思って、マリーアはみんなに出発を促した。






 陽も落ち始めていた。夕陽が町を照らし、家の中からは今晩の夕食であろう料理の匂いが漂ってくる。町の中を走り回る小さな子供たち。それを微笑みながら見守る大人たち。その町の中の光景は平和というにはピッタリの町だった。
 リュートたちはジュエンの町に辿り着くと、顔を少し隠し始めた。騎士団がデオニス山にいたということは、この町にもすでに手配が回っているかもしれない。そう考えてのことだ。リュートたちは歩き出し、少しずつ暗くなってきたので明日の朝にセクツィアに行くことにして今夜はここで泊まるために宿を探し始める。
「何か平和そうな町だよな」
「そうだね」
 リュートがこの町の光景を見て思ったことだ。この光景を見ていると、カルク村のように帝国の圧政に苦しんでいる場所が、同じ国にあるとは思えない。なんだか不思議な気分だった。
 町の様子を見ながらしばらく歩いていると、宿が見えてきた。マリーアの指示に従い、五人はその中へと入っていく。その時に少しばかり周囲にいた人たちに、不審がられていたのは気のせいではないだろう。視線を感じるたびに、正体がばれているのではないかとリュートは少し怖くもあった。
 宿に入ると早速マリーアが主と交渉していた。こういう時、リュートたちは何も役に立たず、いつもマリーアに任せてばかりで申し訳ない気持ちがある。けれども、今のリュートたちにはマリーアに頼るしかなかった。
 すぐに話は終わったようで、宿の部屋へとリュートたちは進む。マリーアとセリアは違う部屋なので、途中で別れた。部屋に入ると中は綺麗に片付いており、なかなかのものである。城にある学生たちの部屋よりいいかもしれない。
 部屋の中で少しくつろいでいると、すぐにマリーアとセリアが部屋にやってきた。明日のことを一度話すためだ。
「明日は朝早く出るから、寝坊しないようにね」
「分かってますよ」
 その言葉がリュートにだけ向けられていたことに、少し顔を顰める。けれど多少の自覚はあるので、何も言い返せなかった。
「それと、危険だからなるべく部屋からは出ないようにね。必要な物は私が買っておくわ」
「町に出ちゃいけないんですか?」
「捕まりたくないならね」
「……はい」
 出来ることなら町に出たかったが、今の状況では仕方ない。惜しい気もしながら、部屋の中でどうするかを考えようとした。
「他に何かある?」
 特に何もなかったので、返事をするとマリーアたちは部屋を出て行く。これで明日の朝まではほとんど部屋の中で過ごすことになるのだろう。とりあえずリュートは、レイとヒースに話かけた。けれどヒースはほとんど返事しかしないので、時間が経てばいつの間にか話をしていたのはレイだけだった。






 夜になり町人たちもみんな寝静まったころ、うっすらとリュートは目覚めた。隣のベッドを見れば、レイもヒースも寝ているのが分かる。一度眠気がなくなったためすぐに眠れることはないだろうと思い、ベッドから立ち上がり部屋の中にある唯一つの窓へと近づく。そこから外を見ると、月の光がこの世界を照らしているように見えた。思わず感嘆の息を漏らす。
「あれ……?」
 少しだけ高揚な気分になっていると、視界の端を何かが横切っていく感じがした。すぐに窓から町の様子を見るが、特に変わった様子は見えない。錯覚だったのだろうかと思い直すが、気にならずにはいられなかった。リュートはどうするべきか迷ったが、すぐに決心する。
「どうせ夜だし、外に出ても気づかれないだろ」
 好奇心には勝てず、すぐに剣だけを持って二人を起こさないように静かに部屋を出た。そのまま音をなるべく立てずに、けれど急いで走る。宿屋を出て右に向かい、先ほど視界を横切ったであろう方角へ向かった。
 すでにどこの家にも明かりはなく、辺りには静けさと暗闇が漂っていた。リュートは町の中を走り回るが、どこにも異常は感じられなかった。やはり錯覚だったのだろうか。そんな風に思っていると、町の外から小さな悲鳴が聞こえてきた。すぐにリュートは悲鳴が聞こえてきた方に走り出す。
「魔獣!?」
 町の外では<ベルド>が何体か誰かを囲んでいるようだった。夜の暗闇のせいで、誰が襲われているかも見えない。
「大丈夫ですか!?」
「た、助けて!」
 それは少女の声だった。背丈は見えないが、声からしてまだ幼い少女なのだろう。急いで剣を抜いて<ベルド>を倒すことにした。
 <ベルド>も敵意をむき出しにしているリュートに標的を変えて、襲い掛かってきた。それを避けて剣を振るう。一撃で<ベルド>は動かなくなった。リュートはそれを見て、昔に比べてかなり剣の腕が上達しているという実感が湧く。
「いけるかな……」
 すかさず他の魔獣とも向きあう。リュートは走りだし、魔獣に斬りかかった。一体はそれにやられるが、他の魔獣が左右から飛び掛る。すぐに右からくる魔獣を剣で受け止め、そのまま衝動で仰向けに倒れこんだ。眼前には今にも殺してきそうな勢いの魔獣が見える。少しの恐怖に陥りながらも、横からさらに魔獣が襲ってくるのを見て、すかさず足で魔獣を蹴り上げて急いで体勢を整えた。
「危なかったぁ……!」
 あのままの状態であれば、横からきた魔獣に頭を食われていたかもしれない。冷や汗を少し垂らしながら、残りの二体の魔獣を見る。
 魔獣が走り出した。リュートはそれをよく見て、避けると同時に魔獣の体へ剣を振るう。もう一体の魔獣にも避ける隙を与えずに、素早く斬りつけた。
「終わったかな……」
 動かなくなった魔獣を見て、リュートは腰が抜けたようにその場に座り込んだ。いくら相手が<ベルド>だといっても、たった一人で魔獣と戦うのは初めてだったのだ。その様子は仕方のないことでもあった。
「あの、ありがとうございました!」
 リュートが動かずにいると、遠くから声が掛かってきた。魔獣との戦いに真剣だったために、少女が襲われていることなどすっかり忘れていた。すぐに彼女の安否を気遣う。
「大丈夫か?怪我はなかった?」
「うん。お兄ちゃんが助けてくれてから」
「そっか。良かったな」
 少女が無事だったことにリュートは笑顔を浮かべる。しかしなぜ少女がこんな時間に町の外にいるのか、それがリュートには分からなかった。
「君はなんでこんなとこにいるの?お母さんやお父さんはどうしたの?」
「えっ?それは……」
 なにやら言いよどんでいる少女に、リュートはまずいことを聞いたのもしれないと感じた。もしかしたら両親がいないのかもしれない。何か言わなければと慌てていると、少女がリュートを見てくすくす笑っていた。
「ど、どうしたの急に……」
「だって、お兄ちゃんの慌て方が面白くて」
 そう言いながら少女はまだ笑っている。
「そうかな……?というか、よくそこから分かったね」
 そのことにリュートは少しの疑問を浮かべた。リュートはさっきからずっと座ったままで、少女は少し離れたところにいる。朝ならば姿も見えるが、今は真っ暗の夜だったので少女の姿は見えないでいた。少女の方は近づいてくる様子はないようだ。
「そ、そんなことないよ」
「何か焦ってる?」
「別にそんなこと……」
 リュートはよく分からなかったが、そろそろ身体も普通に動かせそうだったので少女に近づこうと立ち上がった。しかし少女はそれを見てすかさず声を出す。
「こ、来なくていいよ!」
「何言ってるんだよ。そんな訳にいかないだろ」
 リュートは暗闇の中、少女にゆっくりと近寄っていく。それを感じた少女は急いでリュートから離れようと身体を動かそうとしていた。しかしそれより先にリュートの眼が少女の姿を捉える。
「え……!」
「きゃっ……!」
 数秒の間、リュートと少女は目を離せずにいた。リュートは少女の姿に驚き、信じられないような気持ちで凝視する。それはヒースの時と似たようなものだった。
「羽……?」
 少女の姿は思ったよりも小さく、そして何より羽が生えて地面に浮かんでいたのだ。