Mystisea
〜想いの果てに〜
四章 覚悟と命
01 暗躍
「くそっ!あの男……どこに隠したというのだ」
アイーダは苛々した声を出しながら、近くにあったものを憂さ晴らしという感じで手当たり次第に投げる。
今いる場所はギレインの部屋だった。宰相の権限で遺品を整理するという名目で、あるものを探しにきたのだ。だがいくら探しても、それはこの部屋にはなかった。
「ライルも持っていなかったのだ……やはりギレインしか考えられない」
ライルを殺した後も、すぐにアイーダはライルの部屋を探した。けれど探しているものは見つからないのだ。ライルとギレインのどちらかが持っているとアイーダは検討をつけていた。しかし二人の周辺を探っても、何も見つからない。
二、三年前よりライルとギレインが、この帝国と皇帝に不審を抱き始めていたのには気づいていた。しかし表立って何かをすることはなかったので、いくらアイーダでもそれに対処することは出来ない。だが確実に二人は水面下で何かを計画していのだ。仲間も少しずつ増やしていき、あっという間に二人を中心とした一派が出来ていた。そしてそれと同時に、ギレインがあるものを手に入れたという情報をアイーダは手に入れたのだ。二人もアイーダがそれを狙っていることに気づいたのか、巧妙に隠し続けていた。しびれをきらしたアイーダは、これ以上二人が何かをし始めるのも厄介だったので、それを手に入れようとすると同時に二人を亡き者にするべく動いたのだ。これがライルとギレインの殺害の真相だった。
「アイーダ様、陛下がお呼びです」
「すぐに行きますとお伝えしてください」
部屋の外から兵士の声が掛かり、この部屋にもなさそうだったのでアイーダは皇帝のもとへと行こうとした。その際、探し物の行方を考える。二人が持っていたことには間違いなさそうだった。ならば、どこかに隠したとしか考えられない。
「……やはり三人目が……?」
ライルとギレインを中心人物とした一派には、二人のほかにもう一人の中心人物の影があった。しかしそれが誰なのかは分からない。おそらく二人が隠してきたのだろう。その人物にアイーダの探し物も委ねているかもしれない。この城にいる人物なのは間違いなさそうだったので、アイーダは苛立ちながらもゆっくりと探し続けようと心に決めた。
「貴様……なぜこんなところをうろついている?」
物思いに耽っていたのか、声を掛けてくるまでその人物に気がつかなかった。その失態に内心で舌打ちをする。
「これはこれは、アルベルト殿。遠征からご帰還なされたのですか?」
「たった今な。それよりなぜ貴様がこんな場所にいるのだ。貴様とは無縁のとこだろう」
アルベルト=シューリアム――彼はこの帝国の武力、帝国騎士団を束ねる人物であり、第一騎士団の長でもある男だった。その強さは世界一と呼ばれているほどに。少なくとも、これまでアルベルトは誰にも負けたことはない。だがそのアルベルトにライルなら勝てるかもしれないという囁きが兵士の間たちからあった。それを聞くたびにアルベルトはいい気がせずにいる。
「少しギレイン殿の遺品を整理していたのです」
「お前が?怪しいな」
「どう思ってもらっても結構ですよ」
「ふんっ。いいか、陛下に害のなすようなことをしてみろ。その時は即座にお前の首を刎ねるからな」
「勿論心得ております」
アルベルトは全て皇帝を第一に思っている。アイーダのことは胡散臭い奴とは思っているが、皇帝がそれを許せばアルベルトも許すしかなかった。これまでも皇帝の命令は何でも遂行してきたのだ。そのため皇帝からも一番の信頼を得ている。それがアルベルトにとって一番の誇りだった。
「それよりも先ほど陛下が貴様を呼んでいたぞ。早く行ったらどうだ」
「今謁見の間へ行く途中なのですよ。それでは」
アイーダはアルベルトに一礼し、再び謁見の間へと進んだ。
「お待たせいたしました、陛下」
ようやくアイーダが謁見の間へと辿り着き、皇帝の前へと進み出る。
「遅かったな。それで、見つかったのか?」
「いえ。ギレインの部屋にはありませんでした」
「なかっただと……!」
「はい」
その報告を聞いた皇帝は怒りを露にしていた。
「ならばあれはどこにあるというのだ!」
「恐らくは……三人目が持っているのかと」
「三人目……お前が言っていたやつか」
「はい」
「ならば、その三人目を早く探し出せ!」
ここで見つかると期待していた皇帝は、それが裏切られたことに苛立ちを隠せない。いち早くそれを探し出し、手に入れたいのだ。そして世界を自分のものにする。
それが皇帝の野望でもあった。昔では考えられないような……。
「失礼します」
その時、謁見の間に二人の人物が入ってきた。その一人は第四騎士団長のヘレック=ダストーンだ。ヘレックのことは良く知っている。騎士団長の中で唯一自分に友好的な人物だった。なぜなら三年前に第四騎士団長が死んだときに、その後釜にとヘレックを勧めたのはアイーダだったからだ。その恩をヘレックは忘れてはいない。
「入りなさい」
その声と共に、ヘレックとその後ろにいる騎士も中へと進んでくる。
「報告に参りました」
ヘレック率いる第四騎士団には反逆者捕縛の任を与えている。たった四人など消す必要もないが、自分が魔族だとばれているだけに少し厄介でもあった。
「反逆者を仕留めたのですか?」
「そ、それが……」
「まさか仕留め損ねたと?」
その威圧的な声にヘレックは震え上がる。
「反逆者への捕縛はこの部下がどうしてもというから行かせたのですが……。何でも相手の中に殺したいやつがいるらしく……それなのに他の騎士は全滅という状態で」
「ほぅ……」
「申し訳ありませんでした」
アイーダはその部下である大男を見た。そしてその眼に何かを見出す。
「名前は?」
「ガルドー=ギルゴーンと申します」
「まだ騎士になりたてのようですね。しかし相手はたかだか四人。なぜ失敗したのですか」
「申し訳ありません……。予想以上に先生が強く、そして……」
何やら言いよどんでいる様子だった。しかしそれを無言で促す。
「そして、一人魔の子がおりました」
「何!?」
アイーダはその言葉に驚愕する。そして心の中で歓喜の雄叫びも上げていた。
「その魔の子の特徴を教えなさい」
「それは……まだ小さな少年で魔法を使役していました」
「髪と瞳の色は?」
「髪は漆黒です。しかし瞳は……確か薄暗い茶でした」
「薄暗い茶?瞳も漆黒ではないのですか?」
「はい。髪のほうはバンダナで隠していたので最初は分からなかったのですが、瞳は最初から薄暗い茶でした」
ガルドーはヒースの外見を見たままにアイーダに述べた。ヒースを見たときはガルドーも驚愕に震えたものだ。魔の子が生きているなどと、半ば信じられない気持ちで。
「分かりました」
「あの!」
「何でしょう」
「俺にもう一度チャンスをください!今度こそ奴らを……」
「おい、ガルドー!見苦しいぞ。お前があれほど頼み込むから行かせてやったのに……おかげでマリーアも捕まえ損ねただろ!」
横からヘレックがガルドーに怒鳴る。すでにガルドーの信用は失われていた。
「いいでしょう。次も貴方が行きなさい」
「アイーダ様!」
「本当ですか!?」
その反応は同時だった。ヘレックは納得していないが、ガルドーは喜んでいる。それを見たアイーダはヘレックにも許可を与えた。
「ならば貴方も行けばいいでしょう」
「え……」
「第四騎士団長が自ら部下を数十人引き連れていきなさい。これは命令です」
「は、はい!」
その命令にヘレックとガルドーは、同時に返事をした。
「それでは下がりなさい。あぁ、そこの貴方は少し残ってください」
それはガルドーに向けられていた。宰相から呼び止められるなど滅多にないもので、何の用だと緊張する。
「少し貴方に話があります」
「何でしょうか……?」
「それは――」
アイーダは口元に笑みを浮かべて、それをガルドーに提案した。それを受けるのも、蹴るのもガルドー次第だ。
この先に起こるであろういろいろなことにアイーダは心の中で高らかに笑っていた。