Mystisea
〜想いの果てに〜
四章 覚悟と命
02 第三騎士副団長
リュートたち五人は、ユーベルト平原にある広野を北に進んでいた。ユーベルト平原は帝国領の南西部に位置する広大な平原だ。その中央には街道が敷かれており、この街道はさまざまな場所へと繋がっている。リュートたちはこの平原を通って、魔導国家マールへと繋ぐ船が出る港町サレッタを目指していた。それがリュートたちが出したこれからの結論だった。
五人がこれからどうすべきか考えていたところ、セリアが一つの提案を出した。
「あの、マールにある私の家へ行ってみてはどうですか……?」
それは魔導国家マールにあるセリアの実家に匿ってもらうことだった。
「家に……?けれど、危険だわ。いくらセリアのご両親でも、私たちは反逆者なのよ」
「私の父と母なら大丈夫です!昔から私にすごく優しくしてくれて……きっと頼みを聞いてくれます!」
いくら実の両親でも、反逆者となればどうなるかわからない。マリーアはそれに反対したが、セリアは自分の親ならきっと大丈夫だろうと言い張った。リュートとレイも親ならば庇ってくれると思ったのだろう。すぐにセリアの案に乗り気になった。
「だけど……。ヒースはどう思う?」
「俺は……どこでもいい」
どうしても乗り気にはなれないマリーアはヒースにも聞くが、ヒースはもとよりどこでもいいようで特に反対をすることはなかった。
マリーアの家はレーシャン王国の王都にあり、国の中ではそれなりに有名な貴族でもあった。だが昔にいろいろあり、今では疎遠の状態だ。その事件のためか、マリーアはなかなか親というものを信用できないでいる。もちろん全ての親がそうなどとは思っていないが、それでも自分の親を思い出さずにはいられないのだ。
最後までマリーアはそれに反対したが、だからといって他に行く当てもあるはがずがない。渋々といった感じで、その案に賭けてみるしかなかった。
それから五人はすぐにその場を出発し、船で魔導国家マールを目指そうと、歩き始めた。まずは近くにあるローレル砦を迂回する。この砦には第三騎士団が駐留していて、彼らは常に妖精族との戦闘を度々起こしていた。
ローレル砦を越えればそこには広大なユーベルト平原が広がっており、そこの街道からはサレッタへとも続いている。しかしリュートたちが街道を堂々と通るのは危険なので、街道から離れた広野を進んでいた。この場所は魔獣も比較的少なく、落ち着いて進める場所だ。しかしそのためか、時々騎士団がここで訓練をする時がある。リュートたちはそれに出会わないことを祈るだけだった。
「止まって!」
「ど、どうしたんですか?いきなり……」
平原を歩いているリュートに、急なマリーアの制止がかかる。しかしマリーアはそれに答えることなく、真剣な顔で辺りを見回していた。どうしたのかと思って、リュートも注意深く辺りを見回す。すると遠くにだが、かすかに人影がいくつかあるのが見えた。
「誰でしょうか……?」
「ここからじゃ分からないわ。だからといって近づくわけにもいかないし……、少し迂回しましょう」
「分かりました」
遠すぎてマリーアのいる位置からは、その人影がどのような人物なのかは分からなかった。だがここは街道ではないので、普通の旅人や行商人ではないことは確かだろう。危険を回避するためにも、マリーアは迂回する道を選んだ。
周囲に気を配りながら慎重に進んでいくが、どうしてもすぐに人影に会ってしまう。それは数人単位でこの平原の各地を移動しているようだった。もしかしたら運悪く、騎士団の訓練がここで行われているのかもしれない。マリーアは足早に進みながらも、冷や汗を頬に垂らしていた。
「まずいわ。見つかるのも時間の問題かもしれない……」
「くそっ!どうすりゃいいんだよ……」
リュートはなかなか思うように動けず、じれったい思いでいっぱいだった。
「とにかく見つからないことを第一に行動しないと……」
しかしそれも難しいことだった。この平原の広野での視界を遮るものはほとんどなく、これまで一度も見つからなかったことが奇跡といってもいいくらいだろう。それはマリーアにも十分分かっていた。
数分が経つが、いっこうに人影が消える気配はない。その状態にリュートはだんだんと痺れをきらしてきた。
「先生、もう強行突破しましょうよ!」
「何言ってるのよ、リュート」
すかさずセリアがリュートを咎める。
「だってこのままじゃどうせ見つかるだろ。どうせなら先手必勝で行こうぜ!」
「確かにそれも悪くはないけど……」
「だろ!?」
「けど、無用な戦闘は避けるべきだわ」
鋭いマリーアの指摘に、リュートは落胆した。その時、マリーアは背後に何か気配を感じて急いで振り返った。それにつられてリュートたちも後ろを見る。
「お前たち、何者だ!」
「いつの間に……!」
そこまで近くではないが、はっきりと姿が見えるところまで近づかれていた。そしてその姿にマリーアは、やっぱりという思いと、まさかという思いが浮き上がった。
「帝国騎士……!」
その姿を見て、レイが驚きの声を出す。すぐに五人は一歩引いて、騎士たちと睨み合った。
「どうして第三騎士団がこんなところに……」
マリーアは思わず愚痴をこぼす。
帝国騎士団の鎧には、それぞれ紋様が描かれている。それは第一騎士団から第四騎士団の4つに区別するためだ。その中でも、騎士団長と副団長だけははっきりと判別できるように個別になっていた。
近くのローレル砦には第三騎士団が駐留しているが、彼らは主にセクツィアとの争いが任務なので、砦より北のこの平原には滅多に現れることはなかった。
「お前たち……どっかで見たことあるな」
騎士の一人がリュートたちの顔に気づき、首を捻っている。遠くからだったので、誰だかは分からなかったのだろう。しかし顔が見える位置まで来ると、さすがに気づかないはずがなかった。
「まさか……反逆者か!?」
「間違いない。あの女の顔は知っているぞ」
「だが、何でこんな所にいるんだ」
「そんなこと知るかよ」
「こいつらを捕まえれば、昇進間違いないかも……!」
騎士たちはリュートたちを見ながら、いろいろなことを囁きあう。そして帝国の騎士が反逆者を見逃してくれるはずもなく、やがて騎士たちは剣を抜き始めた。
「観念しな!反逆者ども!」
騎士たちは獲物を逃さないというように、隙のない構えで走り出す。
相手は五人。リュートたちはすでに剣を抜いているが、やはりそう簡単に攻撃することは出来なかった。
「戦う気がないのなら下がって!」
マリーアはリュートを見て一喝する。もとより、再び騎士が相手の時には自分が戦おうと決めていた。
騎士の走りに呼応するように、マリーアはリュートたちの前に出て拳を構える。向かってくる騎士の懐に入り、一発当てる。それと同時に、横を通り過ぎようとする騎士たちを蹴りで牽制した。
「くそっ……この女!」
騎士たちは、マリーアの蹴りによって数歩後退する。マリーアの強さがかなりのものだということが、騎士たちには理解できた。それは理解できるほどの強さを持っているということでもある。
マリーアを一番の脅威とすぐに認識した騎士たちは、全員でマリーアを先に潰そうとかかった。マリーアは騎士の攻撃を全て避けきれるはずもなく、一人や二人の攻撃を喰らうのを覚悟の上で応戦する。回し蹴りで一人を倒し、そのまま近くにいた騎士を殴り倒す。すぐに次の攻撃に移ろうとしたが、その時にはすでに別の騎士の剣が迫っていた。反射的に腕を前に出す。しかしそれが当たることはなかった。
「……!助かったわ」
マリーア一人に集中していた騎士たちは、後ろにいた四人を気にしていなかった。それはまだ子供だという認識もあったのだろう。その隙をついて、ヒースは炎を騎士へと放っていた。容赦なくその炎は騎士の体中を燃え上がらせる。
「ヒース……!」
横でその姿を見ていたリュートは、穏やかではなかった。
ガルドーが率いていた第四騎士団でのヒースの戦いは見ていない。しかしその戦いぶりをレイやセリアからは少しは聞いていた。同じ人間である騎士を、容赦なく殺していたと。
ヒースはそのまま近づかずに、短剣を投げる。その短剣は騎士にとって厄介であり、騎士はヒースにも注意を払った。その隙を見て、マリーアは拳を叩き込む。一撃ずつ確実に。
ヒースとの連携で騎士は一人一人確実に地に伏していった。その光景をリュートたち三人は見ていることしか出来ないでいる。
「どうして、戦えるんだよ……」
そのリュートの呟きに答えることは、セリアにもレイにも出来なかった。
やがて相手の騎士は全滅したようで、マリーアがリュートたちの元へと戻ってくる。その倒れている騎士たちを見ても、リュートには死んでいるかどうか分からなかった。それ以前に、分かりたくもなかった。
「先生……」
「何情けない顔してるの」
マリーアが三人の顔を見るなり思ったことだ。
「だって……」
「戦えないからってそう悩むこともないわ。むしろ貴方たちの反応が普通なのよ」
「けど、悔しいです……」
「そう……。無理はしないでね」
リュートはその言葉にマリーアの暖かい優しさを感じた。
「さぁ、行きましょう。ぐずぐずしているとまた騎士団に遭遇するわ」
まだこの平原に多くの騎士がいるのだと分かったマリーアは先を急ごうとする。だがマリーアが歩き出すと同時に、遠くから矢が数本足元に放たれた。すぐに歩を止め、瞬時にマリーアは前方を確認する。しかしそこにあった姿にマリーアは驚きの声を浮かべた。
「そんな……!」
マリーアが目をやった先には、弓を構えた数人の騎士が進路を塞ぐように立ちはだかっていた。まだそんなに日数も経っていないというのに、あの頃が懐かしいと思えるほどの生徒と一緒に。
「ハルト!?」
リュートはその人物を目にすると同時に叫んだ。まさか続いてガルドーの他に旧知の人間が現れるとは思ってもいなかった。心のどこかでそう信じていたのだろう。驚きは隠せるはずがない。
「久しぶり……と言うべきかなのか分からないけど……久しぶりだな、リュート」
「どうしてお前まで……」
「聞けばガルドーを退けたんだってな。さすがというべきか」
ハルトはいつものように飄々としている。その変わらない姿に、本当に追っ手として現れたのか惑わずにはいられなかった。
「ハルト……私たちを見逃して」
「先生……残念ですがそれは出来ません」
首を振る仕草をすると同時に、ハルトは一歩ずつ近づいてくる。そしてそれに呼応するかのように、周囲より多くの騎士が現れ始めた。それは全方位からで、すでに囲まれていることをマリーアは遅れながらに理解する。
「いつの間に……!」
「最初からですよ、先生。この平原に来てからすぐに……」
「何ですって!?」
その事実にマリーアは信じられないという顔をする。十分に注意していたが、ばれている気配は全然なかった。例え本当だとしても、なぜ最初に攻撃してこなかったのかも疑問だ。
「この部隊の指揮官は優秀でしてね。俺たちの誰かが被害に遭えば包囲しろとの命令だったんですよ」
「指揮官ってお前じゃないのか……?」
「おいおい、リュート。この俺が指揮官になれるとでも思うか?指揮官は副団長だよ」
「副団長……?確か第三騎士団の副団長は空席だったはずじゃ……」
第三騎士団の副団長は妖精族との戦闘で戦死したと聞いていた。その後に誰かが就いたとはマリーアも聞いていない。
「先生たちが罪人になってからなんですよ。新しい副団長が就任したのは」
「……」
「リュート、それはお前が良く知る人物でもあるんだぜ」
「何だって……?」
「まさか!?」
マリーアはその人物にいち早く気づいた。リュートが良く知る人物で、副団長になれるほどの人間などそうそういるものではない。感づいたマリーアを見て、リュートはそれが誰なのか聞こうとする。
刹那、ハルトと向き合っているリュートたちの背後から、リュートが良く知りすぎている声が聞こえてきた。
それは美しく、優しく、気高く、けれど冷たい声音。
「少し喋りすぎだ、ハルト」
「なっ……!」
いきなりの声にリュートを除いた四人はすぐさま振り返る。しかしリュートだけは振り返れずにいた。いや、振り返りたくなかった。声を聞いた瞬間に、それが誰であるかなど分かってしまったのだから。
しかし、いつまでもその状態でいることも出来ず、ゆっくりとリュートは後ろを振り返った。そしてそこにいた人物の名前をゆっくりと紡ぐ。
「シェーン……」
ユーベルト平原に吹く穏やかな風が、その美しい銀色の髪をなびかせていた。