Mystisea

〜想いの果てに〜



四章 覚悟と命


03 リュートとシェーン


唐突の邂逅







 シェーンを目前としてリュートの頭の中は混乱に陥っていた。ガルドーが現れた時も、ハルトが現れた時も、こんなにまではならなかったというのに。
 けれど目の前にある現実を受け入れなければならない。その存在を求めるかのように、もう一度その名を呟いた。
「シェーン……」
「リュート……」
 彼女もまた同じようにリュートの名前を呟く。二人の間には幾らかの距離があり、その間を隔てるものなど何もないというのに、それを縮めることなど一生出来ないように思えてならなかった。
 リュートはシェーンがほんの少しの間だけ、僅かに辛そうな表情を浮かべていたような気がした。だが、それもすぐに別の表情を見せるようになる。それはリュートを敵と認識した、帝国騎士の顔だった。
「お前が……副団長……?」
「そうだ。第三騎士団の副団長の座は、長い間空席だったからな」
「だからって、何でお前が!」
「笑わせるだろう?士官学校を卒業したばかりだというのに、いきなり副団長だ。これも全て神の子が故のことなのだからな」
「シェーン……」
 シェーンが自嘲気味に笑うのを見て、リュートは胸が痛んだ。昔からシェーンが神の子と呼ばれたり、そのせいで差別を受けることを嫌っていたのを知っていたからだ。今度のことも恐らくは本意ではないのかもしれない。シェーンの心がそう言っている気がした。
「シェーン、騎士たちを退かせて!」
「……それは出来ません、先生。貴女が私の部下を殺したんですよ」
「……!!」
 この数相手では、逃れられるはずもない。マリーアはシェーンに必死に頼むが、それはむなしく一蹴されるだけだった。
「ハルト」
 シェーンがリュートの頭上を飛び越えたハルトへと呼びかけた。その呼びかけがハルトには何のことだか理解する。それでも信じられずにもう一度聞き返した。
「いいのか、シェーン?」
「何がだ」
「何がってそりゃ……」
「……」
「……ふぅ、分かったよ。ったく、素直じゃないんだから」
 シェーンの眼がこれ以上の追求を許さなかったので、ハルトはその命令を聞き入れた。そして周りにいる騎士にも聞こえるように、シェーンは声を張り上げる。
「反逆者たちを捕らえろ!抵抗するなら傷つけても構わん。だが殺しはするなよ」
「なっ!シェーン!!」
 この広い平原に辺りいっぱいに響いたその命令に、リュートたちは愕然とする。必死にリュートはシェーンへ呼びかけるが、彼女はそれに答えることはなかった。最後にリュートを一瞥すると、シェーンは背を向けて去っていく。自ら手を下すまでもないと分かっていたから。
「待ってくれ、シェーン!俺の話を聞いてくれ!!」
「リュート!?」
 リュートは自分が危険な状態でいるにもかかわらずに、その身体を動かした。去っていったシェーンを追いかけるために。マリーアたちもすぐに呼び止めるが、それも全て無視される。リュートを阻むように周囲の騎士も何人かが動き出していた。
「まったく……あいつらには妬けるぜ。……それで、先生たちは大人しく捕まるんですか?それとも抵抗するんですか?」
「先生、私たちどうすれば……!」
「戦うしかないわ!大人しく捕まっても、結局は死ぬだけよ!」
 周囲には百人以上もの騎士が剣を構えていた。それほどの人数にたった五人で勝てるわけがない。それはマリーアにも分かっていたが、それでもやらないわけにはいかなかった。
「やっぱ、そうなるよな……」
 ハルトは抵抗しようとするマリーアたちを見て呟く。出来ることなら大人しく捕まってほしかった。残念だともう一度呟くと、ハルト自身も腰にかけてある剣を抜く。
 そして、戦いは始まった。






「俺の相手はお前か?」
「ハルト……」
 ハルトの前には、剣を抜いたレイが対峙していた。しかしその姿は弱腰で、ハルトにとって脅威ではない。
 学生時代、弱気で友達も少なかったレイにとって、いつもふざけているようでそれでどこか見透かしてくるハルトは一番の苦手な存在だった。ハルトにとっても、弱気なレイはいつもからかいの対象であり、どこか見下していた存在でもある。模擬試合でもレイはハルトに一度も勝てたことがなかった。
 その二人が今、剣を抜きあって睨み合っている。
「まさかお前が俺に勝てると思ってるのか?」
「それは……」
 ハルトはいつものようにレイを挑発する。いつものレイならそれには反論出来ないで、黙っていただろう。けれど、この逃亡の旅で少しはレイも成長していた。
「それは……やってみないと分からない」
「……へぇ。言うようになったじゃん」
「……」
「それじゃ、お前の言う通りやってみようか!」
 ハルトは走り出し、剣を振るう。レイもそれを剣で受け止めた。ハルトと比べて、レイは力も早さも敵わない。そして一番の原因はハルトへの苦手意識だった。それはそう簡単に覆せるものではない。
 ハルトの重い一撃を何とか受け止めながら、レイは隙が出来るのを待っていた。だがそれもそう簡単にはいくことはない。ハルトは無駄のない動きで隙を見せることは全くなかった。
「やっぱりお前に俺の相手は荷が重いんじゃないのか?」
「そんなことはない!」
 その挑発に対して、レイは負けずにこちらも反撃にかかる。素早くハルトの攻撃を横に避け、反撃をしかけた。だがそれも難なくハルトに避けられる。
「まだまだ甘いな」
「くっ……」
「けど、前よりは強くなってると思うぜ」
「え……?」
 それはハルトがレイに向けた初めての褒め言葉だった。思わずレイは剣を下げて動きを止めるが、すぐに気を取り直して疑うようにハルトへ視線を向ける。ハルトはその視線を受けて苦笑いをする。
「おいおい、俺はお前を褒めただけだろ。なのに何で疑いの眼差しを感じるんだ……」
「……」
「はぁ……。俺、誰にも信用ねぇな……」
 情けない声を出しながら、ハルトはため息を吐く。その様子にレイは調子が狂いながらも、今度はこちらから攻撃を仕掛ける。
 その剣捌きを見て、ハルトは内心で本当に感心していた。明らかに以前より強くなっているのが分かったのだ。その原因にハルトは少し興味を持つが、それを表に出さずにレイの攻撃を受け止めていた。
「やぁっ!!」
 しかしいくら強くなったとはいえ、レイの力を込めた攻撃もハルトにとってはまだまだ余裕で受け止めることが出来た。その力の差もレイは理解しており、それでも負けずに気力だけは保つ。
「無理するなって。お前じゃ俺には勝てないんだよ」
「うるさいっ!僕は……僕は……!」
 勝てないと理解していながらも向かってくるレイに、ハルトは急に少しの畏怖を覚える。何がレイをこんなにも駆り立てるのだろうか。ハルトにはそのレイの必死な行動が理解出来なかった。



 ハルトは小さなころから何をしても平均以上のことが出来る子供だった。勉強にしても、運動にしても、何もしないでもいい成績だったのだ。一生懸命勉強や運動をしている周りの子供たちを見ても、ハルトはそれを理解することが出来ない冷めた子供でもあったのだ。
 それでも子供のころから天才と呼ばれたハルトの周りには、絶えず人が集まっていた。誰もがハルトと親しくなりたかったのだろう。しかしその周りに来る子供たちを見ても、ハルトは何とも思わなかった。表面上では優しく友達の顔をしても、その裏では彼らのことを見下していたのだ。それは友達だけでもなく、血の繋がった家族にも同じことがいえた。
 帝国の士官学校に入ったのも、親や周りの人間から熱心に勧められたからだった。そこでもハルトは特に何をするでもないのに、成績は周りの群を抜いていた。それを見ていたハルトは自分でも、同世代の人間に自分に勝てるものはいないのだと思い始めるようになる。しかしそれもすぐに打ちのめされることとなった。自分の前に現れた二人の神の子。初めて見た金と銀の髪に、ハルトは憧れを抱き始める。特にそれは銀の髪をもった女性に向けられた。
 それからハルトは初めて認めた人間であるシェーンに近づいていくが、それでも何かに一生懸命になることは人生の中で一度もなかった。



「僕は……負けるわけにはいかないんだ!」
 レイは剣を握り締める。その手からは少しだけだが血が滲んでいた。その様子をハルトはじっと見つめていた。
「もうやめろって……。それ以上戦えるはずがないだろ」
 剣を握るレイの手はすでに力も入らず震えていた。それでもレイは放すまいと両手で握り締める。
「やぁぁぁぁっ!!」
 そのままレイは走り出し、ハルトに向かった。すでに頭の中は真っ白になっており、何も考えずに行動している。走りも初めの時よりも全然遅く、ハルトにとっては目を瞑っても避けれるようなほどだった。
「ちっ……」
 ハルトは嫌悪に近い表情をしながらも、向かってくるレイの剣を弾く。それはあっさりとレイの手から飛んでいき、遠くの場所へと突き刺さった。武器を失ったレイは思わずしゃがみこみ、そのまま目の前に立っているハルトを強く睨む。そして次の行動に、ハルトはレイの存在に初めて確固たる恐ろしさを覚えた。
「負けない………僕は、決めたんだ……」
 レイはゆっくりとした動きで立ち上がり、その震えた手を握り締めてハルトの身体を殴り始めた。それも今のレイにとっては殴るなんていうものではなく、良くても当てるという程である。右手と左手を交互にハルトの身体にぶつけてくるレイに、ハルトは理解できずに呆然と立ち尽くして受け止めていた。
「お前……おかしいだろ……!何でそんな必死になってんだよ!?」
 レイはその言葉に応えることもなく、無言で殴り続ける。それは本能の行動だった。
「止めろ……止めろよ……止めろって言ってんだろ!!」
 ハルトは力いっぱいに叫んで、レイの身体を掴んだ。それでもレイは止まることなく、両手を動かし続けていた。
 そのままずっと、気を失うまでに。