Mystisea

〜想いの果てに〜



四章 覚悟と命


04 想いのための覚悟








 この一個中隊ほどの人数を相手に、マリーアたちが包囲網を抜けれるはずがなかった。周りは騎士たちに囲まれ、それは虫一匹も残さないほどに隙間がない。
 マリーアはその包囲の向こうを見た。北ではいつの間にかハルトとレイが対峙している。この二人の相性が悪いことなど熟知しているため、マリーアの頭の中では勝敗はすでに決していた。
 南にはすでに見えないけれども、リュートが走っていった方向だ。彼を捕らえるために何人かの騎士が向かっていったのも見えた。その騎士を相手にしてるというのも気がかりの一つである。シェーンの言葉を信じれば殺されることはないだろうが、それでは意味がなかった。誰も殺されずに、そしてこの包囲を抜けることこそに意味がある。その絶望的な状況の中でマリーアは必死に祈った。

「セリア、あなたは私の後ろにいなさい」
「先生!私だって……」
「傷つけるだけじゃ意味がないの!敵を殺せないのなら邪魔なだけよ!」
「……!!」
 セリアの気持ちも分からなくなかったけど、マリーアはあえてきつい言葉を向けた。その言葉の意味がセリアに届いたかどうかは分からない。マリーアの気迫に気圧されたセリアは黙り、そのままマリーアの後ろへとついた。
 そしてマリーアはヒースに僅かな希望を託す。
「ヒース……。あなたにお願いがあるの」
「……?」
「私が隙を作るから、この包囲を抜けてリュートの所へ行って欲しいの」
「それだとここが……」
「私たちなら大丈夫よ。お願い、ヒース」
 ヒースの力はかなりのものだと、マリーアも認めている。少なくともリュートたちに比べれば戦闘力に関しては全然頼りになる。しかしその幼さと境遇のためか、容易に戦ってくれと頼むのはマリーアには出来なかった。ヒースはそんなこと気にしないだろうということは分かるが、それでもマリーアの気持ちがついていかないのだ。
「来るわ!」
 だんだんと近づいてくる騎士たちを見てマリーアが叫ぶ。それを合図にマリーアとヒースが走り出す。騎士たちも向かってくる二人を見て待ち受けるように構えた。
 マリーアは騎士たちの中央へと突っ込み、激しい蹴りを繰り出した。その蹴りからは凄まじい風圧が流れ出し、それによって数人の騎士が倒れていく。その隙を見てマリーアはヒースに向かって叫んだ。
「今よ、行って!!」
 ヒースはその機会を無駄にしないように、マリーアの横を走り抜ける。慌てて騎士がヒースを追おうとするが、その素早い身のこなしについていくことは出来なかった。不意を喰らったともいえるべき攻撃に、騎士たちは気を取り直して素早く動き出す。その動きは無駄もなく、かなり統率が取れていることが分かった。
 騎士たちは攻撃を始め、マリーアへと剣を振るう。それを素早く避けながらも、マリーアは隙を見て反撃していった。騎士の身体に強烈な一撃を当てる。それは頑丈な鎧をもってさえも、完全に防ぐことは出来なかった。マリーアの一撃を受けた騎士のほとんどが、耐えられずにその場にうずくまったり後ろへ吹き飛んだりしている。
 しかしマリーアも攻撃することによって、後ろからの隙が大きく出たりしていた。そこを騎士が狙って攻撃してくる。それはマリーアの命を奪うようなものではないけれど、確実に体力と戦闘力を奪っていった。すでに腕や肩にある傷口から血が少しずつ流れ始めている。
 マリーアはその傷口に手を当てながら軽く周囲を見渡した。少しずつ敵を倒しているというのに、周囲にいる騎士たちは一人も欠けていないと思わせるほどの人数だ。倒しても倒してもきりがなく、いつの間にか周りには常に数人の騎士が絶えずマリーアを囲んでいた。
 そこでマリーアはセリアが近くにいないことに初めて気づいた。すぐにセリアの姿を探し始める。だがその姿を見つけたとき、すでにセリアは危険な状況に陥っていた。五人の騎士がセリアの前に立っている。騎士は剣を抜いているが、セリアに戦闘力がないことも分かり、攻撃する意思はないようだった。恐らくそのままセリアを捕らえるつもりなのだろう。マリーアにも、今のセリアでは一人であの状況を抜け出せるとは思えなかった。
「セリア!!」
 急いでマリーアはセリアを助けようと動くが、周りにいる騎士たちがそれを阻むように立ち塞がっている。思うように動けず苛立ちながらも、マリーアは目の前に立つ騎士に横から蹴りを入れた。騎士はそれによって後退していくが、その後を埋めるように他の騎士がマリーアの前へと立つ。
「邪魔よ、そこを通して!!」
 騎士たちの攻撃を避けながらもマリーアは邪魔する騎士たちを次々と倒していくが、それでも包囲が止むことはなかった。その時セリアの方を見れば、すでに騎士たちによって捕らえられているのが見えた。そのままセリアを捕まえた騎士たちが、セリアと共にマリーアの方に向かってくる。
「そこまでです。それ以上抵抗すればこの少女に危害を加えますよ」
 セリアを人質に、騎士たちはマリーアを脅してきた。マリーアはその言葉に従うことしか出来ない悔しさから騎士を睨むが、何かをするわけにもいかず、すぐに降参を示すようにその場に座り込んだ。それを見た騎士もすぐにマリーアの腕を拘束し、動けないように捕らえる。
「先生……ごめんなさい……」
 その間ずっと顔を下に向けていたマリーアに申し訳なさがいっぱいで、セリアは涙を流しながらずっと謝っていた。






 あの時、頭では分かっていたけど身体が動かずにいられなかった。それは前にアイーダに突っ込んだ時と同じように、きっとみんなに迷惑をかけたのだろう。それを分かっていても、リュートは引き返すことはしなかった。目指すはシェーンのいる場所へ。
 リュートはシェーンを追って走っている。シェーンが向かった方向から見ると、恐らくはローレル砦に向かっているのだろう。急げばまだ間に合うはずだった。今までにこれほど速く、そして必死に走ったことはない。何も考えずに、ただ真っ直ぐにリュートは走り続けた。
 しかしシェーンのもとへと辿り着くまでに何の邪魔も入らない訳もなく、数人の騎士が颯爽とリュートの前に現れる。進路を阻むように出てきたので、リュートは走りを止めずにはいられなかった。
「反逆者の一人だな。逃がしはしないぞ」
「くそっ……邪魔をするな!」
 急に現れた騎士たちに向かってリュートは叫ぶ。今のリュートにはシェーンと話をすることが第一だった。真実を知れば、きっとシェーンなら帝国に力を貸すこともなくなるだろう。それはシェーンの幼馴染であるリュートだからこその自信でもあった。今この瞬間もシェーンは遠ざかっているというのに、騎士たちによって時間を失うわけにいかないのだ。
「お前を捕らえることが命令なんだ。そっちこそ逃げて俺たちの邪魔をしないで欲しいな」
 当たり前だがそんなことで退いてくれるはずもなく、騎士は剣を構え始めた。リュートはこの場をどうにかしてやり過ごす方法を考える。やはりそう簡単に人間である騎士とは、戦うことはリュートには出来なかった。急いでここを抜けたいが、それを防ぐように騎士は立ち塞がり、今にもリュートへ攻撃を始めようとしている。
「どうすれば……」
 何の解決策も見出さぬまま、騎士たちが攻撃を開始した。リュートもその攻撃を受け止めるべく、剣を抜く。騎士の剣とリュートの剣がぶつかり合い、辺りには音が激しく鳴り響いている。騎士の攻撃は力強く、リュートは少しずつ圧され始めていた。自分から攻撃しようと思っても、思うように体が動かない。自分の意思の弱さに苛立ちながらも、頭の中では必死にシェーンに追いつくことだけを考えていた。
「その程度でよく抵抗しようなんて思ったな。さぁ、大人しく剣を捨てて投降しろ!」
 力の差を表すはっきりとした言葉に、リュートは悔しさでいっぱいになった。
「…シェーン……」
 頭の中にシェーンを思い浮かべて、今にも負けてしまいそうになる心を必死に押しとどめる。こんなところで負けていては、シェーンに会うことは出来ない。リュートがそう思った時、心の中で何かが変わっていた。
「俺は……ここで立ち止まるわけには行かない!」
 再び顔を上げた時、リュートは今までとは全然違った顔つきになっていた。
 それは覚悟を決めた証。
 いきなり雰囲気が変わったリュートを見て、騎士たちは何事かと少したじろいだ。その動揺もかまわず、リュートは騎士へと剣を振るう。今までとは打って変わった剣筋で、油断をすれば命を絶つほどの攻撃だった。
「もう一度だけ言う。俺の邪魔をするな!」
「この野郎……!」
 騎士たちにとって年下の少年に負けるようなことは大きな恥だ。リュートに対して怒りが立ち昇り、騎士たちもまたリュートを殺すような攻撃をしかけてきた。素早くリュートはそれを避けて、近くにいた騎士へと攻撃する。その攻撃は、どちらも本気だということが明らかだった。お互い慎重になりながら、相手の様子を見やる。しかしリュートにはその時間も惜しく思い、自分から先に仕掛け始めた。
「はぁぁっ!」
 気合の込めた一撃が敵の剣とぶつかり合う。そのまま攻め続け、相手に反撃の隙を与えなかった。しかし敵は一人でなく、横から助けるように別の騎士がリュートを攻撃してくる。それを横目で見ていたリュートは攻撃をやめて一歩下がった。
「逃がすか!」
 騎士たちは、リュートが避けてもまた別の場所から攻撃を仕掛けてくる。その切りのない攻撃にリュートはだんだんと圧され始めた。完全には避けきれず、少しずつ小さな傷が体に出来ていく。
「はぁっ……!」
 それでも劣勢になっても諦めず、リュートは果敢に攻撃していった。なかなか倒れないリュートに騎士たちも苛立ち、それが剣にも表れてくる。動きも大分遅くなっていて、体力が落ちているのはリュートも同じだったが気力だけは全然違っていた。リュートは攻撃を絶えず繰り返し、さらに騎士の体力を落とそうとする。負けずと騎士も力を込めてきた。リュートはそこで気を抜くことは出来ず、目の前にいる騎士の攻撃を耐え抜こうとする。
 しかしその影で後ろに迫っていた騎士に気づくのが遅れていた。
「リュート、後ろ!!」
 この最近で聞きなれていた声を耳にし、リュートは咄嗟に後ろを振り返って目を見張る。後ろには騎士が剣を振り上げて、今にもリュートへと振り下ろそうとしていたのだ。リュートがそれを見た瞬間、目の前に死が見えたと同時に、身体に眠る防衛本能がリュートの身体を動かしていた。



 リュートはさっきまで剣を交えていた騎士を蹴り飛ばす。

 そしてその反動と共に、リュートに剣を振り下ろそうとしていた騎士の身体を横から斬っていた。



 その動きをリュートはスローモーションのように、そして自分の身体ではないように感じていた。
「あ……」
 そしてリュートの頭が急に醒めていく。目の前に横たわる騎士は血を噴き出し倒れていた。生死は確認しないと分からないが、恐らく死んでいるだろう。血の色に染まった自分の剣を見てリュートは呆然とする。
「何を呆けてる!まだ敵はいるぞ!」
 先ほどの声は幻聴などではなく、リュートの傍にヒースが走ってきた。そのまま仲間をやられた怒りに反撃しようとしていた騎士たちに向かい、短剣を投げる。リュートはヒースのおかげで少し気を取り戻し、何とか気持ちを押さえつけようとした。
「ヒース、何でここに……」
「それはこっちのセリフだ。あの副団長とやらを追っかけて行ったんじゃないのか?」
「それは……」
「どうせこいつらに邪魔されたんだろう」
「うっ……」
 見透かされたヒースの言葉にリュートは何も言えなくなる。そんなリュートを無視して、ヒースは騎士の方に身体を向けてリュートに言い放った。
「先に行け」
「ヒース……?」
「こいつらは俺が相手をする」
「何言ってる!お前一人に任せるわけに行かないだろ!」
「今のお前に何が出来る!?またさっきみたいに人を殺したいとでも言うのか!」
「……!!」
 はっきりとそう言われて、初めてリュートはその事実をすんなり受け入れることが出来た。自分は、初めて人を殺したのだと。
「行け。本当は今すぐにでも追いかけたいんだろ」
「……ヒース」
「……」
「っ……ごめん!」
 何から何までもお見通しだった。ヒースをここに一人でいさせたくないという気持ちも本当だけれど、今のリュートにはそれ以上に一刻も早くシェーンに追いつきたかった。頭の中でさっきのことが離れないけれども、リュートは騎士たちの横を振りぬいて走り出す。逃がすまいと動こうとする騎士を、ヒースが止めているのが後ろで感じていた。
 リュートはそれでも後ろを振り返らずに、シェーンのもとへ必死に走っていった。