Mystisea

〜想いの果てに〜



四章 覚悟と命


06 リュートとシェーン3


二人の存在







 ヒースが駆けつけた時にはすでにリュートが倒れていた。辺り一面に血が紅く染まっている。そのあり得ない光景にヒースは愕然としながらも、今にもシェーンの剣が突き刺さろうという瞬間に短剣を投げた。
「リュート!!」
 それでもシェーンの剣はリュートの身体を貫いていた。リュートは遠くから見ても分かるほどの傷と出血量で、今も生きてることさえ不思議なほどに見える。
 シェーンが剣をリュートから抜き、そのままリュートから離れた。その隙を見てヒースはリュートの元に駆けつける。近くで見ても、やはり今にも死にそうな状態だ。
「リュート、しっかりしろ!」
「……ぁ…はぁ……はぁ………ヒ……ス……」
 まともに喋れるはずもない。その切れ切れの言葉に顔を顰めながらも、ヒースはすぐにリュートを黙らせた。ヒースは回復魔法を持っていないので、今の状態で治す術はなく、一刻も早くセリアの元に連れて行かなければならない。けれどそうはさせてくれず、シェーンが自分に殺気を向けているのが分かった。
「お前がヒースか……」
「……」
 ヒースは振り返ってシェーンを見た。その目にはシェーンへの深い敵意が向けられている。なんだかんだいって、ヒースにとってもリュートは大切な存在となりつつあったのだ。そのリュートを殺そうとしたシェーンに怒りを隠せない。詳しくは知らないが、二人が知り合いなのは分かっていたけれど、ヒースにとってはそんなことどうでもよかった。
「なるほど。お前がガルドーの言っていた……魔の子か」
「……!!」
 急に自分の存在を言い当てられてヒースは驚きの表情を浮かべる。それを見たシェーンも間違ってはいないと確信した。
「すでに滅びたはずの黒を持つ魔の子……まさかそれを見る日が来るとは思わなかったな」
「何が言いたい!」
「何も……。ただ黒を持つ魔の子のお前と、銀を持つ神の子の私が対峙しているのは何とも皮肉なことだと思ってな」
「……俺を嘲笑いたいのか?神の子のあんたが魔の子の俺を見下すと!」
「そうではない……」
 すでに滅びたはずの魔の子と、世界に数人としかいない神の子。その二人が今同じ場所に立っている光景は何とも言い難かった。ヒースはシェーンを警戒しながら、リュートの様子を見る。命を落とすのも時間の問題か。今は剣を構えていないが、シェーンがヒースとリュートを逃がす気はないということは分かっていた。リュートを助ける最短な方法はないのかと頭を巡らせる。けれどその答えは一つしかなかった。
「見逃す気はないんだろ……?」
「……そうだ。私は帝国騎士……反逆者を見逃すわけにはいかない」
「なら!」
 ヒースは短剣を構え、いつでも魔法を放てるようにした。目標はシェーンを短い時間で倒し、セリアを連れてくる。リュートを今動かせば間違いなく死んでしまうだろうし、何よりも一人でリュートを担ぎきれない。
「リュートとお前がどうやって知り合ったかは知らないが、たとえ子供だろうと容赦はしない」
 シェーンもまた剣を構えた。紅く染まった剣を。
「……やめ……ろ……」
 今にも二人が動き出そうという時、リュートが小さな声を上げた。リュートは自分で起き上がろうと身体を動かすが、少し動くだけで激痛が伴い声にならない叫び声を上げる。それを見ていたヒースが慌ててリュートを抑える。リュートはヒースを見て声を上げるが、すでにか細く小さな声はヒースには聞こえず、リュートの想いは風の中に消えていった。
 ヒースは焦り、再びシェーンを向く。そしてシェーンに向けてすぐに魔法を放った。
「炎よ!」
 それは戦闘の開始の合図のように、瞬間二人が動き出したのだ。それを横目で見ていたリュートは心が張り裂けそうにになっていく。
(何で……何でシェーンとヒースが……)
 特別な存在であるシェーン。守ると誓ったヒース。計らずしてリュートにとって大切な二人が戦いを始めたのだった。






「魔法か……」
 シェーンは自分を追いかけてくる炎を見て呟いた。避けても追いかけてくるのはさすがに面倒でもある。シェーンは向かってきた炎を剣で斬り裂いた。普通なら剣で炎など消せるはずもないのに、驚くことにシェーンはそれで炎を完全に消したのだった。ヒースもそれには驚く。
「風の剣よ!」
 風圧を利用した魔法で、風の見えない刃がシェーンを襲う。それを感知したシェーンは立ち止まり、避けきる。その隙を見てヒースは短剣を投げた。だがそれも剣によって弾かれてしまう。
「なるほど……遠距離か」
 ヒースにもシェーンの実力は予想できた。これまで戦ってきた中の誰よりも一番強いだろう。近接戦では勝ち目はなさそうなので、魔法と短剣を織り交ぜながら距離を取って戦っていた。けれど今のヒースにとって重要なのは、短い時間で勝つことだ。いつまでもこうしているわけにはいかなかった。
「炎の嵐!」
 炎を十個ほど浮かび上がらせ、それを一気にシェーンへと放った。
「甘い!」
 シェーンはそれを見て剣を大きく振るった。その振るった風圧が炎に向かって飛んでいく。それは驚くことに炎を数個消し去ったのだった。まさしく先ほどヒースが放った風の魔法と酷似している。ヒースが魔法で出したものならば、シェーンは剣で出したものと言えよう。人間業じゃないものに、ヒースは少しの畏怖を覚える。
 けれど全ての炎は消すことは出来ず、残った炎がシェーンに命中しようとしていた。シェーンはそれを消し去ろうとはせずに、防御の構えを取る。そして炎はシェーンへと命中していった。その炎を喰らいながらもシェーンは剣を後ろへと突き出す。
「なっ……!」
 炎を受けたシェーンの隙を狙って、後ろに迫っていたヒースに向けての攻撃だった。予想だにしていなかった攻撃にヒースの反応は遅れ、剣はヒースの腕を掠める。すぐにヒースは後ろへ跳んで下がり、シェーンをにらみつけた。
「なかなかいい動きだな」
 シェーンは振り向いてヒースを見る。その姿は炎を直撃したはずなのに、そうは思えないほどだった。けれどちゃんとシェーンの身体には火傷の跡も見えている。
「あんたもなかなかだな。さすが神の子か」
 それは挑発の言葉だった。シェーンはそれに少なからず反応を見せる。
「ならばお前もさすがは魔の子というべきだな。生き延びる術は高いようだ」
「……」
「……表世界に出て来ず隠れて生きてれば良かったものを……お前はこれから狙われ続けるぞ」
「何……?」
 ヒースはその意味がなぜか単に魔の子だからという訳ではない気がした。隠れた真意がありそうでそれを尋ねようとするが、シェーンは戦闘再開とばかりに走り出す。
「ちっ……」
 その動きは素早く、自分と同等かそれ以上かもしれない。少しばかり反応に遅れ、シェーンの接近を許してしまった。迷いない剣を短剣で受け止め、その隙に魔法を放つ。シェーンは素早く避け、その間にヒースが距離をとろうとするが、シェーンはそれを許さなかった。魔法や短剣を放っても、至近距離に関わらずシェーンは受け止めたり避けたりして、そしてすぐにヒースに接近する。何をしても離れられず、ヒースは少しずつ焦っていく。そしてシェーンの剣を受け止めたときに、それが表に出たのか分からないがヒースはバランスを崩してしまいそのまま倒れこんだ。
「くっ!」
 その隙を見逃すわけもなく、シェーンは剣をヒースに振り下ろす。
「ぅっ!!」
 シェーンの剣は肩に深く突き刺さった。ヒースは痛みに顔を歪めるが、まだ残っている力で魔法を放つ。今の一撃で油断していたシェーンはヒースの魔法を僅かに喰らい、剣を抜いて後ろへ後退する。それでもすぐに止めを刺すことは出来たが、そうはしないでヒースの様子を見た。
「……」
 ヒースは無言のまま立ち上がり、肩の傷口を右手で押さえながらシェーンと少し距離をとる。
「やはりお前がそうなのだろうな……」
「……?」
 シェーンはヒースを見ていきなり言い放った。シェーンとの戦いに集中しすぎて、ヒースは魔力を少し使い果たしていたのだ。そうすることで瞳の色を変える魔法が切れていたようだ。その眼は漆黒の色に戻っていた。そしてバンダナも戦いの最中でいつの間にか落ちている。つまりヒースは今漆黒の髪と瞳をシェーンの前に露にしているということだ。
「どういう意味だ」
「すぐに分かるさ」
 そしてヒースは次のシェーンの行動に目を見張る。シェーンは自分の剣を鞘にしまったのだった。
「どういうつもりだ!」
「……もともと私たち第三騎士団にはお前たちの捕縛の任は出ていない。別に今ここでお前たちを捕らえる意味はないということだ」
「ふざけるな!意味がないだと……?なら、何でリュートを!」
「……」
 シェーンの急な変貌ぶりにヒースは怒り、感情を表に出してしまう。シェーンはそんなヒースを見つめ、やがて懐から何かを取り出した。そしてそれを頭上高くに打ち上げる。
「それは……」
 シェーンの頭上に上がるとそれは大きな音で弾け飛んだ。何をしたのか意味が分からずヒースは警戒をするが、シェーン一言だけ言葉を口に出す。
「リュートを助けたいなら早くセリアに見せることだな」
「何……?」
 シェーンはもうこの場に用がないとばかりに、振り返ってローレル砦に向かって歩き出した。ヒースはその後姿を呆然と見つめる。その無防備な姿に今攻撃をすれば殺せるかもしれない。けれどなぜだかヒースはそれをすることは出来なかった。
 シェーンが先ほど何をしたのか分からなかったが、ヒースはすぐにリュートの様子を確かめた。気を失ってはいるが、まだ息はある。ここに一人置いていくことに戸惑われたが、セリアの所へ運べるはずもなかった。
 リュートを助けるために、急いでヒースは来た道を戻りだす。その胸中はどこか穏やかではなかった。