Mystisea
〜想いの果てに〜
四章 覚悟と命
07 新たな誓い
「なぜ!なぜ陛下に逆らったのですか!?」
一人の騎士が感情を露にしてマリーアに詰め寄っていた。その言葉遣いは丁寧で、まるで立場が逆のようにも見える。けれどマリーアはその騎士に見覚えはなかった。一方的に騎士がマリーアのことを知っているだけだ。
すでにマリーアとセリアとレイの三人は一緒になって縛られている。逃げ出すことは出来ないようにきつく、そして見張りもいた。レイはハルトとの間に何があったのか分からないが、さっきから気を失ったままだ。起きる様子はない。セリアも自分がしたことと弱さに後悔して、いつまでも項垂れている。マリーアは諦めが悪く、どうにかして逃げ出す隙を伺っていた。その時に見張りの騎士の一人がマリーアに話しかけてきたのだ。
「貴方は……」
「俺は……ずっと貴女ことを尊敬してました。貴女だけじゃない。ライル先輩のことも!」
先輩という言葉から察すれば、恐らくは士官学校の後輩なのだろう。自分は知らないがライルが知っている人物なのかもしれない。マリーアは黙ってそのまま男の言葉を聞いていた。
「俺たちにとって貴女たちは憧れの存在で目標だったんです。誰もがあの時の貴女たちを尊敬してたのに……なのに何で!何で陛下に逆らったばかりか、ライル先輩を殺したんですか!?」
「……」
あの時
それはマリーアたちが仕官学生の時だったころだろう。思わず昔を思い出しそうになるが、それを止めてマリーアは男を見る。けれど男に返す言葉は何もなかった。アイーダが魔族だということは、そう簡単に広めていいものではないと分かっていたのだ。例え一人にでも話せば、それは瞬く間に広がっていくだろう。全員がそれを信じないならまだよかった。けれど信じる者が多いとたちまちこの国中が混乱に陥るだろう。そう予想出来るからこそ、マリーアはむやみに真実を告げることはしなかった。
男には何も言葉を返さずに、黙っている。その場に沈黙が訪れ、そしてそれを終わらせるかのように遠くから大きな音がした。
「これは……!」
その音を合図にいきなり周りにいた騎士たちは慌しく動き始めた。男も驚きの表情で空を見つめ、最後にマリーアを一瞥してから走り去っていく。マリーアは何事かと思っていると、三人の前にハルトが現れた。その表情は安心しているようなものだ。マリーアが訝しげに思うと、ハルトは無言のまま三人の縄を切った。
「え……どういうこと……」
「最初からこうしてれば良かったのにな。あいつは素直じゃないんだから」
「ハルト……?」
「今のは撤収の合図ですよ。俺たちは先生たちをここで解放してローレル砦へと引き上げます」
ハルトが簡単に言い放った言葉にマリーアは驚く。恐らく騎士団内で使われる合図なのだろう。マリーアは知らなかったが、騎士たちは全員分かっているようだ。けれど自分たちを放す意味が分からなかった。
「何で私たちを……」
「まぁ俺たちに先生たちを捕らえる任はありませんからね。この平原に来たのは妖精がこの辺りで目撃されたって聞いたからなんですよ」
「けど……」
「それに俺だって……」
ハルトは押し黙って、その先の言葉を言うことはなかった。神など信じているわけではないが、マリーアはこの時だけは神に感謝する。すでに半ば諦めかけた時に舞い降りた奇跡に。
「それじゃぁ……俺も引き上げます」
すでに他の騎士たちは誰もいなかった。ハルトの言う通り本当に自分たちを解放していくのだろう。けれど最後に残したハルトの言葉は、マリーアの胸を痛めるには十分なものだった。
「きっと次に会うときも……敵同士なんでしょうね」
「ハルト……」
ヒースがマリーアたちの元へ辿り着いた時にはすでに騎士たちは誰もいなかった。自由なマリーアたちが見て、少しだけ気が抜ける。三人を捕らえているであろう騎士たちと全員戦う覚悟をしていたからだ。
「ヒース!」
マリーアが走ってきたヒースを見て声を上げた。それにつられてセリアとレイもヒースに気づく。
すでにレイも目覚めており、騎士がいなくなったことに驚いていた。セリアも多少は元気になっている。
「その傷!」
セリアがいち早くヒースの傷に気づいた。腕にあるかすり傷と、左肩の深い傷。この状態でよくここまで走ってこれたと思ったものだ。急いでセリアはヒースを癒そうとするが、それをヒースは止めた。
「俺はいい。それよりリュートを!」
「え……」
ヒースに気づいた時からリュートが一緒にいないことに少しの不安を感じていたが、その不安はヒースの見たことのない慌てようにさらに募っていく。
「死にそうな状態なんだ!早くリュートを!」
「リュートが!?そんなこと……」
三人はその言葉に青褪める。
「リュートはどこに!?」
「こっちだ」
ヒースは急いでリュートの元へ促した。三人は頷き、ヒースの後を追ってリュートの元へと走り出す。
そしてリュートを視界に入れた時には愕然とした。遠くからは死んでいるようで、リュートの周りの平原が紅く染まっているのだ。
「リュート!!」
セリアが急いでリュートの傍に駆け寄る。息を確認して少しの安堵をすると同時に、急いで杖をリュートにかざした。マリーアもまた少しでも良くなるように<気>を当てる。
「リュート、しっかり!」
レイは今にも死にそうな顔色でリュートに呼びかける。レイにとってリュートはかけがえのない存在だ。それを失うことは絶対に耐えられない。その怒りの矛先がヒースに向かった。
「お前が一緒だったんだろ!!何でリュートを助けなかったんだ!!」
「っ……!」
ヒースの胸倉を掴み、怒りの形相でヒースに詰め寄る。普段では見れないレイの態度にみんなは驚いた。セリアでさえもこんなレイの様子は見たことがない。
「リュートが死にそうになるなんて……!!何でお前じゃなくてリュートなんだ!!もしリュートに何かあったら僕はお前を許さないからな!!!」
「レイ!!」
マリーアがレイの名前を口に出す。レイは言ってはならない言葉を口にした。レイはマリーアの一言で黙り、ヒースから離れてリュートの傍による。マリーアはヒースを見るが、ヒースは無表情に前を見ていただけだった。そしてすぐにここから離れた場所へと歩き出す。
「ヒース!」
マリーアはこのままヒースがどこかに行ってしまいそうに思えて、この場をセリアに任せてヒースの後を追った。
ヒースはリュートがいる場所から遠く離れた所、けれど見える所に仰向けに倒れこむ。
堪えているわけじゃない。
あれが普通の反応なのだ。
そうやって自分に言い聞かせて、ヒースは心を落ち着けるためにゆっくりと目を閉じた。すると身体が癒されていく感じに包まれる。何かと思って目を開くと、いつの間にかマリーアが傍にいて肩の傷口を癒していた。
「レイの言ったことは気にしないでね」
「……」
傷口を癒しながらマリーアはヒースに話しかける。ヒースの傷口もかなり深いもので、恐らくマリーアだけでは治せないだろう。後でセリアに頼ることになるだろうが、とりあえずは応急処置の形で少しずつ癒していった。
「私はヒースに感謝してるわ。あの時君がリュートの所に行ってくれなかったら、きっとリュートは死んでいた」
「……」
特に返事を期待しているわけでもなく、マリーアは淡々と口を開く。それをヒースは黙って聞いていた。こうしていると、なぜだか身体が癒されていくと同時に、心も癒されていく感じがするのだ。
「泣いてもいいのよ」
それを聞くまでヒースは自分の変化に気づかなかった。涙が平原に一筋落ちたのだ。
「え……」
慌ててヒースは目を拭おうとするが、それをマリーアに止められる。不思議に思ってマリーアの顔を見ると、彼女は笑みを浮かべていた。その優しい笑顔を見ると、さらにヒースは涙が零れ落ちるのだった。それは止まることを知らず、次々と零れていく。
まるでヒースの心を洗い流すかのように。
それは数年ぶりに流す涙だった。
今まで自分を殺そうとする人々から逃げ回っていた七年間。その間、誰にも優しくされることはなかった。出会う人全てが敵だったのだ。その認識を変えてくれたのが、リュートだった。最初は信じられなかったけど、今ではヒースの中でだんだんと大きくなってきている。そのリュートが死にそうになったのは確かに自分のせいではないけれど、それでも悔しかった。
そして自分よりも強い存在に出会った。
子供のころから生きるために人を殺してきた。それが七年間も続いたのだから実戦経験だってそこらの騎士よりも高いのだ。いや、もしかしたら帝国騎士団にいる誰よりも人と戦う経験は多いかもしれない。だからこそ一対一の戦いは誰にも負けないと思っていた。別に自分が一番強いなどと思っていたわけではないが、それでも彼女の強さは別格だと思ったのだ。自分と対極の存在である神の子。シェーンはきっと本気を出していなかっただろう。彼女に負けたことも、ヒースの中では大きいものだった。
ヒースは止まらない涙を隠すように、腕で目を隠した。そんなヒースを見ながらマリーアも少しだけ安らかな気持ちになる。
大人びても、やっぱり年相応の子供なのだ。その事実にマリーアはホッとする。ヒースの反応を見て、ヒースがリュートのことを少なからず大切に想っていることは分かった。ヒースが今までどうやって生きてきたのか分からないけれど、それでもマリーアはヒースが少しでも幸せに生きれるように自分が出来ることはやろうと決める。最初はリュートとセリアとレイの三人を守ろうと誓ったけれど、そこにヒースが加わっても何ら不思議などないのだから。