Mystisea

〜想いの果てに〜



四章 覚悟と命


09 港町サレッタ








「こっち来いよ、ヒース!潮風が気持ち良いぞー!」
 宿の部屋に入った後のリュートの最初の行動がそれだった。三階の部屋にある窓を開けて、続いて入ってきたヒースに声を掛ける。その言動が自分よりも年上のはずなのに、どこか子供っぽくて笑ってしまう。もちろんそんなこと表面上には出さないけれど。
 リュートたちは朝早くからユーベルト平原を発ち、昼を少し過ぎた辺りにサレッタに無事着くことが出来た。その後宿屋で部屋を取った後は、マリーアが船を見てくると言ったのをきっかけに別行動することになったのだ。リュートも船を見に行きたかったのだが、重傷の身体のために部屋で休めと命令されてはどうしようもない。マリーアにはレイとセリアが付いていくことになり、怪我を負っているヒースもリュートの目付け役として残った。その役目に不満を感じながらも、ヒースは部屋で休めることに嬉しくなる。隣でいまだ騒いでいるリュートを無視して、ヒースはベッドに横になった。
 そんなヒースにリュートは不満を露にする。
「寝るなよ、ヒース。こっち来てみろって!」
 それでもその言葉も無視し続けるヒースに痺れを切らしたのか、リュートは自分からヒースが横になっているベッドへと近づいた。けれど数歩歩いただけで、リュートの身体は悲鳴をあげる。
「ってぇぇ!!」
 リュートはいきなり顔を歪めながら床に伏していった。そんなリュートをヒースは身体を起こして一瞥しながらため息を吐く。
「大人しく寝てろよ」
 そんなそっけない一言にリュートは頷くことしか出来なかった。今にも不満という文字が浮かび上がりそうな顔をしながら、リュートはゆっくりと自分のベッドの中に潜り込む。そして静かに口を開いた。
「ごめんな、ヒース……」
 いつもは出さないような声でリュートはヒースに突然謝る。それをヒースは聞きながらも、いつものように何かを返すことはしなかった。



 助けると約束したのに、助けられてばかり
 力のない自分が
 弱すぎる自分が
 みじめでどうしようもなくて
 そして愚かだった

 だからこそ、変わりたいと思う自分がいて
 望んだことではないけれど、初めて人を殺した瞬間
 恐怖と罪悪感で押し潰されそうになる心
 それは、自分の覚悟が弱すぎる証



 嫌というほど、思い知らされた。自分の弱さと愚かさを。
 それをシェーンに突きつけられて、俺はその瞬間絶望という名の闇に堕ちた気がした。
 何でも理解していると思っていたのに。けれど、初めてあいつのことが分からなくなって。
 言葉じゃ言い表せないほどの感情が胸を支配して俺を苦しめていく。

 意味分かんねぇよ!アイーダの正体を知ってた?この国が駄目になってるのを知ってた?
 何でお前は知ってたんだ!?知っててどうして帝国にいるんだ!?

 何度問いかけても、それに答えてくれるはずもなく。ただ大切なものを失った喪失感だけが残っていく。



 シェーン……もう昔には戻れないのか……?



――リュート、すでに私とお前の道は分かたれたのだ。
――そして、その二つの道が交わることは……永遠にない!






 リュートとヒースを宿に押し込んだ後、マリーアはセリアとレイと一緒に港へと歩いていた。
 港町サレッタ。それは帝国領にある二つの港町のうちの一つ。南西に位置して、ここからはアルスタール帝国の西にある魔導国家マールへと続く航路があった。もう一つの港町は帝国領の南東に位置し、東のレーシャン王国へと続いている。
 サレッタからはマールへしか行けず、レーシャン王国へと行くことはない。もし行くとするならば、北か南を迂回していく必要があった。しかし北の海は凶暴な魔獣が多く住み、南の海は妖精族が船を通ることを許さないのだ。百年以上も昔だと、サレッタから南のセクツィアや北のノーザンクロス王国へ行く航路があったというのは皮肉な話である。
 サレッタはアルスタール帝国の中でも人口は多く、活発に賑わっている。町の至る所から人々の声が賑わい、港からは荒々しい船乗りたちの掛け声が聞こえてくるのだ。けれど港へと近づくにつれて、どこか様子がおかしいことにマリーアは気づく。
「何かあったのかしら……」
 通常なら船乗りの声が聞こえてくるのだが、港のすぐ傍に来てもそれは聞こえなかった。セリアとレイを促しながら、マリーアは足早に港へと急ぐ。
「うわぁ……!」
 港へ足を踏み入れた瞬間、レイが思わず感嘆の声を漏らした。そこには大きな船が停泊していたのだ。それは周りにあるどの船よりも大きく、立派だった。レイの眼は輝いて、真っ直ぐにその船を見つめている。そんなレイを横目に見ながら、やっぱりレイも男の子なのだとマリーアは思った。
 レイにつられてマリーアもその船へ視線やると、その船が停泊している港に船乗りが集まっているのが見えた。よく見れば船がほとんど港に停泊していて、船乗りの数もいつもより多い。やはり何かあったのだと思い、マリーアはその船乗りが集まっている場所へと向かった。
「もう二日も経ってるんだぞ!どう考えたって何かあったとしか思えん!」
「それはそうだがよ。けど、あいつのことだからなぁ……」
「確かにあいつに関しちゃ心配はいらない気がするけどよ」
「でも、さすがに二日経つとなぁ……」
「どうするか……あそこは魔獣も多いからな……」
 マリーアが近づくと、船乗りたちが困った顔をしながら話をしていた。どこか話し掛けにくい雰囲気を漂わせていたが、マリーアはそれを破って声を掛ける。
「あの……」
「ん?俺たちに何か用か?」
 その船乗りたちの中で一番大柄な男がマリーアを見た。それに習い、他の船乗りたちもマリーアを見始める。その大柄な男が着ている服は他の船乗りの服とどこか違い、それは上の立場の者を思わせた。女の中では背が高いほうのマリーアであるが、その男はそんなことを感じさせないくらいに大きい。少し気後れをしながらも、その大柄な男に尋ねた。
「私たちマールまで行きたいんですけど、船は出港してないんですか……?」
「あんたたちお客さんか。けど悪いな。あんたの言う通り今船は出港出来ないんだ」
「出来ないって何かあったんですか?」
 男の返事にマリーアは心の中で焦りだす。出港が出来ないと、マリーアたちの予定は大幅に狂ってしまう。ここから船でマールへ行くのと、歩いて行くのでは大きな差だ。
「実はなぁ……少し前から海に魔獣が現れちまってな」
「魔獣が?けれど魔獣ならいつもいるのではないんですか?」
 大陸の様々な場所に魔獣が現れるように、海にも魔獣はいる。その数は多いとは言えないけれど、何の武装もしていない船が出港すれば間違いなく生きて帰ってこれないだろう。そのために船乗りはある程度の戦闘能力も強いられる。それとは別に大きな船などは、護衛を雇う時もあるほどだ。
「現れたのは見たこともない魔獣でな。その大きさといったら半端じゃねぇ。普段いる魔獣なら俺たちだって倒せるんだがよ……恥ずかしいことにそいつには手も足も出なくてな」
「そんな……」
「済まねぇなぁ……」
 マリーアは顔に落胆の表情をありありと浮かべる。それを見た男も申し訳ないという顔を浮かべながら呟いた。それでも何か方法はないのだろうかと、マリーアは男に尋ねる。
「何とかならないのですか?」
「方法がなくはないんだが……」
「本当ですか!?」
 その男の言葉にマリーアは食いついた。その眼が詳しいことを話せと強要されている気がしながらも、男はそれに答える。
「俺たちはこれでも物を作る技術も凄いんだ。そこであの魔獣を倒す兵器を考案中でな。兵器つってもそんな大したものじゃないけどよ。それでだな、そこで少し問題が発生してな……」
「問題……ですか?」
「あぁ。その兵器を作るためには必要不可欠な鉱物があってな。その鉱物はこのサレッタの近くにある坑道の奥にあるんだけどよ……、実はそれを取りに行ったやつが帰って来ないんだわ。あいつのことだから死んではいないと思うんだが……。見に行きたいのは山々なんだが、あそこは魔獣も強いし、俺たちも人手が足りないくらいで抜けるわけには行かないんだよ」
「魔獣が……」
 男が言うには大事な気もするのだが、それほど男は心配そうな顔はしていなかった。けれどその人が帰らないことには鉱物もやってこないわけで、放っておくわけにもいかない。マリーアは一人で考えて、結論を出した。
「それなら私がそこへ行きます」
「あんたが?いくらなんでも女子供に行かせるわけにはなぁ……」
「大丈夫です。こう見えてもそこらの男には負けませんから」
「……そうか?なら行ってもらおうか。坑道はサレッタから北に行った所だ。そう遠くもないから分かるだろう」
「分かりました」
「坑道に行った男はヘルムートという。会ったらダインから頼まれたと言ってくれ」
「ヘルムート……?」
 ダインとはこの男の名なのだろう。けれどそれよりもヘルムートという名にマリーアは聞き覚えがあった。それほど珍しい名前でもないので、人違いなのかもしれない。そう思い直して、深く考えることはやめた。
「二人はどうする?先に宿に帰っててもいいわよ」
 マリーアは黙って話しを聞いていたセリアとレイに聞いた。
「……僕は一緒に行きます」
 普段のレイならば進んで魔獣がいる場所に行くことはないだろうが、その答えはマリーアの予想通りでもあった。昨日の出来事もあり、リュートとヒースがいる場所へは帰りたくないのだろう。
「私も行きます」
 そしてセリアの心も複雑ではあったが、レイを放ってはおけずに一緒に行くことにする。それもマリーアは予想していたことで、止めることもせずに三人で北にある坑道へと向かうことにした。