Mystisea

〜想いの果てに〜



四章 覚悟と命


10 倒れていた男








 坑道の中は洞窟のように薄暗く、慎重に歩いていかなければ躓きそうな場所だった。結構奥深くまで掘られているようで、最奥部まで行くにはそれなりの時間が必要だろう。壁には鉱物が所々に埋もれている。恐らくはあまり質のいいものではないのだろう。なぜなら入り口付近の鉱物はあらかた採取されているからだ。採取されていないのは、使い道にならないものだけだった。
 魔獣の数は思ったほど多くはないが、それでも少なくはないといったところだろうか。マリーアたち三人はゆっくりと歩いていく。先頭にはセリアが出した光の球が浮かんでいて、これが坑道を照らす明かり代わりだった。
「本当にこんなとこに人がいるんでしょうか?」
 坑道に入ってからしばらく経った後に、セリアがそれを口にした。このような魔獣も徘徊している場所に誰かがいるとは到底思えなかったのだろう。歩いていると時々頭上から小石が降ってくる時もある。いつ坑道が崩れ落ちるか分かったものではなかった。セリアの疑問は最もなことで、それにはマリーアとレイも同じことを思っていた。けれどそれを確かめるためにも、三人はここを進まなければならないのだ。
「どうかしら。だけどもしいるのだとしたら……」
 マリーアはそこで言葉を濁すが、その予想される先の言葉をレイが口にした。
「魔獣にやられて動けなかったり……」
 自分で口に出しておきながら、レイは少しだけ身震いがして身体を手で抑える。
「その可能性が高いわ。もしかしたらすでに……」
 死んでいる。そう思っているのだろう。むしろ冷静に考えればそれが一番当たっていそうだった。仮に魔獣に殺されずに逃げたとしても、動けなければここでは水も食料も手に入らないのだ。何も口にしなくても数日なら死ぬには至らないかもしれないが、危険な状態であることには変わりはない。
「少し急いだ方がいいんじゃないですか?」
「そうね。けど、そう簡単にはいかないわ」
「え……?」
 マリーアが急に前方に注意を払ったので、二人も見ればそこには魔獣が何体か獲物を見つけた眼をして待ち構えていた。
「魔獣……」
「行くわよ」
 その言葉を合図にマリーアは走り出す。その後をすぐにレイも追った。魔獣は二人の接近を察知して散り散りになっていく。そのうちの一体をマリーアは捉えて、確実に倒していった。
「レイ、後ろ!」
 魔獣の一体を追っていたレイの後ろを別の魔獣が襲おうとしていた。それを見ていたセリアがすぐに注意を促す。レイはそれを聞いて瞬時に後ろを振り向いた。その時すでに魔獣は跳躍してレイに飛びつこうとしていた。それをレイは剣で受け流すかのように斬りながら振り払う。魔獣は地面に叩きつけられ、そこを逃がさずにセリアが光の魔法を放っていた。
 すでにレイとセリアの息は抜群に合っていた。士官学校にいた時からリュートをいれて三人はよくチームを組んでいたので、もとから息は合っていたのだ。それがさらにこの逃亡生活で魔獣と戦うことにより増していく。昔は三人で戦っていたのだが、今は二人で戦う方が多かった。その事実がどこかこの先の未来を示しているようで、レイはそれを考える度に不安になる。
「ありがとう」
 自分をサポートしてくれるセリアにお礼を言いながら、レイはすぐに次の行動に移りかかった。自分を狙おうとする魔獣に、レイは攻撃を仕掛けていく。それを魔獣は避けようとするが、レイは逃がさずに仕留めた。こうやって魔獣と戦う度に、自分が前より強くなっているのだと実感するのだ。それはレイにとって、嬉しくもあり怖くもあった。
「もう大丈夫かしら」
 マリーアが最後の魔獣を倒し終えると、レイとセリアの無事を確認した。二人で魔獣を数体倒しても、その間にマリーアは倍近くも倒している。その実力の差にもレイは複雑な気分を抱いていた。勿論それはマリーアがどうとかいう問題ではないので、レイは自分の内だけに留めている。
「はい。急いで先を進みましょう」
 そしてヘルムートという人物を探すためにも、三人は坑道の中を再び歩き始めた。






「先生、あそこに誰か倒れてます!」
 すでに坑道の半分以上も歩いたころ、前方を見ていたセリアが突然を声を上げた。その内容にマリーアとレイも急いで確認する。足場に気をつけながら、三人は急いでその人物の元へと向かった。それはまだ若い男のようで、彼がヘルムートなのだろうか。
「大丈夫!?」
 マリーアが近くへ来てすかさずその男を確認すると、その状態に思わず声を荒げた。男の右足に深い傷があり、そこからは大量の出血があることが分かる。しかし血がすでに変色して固まっていることから、その傷を負ったのが一日以上は前だということが分かった。マリーアが懸命に男に呼びかけるが、返事は何一つない。
「先生、診せてください」
 セリアが男へと近づいて、その様子を見た。そして最悪な状況を考えていたのだが、それは杞憂に終わる。どうやら血の失いすぎで、倒れただけのようだった。息がまだあることにホッとしながら、急いでセリアは治療を施す。
「癒しの力を」
 魔法で傷口を塞いだとしても、失われた血が戻ることはない。もしかしたらこのまま目覚めない可能性も高かった。必死に祈りながらも、セリアは意識を集中させる。
「大丈夫なの……?」
「分からないわ……」
 レイもその様子に不安げな声を出していた。
 そしてそれから少しの時間が経った頃だろうか。男が僅かだが小さな声を漏らしたのだ。
「……っ…」
 小さくても静寂だったその場ではみんなに聞こえていた。三人は息を呑んで男の様子を見守る。その中で男はゆっくりとその眼を開いていった。そして完全に眼を開くと、急に目の前にいた三人の存在に驚く。
「なっ……何だ……」
「良かったぁ……」
 声を発した男の様子を見て、セリアは無事に安堵する。顔色も良くなっており、もうしばらくすれば歩けるようにもなるだろう。肩の荷が下りた気分のセリアを見守りながら、マリーアは未だに状況が掴めていない男に声を掛けた。
「貴方がヘルムートさん?」
「あ、あぁ……俺がヘルムートだ」
「私たちサレッタのダインさんに頼まれて貴方の様子を見に来たのよ」
「ダインに……?」
「えぇ。二日も経ったのに帰ってこないからって心配してたわ。そしたらここで傷を負って倒れていたの」
 マリーアの説明を受けながら、だんだんとヘルムートは意識が覚醒していった。自分が気を失う直前の記憶もやがて戻っていく。
「そうか……俺は鉱物をここに取りに来たんだが、運悪いことに<ホーン>に不意打ちされちまってな……。何とか奥へと追い返したんだが、足に怪我を負って動けなかったんだ」
「それでそのままここで気を失ったの?」
「どうも、そうらしいな」
 ヘルムートは笑いながら事の顛末を喋っていた。死にそうになったというのにその緊張感のなさが、マリーアを呆れ果てさせる。
「気を失っている間に魔獣に襲われでもしたらどうしたのよ。絶対に死んでたわよ」
「死ななかったんだからいいじゃねぇか。それにそんな俺を女神が助けてくれたみたいだし、俺って運が良いね」
「なっ……!?」
 いきなりの発言にマリーアは驚き、僅かに後ずさる。そんなマリーアを見て苦笑を浮かべながらも、ヘルムートはゆっくりと立ち上がった。
「で、あんたの名前は?」
「マリーアよ。こっちがレイとセリア。ちなみに貴方を助けたのもセリアよ」
「そっか。ありがとな」
「い、いえ……それよりもう立っても大丈夫なんですか?」
 ヘルムートのお礼を受けながらも、セリアはヘルムートがすでに立ち上がっていることに驚いていた。普通ならばまだ立ち上がるに至ることは出来ない。
「あぁ。俺回復力は結構高いからな」
 そう言いながら、ヘルムートは辺りを見回した。やがて一点を見つけて、その場所へと歩き出す。そこには一振りの槍が落ちてあった。それを何の疑問もなく手にすることから、恐らくヘルムートの持つ武器なのだろう。槍を手にしたその姿を改めてマリーアは見てみた。年はまだ若いようだが、リュートたちよりは上だろう。背も高く、爽やかな緑の髪が彼の存在をさらに引き立てていた。
「ん……俺に惚れた?」
 ヘルムートは自分に視線を向けるマリーアにおどけた調子でからかう。
「……そんなわけないでしょ」
 一瞬理解出来なくなったが、すぐに冷静に切り替えす。それに対してヘルムートはまたもや苦笑を浮かべていた。
「さてと……あんたらはこれからどうすんだ?」
「貴方は?」
「俺はまだこの先に用があるんだよ」
「それって兵器に使う鉱物のことですか?」
 その用に気づいたレイがヘルムートに尋ねる。その事を知っていたレイに僅かに驚くが、すぐに納得した。
「ダインが教えたのか」
「はい」
「まぁそういう訳だな。<ホーン>にやられたせいでまだ採ってないんだよ」
「だったら私たちも行くわ。貴方の話からすると、まだ<ホーン>は完全に倒していないんでしょう?貴方一人では心配だわ」
「確かにそうだけど、別に一人で大丈夫だぜ。あの時は不意打ちを喰らっただけで、本当ならあんな奴楽勝だしよ」
「だけど、まだ完治はしてないはずです」
 間髪いれずに、セリアが口を挟んだ。回復魔法を使うセリアにとって、ヘルムートの傷が完治していないことは分かっていた。一人で危険な所へと行かせるわけにもいかないのだ。
 <ホーン>とは魔獣の中でも強い存在である。姿は馬のようで温厚に見えるのだが、やはり魔獣といったところだろうか。人間を見つけると殺意を剥き出しに襲い掛かってくる。その身のこなしは高く、一撃も大きいのだ。
「一人よりも四人の方が良いでしょ」
「まぁそうだけどな……助かるわ」
 ヘルムートは素直に礼を言いながら、すぐにその先を進み始める。その後をマリーアたちも急いで続いていった。